Chapter3【Avenge on glutton】

Stage6_捨て石《stay,see》

 不機嫌そうな空。雨が降るかもしれないと予報は言っていた。


「お待たせしました」


 ベンチに腰かけていたあたえは声の主にピントを合わせる。

 白翼のグラトンが現れてから一夜明け、あたえじゅんは公園で落ち合う約束をしていたのだ。

 彼女は動きやすそうな格好で、朱色のスキニーパンツに白いシャツとスニーカーというシンプルな装いだ。髪は昨日の戦闘時のように紅白一本ずつの紐で二つ結びにされている。手荷物の無いよう、ウエストポーチまでしている。

 あたえはいつも携帯バッテリーを入れるためにポケットの多いズボンを愛用していたが、今日ばかりはジーンズにスニーカーといった地味な格好をしていた。

 試したいことがある、動きやすい格好で来てくれと純に指定された通りにしていた。

「平さん、ひとりで大丈夫でしょうか?」

 平は独り暮らしをするアパートへ帰って行ったのだが、あんなことの後だ。今日はまともに動けないかもしれないと二人は考えていた。

「たまには立ち止まって休むことも必要だろ。まぁ、ウィズの眼があったら安心できたんだろうけど」

 あたえは手元のスマホを見ながら純に隣を勧める。


「ウィズさん、どこに行ったんでしょう」

 一晩たってもウィズは現れなかった。つまりいまあたえはほぼ能力を持たない一般人なのだ。

「まさかあの白いグラトンについて行ったんじゃ」

「……平気だろ」

 純はあたえの横顔を見て憂うような表情を見せた。

「そう言えばアタエさんからはまだ妖魔の気配がしますね」

「長く一緒だったから染み付いてるんじゃないか?」

 純は、かも知れませんね、と返しつつ腰のポーチからあるものを取りだしてあたえに渡した。

「! 拾っていたのか」

 それは錆色サビイロの鱗。一ツ眼のものだった。

「はい。これで私の能力チカラを使ってあのグラトンの記憶を見ます。平さんには申し訳ありませんが、何があったのか知ることはこれからの予測を立てる上で必要ですから」

「それも祝詞のりとってか? 不便なのか便利なのかわからんな」

 あたえが怪訝な顔を向けると、純は太ももの上で両手を組み合わせて足下を見ていた。


「これは祝詞のりとではありません。これは妖魔に両親を殺された後、私が手に入れた能力チカラなんです」


 彼女は伏し目のまま指先を弄んだ。

「私の両親は私の見ていない間に殺されました。その時のことを知りたいと強く願った私に、神様はこの能力を授けて下さったんです」

「清水、お前それであんなに張り切って……」

 純は困ったように笑った。

「こんなの間違ってるかもしれませんけど、私嬉しいんです。過去を見る能力で平さんが未来に進むのを助けられるんですから! ……それにもう私、乗り越えてます」

 強がりなのは分かりきっていた。だがそれでも進もうとする目を、あたえは知っている。

「だから未来これからの話をしましょう」

 彼には迷いがあった。

 申しわけなさも残っている。

 だがそれでも彼女の決意を受け止め、あたえはこれからのことを話すことにした。


「その能力のお陰で、あのとき俺がグラトンを倒したことを知っていたんだな」

 彼は思い出していた。初めて会ったとき、彼女はなぜグラトンを倒したのか聞いてきた。その質問は。だが、純が現れたときにはグラトンは倒され、影も形も残ってはいなかった。

「あのときはアタエさんが妖魔だと思ってましたから、妖魔同士のナワバリ争いか仲間割れかに平さんが巻き込まれているんだと思っていました」

 頬をかきながら純が放った言葉にあたえは食いついた。

「それは音までは聞こえないんだな」

「はい、この能力チカラはあくまで妖魔に関する過去を見るものですから」

「映像だけで何があったかを理解しなきゃいけないのか」

「あ、でもそんなに鮮明には見えません。実にノイジーです」

「なるほど、それなら何があったのかくらい簡単にわかりそうだ」

 だが、あたえは顔をしかめた。

「本当ならば勝手に平サンの過去を探るようなことはしたくない。俺だって詳しくは聞いてないことだ」

 彼は純の眼を正面から見据える。

「だが平サンを助けられるなら、仇を討てるなら、俺はその不誠実を進もう。……それに清水の考えも分かったし」

 最後はぶっきらぼうに告げると、純は頷いて彼の手を握った。

「……なんだ」

「こうして手をつなぐと、妖魔の見える人なら私と同じものが見られるんです」

 純はあたえの手が冷たいことに驚く。

「いきます」

 彼女は唇を湿らせると、錆色の鱗に手を触れた。

 ◇  ◆  ◇  ◆


 視界は砂嵐とがかかったように見えにくい。

 視線は暗闇から部屋の天井へと浮かび上がって、辺りを見渡す。寝室らしき部屋で中年の男の顔が見える。どうやらこの人が宿主である平の父親のようで、グラトンはたったいま身体から抜け出してきたらしい。枕元にはスマートフォンと眼鏡が置かれている。

 そしてベッドの側にいたのは、白翼のグラトンだった。

 無邪気そうな身振り手振りで何事か話している。当然音は聞こえない。そもそも球体の頭部のどこが口なのかも分からない。首さえもない白翼のグラトンは、それでも首を搔き切る仕草をする。

 

 どうやらそれが何日も続いたらしい。白翼が毎日訪れる様子はまるで頼み事でもしているかのようだった。


 そしてついにその日は訪れた。


 錆色のグラトンは己の身体を平の父親の内側に潜り込ませた。そのまま起きあがると部屋を出てキッチンを目指す。

 明かりを灯して包丁を取りだすと、その刃を首筋に当てた。

 その瞬間が晴れたかと思うと包丁を置こうと手が動く。

 かと思うと、またがかかって柄を強く握り直す。


 そこへひとりの少女が現れた。寝間着に身を包んだ彼女は昔の平だろう。

 寝ぼけ眼をこすってこちらを見た彼女は、眼を見開くと父親の自殺を止めにかかる。視界の主は彼女に対して辺りのものを投げつけた。

 ティッシュ箱、リモコン、写真立て。道着を着た少女が笑顔で写っているそれは、地面に叩き付けられる。

 がかかり、晴れ、二人は争いながら刃を遠ざけようとしたり近づけようとしたりしている。


 平とその父親とその内に潜むグラトンの争いは変えられない結末を迎えた。


 平が突き飛ばされる。

 彼女は身体を起こすと、

 そしてひと掻き。

 包丁が首筋を撫でたのだろう。血が飛び散って、平の寝間着を、白い肌を染め上げる。

 が晴れるとともにグラトンは平の父親の身体から抜け出したようだった。

 だが視界が欠けている。錆色の手は右目を押さえた。

 そして平を見る。

 薄暗い中で彼女の右目が赤茶に光った。

 暴れだしたグラトンは平に爪を向けるが、それはすり抜けてしまう。

 腰を抜かしてあとずさる平に、何度も何度も何度も何度も爪が襲い来る。かすりもせずに全て通り抜けてはいたが、平は気を失ってしまった。

 欠けた視界に白い羽が映り込む。

 平の後方に白翼のグラトンの姿があった。白翼は翼の付け根に浮いた五角形ペンタゴンが連なってできた環をこちらに差し向ける。ぽっかりと空いたそこには鏡が映し出される。

 映り込む顔。右の眼から瞳の色を失い、肩で息をする自身の姿を認めると、それを苛立たしそうに割ろうとした。

 白翼はその攻撃を止め、自分の身体を融けさせる。

 そこで記憶は途切れていた。

 ◇  ◆  ◇  ◆


「「プハァッ!」」

 時間にして数分。それだけで二人は脂汗を浮かべて息を荒げていた。

「清水、平サンのところに急ぐぞ」

「ど、どうしたんですか、今のじゃなにがなんだか……」

「なんであのグラトンは一ツ眼なのか見て分からねえのか!!」

 狼狽うろたえる純に掴みかかってあたえは吼える。

「えっ……!?」

「俺がやっているのと同じだ。つまり平サンの親父さんは! 理由はわからねえが、その所為で錆色のヤツは眼を片方失った」

「じゃあ平さんが探知をできたのって錆色の能力を奪ったから……?」

「ってことは――」

 あたえは顔を上げると拳を握りしめて駆け出した。

 平の家を知る彼には、この公園からそう遠くないことは分かっていた。

(ウィズッ! 聞こえてるならすぐに帰ってこい! ……帰ってきてくれ! お前が必要なんだ……!!)

 心の奥底でずっと感じていたウィズとの繋がりを信じて、助けを求める。

 あたえは焦燥感の中、一つの確信を得ていた。


――ヤツは今でも奪われた片目を探している。


 そう確信し彼は、純を気にも留めずに走り出す。

(数年前の子供が平サンだって、グラトンは昨日の襲撃で気づいたハズだ……)

 人と違い成長しないグラトンは、年齢が上がることによる容姿の変化というものを。だから、最初は本能だったに違いない。それこそとか。

 だが攻撃をして初めて確信したのだろう。あたえと純を無視したのはそういうことに違いない。

 つまり宿敵を理解したのだ。


 この女が自分の眼を持っていると。


 そうなれば一ツ眼は平の眼をえぐりにくるだろう。そうしたら平の眼はどうなる? 考えてみたがそれはあたえには分からなかった。

 憑依しているとしたら肉体にも影響が出て――実際の眼球も傷つけられ、失明してしまう? それとも妖魔の肉体だけが奪われて、生傷はつかないのだろうか?

 手詰まり。どうしたって分からない。そして戦うための牙もない。

 返事のないウィズを心の奥底で感じながら駆けることしか、あたえにはできない。

 休日の昼間、人の少ない道を走っていると、どこか現実味が薄れる。そして道ゆく人とすれ違っては、また現実に引き戻される。

「私はグラトンを探そうかと思いましたが、闇雲ではあまり意味はありませんよね……。平さんがいないとグラトン一匹探し出せないなんて」

「あの人は探知と対人戦担当だからな」

 それが役割だ、とあたえは息を吐くのに乗せて言う。

「対人戦、ですか?」

「ああ、あの人はいつも暴れる宿主を気絶または行動不能にさせる。そうすることで俺がグラトンを狩るのを助けてくれるんだ」

「……平さんって強いんですか?」

 彼女が怪訝な表情をするとあたえは眉をしかめた。

「走るのも速かったろ? 運動神経が良いんだよ、そもそも。はなんか武術もやっていたっぽい写真がさっきの記憶にもあっただろ」

あたえさん、デリカシーがないですよ」

 純はゾッとする作り笑いを彼に向けた。

「……それさておき、気付いていたか? 昨日、宿

「そういえば……そうかも知れません」

「宿主がいなくても生きていけるグラトン……。気を引き締めていくぞ」

 彼の力強く静かな声に、純は下腹に力を込めた。

「私が……私が仕留めてみせます」

 ウィズという大きな戦力がいないことを受け止めた上で、彼女は宣言する。その声は震えつつも芯があり、彼女もまた確かな覚悟と意志を持っていることは明白だった。




 そして同刻。






――平の家にグラトンが迫っていた。






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