追い出されても色々ありまして⑥
「クロの書を我が手に……っ!」
「お父さん……? お母さんを呼び出すんですか?」
「……あぁ、そのつもりだった。クロに聞いた方法が出来ないってのはどういうことなんだ……?」
お父さんは少し、戸惑ったように呟いた。その手に収まるべきだった歴史の書、お母さんの歴史とお母さんが何故現われないのか。お父さんが困っているのが、見て取れた。
「お父さん、お母さんが現在忙しいから呼び出せない、と言うわけではないのですか? 召喚魔法は、召喚する相手が答えないと召喚できないと聞いたよ」
「なんだと……それは誰が言っていたんだ?」
「お母さんから聞いたよ」
「なんであいつはそういったことを教えてくれないんだ……本当に取捨選択しているのか? 捨捨選択していないか?」
「捨捨選択って……捨ててしかいないですね、ふふ」
シロは上品に笑う。その様子は、俺にもクロにも似ていない。一体誰に似たのだ、そう思った瞬間、
「おー、いたいた。よっ、シロ。元気?」
「あ、魔王さん。はい、元気ですよ」
「魔王……シロの件は、本当に助かったよ」
「気にすんな。先代アガリアレプトには大層世話になったからな……お前も今の内に私に恩を売っておくと後々便利かもな」
「はっ、俺に叶えられそうなことがあれば言えよ。手伝ってやるよ」
「そりゃ助かる」
魔王は豪快に笑いながら、温泉に飛び込んだ。跳ね上がるお湯を顔面で浴びつつ、シロを守っていると
「アガリアレプト。まだあの世界の危機は動こうとしていないみたいだ。お前の復帰が最優先みたいな雰囲気があるからなんとかしろ」
「俺に出来るならしたいさ……あぁ、したいさ。したいけど、あの障壁を突破する方法が分からないんだ」
「……あの、お父さん」
「どうした?」
「その障壁って、何を弾く障壁なんですか? 攻撃ですか? 攻撃意志ですか?」
「「……」」
分からん、と言うのが正直な感想だった。そう思っていると、シロは小さく頷いて
「私はアレを一度見ています。その状態は記憶に記録しているため、今でも鮮明に見えます」
「分かった。分かったから一旦お湯に浸かるかタオルで隠しなさい」
「あ……」
顔を赤くして、お湯に口まで浸かるシロ。ぷくぷく、と泡立てているのは可愛いのだが
「泥が付くから辞めなさい……あー、いや、好きにしなさい」
命令ばっかりだと可哀想かもしれない。できる限り、自由な子に育って欲しいが……いや、しかしそれはそれで将来社会に出たら苦労しそうだし……あぁ、シロのスーツ姿って似合いそうだなぁ……いつか、シロはお嫁さんになるのだろうか……
「嫌だなぁ……」
「お父さん!?」
「アガリアレプト!? お前逆上せたのか!? 溺れそうになってるぞ」
「あ? げぼっ」
声を出して、開いた口の中に泥の混じったお湯が入り込んできた。
そして10分後
「迷惑掛けたな……」
「大丈夫、お父さん? さっき、何かが嫌だって言っていたみたいだけど、どうしたの?」
「……いつか、シロが結婚するって思うと少し、辛くなった」
「お父さん……気が早いよ。それに、私はお父さんみたいな出会いがしたいから、お父さんたちがいる間は結婚しませーん」
「そうなのか? って俺の出会いって……奴隷を買うって意味なのか? それはそれで複雑なんだが……」
「ううん、そんな感じの運命的な出会いがしたいだけで、別に奴隷限定じゃないから。それに、お父さんならきっと、奴隷を買うって言ったら絶対に動揺しちゃうし……そして、奴隷を買うぐらいなら俺がなんとかする、って言うでしょ?」
「……ああ」
「だから、お父さんたちを見送ってから、に、なるかな? 後300、400年以上先の出会いを期待するのもロマンチックでしょ?」
シロの言葉は確かにそうかもしれないが、アガリアレプトは娘の成長に戸惑いを隠せない。それは歓喜すべきなのだが
「シロが結婚するなんて嫌だな……」
「もう、過保護にもほどがありますよ」
*****
「クロの書、呼ばれたと聞いたんだが……どうしたんだ?」
「お母さん、どうしたんですか?」
『おー、二人とも、よく来てくれたねぇ……アガリアレプト。力の足りない者は何で補えば良いと思う?』
「「え?」」
二人で同時に疑問に思い、そして
「魔法?」
「武器?」
『どっちも間違いじゃ無いよ……それに、どっちも私が望んでいる答えその物だよ。それじゃ、これから二人に頼みたいことについて話すとするよ』
「……ああ」
「はい」
『二人には歴史の中で失われたそれらを探し出して、集めて欲しいんだ』
「「集める?」」
一体どういうことだ、とアガリアレプトは思った。反面、シロは頷いて
「それはつまり、武器や魔法を集めて、それを使えるようにして戦力を強化するということですね?」
『ほぅ、シロは理解が早いねぇ……アガリアレプトも見習いなよ』
「五月蠅い、俺が分からなくても誰かが分かっていてくれるなら、それで良いんだよ……それに、シロは俺よりもできが良いからな」
「お父さん? お父さんのできは素晴らしいものだと思いますよ?」
「え?」
「ただの人間が悪魔となり、そしてアガリアレプトとなったんです。そんな人間、他にいると思いますか?」
――いないだろうな、いや、いて堪るか。俺だけがアガリアレプトだ。だからこそ、俺は自分の名前に誇りを持っているのだから。
「シロ」
「なんです?」
「お前はアガリアレプトになりたいか?」
「――分かりません。まだ、考えられませんから」
「『それで良いよ』」
俺も彼女も、娘にそんな仕事をさせたくないのだ。
「クロの書。リストアップを頼めるか?」
『うんうん、任せていたまえ……って言いたいけどさ、書けないから口頭で伝えるって形にしても良いかな?』
「お母さんはその体ですからね、無理も無いでしょう。お父さんもそれで構いませんよね?」
「ああ」
『済まないねぇ……それじゃあ早速、言っていくよ。シルラの森の奥深く、そこにある聖域に一本の剣が刺さっているらしい。それを持ってきて欲しいんだ』
どこかで聞いた話だ、とアガリアレプトは思いながら、壁の地図を眺める。シルラの森とは、俺たちが召喚された王国の近くにあるようだ。そう思っていると、シロが
「お母さん、お父さんと一緒にこの国に行っても構いませんか?」
『あぁ、その王国ねぇ……良いよ、楽しんでおいで。アガリアレプト、何も無いとは思うけどシロの身を任せたよ』
「言われずとも、この身に変えてでも守り抜くさ」
『うん、任せたよ……シロ』
「はい?」
『きっと色々と初めて見るものもあるかもしれないからさ、のんびりしておいでよ』
*****
「世界の危機が訪れているというのに、何というか悠長に過ごしていても構わないのでしょうか……私には、分かりません」
「シロ、俺たちは世界を救うかもしれない……でも、その後があるんだよ。シロが一人でも生きていけるような女に育って欲しいから」
シロに父親の考えは分からない。だからそこを考えるのは放棄して
「お父さん」
「ん?」
「世界を、本当に救えるのですか?」
「……救わなくても、アガリアレプトは死なないって書庫と共にいるって、知っていたのかな? だとしたら、困る質問だね」
「知っていました……お母さんに聞きました。あの書庫はこの世界だけの書庫で、他の世界の書庫にもお母さんは行ける、お父さんも行ける、と」
「……」
シロは詳しいな、と思えば隠しているのも良くない。だとすれば、
「シロ」
「はい」
「あの書庫は箱船としても使える、と言ったらどうする?」
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