追い出されても色々ありまして⑤

「……美味いな」

「ありがとうございます、お父さん」

「ところでどうやって料理を学んだんだ? 書庫の歴史でも読んだのか?」

「お母さんに教わりました!」


 素直に凄いと思った。クロの書は料理を作れる状態じゃない。だから口で言うしか無いのだ。そしてここまで美味しい物を作れるとは


「シロ、お前料理の才能があるな」

「え、そう? ほんと?」


 素が出た、そう表現できるような嬉しそうな声だった。だからこそ、アガリアレプトは少し戸惑っていた。彼女がそんな嬉しそうな声を出したのを聞いたのは、初めてだったからだ。


「あ、ごめんなさい……つい、取り乱してしまいました」

「いや、気にしないで良い。むしろそれでいつも接して欲しい」

「ですがお父さん……それは……ちょっと、礼儀がなっていないと思います」

「……じゃあ、お父さん命令。そんな堅苦しい話し方は辞めて、普通に接して欲しいです」

「……お父さん、お母さんにそっくりですね」

「え?」

「お母さんにもまったく同じ事を言われましたよ……まったく、似たもの夫婦ですね」


 少し柔らかくなったシロの話し方に、アガリアレプトは少し表情を緩ませる。嬉しい、と素直に思えたのだ。だからこそ、アガリアレプトはシロを、娘を眺めている。満面の笑みで眺めていた。


「お父さん、冷めたらいけないから速く食べて」

「あ、はい。その通りですね」

「っぷ、お父さん? 何その話し方」

「それはさっきまでの俺の言葉でもあるよ」

「え、そんなに不格好だった?」

「それは逆説的に俺が不格好だったと?」

「言葉は、だよ。お父さんはカッコいいから、自信を持って良いよ!」


 そうなのかねぇ、とアガリアレプトは思いながら、笑顔になるのを辞められなかった。そしてそれに釣られるように、シロも自ずと笑顔になっていた。そして


「シロ」

「なに? お父さん」

「日本に帰れたら、俺がお世話になった孤児院に挨拶に行く気になった……もし良ければなんだが……その……俺の娘だって、胸を張って言いたいんだが……一緒に、来てくれるか?」

「もちろんだよ、お父さん……あ、でもお母さんについてはどう説明するの? 本だよ? 紛うことなく外見は本だよ?」

「うーむ……なら、元の姿に戻れる魔法でも作るか」

「あ、ダメだよお父さん。蘇生魔法はダメだって言われたんでしょ?」

「蘇生魔法は使わないよ……幻影魔法でも、作るさ」


 アガリアレプトの言葉にシロはくすくす、と愉快そうに笑い、表情を強張らせた。そして


「孤児院?」

「あぁ、そう言えば話していなかったな……ちょっと母親が狂い、母子家庭だった俺は独り身となって孤児院に引き取られたんだ」

「そんなことがあったんですか……と、言うかそこを話すべきだったのでは!? 何故召喚された後の話を!?」

「いやー、あんまり話したくない過去だったんだけどさ、口に出すとついぺらぺらと言っちゃうね」

「もう……ところでお父さん、その、お友達さんは良いの? しばらく会っていないんでしょ?」

「あ、ぁ、カッツィオのことか……そうだな、久々に会いに行くのも良いかもしれない」

「お父さんの娘だって紹介してくれますか?」

「ああ、もちろんだ」


 シロは心の底から嬉しそうに微笑んで、少し首を傾げた。そして


「そう言えば……こんなにのんびりしている暇はあるんですか?」

「……正直に言えば、無い。だが、俺が戦えるようになるためにはここの湯に浸かって速くMPをため込まないといけないんだ……」

「あの、それちょっと不思議なんだけど、MPをため込めても回復は出来ないんだよね? それって器を満たすんじゃなくて、他の器を用意しているだけじゃないの?」

「……考えたことはなかったな……と、言うかクロの書が詳しく説明してくれないんだよな……なんて言うかさ、クロの書って大事なことを隠しているような気がするんだよな……どう思う?」

「わざと隠しているのでは無くて……必要ないって思ってるんじゃないかな?」


 確かに、そうかもしれない。この情報は必要ない、と取捨選択しているだろう。確かにクロの書はそういう節がある。重要な情報は自分でしっかりと持っておく、といった様子だ。


「シロ」

「なに?」

「お母さんは、好きか?」

「――はいっ!」


 良い笑顔で頷かれた。だから釣られて、俺も自然と笑顔を浮かべていた。


*****


「薄氷を渡れるような走り方でも身につけてみてはいかがですか?」

「どんな感じで走るんだ?」

「うーん……僕の走り方を真似してもらっても良いですか?」

「ああ!」


 武人はカレンの言葉に頷いた。するとカレンはそっと微笑んで、地面を蹴った。それは確実に地面を高速で走っているのにも関わらず、足音一つ立てず、草木に影響を及ぼさなかった。


「真似できますか?」

「えっと……ちょい待ってくれ。足の動かし方見せてもらっても良いか?」

「では草木の無い場所が良いですね……少し、移動しますか」


*****


「おいおい……そんな片手で構えてんじゃねぇよ。しっかり両手で持ちやがれ」

「あ、ああ」

「それから腰落とせ。お前みたいなひょろっちぃ奴が腰入れねぇでどうすんだ」


 グランエルはそう言いながら、剣を振るった。それを両手で握った剣で受け止める。すると、蹴られた。


「剣だけに気ィ使ってんじゃねぇよ。相手は剣だけじゃねぇんだぞ?」

「っ……そうだな。まったくもってその通りだぜ」

「だったらさっさと構えやがれ。ぶった切るぞテメェ」

「ああ!」


*****


「クロちゃん、その詠唱代用ってどうやるの?」

『うーん、口じゃあ言い辛いねぇ……アガリアレプトが良くやっているんだけどさ、詠唱を口で、体でと二つでしているんだ』

「二つで詠唱? それって難しいの?」

『何の詠唱をするのかを決めているならね……でも、混同しやすいから難しいと思うよ。アガリアレプトだって一時期メモしたのを持ち歩いていたからねぇ』


 クロの書の言葉に真心は少し、笑いを漏らす。彼にそんなお茶目な部分があるとは思えなかったのだ。そして、真心はクロの書を眺めて


「アガリアレプトくんって他には何か無いかな? 面白いこととか、可愛いとことか」

『うーん、旦那のことを根掘り葉掘り聞かれると照れるねぇ……でも話しちゃう!』

「おー!」


 くるりん、と回転するクロの書。そしてクロの書は笑って


『旦那様はねぇ、虫が苦手なんだよ』

「それ、私も」

『いやぁ~、あんなに甲高い悲鳴は初めて聞いたねぇ。笑い過ぎてお腹が痛かったよ』

「え!? アガリアレプトくんってそんな声を出すの!? 聞きたかったなぁ……うーん、まだ虫に引き合わせたら悲鳴を上げるかな?」

『あー、それは難しいかも。なんて言ったってアガリアレプト、バエルには何の反応も示さなかったからねぇ』

「バエルさんってあの大きな蜘蛛でしたよね? 小さい蜘蛛なら悲鳴を上げたかもしれないけど……あの大きさになると、諦めが混じるんだよね」


 真心の言葉にクロの書がクスクス、と笑う。そして、


『さてと、うちの旦那様は娘様と仲良くしているかねぇ』

「……アガリアレプトくんの娘、かぁ。綺麗な子だったね」

『そうだろう? 自慢の娘様だよ!』

「でも、どうしてあんなに成長した姿なの? 悪魔ってあんな成長した姿で産まれるの?」

『うーん、種類にもよるねぇ……まぁ、アガリアレプトの子は残さないといけない物があるから、速めに育たないといけないってのがあるからね……もともと、成長した姿で産まれるってだけさ』


 そうなんだ、と真心は痛む胸を無視して、思った。

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