第7話 奥の宮

第七話 奥の宮



 アジスを肩に乗せたエリドゥが、シャトルポートに到着した時、既にエレヒからのシャトルは係留されていた。

 それは引越し屋や宅配業者が使うような大型トラックを改造したものだった。改造されて、大気圏脱出能力が付与されている。トラックの上にカブトガニのようなUFOに脚の生えた物体が覆い被さり、カブトガニの甲羅にあたる部分に大きなガラス玉のような半球体が付いていて、巨人が座るような運転席が据え付けてある。


 シャトルの後ろ、荷台のリアドアが開いていて、そこにエリドゥと同じトナカイ人間が腰かけていた。


「大将! 非番のところ申し訳ございやせん」


「ラガシュ、ご苦労」


 エリドゥよりも一回り小さい、ラガシュと呼ばれたトナカイ人間は、エリドゥに駆け寄る。


「アジスの坊っちゃんも、お晩です」


「お晩です……?」


 アジスはラガシュの肩に乗り移る。


「シタテル嬢ちゃんは何処ですかい? タキリの姐さんからは二人とも連れてくるようにと、ことづかっておりやすが、」


「シタテルはこの中じゃ」


 エリドゥは自分のランドセルを指差す。


「へ?」


「寝とる」


「へー、左様で…。まあ、いいです。姐御はお急ぎでしたから、早速飛ばしますぜ」


「ねー、ラガシュー。運転席乗っても良い?」


 アジスはラガシュの首に纏わり付く。


「坊っちゃん…このはしけ運転席がむき出しで、寒いですぜ……」


「そうなの?」


「エレヒの宇宙港の荷降ろしで使ってたやつを、おっとり乗って来てしまいやして……」


「…『おっとり』って…おっとり刀?それとも『うっかり』の事?」


 ラガシュの翻訳機は若干調子が悪いようだ。


「まあ、すぐ着きますので、大将と一緒に荷台でドナドナしててください」


 エリドゥはラガシュからアジスを返してもらうと、這いつくばって荷台に乗り込み、ランドセルを下ろしたら、釈迦涅槃像のように寝転んだ。


 ラガシュがリアドアを閉めて間もなく、「では、発車しますぜ」と放送があり、荷台が微かに振動した。


「ラガシュ。外を見せてくれ」


 エリドゥが呼び掛けると、密閉されていた荷台の側面が、一瞬ですべてガラス張りになったかのように、外の景色が写し出された。

 シャトルは地球の大気圏を脱出するために空へ上っている最中だ。雲海を突き抜け、星空を目指し、カブトガニにしか見えないシャトルは恐ろしい速度で飛ぶ。

 

「見てみろ、アジス。地球のあちこちから、ワシらのように飛び立つ船がたくさんある。あそこの大きいのは、千島海溝で地殻調整をしていた、アプサラ人のクルーザーだ。反対側の遠くに見えるのは、積乱雲に偽装ていた東アジア地域の大気監視船じゃ。」


 遠くの雲の塊の中から、竹輪ちくわみたいな円柱が何個か飛び出す。


「あっちの沢山の光の柱みたいなやつは?」


 アジスが指差す方向に、地表から立ち昇る幾筋もの光が見える。


「『樽前議定書』にて地球各国に供出が義務付けられた、地球の艦艇じゃ」


「地球人ってやっぱり宇宙船作れるんだ!」


 窓に顔をつけながら、アジスは感動して叫ぶ。


「いいや。星系内航行船と云う意味では、作れない。彼らの船はやっとこさっとこヨタヨタと月に辿り着いたくらいだ」


「だって…」アジスは遠くの光の柱を指差す。


「第二次世界大戦末期に撃沈された海上艦を改修したアレとか、異性人が放置した砲艦を改造してお手てに空母と揚陸艦を付けたやつとか、白い木馬型巡宙艦とか……」


「そりゃ『ポンチ絵』(マンガ、アニメの類いとエリドゥは言いたいらしい)の中の話じゃ! 法螺ほら話を鵜呑みにしおってからに。……今、あそこを飛んでいる船だって、外っ面は地球人が作った構造物じゃが、薄皮一枚捲れば、中身はエレヒで作った船が詰まっておる。ハリボテだな」


「えー……何でそんなまわりくどいことをしてんの?」


「地表に降り立つ外星人の構造物は、地球の物に偽装しなければならん。我々も、島民以外の一般地球住民の前では、身を隠すか、地球人に変装することが義務付けられている。これらも『樽前議定書』にて地球人と取り決めたことじゃ。面倒なことこの上なしじゃがな…」


「どうして?」


「どうやら地球人の統治者達はな、ワシらが地球を攻め滅ぼすために他の星からやって来たと思っているらしいのぅ。じゃから侵略の意思がない事を示す必要があったのじゃ。あとは、一般住人を刺激しないため。だとか」


 スクリーンに写し出される地球は遠ざかり、全球が視界に入るところまで小さくなった。


「ところで、籠の中の子供達はどうしておる? やけに静かだが…」


 アジスはエリドゥのランドセルに付いている窓を覗き込む。


「まだ寝てる。シタテルまで……、はしたないなあ」


「よいよい。下手に騒がれても面倒だ、そのままにしておけ」


 エリドゥは視線を外に移す。


「エレヒが近づいてきたぞ」


 シャトルの進行方向には、月を遠くに望む星空が広がるが、その一部分が魚眼レンズのように円形に歪んでいる。その円形は、シャトルのディスプレイによって光の線で縁取られ、形が強調されている。

 歪みの正体は、切断面を地球に向けた半球体で、切断面には背後の宇宙空間が投影されている。

 この半球体こそが、宇宙ステーション『エレヒ』である。

 本来は完全に不可視化されているのだが、シャトルのスクリーンには、計算上の位置と形がコンピューターグラフィックとして合成されている。


「春休み以来だな、…エレヒに帰るの」

 

  ニューギニア島の北、赤道上空、地表から36,000キロメートル離れたの静止衛星軌道のエレヒまで、学園横のシャトルポートからものの数分で到着した。

 

 シャトルが近づくにつれスクリーンのエレヒはどんどん大きくなり、最終的に視界の全てが覆われてしまった。

 星空を映すエレヒの切断面に、四角く穴が開いている部分が所々あり、そこだけはエレヒの隔壁の断面が見えている。


 アジス達を乗せたシャトルは、その穴の一つに吸い込まれていった。


「大将、お疲れさまです」


 外の映像が見えなくなり、ほどなくしてリアドアが開いた。

 エリドゥはランドセルを背負い荷台から降りる。


「何でこんな小さい船で来たのじゃ……。乗り心地極めてわろし。ラガシュ、猛省せい」ドアを開けて待機していたラガシュの肩に手をかけエリドゥは呟く。


「うへぇ! すいやせん」ラガシュはエリドゥとアジスの後を頭を掻きながらついて行く。


 大型の惑星間航行船が多数停泊しているドッグの片隅に、地表とエレヒを行き来する小型のシャトルを係留する一角がある。検疫と入出国を管理する窓口は目と鼻の先である。


 エリドゥとアジスを認めると、港湾局で働くレムル人の職員は、大した誰何すいかも無しに、ゲートを開き、三人(+三人)を奥へ通した。


 ゲートを通る時に、門の内側に張られた膜状の光を一人ずつ通過する。

 

 ゲートの向こうは、大きなエレベーターになっていた。

 アジスはゲートの横にあるコンソールパネルに向かって、「奥の宮」と言った。


 微かな駆動音と僅かな振動があったが、窓が一切無いので、どのように移動しているかわからない。しかし、アジスが操作したパネルには、お椀を逆さまにしたような、エレヒの簡略化された3Dモデルが表示されていて、その中を光の点が動いている。光はお椀の底、図ではお椀が逆さまなので、真ん中の一番上を目指している。


『ちーん』


 間抜けな音が響き、ゲートは再び開く。

 その先は大きな聖堂のようなホールだった。


「エリドゥ!」


 扉が開いた途端、エリドゥの元へ、長身の女性が駆け寄ってきた。

 髪の毛が白金であることと、身長がかなり高いところ以外、シタテルそっくりである。純白のウエディングドレスと見紛うような、ゴージャスな装いをしているが、慌てているようで、所作はあまりに優雅とは言えない。スカートの先をつまんで凄いスピードで駆けてきた。


「タキリ。海王星からの知らせは?」



「少なくとも2柱。外輪に潜り込んで小天体を食い荒らしているわ」


 タキリと呼ばれた女王のような女性は、エリドゥを見、足元に抱き付いたアジスを見、後ろに控えるラガシュを見、「シタテルは?」と尋ねた。


「背負ってきた。この中じゃ」


 エリドゥは自分のランドセルを指差す。


「友達も連れてきたよ!」


 タキリのドレスのスカートで顔をコシコシしていたアジスが見上げて告げる。


「友達って、学校の?」


「うんうん」


「浩平と天音じゃ」


「エリドゥ……。この非常時に……」


 タキリは頭を抱える。


「嵐で家に帰れなくなってたんだ。……母上が急に呼ぶからだよ」

  

「まあ、来てしまったものは仕方がないわね。アジス。出てきていただいて。ご挨拶をさせていただくわ」


 タキリは居住いを正し、女王然とした佇まいでロイヤルスマイルを浮かべ待機する。


「ごめんなさい。みんな寝てるの」


「…………」


 タキリは肩を落とし、猫背になり、頭をボリボリと掻く。



 


 



 









 

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地球鎮守府 @h-Yamauchi

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