追い出されても色々ありまして⑨

 世界の危機を殺した。アガリアレプトはそう言ったが、おそらく第二波、もっと多く現われるだろう。だからそれに備えて、強くなることが重要だった。だが――世界はそこまで、甘やかしてはくれなかった。


「世界の危機が本格的に降ってきているな」

「どうする? 世界を救うのか?」

「いや、そこは救うって言えよ」

「なんで俺がそんなことをしなくちゃならないんだ?」


 アガリアレプトは心底やる気無さそうに言う。そして、そんな父親の頭にシロはそっと手を置いて


「お父さんは口ではこう言っていますが、実際に戦闘が始まれば顔を出してくれると私は信じていますよ。そうでしょう、お父さん?」

「知らん。第一俺は……」


 救いたい者がいるのだから、箱船に籠もりっきりで良いんじゃないのか? もう、俺が戦う理由は無いんじゃないか?


「アガリアレプト、君が戦わなければ世界が滅びますよ?」

「良いんじゃない? 滅んだって俺生きてるし」

「確かにそうですけど……君はそれで良いんですか? 後悔、しないんですか?」

「俺の後悔は妻を守れなかったことだよ。今もずっとそれで後悔し続けているから」

「そうですか……でも、きっと君は戦うはずです」

「あー、うん。そう思っていると良いよ」


 アガリアレプトは無気力に、書庫の本を読んでいた。しかし1ページ1ページのペースが速い。さすがアガリアレプトと思っていると、彼は本をそっと閉じて、目を閉じて、


「悪い、ちょっと眠る……シロ、お休み」

「お休みなさい、お父さん。お母さんはどうしますか?」


 ……


「お母さん、いないんですか?」

「今風呂入っているよ……ふぁぁ、お休み」


 お父さんはそう言い、自室に向かっていった。どうしたものか、とシロは数瞬悩んで


「お父さん、一緒に寝ても良いですか?」

「んぅ? 良いよ」

「エッチなことはしないでくださいね」

「娘に手を出すはずがないだろう……」

「でもお父さん、お母さんが本になってから一切……」

「ああ、そうだな……その時は、娼館にでも行くよ」


 娘には手を出すはずがない。父親の言葉にシロは少し息を吐く。安堵でもなんでもない、よく分からない感情が心の中で渦巻いていた。


(お父さんが可哀想です……でも、私じゃダメみたいですし……)


 真心で代用するか、と思い始めた。しかし、真心たちは弱いながら戦線に立っている。今は負傷者だけが、この書庫に戻っている形となる――基本的には、だが。


「お父さんもお母さんも戦線に立たない、それに私に隠れて何かをこそこそしている。何か、隠したいようなことをしているのでしょうか……それとも、いちゃいちゃしているんでしょうか? 私、弟が欲しいです」


 最後に欲望を垂れ流しながら、シロは廊下を歩く。

 現在のこちらの戦力は魔王、英雄、勇者、龍王。それから召喚された僧侶、剣士、拳士。足りない者は魔法使いと――悪魔、そして私。


「さてと、世界の危機にこれほどまでに関わった者がいるとは思えませんね」


 何故歴史に残らないのか、お父さんはそれを気に掛けていた。でも、私はそれを理解している。ううん、正確にはお父さんも理解している。ただ、その点を結べていないから理解まで届けていないんだ。


「お父さんの布団に潜り込んで、一緒に寝ようかな?」


 すでに父親からは許可が出ている。だからそれをするのに躊躇いはなかった。


*****


「クロの書、俺はどうしたら良いと思う?」

『何もかもを救おうって思うのは無理だと思うよ。アガリアレプト……ううん、ウツロイのおにーさんが本当に救いたいって思う相手だけを書庫に入れて、世界の終わりを無視して他の世界に行けば良いんだよ』

「それで良いのかな……そんなので、俺は良いのかな?」

『誰もダメだなんて言わないし、言わせないさ。シロもきっと、そう思っているよ』


 そうか、とアガリアレプトは枕元の本、クロの書に頷く。そして、


「俺は世界を救わない」

『ちなみにマゴコッちゃんたちは助けないの? 色々と助けたい相手がいるんじゃ無いの?』

「カッツィオぐらいか? 他は正直、なんとも言えない。主に真心とか真心とか真心とか」

『カッツィオへのその想いは異常だと思うけどねぇ……友情って素晴らしいねぇ。そしてマゴコッちゃんに何か恨みでもあるのかい? 酷い扱いだけどさ』

「彼女に告白された俺の気持ちにもなってみろ」

『抱けば? 別段、何も思わないよ』

「お前なぁ……俺がお前意外を抱いても良いのか? 嫌だろ?」

『まぁ、ねぇ……でも、おにーさんが性欲ため込んだ原因は私だからねぇ……ごめんねぇ、死んじゃって』


 クロの書は本当に辛そうに、呟いた。だが、それは彼女が悲しむべきじゃ無い。それは俺が彼女と別れ、一人で向かわせたからだ……ん?


「なにか……引っかかるな」

『うん? どうしたんだい?』

「……クロ、ちょっとお前の歴史を読んでも良いか?」

『……恥ずかしい、よ』

「なんで照れる」

『うー……嫌だなぁ』

「大丈夫だ、お前がどんな歴史を送っていても俺はお前を嫌ったりなんてしない。俺はいつもお前を愛しているぞ」


 アガリアレプトの言葉に、クロは小さく息を吐いて


『良いよ……私の体の隅々まで、見てね?』

「なんだかエロい言い方だなそれ……また、お前を抱きしめたくなるじゃないか」

『体さえ作ればねぇ……お?』


 本を抱きしめる。クロの書は少し呆れたような吐息、そして嬉しそうな吐息。


「愛している、クロ」

『もう……恥ずかしいじゃ無いか。私も愛しているよ、ウツロイ』

「……またお前を、抱きしめたいな……」


 そして10分後


「お父さんとお母さんと一緒に寝るなんて初めてです」

『今までは独り寝だったからねぇ……ごめんね、シロ。寂しかったよね?』

「……今があるから、大丈夫です。今が無いと、寂しくて泣いてしまいそうです」

「……悪かったな。俺が不甲斐ないせいで、一人二して……」

「良いんです、お父さん。お母さんが死んで悲しかったのは分かりますから……仕方が無いんですよ。だから今が、超大事なんです」


 だから


「世界、捨てませんか?」


 CMのキャッチフレーズみたいなノリで、シロは言った。


*****


「日本ってこんなに臭かったっけ……」


 なんやかんやであっさりと日本に帰ってきた俺たちは、とりあえず俺の家で暮らしていた。中学時代から使っている家だった。


「お父さん、結局この世界に来ても書庫に籠もるんですね」

「あぁ……ちょっと、俺の両親の歴史でも読もうかって思ったんだ」

「そうなんですか……お父さん、昼ご飯は何が食べたいですか?」

「いや、俺が作るよ……シロはクロと一緒にのんびりしておいで」


 クロは歴史を読み、自分の体を作り出していた。いつの間に、とも思ったのだが一時的なものらしいので、まだまだ乱用は出来ないようだ。しかも一回使うだけでMPが空になるそうだ。


「クロ」

『……あ、なんだい?』

「どうした? ぼんやりとしていたみたいだが」

『うーん……あの世界のことが気になっていてね……滅んだ、のかな』

「……」

『ま、愛着はないから良いけどねぇ……少し、複雑だよ』


 クロはそう言いながら本のページを捲る。どういった原理で捲っているのか、と聞いても教えてくれなかった。もっとも感覚的なものだと言われてしまえばそれまでなのだが。


「――世界を見捨てて家族仲良く助かりました、か……なんだろうな。少しだけ、複雑だよ」

『ウツロイ……』

「っし、気分転換にちょっと俺は出かけてくるよ」

『え? どこに?』


 虚偉は少し照れたような表情で


「俺を育ててくれた人のところだよ」

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