Stage8_圧倒《at all》

「『この愚物が』」


 ウィズが憑依し、一つの身体となった平から放たれた言葉。それは二人の声をあわせたようで、それでも混ざりきっていない響きをしていた。

 


『Aaaaah!!!!』

 一ツ眼が丸太のような腕を振り回す。右、続いて左。わずかな距離を開けて平は身を逸らした。

 荒い息づかいが聞こえる距離。一ツ眼は左腕を振り抜いた姿勢から重心を落とすと、錆色の肩を入れて突進をしてきた。

 平は一ツ眼の左上腕に右手を添えると、続いて左の前腕でその巨躯の左側を捉え外側にそっと押し出した。と同時に右手を抜いて、短く息を吸い止めた。


「『シッッッ!』」


 がら空きになった左の脇腹に平の掌底が叩き付けられる。握った拳をほどいて、猫の手にしたくらい。無駄な力の入らないフォームで繰り出された一撃は、ボロ布に大きな穴をあけ、淡緑の光の粒をこぼしながら錆色の鱗を剥いだ。

『gグッォオOOッ!?!?』

 自らの勢いと横からの衝撃が合わさり、一ツ眼は斜めに吹き飛んでいった。ゴロゴロと転がったのは受け身をとるためだろうか。

 平は自分の手のひらを見る。


――繋がっている。


 初めに感じたのはそれだった。ウィズの心が流れ込んでくる。焦燥、恐怖、殺意、そして。


「『アタエに嫌われるのは怖いか?』」


 心の奥底で常にウィズが抱えていたもの。いつかお父様に要らない物として扱われるのではないかという恐怖。毎回の戦闘が全力で必死なのは、その不安の裏返しだった。

 さらに、つい昨日知ってしまった真実。


――お父様の妹を私が殺した?


 ウィズは恐ろしくなった。

 どんな思いでお父様が自分を見ているのかと考えると、ありもしない心臓が締め付けられるようで。

 解らなくなった。

 大罪を犯した罪深い自分が、お父様の側で生きていていいのか。

 そしてなにより、都合良くすべてを忘れ、無邪気にお父様を慕っていた自分が憎くて恥ずかしくなった。

 全てが爆発しそうになってなのに心はゾッとするほど冷えきっていて、ウィズは耐えられなくなった。

「『アタエに向ける顔がないから逃げたのか?』」

 赤茶けた右の瞳には試すような色。ウィズ。

『「でも、わたしは決めましたから」』

 あげた顔には澄んだエメラルドグリーンの左目。その瞳には強い意志の輝き。


『「全てのグラトンを滅ぼして、わたしも死にます」』


「『……自分がした事、覚えてないんでしょ?』」

 平は責めるように言う。

『「ええ、まったく。……でも本当はどこかで気付いていたのかもしれません。だってわたしはお父様の心に住み着いて――」』


 ザンッッ!!


 と、その時。何かが平の顔を横切った。

 慌てて目を向ける。一ツ眼は自らの鱗を投げつけていたのだ。次いで空を切り飛来する錆色の鱗。慌てて障壁バリアを展開するウィズ。

『「蓄えてある“トキ”が少なすぎます!わたしのエネルギーも考えるとあのサイズの障壁バリアはあと一度しか出せません!!」』

「『コイツ、中距離もカバーできるのかよ……』」

 近接戦闘ならば対応できると判断し、平は身をかがめた。

 上を通り過ぎる錆色の鱗を無視しながら跳躍をする。

(白いのが来て融合する前に倒すぞ、ウィズ!)

(ええ、あれは厄介そうですからねッ……!)

 距離二十メートル。それを二回の跳躍で詰め切ると、自身の右脚を覆うようにして障壁バリアを展開。サイズを小さくするならばあと四回といったところだろうか。駆けつけた速度を乗せてそのまま蹴り上げた。

 一ツ眼が両腕を交差させて防ごうとする。

 が、

 ブヅンッ……と音を立てると、一ツ眼の両腕の肘から先が空を舞う。その勢いが消える事のないまま胸部に一条の抉り傷を産み出し、さらに顎を砕かんばかりの勢いで蹴りつけた。

『ッッグ!?!?』

 一ツ眼は膝から崩れ落ちた。平はひらりと宙返りをして浮き立った。

『「トドメといきましょう」』

 残りの“トキ”を、全部。

 ウィズは最小限の障壁バリアを一ツ眼の背後へ、ありったけの障壁バリアを右腕に篭手こてのように固めた。

 そして背後にも小さなものを産み出すと、垂直に立つそれに靴の底をつけて、自分ごと撃ちだした。


「『っ……!」』


 地面と平行の身体は加速を果たして一ツ眼に向かっていく。風を切る音がやけにうるさい。あと少しのところで障壁を蹴りつけ、再加速。

 両の瞳を光らせて二人は叫んだ。


『「法衣螺刃クロスド・ラジンッッッッ!!』」


 の直前に、身を捻り一回転。長大な刃を叩き付ける。

 と同時に一ツ眼の背後の障壁バリアを引き寄せて挟み撃ちにした。


 ブシュ……!!


 両腕で抱えた強大な刃の前に、錆色の胴は裂かれた。

 ウィズは血を吐いて横たわるその顔面を掴むと、その“トキ”を喰らう。


「『……他愛ない』」

 あまりにあっけない幕引きに二人は不満げだった。

 自身の仇討あだうち、主への贖罪しょくざい。その終わりと始まりが、この程度なのか? 待ち望んでいた事なのに少しも嬉しくなかった。

 息を吐きくと、これまでの出来事が頭の中を駆け巡った。長いような、短いような時間。全身の力が抜けていく。

「『あは、はは、こんなもんなの……?』」

 空っぽな声が真昼の曇天に滲む。

 魂が抜けたように太陽を仰ぎ見ては、微動だにしなかった。





――視線の先に白い羽が舞い散るまでは。





 「『!?』」

 目を凝らす。

 十数メートルと離れない場所に降り立つ白翼のグラトン。それは以前に見た錆色の腕を生やした龍に近い――がそれでも違っていて、人型をしていた。

 二人の背後からはいくつかの人影。

『そのに勝てて満足したか?』

 そして、絶望が近づいてきた。





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