世界を救おうとしても色々ありまして①

 世界の危機がどこから来るのか、と虚偉は考えていた。そしてその答えは、全て書庫に存在していた。


 ただただ、その世界の歴史の書庫に存在しないなら予想すべき事だったのだ。


 それに別世界だなんて、今さら珍しくも何ともないのだ。そう、だからこんなもの、予想できない者が悪かったのだ。


*****


「世界の危機は異世界からの侵略者で、異世界間に関わる歴史は例外世界歴史書庫に納められていた」


 とりあえずそんな結論を無理矢理たたき出しながら、目の前にいた赤褐色のそれを殴りつける。手に鈍い痛みがあるが――そんなの、どうでも良かった。ただ、この世界を汚されるのは気に入らなかった。


「彼女が生まれ育った世界で、俺の娘が生まれて育った世界だ。貴様らごときに、汚させるものか!」


 悪魔の叫びと共に、その全身から湧き出した闇が赤褐色のそれを飲み込んだ。


*****


「っち、龍王よォ」

『どうした、魔王』

「こいつら、きりねェぜ……もう、さっさと終わらせてもらえねぇかなぁ」


 魔王の言葉に龍王はため息を吐きつつ、鋭い爪で赤褐色のカピバラを斬り裂いた。そしてそのまま、尾で周囲を薙ぎ払って


『前回の世界の危機は向こうが飽きたからあっさりと立ち去っただけであって、今回の世界の危機は以前以上に戦力を整えている。グランエルがそう言っていたでしょう?』

「あたしはあいつが嫌いだ。あいつ、一々うぜぇんだ」

『同族嫌悪という奴でしょうか? まぁ、なんにせよあなたはしばらくここで戦わないといけないわけですが』


 龍王の冷静な言葉に魔王は舌打ちをし、剣を背中の鞘に収める。


「あーぁ、面倒臭ぇ」

『世界の危機です。協力して乗り切りましょう』

「んなの、あのアガリアレプトに任しときゃ良かったんだよ……あいつ、どこに逃げやがったんだ。見つけたら全力でぶん殴ってやる」

『お止めなさい。そんなことをすれば逆に逃げられてしまいます。ここは罠を仕掛けて彼を捕らえ、そこを全員で襲いましょう』

「んだよ、龍王。お前も意外とムカついてたりすんのかよ? だったらちょうど良いな、鬱憤晴らしにこいつら全員殺そうぜ、皆殺そうぜ」

『皆殺しは動詞ではありませんよ……ですが、賛成ですね。あの馬鹿共へこの鬱憤を叩きつけたら死にますから』


*****


「まったく、アガリアレプトたちはどこに消えたんだ……あいつらがいないと世界の危機に立ち向かえないだろうが」


 カッツィオは小さく嘆息しながら、マントをはためかせた。そのマントは彼が、虚偉が羽織っているそれと同じマントだった。


「タケと、お前はもう少し後ろに下がれ。相手はお前を少し警戒しているようだ、慎重にいけ。リュウトは逆にもう少し前に出るべきだ、お前は確実に一体ずつ屠れ」

「私は?」

「真心はそこで自分の身を護るのを最優先にしろ。回復が出来るお前が傷つくのが一番危険だ」

「「「はい!」」」


 三人に指示を出して、カッツィオは小さく息を吐いた。こんな役目、自分の柄じゃない、と。この役目はあの男がするべきだ、親友がするべきだ、と思った。


「炎の矢が降り注ぐ《ファイアアロー》」


 高速詠唱で威力を下げつつ、広範囲に攻撃を仕掛ける。世界の危機はどれだけ頑張ろうとも避け切れていない。それだけ広範囲爆撃なのだ。


「世界の危機を斬り裂き続ければ来なくなるのかよ!?」

「さぁな……」

「でも、戦わないと私たちが殺されちゃうから」


 三人は悲壮感を漂わせながら、戦い続けていた。


*****


「お父さん、行っちゃいましたね」

「行っちゃったねぇ」

「「……」」

「心配ですね」

「心配だねぇ」


*****


「歴史の中に沈みし者よ、その腕を持ち世界を壊せ《ヴァニタスアーム》!」


 右腕が赤褐色に染まる。それは世界の危機のとまったく同じ色だった。そしてそのまま、全力で殴りつける。

 吹き飛ぶ赤褐色のワラビーを無視してカンガルーも殴りつけ、さらに続けて鹿を殴りつける。次々と絶命していく生き物を眺めていると


「何故地球産の生き物ばかり……だが、ドラゴンは地球には存在しないぞ? 恐竜はともかくとして、だが」


 赤褐色の生き物を薙ぎ払う。どいつもこいつも力が無い。ならば殺すのは簡単だ。殺戮をするのは気分が悪い。だが、この世界を汚させるのはもっと嫌だ。

 どいつもこいつも殺し尽くして、平和な世界にしてやる!


「歴史の中に沈みし者共よ、その思いをここに結晶せよ《ヴァニタスクリスタル》!」


 赤褐色の水晶が、赤褐色の生き物を刺し貫く。雨のように降り注ぐそれらは次々と世界の危機を刺し貫くが


「まだまだ終わらないか……そう言えば、地球から俺たちは来ているから、他にも来ていてもおかしくはないのか? 俺たちが来るのに付随しているとか」


 仮説を適当に立てながら地面を蹴る。そのまま赤褐色の巨大ネズミから距離を取って右腕で殴りつける。一撃で絶命するそれを無視して、さらに殺すために駆け回った。


*****


「カレン、さっさとそいつを殺せ!」

「分かっていますから! 一々五月蠅いんですよ!」


 連続して振るわれる剣が次々と赤褐色の生き物たちを殺していく。だが、きりがないどころかむしろ増えて行っている。そんな風に二人は思っていた。


「マゴコロたちは無事でしょうか?」

「さぁな……! 死ぬようなタマじゃねぇけどよぉ!」


 グランエルは片手で巨大な剣を握り、小さく息を吐く。片腕を失ったのは単純な失態だ。そして今もなお、血は止まらない。彼はこの世界に来る際に圧倒的な力を得る代わりに魔法の適性を全て失ったのだ。


「グランエル、無茶していませんか?」

「死の瀬戸際で無茶しねぇ奴がいんなら笑ってやるぜ……ここでやんなきゃ、何も残んねぇかんなぁ!」

「男らしいですが、死んだら元も子もありませんよ!」

「るせぇ!」


 血を流しながら剣を振るう。カレンはその様子を眺めながら、死に一歩ずつ近づく彼を哀れむ。しかし自分もそんなことを言えるような立場ではないのだ。


「僕も僕で怪我が少ないわけでもないし……失血死するまでそう遠くはなさそうですね」

「お前もかよ……さぁ……どうなんだろうなぁ」


 何もかもがどうにもならなさそうだなぁ、と思いながらグランエルは巨大な剣を振るった。そして――その剣は、受け止められた。


「あ?」

「よりにもよってここに飛んだか」

「テメェっ! なんでここにいやがる!」

「俺に言うな。ランダムで戦場を転移するようにしただけだ……カレン、お前はどっち側だ?」


 カレンは彼の出現に驚き、続いた彼の言葉に戸惑う。


「何故お前が過去の魔法を封印していたのかを調べた。道理で色々と存在して然るべき魔法が存在しなかったわけだ」

「……」

「世界の危機は以前から残ったままでした、と。引いたのはほとんどで、種を残したんだな」

「……」

「ここで、要注意人物を監視している、か。グランエル、お前もほとほとついてないな」


 カレンの剣はすでに、虚偉に向けられていた。だが、虚偉もグランエルもそれに何の反応もしない。何故なら、


「何故君は、肩からドラゴンを生やしているのですか?」

「喰ったからな」

「人間業じゃない……」

「悪魔だよ、俺は」


 ドラゴンの腕が、カレンの剣を握りつぶした。そしてそのまま、もう片方の腕がカレンの胴を握りしめる。奇しくも、俺にしたときと同じようだ。だが、唯一違ったのは、喰らう方が違ったのだ。


「カレン……」

「ふん」


 右肩に生えているドラゴンを体内に戻す。そのまま、カレンを体内に取り込んで――


「全ての魔法を解放された、か」


 封印の制御者が失われたが、もはや関係なかった。

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