追い出されても色々ありまして⑩

 偉いって言う字には偉人のように凄いって意味があるの。例えそれがどんなものでも、例え形に残らない物でも、この子はそんな子になる。だから――


「虚偉、か」


 子供に付けるような漢字かな、と思っていたが……そのルーツを知れば、何も言えなかった。


 だからこそ俺は、親と、その親に似たようなことをしてくれた彼女たちに向き合う覚悟が出来た。


*****


「お父さん、ここがお父さんの育った孤児院ですか?」

「ああ、そうだな」

「いやー、ウツロイが世話になっていますって言わないとねぇ」

「私はお父さんの娘ですって言いますよ」


 クロは少し、俺を使って体を作り上げていた。俺の体の半分と、クロの体の半分。それを混ぜて創り上げた、と彼女は語った。だが、俺たちの体に欠損はない。どうやって作ったんだ、と聞いたらムカつくような笑顔で「ひ・み・つ」と言われた。もちろん頬を引っ張った。


「クロ」

「なんだい、ウツロイ」

「……いや、アガリアレプトって呼び方は辞めたのか?」

「うーん、どうだろうねぇ……とりあえずこの世界じゃウツロイの方が良いんだろう?」

「ああ」


 クロは柔らかく微笑んで、シロの頭を撫でる。シロは眼を細め、気持ちよさそうに微笑む。しかし、ここで一つ思い浮かんだ。


「なぁ」

「なんだい、旦那様」

「……シロ、まだ産まれて1年も経っていないんだよな?」

「そうだよ」

「そうですよ」

「人間の成長速度は遅い……それにこの世界、人間以外に話したり出来る生き物はいないんだ。だから……その、10歳ぐらいで良いか?」

「え?」


 お父さんは言葉足らず、とちょくちょく思っていた。だからこそ、またなのだ、と思えた。父のお茶目な部分を微笑ましく思いつつ、


「私は10歳でお父さんの娘、シロ=ウツロイですね」

「……シロ、虚偉は実は名字じゃないって知っている? 俺の名字は本読って言うんだが」

「――いえ、私はこの名前が良いんです。お母さんに近い名前で、お父さんの名前を継いでいる。それが私の誇りです」


 その後、泣き出した父親に二人が戸惑うのは無理もなかった。


*****


「こんにちは……あら? どこかで見た顔ね?」

「お久しぶりです、先生」

「小学校卒業以来かしらね……変わらないわね」

「はい」

「今は……5年ぐらい経っているから、何歳かしら?」

「17です……あ」


 やべぇ、シロの年齢設定をミスった。虚偉が内心で冷や汗を掻いていると


「そっちの子たちは……?」

「あ、俺の妻と娘です」

「……娘?」


 17歳で娘、と先生は繰り返して呟いた。直後、般若のような形相になったが


「初めまして、ウツロイを育てていただいたお方。私はウツロイの妻のクロと申します」

「あ、ご丁寧に」

「こちらは私の娘のシロです。私の連れ子です」


 お母さん!? と、シロは動揺した。しかし、父親の立場を考えると何も言えなかった。だからニコニコとしていると、先生と呼ばれた女性はじ、と見つめてきた。


「確かに虚偉には似ていないわね……ところで虚偉、しばらく何をしていたのか聞かせてもらっても良いかしら? あなた、中学に上がり次第離れていって、一切顔を出さなかったもの」


 それを言われると辛い、虚偉はそう思いながら顔を逸らした。しかし、先生の口は止まらない。


「あなた、まだ高校生でしょう? 結婚なんて出来ないはずじゃないの?」

「相手の国の文化に併せたので……」

「どこ出身なの?」

「えーっと」


 やばい、将棋で言うなら詰めにかかっている。まずい、と思っていると


「パキスタンです」

「パキスタン……? 随分と日本語が上手なんですね」

「父が日本人なので、私はハーフなんです」

「あら」


 すげぇ、これほどまでにクロが活躍した場面があっただろうか。いや無い。反語を使ってまで言える程度には俺はクロに感謝していた。


 そして15分後


「虚偉はしっかりとしていますか?」

「はい、お父さんはいつも私たちのことを考えて行動してくれています」

「ふーん……」


 先生とシロは気があっているように話している。一方その頃、クロは


「あ、こら。髪を引っ張っちゃダメでしょ?」

「「「わー!」」」


 子供たちに絡まれていた。


「増えましたね」

「そうね……また、置き子が増えて」

「……」

「虚偉のような例は少ないのよ?」

「……そう、ですね……いえ、少ない方が良いのかもしれませんし……どっちが、良いんでしょうね?」

「どっちも良くないわ」


*****


「――お父さん」

「ん?」

「空が赤くなっていますよ。夕焼けが凄いですね」

「夕焼け空か……ん」


 あの空よりは紅くないな。きっと2人も、それを考えているだろう。


「――帰ろうか、2人とも」

「……お父さん」

「どうした?」

「その、帰る場所はどこですか?」

「「……」」


 帰る場所、か。どこだろうな……


「俺にも、分からないよ」


*****


「グランエル! さっさとそれを斬り倒してください!」

「うるせぇ!」


 グランエルの剛剣が世界の危機の首を撥ね飛ばした。以前のドラゴンと違い、動きは止まった。


「この辺りの世界の危機は全滅、ですね」

「っち……あン馬鹿は何してやがんだ」

「姿を消しましたからね……娘さんと、奥さんと一緒に」

「はン、本を妻とか言ってんじゃねぇよ」


 グランエルはそう言いながら深紅の空を見上げる。


「ここまで紅くは無かったと思うぜ……」


 以前より数段紅くなっている空を憎々しげに眺め、グランエルは件を鞘に収めた。


*****


「ヤバい」


 世界の危機が吐いた炎に服が焦がされる。髪が焼ける。直撃していないのに、これだ。


「隆人! 下がれ!」

「下がれるかよ! こんな状況で!」


 振るった剣は、赤褐色の巨人の腕を断つ。そのまま連続して斬りつけようとしたが、巨人の握る棍棒のようなものに阻まれた。


「多腕の巨人……ヘカトンケイルね」

「真心、ちょっと回復魔法を頼む」

「武人?」

「ちょっとばかり、突っ込んでくる」


 カレンから学んだ走り方は圧倒的な速度で、赤褐色の牛まで辿り着いた。そして勢いを乗せた拳が、牛を一撃で絶命させた。


「手首が痛ぇなぁ……」

「もう、癒やしを《ヒール》!」


 手首が仄かな光に包まれ、痛みが引いていく。武人はそれにお礼を言いながら駆け抜ける。次々と蹴りつけ、殴りつける。


「数が減らねぇなぁ……」

「武人、落ち着いて。確実に減っているんだから」

「そっかね……」


 真心は小さくため息を吐きながら錫杖を振るった。それが赤褐色の熊の頭を打った。さらに続けて


「光の槍よ、穿て《セイントランス》!」


 これからどうなるのだろう。不安だけがあった。


*****


「お母さん、ちょっと抱きしめてもらっても良いですか?」

「良いよ良いよ、全然そんなことをしてあげられなかったからねぇ……たんと、抱きしめよう」


 ぎゅむー、とクロがシロを抱きしめている。それは見ているだけで微笑ましい物だった。だが、クロは


「ほら、ウツロイもおいでよ」

「俺も?」

「家族三人、仲良くだよ」

「そうですよ、お父さん」


 二人に抱きしめられ、虚偉は嬉しくもあり、恥ずかしくもあった。だが、幸せだった。今までの人生における何よりも幸せだった。だからこそ――彼は、


「クロ、シロ」

「なんだい?」

「はい?」

「少し、待っていられるか?」

「「何を?」」


 何を、か……それを口に出すのは恥ずかしかった。だが、それは口にしないといけないと素直に思えた。彼女たちを護るために、彼女たちと暮らすために――っ!




「俺は少し、世界を救ってくるよ」




「……そりゃ私からしてみたら一緒に行くって言いたいねぇ」

「私もです」


 でも、


「「行ってらっしゃい」」

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