追い出されても色々ありまして⑦

「箱船とは一体、どういう意味ですか?」

「その名前の通りだ。救う価値のある人間だけを箱船に乗せ、その命を救う……そんな伝承が俺たちの世界には存在しているのさ」

「そうなんですか……それは、選民主義では? 選んだ人間だけが救われるなんて、おかしいと思います」


 シロは真剣な表情でそう言った。だから俺は、彼女の頭を撫でて


「俺もそう思うよ。でもね、シロ。それは今、関係ないんだ」

「と、言いますと?」

「俺たちが世界を救えば良いんだ。そうすれば何の意味も無い」


*****


「よぉ、カッツィオ。元気か?」

「……いや、いやいやいや……お前、ちょっと待てよ」

「ん、どうしたんだ?」

「娘さんいたのかよ!? しかも美人だし……アガリアレプトさんに似ているな?」

「今は俺がアガリアレプトだ。彼女のことはクロと呼んでくれ」


 カッツィオは少し、不思議そうな表情でシロに椅子を勧めた。そして


「お前、この前一つくらい国を滅ぼしただろう?」

「ん、ああ。それがどうかしたか?」

「いや……お前、魔法でも使ったのか?」

「ああ、良く分かったな」

「なんとなく予想だ……どうやらお前は最近、研究は出来ていなさそうだな」

「何故分かった?」

「お前の顔を見れば分かる。世界の危機が訪れたのか?」


 やはりカッツィオは頭が良い。そう思っていると、カッツィオの部屋のテーブルの上に広げられている紙をシロが覗き込んでいた。そしてほぅ、と感嘆の息を吐いて


「難しい研究ですね……お父さん、この研究の意味が分かりますか?」

「……ん? いや……なんだ、この殺傷力だけを求めたような魔方式は? 何かしら殺したい相手でもいるのか?」

「――世界の危機に備えているだけだ。お前たちもそうだろう?」

「良く分かったな……だが、一つだけ言わせてもらおう」

「なんだ?」

「ここに来たのは友情からであって、世界の危機に関する相談をするつもりはなかったぞ? むしろ安全な場所にいてくれ、と言いたいんだがな」

「馬鹿を言うな、お前が危険なことに頭を突っ込んでいるのなら手助けしないわけにもいかないだろう? 大丈夫だ、自分の身ぐらいなら自分で守れるさ」


 カッツィオの言葉に何故か、シロが微笑んだ。そしてシロはそっと魔方式の1カ所に指を指して


「お父さん、素直に一緒に戦って欲しいと言ってはどうですか?」

「……だとよ、ウツロイ」

「……ふん、シロにはお見通しか……あぁ、そうだよ。俺の娘の言う通り、お前には一緒に戦ってもらいたいんだ……頼めるか?」

「聞くなよ、馬鹿野郎。俺とお前の友情だぜ? 手を出すなって言われても手を出すぜ」

「ふっ」


 父親の笑顔が観られて良かった、とシロは純粋に思った。すると、父親は少し恥ずかしそうな顔で、私の頭を撫でた。


「お父さん?」

「……ありがとう、シロ。お前には救われてばかりだ」

「え?」

「――これでもう、心残りはないか」


 父の言葉に何故か、不穏な感じがした。でも、それを問いただすことは出来なかった。


「お父さん、次はどこに向かっているのですか?」

「ん……いや、別に、もうどこか目的地を決めて歩いているわけじゃないぞ?」

「え? だったらもう、書庫に帰りませんか? こうしている間にも世界の危機が動き出そうとしているかもしれないんですよ……私たちがのんびりしていて、良いのですか? もっと、戦いに備えるべきでは……」

「いや……あぁ、確かに、お前の言う通りだな。確かに戦いに備えて、世界を護ろうとするべきなのだろうね……」

「お父さん?」


 今の口ぶりではまるで、世界は重要じゃないように聞こえてしまった。シロが必死にそれを否定していると、


「箱船があるものは、こんな気持ちだったのかな」

「え?」

「自分は助けたい者を助けられるから、戦わなくても良いんじゃないかな、って思っているんだ……だから正直、世界の危機だなんて言われても、モチベーションがない」


*****


「この剣が、マスターソードか……」

「あの、お父さん? 名前は一切聞いていませんよ?」

「ああ、俺の知識の中で似たようなシーンがあるゲームがあってな……勇者と呼ばれる人間だった。俺みたいな人間とは大違いだ」


 父はそう言いながら、地面に突き刺さっているその剣の柄を握り、引き抜こうとした。だが、その剣はぴくりとも動かなかった。まるで、抜かれたくないかのように。


「やはりそういった類いか……カレンかグランエル、奴らを連れて来ないと行けないわけだ」

「えっと……お父さん、私も試してみても良いですか?」

「あ、あァ……あ?」


 なんだか、嫌な予感がした。だが、シロは俺の返答に頷いて、剣の柄を握った。そして、すぽん、と軽い音がして、剣が抜けた。


「……」

「……」

「…………」

「…………お父さん?」

「抜けたな……」

「抜けましたね……」

「「……」」


 二人が絶句していると、地面が揺れた。それは地震というような揺れでは無い。固い地面がいきなり、割れるような揺れ方だった。


「クロの書よ! 我が手に参れ!」

「お父さん!? 逃げないの!?」

「シロ……その剣、きっと封印しているような剣じゃないのか? で、俺たちはその剣を引き抜いてしまって……きっと、あれだ、封印を解いてしまったんだろうなぁ……さてと、これで戦う理由ができたよな? むしろ、戦わないといけないわけだ」

「……まったく、お父さんは馬鹿ですよ」


 シロの言葉に、アガリアレプトは笑う。そしてその背後に、一冊の黒い装飾のされた本が浮かんでいた。その本は、歴史の本だ。そしてその本は、一人の男の妄執の残り香。


 その名は、《クロの書》。歴史の管理者にして、世界の記録者の妻の意志の宿る歴史だった。


『やぁやぁお二人さん。一体何事か聞いても良いかな? なんだか、巨人のような過去に滅んだ奴がいるみたいだけどさ』

「え!? 巨人って滅んだのか!? マジかよ……」

「お父さん、ちょうど目の前にいますから堪能しては?」

『シロの言う通りだねぇ……あ、シロが剣抜いちゃっているよ。凄いねぇ』

「クロの書、お前、何か知っているんじゃないのか? シロが剣を抜けた理由を」


 クロの書は勿体振ったように小さくため息を拭いて


『シロに圧倒的な適性があるとは思っていたよ。でも、確実とは考えていなかったんだ……でも、シロがその剣を使えるのなら、かなり良い結果だよ』

「どういう意味ですか、お母さん」

『封印のための剣だからね、世界の危機にも使えるよ……少なくとも私はそう思っているから、シロには抜いて欲しかったんだ』


 その言葉に、シロはそっと剣を眺める。元々の長さと変化しているその剣は、シロを主と認めているかのように、光り輝いていた。

 そして城はそれをそっと構えて、


「お母さん、あの巨人は斬った方が良いんですか?」

『失われた種族だから調べてみたいって気持ちはあるけどねぇ……うん、二人の方が大事だからねぇ、安全な方で行こうか』

「はい、お母さん。お父さん、先手をお願いできますか? 私が続きます」

「ああ」


 詠唱を始めよう。


「『闇よ――影を縫う針となりて、我が敵を穿て! 《ダークニードル》!』」


 夫婦揃っての闇の針が、巨人の全身に降り注いだ。だが、その体では巨人は止まらない。しかし、巨人は動けない。それは巨人の影を固定している物があるからだ。


『やっぱり私とアガリアレプトは同じ事を考えていたねぇ』

「ああ、そうだな……シロ!」

「はい!」

「思いっきりやってみろ!」


 直後、悪魔としての膂力で振るわれた剣が巨人を切り裂いて、封印する間もなく絶命させた。

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