エピローグ
格好つけてその場を後にした……は、いいものの。
《ゲート・キー》を壊されてしまった結果、どうやって元の世界に戻るかまでは考えていなかった。
だがその問題は、思ったよりもあっさりと解決する。
「よお! 色々大変だったみたいじゃないか?」
スラっち先輩が、ぷよんぷよんと身体を揺らして、俺たちの前に現れたからだ。
「せ、先輩! なんでここに!? っていうか、いつから?」
すると、ゼリー状のぷるぷるした男は、どこか照れくさそうに、
「ぶっちゃけ、ここんとこずっと」
マジかよ。
「まあ、そんな裏切られたみたいな顔すんなって」
そして、俺の肩を抱きながら、“下働き”のモモには聞こえないように、
「正隊員っつっても、いきなり何億もの命の責任を負わせるような仕事をさせるわけないだろ? 最初は先輩がこっそり付き添うのが普通なのさ」
「そう……だったんですか」
つまり全ては、先輩の手のひらの上だった、と。
今になって思えば、不自然なところは何度かあった。
牢屋に閉じ込められた時、なぜユーシャが厳重に管理されているはずの牢屋に入り込めたか? 牢屋の鍵をあっさり見つけてこれたのはなぜか?
そもそも、俺たちが手を貸したとは言え、十数分で
と、いうことは……。
「やあやあ! お疲れホシ! モモちゃんも!」
隊員服に着替えた夕顔先輩、
「今回は大活躍だったっスね、偉いぞ」
香澄先輩、
「…………………………いろいろと反省点もあるだろうが、新人としてはよくやったほうだ」
アーサー先輩まで。
その傍らには、
「……………ぐむぅ」
猿ぐつわを噛まされた老人が。
「この人……」
「ディックマンだ。なんかこっそり逃げ出そうとしてたので、ボコってふんじばっといた」
マジかよ。
「なんというか……さすがですね、みなさん」
「まあ、これは、ユーシャの手柄みたいなもんだ。……あの娘、斬った相手を改心させる力があるみたいだから。俺たち相手には、ほとんど抵抗しなかった」
破魔の力……か。
あるいは、彼女が魔物を殺したがらないのは、心の奥底で気づいているからかもしれない。
真に邪悪な生き物など、この世には存在しないのだ、と。
「お前は酷評していたけど、……俺はあの娘、結構見どころがあると思うぜ」
「自分が担当している“勇者役”じゃないからって、雑に評価してません?」
すると、スラっち先輩はけらけらぷるぷると笑う。
「……そう言ってるのも今のうちさ。……予言するぜ。すぐにお前は、ユーシャのことを我が子のように思うようになる」
俺は苦い顔をつくる。
我が子って。
歳もそんなに離れてないってのに。
せめて妹だろ。
……と、思い至って。
少なくとも、それと似た感情は既に、ユーシャに対して持ち合わせていることに気づく。
俺は頭を掻きむしりながら、
「ありえないっすね」
それでも、口先だけでは否定してみせるのだった。
▼
その後の顛末を、少しだけ話すとしよう。
仕事場に戻った俺たちはまず、見廻隊本部の人間に、ディックマンを引き渡すことにした。
「よくやったわねえ♪ 偉いわ、ホシ」
ルシフェルさんの笑顔に癒やされる俺。
「……ディックマンはこれから、どうなるんです?」
「彼は、……厳重に取り調べを受けることになるわ。ただでさえ違法な異世界転移者であるのに、その上“元勇者役”だって言うんですもの。どのルートで、誰が、どういう目的で異世界へ転移させたのか、詳しく調べる必要がある」
ですよね。
「そういやあいつって、どこの“勇者役”だったでしょう」
聞いてもどうせわからないだろうと思いつつ、訊ねる。
「“WORLD1765”よ」
しかし、その番号に聞き覚えがある気がして、俺は首をかしげた。
「いちななろくごー、……というと……」
「前に、俺とお前で担当した世界だ」
少しだけトーンを落とした口調で、スラっち先輩が言う。
「前……っていうと、“勇者”タケルですか? あの、《聖者氷生白龍波》を使う……」
「ああ。彼の祖父らしい」
そうだったのか。
言われてみれば、タケルも《催眠術》……というか、状態異常系の魔法を好んで使う“勇者”だったな。
「あいにく、ディックマンは俺の担当じゃなかったが。妙な気分だよ、まったく」
「しかしあいつ、やたらに見廻隊員を敵視していましたが、……どうしてなんでしょう」
「わからん。だが、想像するのは難しくないぜ。“勇者役”として魔王討伐に挑んでいる時は、俺たちの保護下にあると言って良い。それで調子に乗っちまって、自分を特別な人間だと思い込んじまったんだろう。皮肉な話だ」
なるほど。
あんまり過保護にしすぎると、そういうこともある、ってことか。
俺も気をつけなければなるまい。
スラっち先輩は、ぽんと俺の肩を叩いて、
「人間を扱う仕事だからな。……色々あるってことさ」
と、人外の者ならではの感想を漏らすのであった。
▼
そうそう。
ユーシャたちのその後についても、一応話しておかなければなるまい。
彼女たちは、いつの間にか姿を消した俺とモモをしばらく探してくれたようだった。
だが、奴隷商人の根城であまりのんびりしているわけにもいかず。
結局、捜索は日が傾く前に打ち切りになった。
「たぶん、うんことか漏らしたせいでみっともなくて、出て来られないんでしょう(by ユーシャ)」
とかいう不名誉な解釈をされたのには腹に据えかねるが。
リンネと再会したアオハナは、ほとんど別人のように大人しくなったようだ。
「もともと、しっかりしてない母親を娘が諌めるような関係の親子だったからな」
というのが、カザハナの弁。
ダークエルフの子供たちを始め、そこで捕まっていた奴隷はみんな、その場で開放されることになったようだ。
帰る故郷を保たない元奴隷の人々の面倒は、アオハナが見ることに決まったらしい。
「故郷に戻って、……みんなで新しい村、作る、ね」
と、いうことで。
ディックマンが築き上げた、
その後、ユーシャたちが行ったのは、
「ではでは……いろいろとスッキリしたところで……」
ゆかいなゆかいな、略奪タイムである。
もちろん、傭兵の中にはまだ気を失っているだけの者も多いので、長居することはできなかった。……が、それでも戦利品は、山のように積み上がっていく。
「わあい! これしゅごい! 夢にまでみた魔法の剣だ! 振っただけで灼熱の焔がシュゴオオオオって吹き出すタイプのやつ!」
「見て、ユーシャちゃん。各種魔法耐性が上がる指輪が揃ってるよ。これなんか、カザハナさんが持ってたやつの上位互換だよね?」
「……? あれ? なんで私が隠し持っていたアイテムのことをお前らが知ってる?」
「ぴゅー♪ ぴゅぴゅぴゅー♪」
「下手な口笛で誤魔化すなよ。……まさかお前たち、……盗ったのか?」
「ぴゅーぴゅぴゅー♪ ……。――あ、これ、”幸運の金貨”じゃないっ。持ってるだけでちょっとだけ運が良くなるっていう……」
「おい、話を変えようとするんじゃない……」
「いやあ! そんな細かいことなんてもうどうでもいいくらいに大金持ちになりましたね! よかったよかった! めでたしめでたし!」
それらを立派な魔導車両(専用の魔導石で動くもので、俺のいた世界で言う自動車に近い乗り物)に積んで、一行は
俺はというと、今、走行中の車の屋根に腰掛けながら、流れ行く道を見物していた。
「ところで……カザハナさん」
「なんだ?」
「ずいぶん暗くなっているようですけど、そろそろ夜営の準備をしては?」
「ああ、それか。必要ない」
「あれ? 夜に動く冒険者は早死するのでは?」
「今夜は問題ないんだ。……これだけ“光蟲”がいればな」
その時だった。
地平線の向こうから、二つの月(前も言ったが、この世界は月が二つある)が昇る。
すると、まるで星々が地面に降り注ぐみたいに、光点の群れが周囲に溢れた。
【光夜の日】
“WORLD1777”にのみ見られる現象で、“光蟲”と呼ばれる直径数センチほどの蟲が群れをなして空を照らす現象。
そうした日は“魔王”ですら仕事を休むとされており、実際に魔族の活動も一時的に鎮まるという。
「うわ、すげ……」
思わず、声を上げる。
こんなの、俺が元いた世界じゃあ見られない光景だ。
この仕事には、時折こういう役得がある。
「ん? いま何か言いました?」
「いや? 別に?」
うげ。
危ねえ危ねえ。
油断して“SEP効果”、オフにしてたらしい。
「ところで、ユーシャ」
「なんです?」
「……さっきからずっと、なんとなーく道なりに走ってるだけなんだが。そろそろ次の目的地を教えてくれ」
しばし、その“勇者役”は考えこんでから。
「そうですねー。じゃ、そろそろ本格的に“魔王”退治に乗り出すとしますか」
お。
いいぞ。
そういうマジメな発言をしてくれるなら、俺だって助け甲斐があるってものだ。
「ってことは、次に目指すのは、……“試練の塔”とか、“死の谷”あたり?」
訊ねるナナミに、
「……と、思ったけど! やっぱりもうちょっとモラトリアムを謳歌したい! ので、なんか美味しいものいっぱい食べれる街へ!」
……。
…………。
………………。
ま、予想はしてたけどな。
了
異界見廻隊員の日常 蒼蟲夕也 @aomushi
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