追い出されても色々ありまして⑧

 シロ=ウツロイ。彼女は歴史の中で失われた様々な剣等の武器を扱える適正者だった。だが、彼女は


「お父さん、どうですか?」

「また、腕が上がったんじゃないか? クロよりも上手だぞ」

『全くだねぇ……肉体があれば負けたくないからもっと練習するんだけどねぇ』

「お母さんには敵いませんよ。それに母を越えるのは娘の役目です」

『なーら、父親には?』

「私が越えます。男じゃなくても、越えて見せます」


 シロはそう言いながら、自分が創り上げた料理を食べて微笑んだ。


*****


「はてさて、これからどうすると言うのですか?」

「カレン……お前は本当に三人を任せたい。それに本当ならあの三人はもっと強くなっているはずだったんだ」

「え? 彼らが、ですか?」


 カレンは心底意外そうな表情で、世界の危機を眺めていた。すでにサイクルで世界の危機を見張るようにしていたが、相変わらず動きがない。


「君たち4人が召喚された人間なのは分かっていますが、それ以上はどうにも生りませんよ。結局、君以外は戦力と数えるのがおこがましいくらい、弱いです」

「ああ、俺もそう思っているさ。だが、カレン。どうして俺たちが4人、一緒に召喚されたのかって考えて見ろ」

「……生け贄?」

「おいこら」


 思わず崖の上から突き落とそうかと思ったじゃないか。危ない危ない。


「カレン」

「なんですか?」

「俺はあいつらに合わせる顔がないんだ。だから頼む」

「合わせる顔がない? それはひょっとして、東の王国を滅ぼしたからですか?」

「それもある。だが俺は彼らを置いて行ったんだ……ぶっちゃけ、最近顔を合わせるのも恥ずかしい」

「オトメですか……」


 カレンは嘆息し、請け負おうと言ってくれた。そのおかげで俺たちはシロとずっと一緒にいられた。


 世界の危機を無視していられなくなるまでは。


*****


「世界の危機が動きやがったぞ!」


 グランエルのその通知は、俺たちにとってかなりの動揺を強いた。だが、固まってもいられない。誰もが急いで動き出した。


「アガリアレプト! 君は急げ!」

「分かっている! シロ! クロ!」

「はい!」

『あいよ!』


 二人の返事を聞きながら、書庫から出る。行き先指定はすでにしてある。あの世界の危機が一望できる、崖の上だ。そしてその、余りの変わりように絶句した。


「空が……赤い、だと?」

『夕焼けってわけじゃ無さそうだねぇ……さて、アレが原因かねぇ?』

「でしょうね……お母さん、お父さんをお願いします。ちょっと私1人で、行って来ます」

「『え!?』」

「今の私なら、負ける気がしません!」


 シロはそう叫んで地面を蹴った。そして崖から落下しながら、平然と体勢を整え、普通に着地した。

 そして暴れ回っている赤いドラゴンに向かって駆け出した。


「っ、闇よ、我の翼となれ! 《ダークウイング》!」

『過剰な自信はどうかと思うけど……今のシロなら、心配ないと思うよ?』

「何故だ?」

『シロは適合している全ての物から加護を受けている、って思ったことはないかな? そう考えている私からしてみればあの程度、驚く要素なんてなかったんだ』

「ふん」


 驚く要素がない、か。それは随分と皮肉の効いた言葉だ。俺はそう思いながらクロの書と共に空を飛ぶ。そして


「闇の槍を我が手に降ろせ《ダークランス》」

『闇の光よ、我らを包み込み加護と成せ《ダークヴェール》』


 右腕の延長線上に漆黒の槍が現われる。それを世界の危機の真上から振り下ろそうとした。が、


「お父さん! 手出ししないでください!」

「なぬ」

「この程度の相手だけじゃありません! もっと多く現われます……それに備えていてください!」

「だが、シロ! 世界の危機相手にお前一人じゃ」


 言いかけたその瞬間、シロが両手で剣を振りかぶった。そしてそのまま、気負いも何も無く、一閃させた。


『うっわすげぇ』

「……マジかよ」


 ドラゴンの片翼が宙を舞っていた。そしてそのまま、シロはたどたどしい動きで剣を振るい続ける。ドラゴンはそれに吠え、空へと逃げる。翼は飾りなのか、羽ばたいていない。


「だが、こっちに来たか」

『撃ち落としたら何か言われそうだからねぇ……せめて、このくらいの手助けはするかね。闇よ、重き檻に彼の物を封じ込めよ《ダークグラビティ》』

「……ありがとう、お母さん」

『気にしなくて良いさ……さぁ、シロ』


 シロは無言で頷いて、


「闇よ、光よ、私の翼となって! 《カオスウイング》!」

「『い!?』」


 何だその魔法、と両親揃って動揺した。だが、シロはそれを気に掛けずに白黒の翼を広げて高速で飛翔した。

 それは世界の危機であるドラゴンには反応できない速度だったのか、目を見開いている。そして――首が、空を舞った。


「やりました!」

「シロ! まだだ!」


 間に合うか、とアガリアレプトは高速で飛ぶ。その先には、首を失ってもまだ、動いている体があった。そしてそれに、シロは気付いていない。自分の成果を誇るように、俺たちに顔を向けていたからだ。


「お父さん?」

『闇よ、我が腕となってぶん殴れ! 《ダークアーム》!』

「闇よ、檻となりて閉ざせ! 《ダークプリズン》!」


 間に合え、間に合え。俺の脳内がぐちゃぐちゃになりそうなほどまでに、その言葉で埋め尽くされた。

 間に合いそうだ、とも思った。だが、世界の危機の腕がクロの書の腕を受け止め、檻を引きちぎった。そして


「お父さん!?」

「――クロぉぉぉっ!」

『分かっている! 闇よ、深く閉ざし、眠りつかせよ《ダークスリープ》!』


 体が指に刺し貫かれている。だが、死んでいない。だったらまだ、戦える。それに世界の危機の動きが鈍っている。眠りの魔法の効果が少し、出てきているのだろう。


「速く斬れ! シロ!」

「え、あ、でも「急いで!」

「っ、はい!」


 シロは躊躇いながら、高速で剣を振るった。豆腐のようにスパスパ切れる世界の危機、しかし俺を握りしめる力は衰えないばかりか、力が増していた。


「クロの書! シロを守りながらここを離れろ!」

『……え!?』

「さっさとしろ! 闇よ、縛れ! 《ダークチェイン》!」


 闇の鎖が、アガリアレプトと彼を握っている腕をぐるぐる巻きにする。それはまるで、逃がさないという強固な意志。


「お父さん!?」

『シロ! 逃げるよ!』

「ですがお父さんが!?」

『良いから! アガリアレプトは書庫にいつでも戻れるから!』

「あ」


 戻れるからこそ、今彼はドラゴンの気を引いているのだ。シロはそこまで理解し、自分の至らなさを実感した。だが、そうも言っていられない。彼がいつ、書庫に戻るか分からないのだ。


「お母さん」

『なんだい?』

「今の私じゃ、お父さんの邪魔にしかなっていないんですね?」

『……そうだよ』

「……書庫に、戻ります」


*****


「行ったか……やれやれ、良い娘を持ったものだ」


 痛みはすでにない。闇に喰わせた。体も実体はない。闇に融かした。


「さぁ、続きと行こうじゃないか……世界の危機とやらよ。もっとも、すでに侵食が進んでいるがな」


 俺に触れている位置から闇が赤褐色の体を黒く染め上げる。あぁ、体を持たないって言うのは実に楽だ。だからこそ、体に戻るのが少し怖い。だが、


「シロも、クロも……触れ合いたいからな……まずはこいつを殺さないといけないわけだが」

『何をほざく、化け物め!』

「いや、俺からしてみればお前が化け物だよ」


 闇よ、もっと喰え。喰って喰って、喰らい尽くせ。


「こいつらはどこから来たのかな」


 少し疑問に思いながら、溶かし尽くして、体内に取り込んだ。それは筆舌に尽くしがたいほどの力を得た、そんな気がした。

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