月詠炬の残酷世界(仮)
うらみまる
第1話 都古と人権無き人
1
例えば、人に人権がなくなるとき、それはいつなのだろうか。少なくとも普通の人に人権はある。確かに存在するし、それは周知の事実だ。ならばどこでその普通の人は人権を無くすのか――亡くしてしまうのか。
どこかに落としてしまうのだろうか。
どこかで堕とされてしまうのだろうか。
答えを示すならば、それは普通から<圧倒的に弱くなる>か、<脅威的に逸脱する>かである。
弱くなろうが、強くなろうが、それが脅威になるとき、人は防衛手段としてまず、人権を奪う。そして武器を取る。異端にする。断罪する。
「でも、弱くなったらそれはそれでイジメの対象ですよねえ。鬱憤晴らしのサンドバックですよねえ。わたしはそう思うんですけど、どうなんです?」
そこは京都に入るところ――滋賀県の出口付近の地区だった。夏にも関わらず、橙のマフラーを首に巻いて、高校指定のブレザー服を着た少女が、喫茶店の椅子に座っていた。
少女の前にはテーブルを挟んで少女と同じくらいの年であろう少年が座っていた。少年は目線だけ少女から逸らして、オレンジジュースをストローで啜っていた。
ここだけ見れば、少なくともただの男女の交際風景として、映るだろう。ただ、その少年少女を守るように囲んでいる黒服の屈強なボディーガードさえ目に入らなければ、だが。
「おい。お前……名前なんだっけ」
少年のぶっきらぼうな声に少女は「
「お前さあ。今強制送還されてる途中だって理解してるよな?」
「ええ、もちろん! わたしは
「
「そういうあなたはなんでそんなに暗いんですか? そういえば、お名前聞いてませんでしたね。あなたの名前は?」
「俺達はさぁ、『異能力者』ってやつなんだよ」
少年――
「人権ないの。わかる? なんかひとつ怪しいことしたら脳天に一発銃弾食らって死ぬんだぜ」
「『異能力』! いいですねえ。世果くんはどんな異能を持っているんです? 異能って他人に譲渡したり、受け継がせたりできるんですよ。あ、でもどうしてでしょう? 世果くんは異能がイヤなんでしょ? だったら見知らぬ他人に明け渡したらいいじゃないですか」
世果は、話をまったく聞かない炬を見て、オレンジジュースにぶくぶくと泡を吹かしながら、考える。
世果は実を言うと、異能が嫌なわけではなかった。ただ、強制送還される場所――最終目的地<都古>へ行くのが嫌なのだ。何がいるのかわけのわからない土地へ行くのだ。不安にもなる。しかも、その<都古>という場所――政府が京都をまるごと買って設立した異能者用の檻だと言うではないか。せっかく便利な異能を手に入れたというのに、これではいつ死ぬかわかったものではない。
限世果は生に執着していた。
「だから世果くん。わたしにあなたの異能をください!」
「……そろそろ行こうぜ。黒服さん達が痺れを切らしてしまう」
「あー、もう。話をそらさないでくださいよー」
さっきから話を脱線させまくっているのはお前だろ、と世果は口まで出かかったが、なんとか飲み込んだ。
世果は悟った――この少女に話を持ちかけると、すべてが脱線する。
少なくとも、世果と炬が会話をするのはもうこれっきりなることになる。
2
<都古>という都市は、政府が京都をまるまる買い取り、そこを異能力者を閉じ込めるためだけにできた場所である。
世界中から異能力者が人権を剥奪され、この
彼ら、もしくは彼女らに許されていることは、<都古>内での殺人行為、そして<都古>内でのみ生きることである。
この<都古>には主にむっつの地区で区切られている。
『世界歴図書館』『童話の森』『バビロン街』『天岩戸』『凡の村』『黒い都市』のむっつである。
そして人種すらも区別されている。それぞれ太古から存在していたが、区分はされていなかった。そして、この<都古>が設立された瞬間、区切られた。
人としての限界を外れてしまっている『人外』
漂う人間のようなもの『概念』
古くから京都に住まう人間の信仰の対象『神様』
神様と人間が結びつき産まれた神様の末裔の人間『神族』
普通で弱くて脆い『人間』
人種ごとに派閥はないが、地区ごとに派閥がある。
そんな場所に、ふたりの少年少女――月詠炬と限世果は辿り着いた。巡り着いた。
「わたしは『世界歴図書館』というところにいますので、困ったことがあったら訪ねてくださいね! 絶対ですよ!」
「誰が行くかよ」と世果が言おうとした瞬間、世果の左腕が吹き飛んだ。一瞬のできごとで、二人共反応できなかった――反応できるはずがなかった。世果の吹き飛ばしたものの正体は異能ではなかった。
「う……あ。じゅう?」
左腕を吹き飛ばされ、大量の血が左腕から容赦なく流れ出ているにも関わらず、世果は意識を辛うじて保っていた。
そして苦痛に歪んだ表情で振り向けば、そこには軍服を着た男が五人いた。全員手にライフルを持っている。
絶望的である。先程まで同行していた黒服達はもういない。というより、彼らは炬や世果を守るためにいたのではなく、炬や世果から一般人を守るためにいたのである。助けてはくれない。
なぜなら――異能者に人権はない。
3
「あ、そういえば『館長』。今日新しい子が来るみたいですね」
そこは<都古>の『世界歴図書館』だ。<都古>の歴史及び異能者の歴史、そして膨大な量の書物を保存、保管、記録している巨大な施設――図書館である。
現在職員『館長』『副館長』『司書』の三名のみ。
「……うわぁ。ドイツが一夜で跡形もなく消しとんだだってよ。怖いねえ」
「あの、聞いてます? 『館長』」
黒い長髪の女性は『館長』に向かって確認するように言う。彼女がこの『世界歴図書館』の『副館長』である。黒いスーツをクールに着こなす、スーツを着た大和撫子である。
「あ、そうそう。オレさぁ、もうドイツが復讐しに来るのが怖いから、寝るわ」
そして金髪でいかにもチンピラとも取れる風貌のこの男こそが『館長』である。
明らかにサボる準備をし始めた『館長』を見て、『副館長』はため息を吐きながら、『館長』に言う。
「あのツクヨミ様の子孫ですよ。迎えに行ってあげないとアマテラス様がなんて言うか……」
わざと、大きな声で、『館長』の耳に入るよう言った『副館長』。して、その言葉を聞いた『館長』の反応は「さあて、このイケメン紳士なオレ様が、可愛い新入りを迎えに行きますかねえ」と、こちらもわざとらしく、どこかの誰かに向けてなのか、不自然に言った。
「ま、んじゃ行ってくる」
と『館長』は『世界歴図書館』を出た。
太陽が動いた。
月詠炬の残酷世界(仮) うらみまる @uramimaru
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