神×天

るーるー

第1話 神様と天使

 コツコツと足音が響く。

 響く音は決して急いでいるわけでもなく苛立っているわけでもない。ただ規則正しく一定のリズムを持って響いていた。

 音の主は一言で言えば白と表すしかないであろう。もしくは大多数の人がこう答えるであろう。『天使』と。

 着ている服、そしてそこから見える肌は雪のように白く、綺麗に整えられた髪は星々の煌めきのように光沢を放つ白。そして人々に天使と特徴づけるかのように背中からは小さな二対の純白の羽が姿を見していた。

 そんな天使が音を立てながら歩いているのは神界と呼ばれる天上の地であり、神と呼ばれる者が住む居城であった。


 コツコツと響く音がようやく止まり、天使の少女は目的地である場所の扉を見上げる。見上げたところで天井は全く見えない高さにありこの扉の高さもどこまであるのかわからないのであるがそんなことを天使は気にしていなかった。

 ただ、その扉に掛けられているマジックボードを凝視していた。


『ここは神のお部屋♡ 優しくノックしてね』


 やたらと丸文字を駆使して描かれた文字を見た天使の綺麗な顔に青筋が浮かぶ。そして彼女の紅い瞳は今は爛々と光り危険な輝きを放っていた。


「スーハースーハー」


 心を落ち着かせるためか大きく深呼吸をした天使が少し落ち着いたのか扉を軽くノックする。静謐な空間であるがゆえに音は良く響いたのであるが、反応が欲しい部屋の中からの音は一向に聞こえてこなかった。

 再び青筋を浮かべる天使であったがどうにか怒りを押し殺したのか扉を軽く押すと扉は音もなく内へと開き天使を部屋へと招き入れた。

 開かれた扉を潜り中に入るとそこは至る所に本棚があり、視線を上に上げるとそこには宙に浮かぶ本棚まで存在していた。床はというとそこには本ではなく幾つも紙がばら撒かれたかのように置かれており足の踏み場もない状況であった。


「はぁ」


 天使が小さくため息をつき、軽く腕をふるう。すると床に散らかされていた紙がひとりでに動き出し天使の手に集まり始める。我先にと言わんばかりに天使の手元に集まる紙はあっという間に彼女の小柄な体を隠すほどの量になり相当な重さであるにも関わらず重そうな素振りを一切見せていなかった。

 床が見えるほどになるまでは数分の時間を要したが天使はまとめ終わった紙というか書類の束をとりあえず近場の机の上に置き、再び室内を歩き始める。

 部屋と言ってもかなりの広さがありヒールが床を打つたびに音が響く。

 やがて終わりが見えると書類が山積みにされた机が姿を見せた。天使は迷うことなくその書類の山の正面に立つことなく横へと回りこみ机の主を見つけるべく覗き込む。

 天使が覗き込んだ先には机に突っ伏して眠る青年の姿があった。ムニャムニャと口元を歪ませ、時折だらしない笑顔を浮かべているところを見ると夢を見ているようだ。

 すやすやと眠る金の髪の青年の寝顔を見て天使は薄く微笑むと腕を天に掲げるようにする。すると天使のかざした空間が音を立てるようにして歪みそこから美しい装飾が施された柄が姿を現した。

 天使はためらう事なくその柄を掴むと一気に引き抜きくるくると回転さし肩に担ぐようにする。

 天使が肩に担いだ物、それは彼女の身長の二倍はありそうなハンマーである。巧みな装飾が施された凶器ハンマーはもはや芸術品の域に達していると言ってもいいほどの逸品である。


 その凶器ハンマーの柄を両手で掴み何度か素振りをする天使。それはもう軽々と行うのであるが素振りをするたびに風が唸り、窓ガラスがビリビリと音を立て震えていた。

 数度の素振りによりなにかを満足したのかしきりに頷く天使であるが、金の髪の青年は室内の風が唸っているにも関わらず全く目をさます様子は見せなかった。

 そんな金の髪の青年を見下ろしていた天使はその端整な顔を口元だけ半月状に歪ませると手にしていた芸術品ハンマーを振り上げる。


「駄神さま、起きてください」


 力一杯、芸術品ハンマーを金の髪の青年の頭部に向け振り下ろした。


「がはぁ⁉︎」


 頭部への衝撃、と言っていいものかわからない一撃を受けた駄神と呼ばれた青年は目覚めはしたが芸術品ハンマーの一撃はそれだけでは止まらなかった。彼がうつ伏せ、ヨダレを垂らして安眠していた相棒である机を軽々と粉砕し、青年を床に縫い付けるように叩きつけたのだ。その際に床はというと放射状にヒビが入るだけであった。


「な、なに⁉︎ 魔界がついにストライキでも起こしたのか⁉︎」


 瓦礫をばらまきながら慌てたように青年が起き上がる。普通ならハンマーで頭を叩きつけられたら傷を負うなり死ぬなりしそうなものであるがその青年にな怪我や傷などは一切見られなかった。


「おはようございます、神さま。ご機嫌はいかがでしょうか?」


 今まさに惨劇一歩手前の行動を起こしたとは思えないほどの完璧な礼を見せる天使であった。


「あ、アイビスちゃん。どうも頭が殴られたかのように痛いんだけどね」


 傷はなくとも頭をうたれたため多少は痛むのか頭をさすりながら神と呼ばれた青年は立ち上がる。

 何事もないかのように立ち上がる青年を見た天使ーアイビスはその端整な顔の表情を一切変えることなく小さく舌打ちをする。


「ちっ いえ、神さまの頭に蚊がいましたので排除させていただきました」

「ふーん、ありが…… なんて言うと思うか! なんなんだその伝説の武器みたいなやつ! めちゃくちゃ芸術品みたいなやつじゃん!」


 とぼけているように見えてしっかりとアイビスが片手にもつ凶器ハンマーに気づいた神。その視線に気づいたアイビスは再び凶器ハンマーを振り上げ、今度は横から神の頭を引っ叩いた。

 グワァァァンとよくわからない音が響き神が軽々と吹き飛び先ほどアイビスが積んだ書類の山に突っ込んだ。


「なんでなぐるかなぁ⁉︎」


 書類の山から顔を出すようにして神が姿を見せる。やはり頭を殴られたにも関わらず全く傷は見られない。


「なにと申されますとハンマーですと答えます。主に釘を打ったりしますね。作られたのは石器時代だとか。文明の機器とも言えます」


 首を傾げ可愛らしくアイビスが答える。


「俺は釘か⁉︎」

「はっ 釘に謝れ!」


 神の言葉を鼻で笑い、さらには謝ることを強制してきた。掲げられた凶器ハンマーを見て神はたじろぐように後ろに下がった。

 しかし、何かに気づいたかのように神は立ち上がる。


「なるほど!出る釘は打たれるというものな!仕方ないな!俺は有能な神だし!」


 ドヤ顔である。すごいことに気づいちゃった! と言わんばかりのドヤ顔である。そんな顔を見た天使アイビスは怒りの頂点に達したのか再び凶器ハンマーを振りかぶる。


「だまれ、仕事を溜め込むしかない無能神が」

「いや、あのアイビスちゃん? 仮にも俺、神なんだけど」


 やたらと圧力を放ってくるアイビスに気圧されながらも諭そうとする神であったが関係ないと言わんばかりに無慈悲に、かつ的確にハンマーは振り下ろされる。何度も何度も同じ場所を正確に。


「ちょ! ま! や、やめて! ゆるしてぇ!」

「脳みそがペースト状になるまで叩いてあげますよ! 駄神さま!」


 ガァンガァン! と工事現場でなり響くような音と神の悲鳴が神のお部屋♡からしばらくの間鳴り響いた。

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神×天 るーるー @sia1945

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