世界を救おうとしても色々ありまして②
全てを喰らい尽くそうではないか。ちょうど良い餌がそこらを飛んでいるじゃないか。そこらを荒らしているじゃないか。なら喰い殺そう。
「喰らい尽くせばこの世界は汚されなくて済む」
グランエルはすでに出血多量で、失血死した。だがそれは、止められないものだった。だからこそ俺は後悔しない。救えない者を救うつもりは無いのだ。無理なことは無理だと理解しているのだ。
「救われない者を救うつもりも無い。ただただ、俺が出来ることだけをする」
*****
「お父さん、暴走していないと良いなぁ……」
「無理じゃないかねぇ? ウツロイだよ?」
「お父さんですもんねぇ……」
*****
真心とカッツィオは空から急に降ってきた赤褐色のそれに、動揺を隠せなかった。いきなり、現われたからだ。
それは地面に着地するなり、背中から生えている異形の赤褐色の腕で、周囲を薙ぎ払った。武人や隆人、真心にカッツィオが巻き込まれたが、死んではいない。
「――ウツロイ!?」
「――カッツィオか。今ので生きているとは……そういうことか」
英雄は死なせたくないのだろう。奴の存在を溶かしきれていない、と改めて理解しながらさらに背中から翼と、尾を生やす。さらに、従来の右腕が異形の顔となり、首となる。
「ドラゴンを取り込んだのか!?」
「ああ。どうだ? 似合っているか?」
「悪趣味だ……お前、どうするつもりなんだ?」
「全てを薙ぎ払うだけだ――邪魔をするなら、お前も殺すがな」
「しないさ。お前は世界の危機を殺し尽くすつもりなんだろう? 俺はそれには何の文句もないからな……任せても、良いんだな? 俺はもう、研究職に戻らせてもらうぜ?」
「ああ、それで良いさ、親友……だが、そこに転がっている三人の処分は俺がする。殺しはしないから安心しろ」
「逆に心配するようなことを言いやがって……」
そしてカッツィオを転移魔法であの王国まで飛ばす。そしてそのまま、意識を失って倒れている三人を転移魔法で飛ばす。さて、
「これで心置きなく、薙ぎ払えるな」
両腕が、ドラゴンの首が、尾が、翼がさらに巨大化し、周囲一帯を薙ぎ払う。地面を抉り、掘り返し、何もかもをぐしゃぐしゃにする。
その様子は世界の危機よりも世界の危機らしかった。そしてその様子を眺め、彼女たちは早ちとりをした。
彼女たちはその異形を世界の危機の親玉だと判断したのだった。
「おらよっ!」
『燃え尽きろ!』
「――無駄だ」
翼が体を護るように盾となる。そこに巨大な剣が叩きつけられ、劫火がその表面を炙る。しかし、その翼の盾を突破するには足りない。
「何の真似だ、魔王、龍王。お前たちも世界の危機か?」
「あ? 何言ってんだよテメェ……ぶった切るぞ」
『何を言っているのか理解できませんが……まるで世界の危機のようなあなたは殺さないといけません。なので私はここであなたを殺します。殺して殺して殺さないと、この世界に申し訳がない』
虚偉は小さく息を吐いて、そっと異形を操って魔王を襲った。それを眺め、魔王は不敵な笑みを浮かべて正面から迎え撃つ。しかし中々、全てを対処しきるには足りない。次第に魔王が体勢を崩していくが、虚偉の攻撃の手は止まらない。
殺意しか感じないそれに魔王が笑っていると、
『まったく、私はあなたが世界の危機を止めてくれる、と期待していたのですが――あなたが世界の危機の王ならば、止めてくれると期待してもおかしくはありませんね。ですが、あなたが彼女を救えなかった際に、そっちを選んでもおかしくないと気付くべきでした』
「――愚かな。俺は世界の危機を殺して、この世界から立ち去る。それだけが、俺の祈りで俺の願いで俺の意志だ。それは誰にも邪魔はさせないし、どれもお前に邪魔をさせない。殺すぞ、龍王」
この間にも世界の危機は襲いかかってきている。だから異形の腕などが全てを殺し、喰らい尽くしている。その様子は眺めている龍王にとっても嫌悪感を抱くものであった。だが、彼女は小さく息を吐いて
『世界の危機を殺すのか?』
「ああ。それが俺のこの世界における最後の――仕事だ」
*****
「世界を襲った世界の危機、それは新たな世界の危機の出現で回避されました。しかし新たな世界の危機は、世界を救うだけでは留まりませんでした。彼は、世界を侵略してきた者たちの世界に乗り込みました」
*****
「ここは――地球、なのか?」
いや、だとすれば何故、大陸が浮いているんだ? 地球のようにも見えるが、全くの別物と考えるか。
「ドラゴンにペガサス、幻獣と呼ばれた存在ばかりだ――生物研究者にとっては心からの楽園だろうな。だが――」
眼がちかちかするような赤褐色の世界は要らない。こんな世界は、存在する必要が無いのだ。他世界に迷惑を掛ける世界の処分は、アガリアレプトの仕事だ。
「歴史を全て、掻き消そうか」
触れている地面を体内に取り込む。もはやこの体は人間の、悪魔の体じゃない。何もかもを飲み込んで、消化するただの化け物だ。
俺はもう、地球には帰られない。だから、もう殺そう。この世界を殺した後に、自分を殺そう。最後の仕事だ。
「さぁ、かかって来いよ」
お前たちにしてみれば、俺はただの異形その物だろう。世界の危機その物だろう。だがな、
「滅ぼしてやるよ、全て、な」
地面を喰らい、生き物を喰らい、大気を喰らい、全てを喰らう。何も残さない。何も残ることは許させない。何もかもが消えて亡くなれ。
世界を滅ぼそうとする化け物は、滅ぼうとする世界と共に、その世界で命を落とした。
*****
「――お母さん」
「うん? どうしたんだい?」
「……アガリアレプトに、なりました」
「んー、ウツロイ、死んじゃったんだ」
クロは小さく息を吐いて、目を閉じる。悼んでいる、その時間はごく僅かで
「シロ」
「はい、なんでしょうか?」
「アガリアレプトの書庫に行くよ。そこにある、歴史の書を探すよ」
「……分かりました」
シロは母親の言っていることが理解できなかった。だが、母親が悲嘆に暮れているようにも思えなかった。だから、指示通りに書庫に入ると
「え?」
「あ」
「お」
「シロちゃん……クロちゃん!?」
なんで生き返っているの、と真心は動揺した。しかしクロはそれを無視して歩く。そして目当ての書庫に移動して
「――あったよ、シロ」
「お母さん……? それは、一体?」
『――やっぱり、こうなったか』
「そうだよ、ウツロイ。アガリアレプトの意思は歴史に残されるんだよ」
『また、説明不足か……』
その声はシロにとって、聞き覚えのある声だった。そして
「お父さん……なのですか?」
『ああ』
死んだはずの父親が生きていた。それはシロにとって嬉しいことだった。クロにとっても嬉しいことだったのだが、
「やっぱり、世界を滅ぼしたのかな?」
『ああ』
「お疲れ様、ウツロイ。それで、これからどうするんだい?」
『……俺はもう、どうもしないさ。後は三人で、一緒にのんびりと暮らしたいな』
「お父さん……私もです!」
「私もだよ、ウツロイ」
二人に挟まれている本は、幸せそうだった。だからこそ、彼ら三人を眺めている三人は何も言えなかった。しかし、
「俺ら、これからどうしたら良いのかな?」
「さぁ……」
「私は――ちょっと、行ってくるよ」
駆け出した背中に伸ばした手は空を切る。そして――
「マゴコッちゃんも一緒にクラスかい?」
「マゴコロさんなら歓迎ですよ?」
『まーちゃん、か』
その言葉は真心をいたく驚かせた。それはかつての呼び名。忘れられている呼び名だった。
「思い出してくれたの!?」
『どうして忘れていたんだろうな』
思い出せたのは、今の姿になった瞬間、全ての歴史を脳内にリフレインしたからである。だがそれを知っているクロは何も言わない。そして――虚偉は
『――クロ』
「なんだい?」
『子供の頃の、子供同士の結婚の約束ってどうしたら良いと思う? いや、別にお前と別れるつもりはないぞ?』
「別に疑っちゃい無いさ……そっか、ウツロイはマゴコッちゃんと幼い頃からアカが良かったんだねぇ……羨ましい限りだよ」
クロはそう呟いて、そっと真心を抱きしめて
「私と結婚するかい?」
「ええ!?」
「私、女同士もいけるよ?」
「お母さん……」
性癖をばらす母親に、シロは頭が痛そうに顔を顰める。そしてそれを眺め、虚偉はふわふわと浮きながら動揺していた。そして――
「俺ら、どうする?」
「さぁ……」
置いて行かれた寂しさが、二人を包んでいた。すでに二人とも、想い人の好きな相手を理解していたからこそ、今の状況に納得は出来ていた。諦めがついてもいる。でも、
「何だこの展開……」
「俺ら、戦場で倒れていたよな?」
「ああ」
何がどうなったこうなっているんだろうなぁ、と想いながら一冊の本を抱きしめている想い人を眺めていた。
*****
「日本、帰ってきたんだね……」
「帰ってきたみたいだね……」
男二人が意気消沈しながら実家に帰っていく。それを見送って
「真心」
「あの……なんで、さも当然のように体があるの?」
「作ったから」
彼女が知っている虚偉の表情で、彼は優しく微笑んだ。そして――
「実家に、顔を出さなくて良いの?」
「あ、虚偉くんも一緒に行かないとね」
驚いている虚偉の手を引いて駆け出していく真心、その背中を眺めて
「結局、これで幸せなんですかね」
「あの世界においては何とも言えないけどね、彼が幸せならそれで良いんだよ」
クロはそう淡泊に呟いて
「あ、弟か妹が出来るね」
「……ほんとだ」
シロはその未来を1ミリ足りとも、疑っていなかった。
三角関係と共に召喚された俺は当然のごとく一人となり、奴隷を買った結果、大書庫の主人となるのであった 孤面の男 @Komen
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