Stage7_罠《wanna》
物の少ない部屋、それが誰もが抱く感想だろう。
ベッド、ブランケット、枕元のスポーツ用品。ベッドわきの綺麗に折り畳まれた洗濯物。
「あんたからあたしのところに来るとはね。正直意外だわ」
部屋の主、平は話しかける。平均的な身長の彼女からすれば明らかな巨躯。さらにベッドに腰かけている今はかなりの高低差があり、彼女は見下ろすように目を向けられていた。静かな狂気を孕んだ瞳のグラトンに対して、平は挑むように声を飛ばす。
「――ねぇ、ウィズ?」
名を呼ばれても身じろぎ一つせずに彼女は淡々と返した。
『意外でも死骸でもあなたの力を借りなければわたしの望むことも果たされませんから。それでですね――』
「待て待て、ウィズ。昨日はどこに行っていた? 話はそれからよ。あんたが
ウィズの言葉を遮って平は問いつめる。
『……わたしはあの愚物どもを追いました。途中で引き離されてしまいましたが』
ウィズは慌てるそぶりを見せず、淡々と語る。
「アイツとあの白いグラトンに頼まれてあたしを連れて来いって言われてるんじゃないのか?」
あくまでも疑ってかかる平の姿勢は、ウィズの怒りを揺り起こした。
『なんならあなたの眼をくりぬいてエサにすれば、あの愚物をおびき出すこともできるんですよ』
「ッッ……!!」
『お父様はお怒りになるでしょうから、それでは意味がありませんけど。そもそもわたしだってあの愚物を倒したいから、あなたの力を貸せと言っているんです』
その重苦しい声に平は怯んだ。苛立ちを抑えるつもりのないウィズの純粋な激情が正面から押し寄せる。
平の静かな瞳とウィズの冷たい瞳がぶつかり合った。
「いいよ、アイツを探してやる」
平はこんな時だというのに、口角が上がるのを抑えられなかった。
「……アタエの名前出しておいて嘘でもついてたら、化けて出るからね」
『ええ、好きにしなさい。わたしは愚物を殺すだけです』
ウィズは澄ました態度を崩さない。
平は戦いに備え、着替えることにした。部屋着を脱いで下着姿になる。柔肌をあらわにさせると、丁寧にたたまれた服の山から素早くキャミソールを見つけ出す。それを着込むと、白いパーカーを素早く羽織った。
「って
真っ黒なレギンスをベッドの上からつまみ上げるて、すらりと伸びる脚に通す。しなやかで程よく筋肉のついた脚肌に化学繊維の生地が張り付く。
『タイラは他のグラトンがいれば能力が使えるとお父様が仰っていたわ。つまりわたしがいればいい。それが解らずにあなたに頼むほどわたしは愚かではありません』
ウィズにお尻を向けながら見つけたスポーツ用のショートパンツを穿く。
「そいつは良かった」
平はパーカーのファスナーを上げてにやりと笑う。頬を一筋の汗が伝った。
◇ ◆ ◇ ◆
街外れの廃工場。そのなかでも資材置き場と空き地の境目が分からないような場所にヤツはいた。
「あの白いのがいないのは好都合ね」
平はなるべく心を落ち着けようと自らの身体を抱きかかえたが、そんな彼女の努力など気にも止めずにウィズは歩を進める。そして虚ろな瞳で錆色のグラトンを睨みつけた。
「待ちなさい」
ウィズは背後からの牽制に苛立ちを深める。
「あのグラトンは恐らく強くなっているわ」
平はアップデートと言っていた白いグラトンを思い出した。
「それにアタエがいない状態のアンタじゃ勝ち目は薄いでしょう」
『うるさいですね、タイラ。それでもわたしはあの愚物を殺すんです』
言い放ったウィズの背中に届いた声。
「あたしに取り憑いて、ウィズ」
ウィズは思わず振り返る。
『……なにを言っているの? そもそもそんな事できるわけ――』
「できるはずよ。あたしはアイツの片目を体内に持つし、アンタのファインダーだってあたしに眼を移してるんでしょ」
『……そうすればあの愚物に勝てますか?』
ウィズは自分にも鼓動がある事を強く認識した。ドクン、と脈打つ音が聞こえる。
「あたしの技とウィズの肉体があれば勝てる」
『タイラ、あなた……どうなっても知りませんよ』
「あたしがなりたいんだ。自分で、自分の拳でヤツを屠れる
平の揺るぎない表情に、ウィズは自らの血が湧くのを感じた。
二人は恐る恐る腕を伸ばした。風が足下で遊ぶ。
本来ならば触れる事が叶わない二人の手は、指先からゆっくりと触れていく。
「そう、きっとこの感じだ。あたしに眼を移してるときみたいに……」
いつもならばすり抜けるというのに、二人の手のひらはぴったりとくっついた。段々とウィズの身体が平に吸い込まれていく。その接着面が光を放つ。平の身体から淡緑に光るキューブが浮いていって、次第に強まる風に乗って飛んだ。
そこで一ツ眼は異常に気がつく。
『Oaaaah!!!!』
ひと吼え。そして跳躍。
錆色の肉体を揺らしながら廃材を避け、異常な速度で二人に迫る。
二人の接点から放たれる光が強まったその時、エメラルドグリーンの風が球体を形作って二人を包み込む。
わずかの間、平は亡き父のことを思い出していた。
(父さんがあんなにスマホに執着するようになった元凶が、そこに……)
待っててね、仇。平は懐かしむ眼をして言葉を飲み込んだ。
二人の姿の境目はますます無くなっていく。
『GoAAAA!!!!』
迫る、迫る、迫る。
地を踏みならし、全身凶器で全身狂気の妖魔が迫る。
一ツ眼の咆哮が引き金になったように気流は加速し、やがて弾けた。
その中心に彼女たちはいた。
凛とした背筋、地から浮いたひとつの身体。
パーカーのフードが風に舞い、平の頭を覆う。そこからエメラルドグリーンの光をこぼしなから長髪は踊る。
同じく淡緑に彩られた左目とは違い、右目は赤銅の光を放っていた。右の目元には鱗が散っている。
「『そんなに喰いたきゃ』」
彼女たちは喚き散らす一ツ眼を、憤りの
「『――喰らえや、この愚物が」』
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