私はこれからも自己中に生きていく!

スパイシー

私はこれからも自己中に生きていく!

「体育祭とかだっるぅ」


 放課後のクラス会議中、誰かが大声でそう言った。


「だよなー。別に単位になるわけでもないし、やる意味無いよな」

「うんうん。そんな事やるくらいなら、あたしは彼氏といちゃいちゃしたいー」


 それに皆同意見のようで、口々にやる気のない発言をし始める。

 でも、私はそれではだめだと思う。体育祭は皆で運動を楽しむためのものだ。この調子だと、嫌々参加してそのままずるずると嫌だと思いながら体育祭が終わってしまう。

 だからここはガツンと言ってあげるべきだと思った。


「静かにっ! 体育祭は一年に一度の大きなお祭りなんだよ! お祭りは楽しむものだから、皆がそんな感じじゃ楽しめないよ!」


 机を強く叩いて、みんなの意識を私に集めてから早口にそう捲し立てた。

 これで少しは興味を持ってくれるだろうと思っていた私は、クラスのみんなの表情を見て驚愕した。

 嫌そうな、めんどくさそうな顔でこっちを見てきていたのだ。


「はぁ~……委員長は良いよな、成績も優秀で運動も出来て。何やっても失敗しないから、やりたいこと何でも出来る。でも、俺は成績もよくないし運動音痴だ。体育祭なんて真剣にやったところで、恥を晒して後悔するだけだ」


 そう言うクラスの男子は、非常に攻撃的な視線で私を見ていた。

 でも、私だって失敗はするし、成績が良いのも運動が出来るのも、全部努力してきたからだ。そんな風に思われてただなんて想像もしなかった……。


「だよね。委員長はさ、自分が出来る事は他人も出来て当たり前だと思ってるの? これだから、生まれた時から才能を持っている奴は嫌いなのよ。いつも自分が中心に世界が回っていると思ってる。自分の思った通りになると思ってる。そう言うの自己中って言うんだよ? 知ってた?」


 違う……私は皆のためを思って言ってるだけなのに……。


「本当に自己中だよな。良い子ぶった優等生だから、委員長をしている自分のクラスが体育祭をまじめにやらないと自分の評価に響く。だから、僕らがまじめにやらないのは困るんだよね? ホント自分の事しか考えてないじゃないか」


 なんで、そんなこと言うの……? 私はただ皆と一緒に体育祭を楽しみたかっただけなのに……皆ともっと仲良くなりたかっただけなのに……。


「――っ」


 もう耐えられなかった。目から涙が溢れ、止まらなくなる。

 それを皆に見せないように、私は教室を飛び出した。




***




 どんよりとした灰色の空を眺めながら、帰り道を一人でとぼとぼと歩いていた。

 ところどころに見える雨雲からは今にも大粒の雨が降ってきそうで、泣き出しそうな今の私と似ているなと思った。


「はぁ……」


 自然と溜息が口から漏れ出た。


「私って自己中なのかなぁ……」

「なにが自己中だって?」


 下を向いて小さく呟いた直後、急に背後から声が聞こえて来た。考え事でいっぱいいっぱいだった私は、人が近づいてきたことにまったく気がつけなかった。

 私がぎょっとして振り向くと、そこには幼馴染の優太ゆうたが笑顔で立っていた。


「もう、脅かさないでよ優太」

「いや、別に脅かしたつもりはなかったんだけどな……」


 いや、急に背後から声をかけられたら誰だって驚くと思うのだけど……。

 私はさっきまでの暗い雰囲気を心の奥底に押し込んで、努めて明るく質問をする。


「それで、どうしたの?」

「いやいや、どうしたのはこっちの台詞だよ。朝一緒に帰ろうって言ったのに、急に玲奈れいなが昇降口を飛び出して走って言っちゃうから追って来たんだよ?」

「あ……」


 すっかり忘れていた。いや、忘れてなかったとしてもあんなことがあった後だから、一緒に帰ろうとはしていなかったか。


「その顔は忘れてたね……? まぁ、追いつけたから別に良いんだけど」


 優太は頭をかきながら、小さく笑って言った。

 良く見ると、優太は汗だくで息も荒かった。私の方が足速いから、きっと追いつくのも一苦労だったのだろう。

 でもよかった、この様子だとあの時私が泣いていた事は気付かれてなさそうだ。


「それでどうしたんだい? 君が泣くなんて珍しいじゃないか」

「気付いてたの!?」

「もちろん。僕は君の幼馴染だよ? 気付かないはずがないよ」


 敵わないな、優太には。

 私は一つため息を付いて、聞いてみた。


「……ねぇ優太。私って自己中だと思う?」


 なんでもないように聞いたけど、内心はすごくドキドキしている。優太にまで自己中だって言われたら、立ち直れないかもしれない……。




「うん。思うよ」




 ――――涙が出てきた。


「ちょちょちょ、ちょっとまって! 違うよ、別に悪口で言ったわけじゃないんだ!」


 そうは言ってくれたけど、優太にまで自己中だって思われてたと言う事はほぼ全ての人に私は自己中だって思われてたってことだ。

 もう、死んじゃいたい……。


「……確かに玲奈は自己中だよ。でもね、それは玲奈に限ったことじゃない。玲奈の友達の美里ちゃんだって自己中だし、僕の友達の斉藤も自己中だ。生徒会長の大田さんも自己中だし、玲奈の担任の西村だって自己中だ」


 ……え?


「あと、僕や玲奈の家族も自己中だし、一年生も皆自己中だし、三年生も自己中だ。近所に住んでいるおばちゃんも――――」

「まってまって! そんなに自己中な人がいるわけないじゃない!?」


 意味がわからなかった。私だけならともかく、その調子だと学校中どころか世界中の人が自己中になっちゃう。

 それとも、私を傷つけないための嘘なのかな?


「いやいや、本当だよ。この世界に生きている生き物はみーんな自己中なんだ。もちろん僕も含めてね」


 優太は大仰な動作で、おどけた様にそう言う。

 もう私の頭の中ははてなマークでいっぱいになっていた。


「ど、どういうことなの? そんなに自己中がいたら、誰も生きていけないじゃない?」

「じゃあ逆に聞くけど、たとえばテレビとかでよく見る自己犠牲ヒーローは、どうして自分を犠牲にしてまで人を助けると思う?」


 質問の意図も良くわからない……。

 でも一応考えてみる。


「……自分よりその人のほうが大切だから?」

「不正解。自己犠牲ヒーローは、人を助けてやり遂げたという満足感を得たり、自分がいないとこの人は何も出来ないだろうと優越感に浸ったりするために人を助けるんだ。つまり、自分のために自分を犠牲にしながら人を助けるわけだね。立派な自己中じゃないか。……といってもこれは僕の考えだから、これも正解ではないかもしれないけどね。本当はただのマゾヒストだったりしてね」


 優太はそう言って、はははと笑う。


「つまりね、この世界に生きているものたちは、皆自分本位で生きているんだよ。さっきも言ったように、誰かを助けるのは自分が満足感や優越感に浸れるから。ほかにも、友達と仲良くするのは、そうすることで自分が楽しめるから。恋をするのは、そうすることで自分が嬉しい気持ちになるから。そんな感じで、皆自分のためになることをして、自分が得をするように行動してるのさ」


 優太はそこで一呼吸置いて、大きく息を吸ってから次の言葉を発した。


「だから僕は思うんだ。自己中には二つの種類がある。一つ目は、自分のためにしかならない自己中な行動をする間違ったもの。そして二つ目は、他人のためにもなる正しい自己中な行動だ。そして、僕がいままで見てきた玲奈はいつでも正しい自己中だったよ。だから自分を第一に考えて、ついでに他人のためになるよう頑張ってみたらどうだい?」


 その言葉を聞いて、私はハッとした。

 クラスの皆も、自分が楽したいから体育祭をめんどくさがる自己中だったんだ。でも、それは他の人のためにはならない間違った自己中。

 だったら、私がやる事は一つだ。


「ありがとう優太! 私もう少し自分のために頑張ることにするよ! ついでに他人のためにもなるようにね」

「ははは、うん。頑張ってね」


 冗談を含めながらの発言に、優太は優しく微笑んでくれた。

 よし! まだまだ、頑張らねば!

 と、やる気を出したところで優太がぽんと掌に握りこぶしを落とし、思い出したかのようにこう言った。


「あ、あと僕が玲奈にこうやって優しくアドバイスするのも、僕が僕自身のために玲奈に好きになってもらおうと自己中な行動をしているってわけだね」

「……………………え?」


 優太が何を言っているのか理解できず、またもや頭の中がはてなマークでいっぱいになった。

 頑張って理解しようと、頭の中で今の言葉を整理する。

 優太のために私に好きになってもらう……? 私が優太のことを好きになることで、優太が得をする……と言う事は優太は私のことが……


「え、えぇええぇえぇええええええぇえええ!?!?」

「ははは、じゃあまた明日!」


 いまだ頭を抱えて混乱する私をよそに、優太はさわやかな笑顔でそういい残し、走り去っていった。

 ただ、ちらりと見えた優太の耳が真っ赤になっていたのは気のせいではないと思う。




***




 翌日の最後の授業。チャイムが鳴った所で、担当の先生が終了の宣言をした。

 それと同時に私は勢い良く席をたちあがり――――


「皆! 体育祭についてのクラス会議をするから、少し残って!」


 満面の笑みでそう告げた。

 皆は相変わらず不満そうな顔だけど、今度の私は一味違う。


 さぁ、私が楽しむために皆が楽しめる体育祭にしよう!

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