追い出されても色々ありまして④
「ひょっとしてお父さんは私のことが嫌いになってしまったんでしょうか?」
『うん? そんなことあるはずないじゃないか!』
「え、ですがお父さんは……」
アガリアレプトの歴史の大書庫から出て行ってしまった。私がそう思っていると、お母さん、クロの書は小さく呆れたような息を吐いて
『シロが産まれたと知った時、お父さんがどれだけ笑顔を浮かべていたか、シロは知らないからね……無理もないかもしれない。でも、これだけは忘れないで欲しいんだ』
「え? 一体、何をですか?」
『シロが産まれたと分かった時、お父さんは私よりも感動して、泣きそうになっていたんだよ』
*****
「お父さんはどんな人なのか、聞いても良いですか?」
「え、それを俺に聞くのか? 俺、シロの親父さんとはそこまで親しくは無いんだけど」
「え? お母さんはタケトさんが一番詳しいって言っていましたよ?」
「え、マジで?」
「マジです」
シロの微笑みに、少し顔が熱くなるタケト。それはつまり、そういうことなのか。タケトが愕然としていると、シロは少し首を傾げて
「お母さんはマゴコロさんにも聞いた方が良い、って言われたんですけど……どうも、避けられているみたいなんですよね」
「え、マジで? 真心ってそんなことする……奴じゃないよなぁ」
「はい、お母さんもそう言っていました。ですからきっと、複雑な事情があるんだと思います」
「複雑な事情、ねぇ」
そんなもの、ないだろうな。そんな風に武人が思っていると、シロは真剣な表情で
「お父さんに嫌われたくありません、何か一つでも分かることがあったら教えてください! お願いします!」
「……頭を上げてくれよ。俺はそんなたいそうな人間じゃない」
「お願いしているのは私ですから、頭を下げているんです」
武人はどうした物か、と少し困りながら
「とりあえず座れる場所に行こうぜ。立ち話で済ませられるか分からねぇしな」
「ありがとうございます、タケトさん」
そして5分後、二人はソファーに腰掛けて
「さてと、何から話したもんかね……」
「何故私はお父さんに嫌われてしまったのでしょうか……」
「いきなり核心だな……あいつ、多分混乱しているんじゃないか? クロそっくりの、それこそ見間違えそうなぐらいそっくりの娘が生まれたんだ……そりゃ、複雑な心境なんだろうな」
「……」
「シロのお母さんのクロは、お父さんと一緒にいた時間が凄く短かったんだ。だから彼女にそっくりの君を見ると、クロを思い出すんだろうね」
そうだ、あいつは妻を得て、即座に失ったんだ。そう考えると、心の底から可哀想だと思ってしまった。アガリアレプトとして、冷静に過ごそうとしているあいつは見ているだけで少し、複雑な心境になる。それはつまり、そういうことだったんだろうな。
「――シロ」
「はい、なんでしょうか?」
「君のお父さんは君を嫌っていないよ。きっとあいつは、君と話すのに緊張しているんだ」
「緊張、ですか? 何故でしょうか……?」
「さぁ、それは俺にも分からないな。だが……いや、良い。あいつは今、バエルの城にいる……だからそこに行けば良い」
*****
「おやおや、またしても来客ですか……はてさて、ちょっと行って来ますね」
「ン……分かった。だが……誰だ?」
転移魔法ではここに来ることは出来ない。俺だってギリギリのところに転移して歩いた。しかし、誰が来るかを予想してみるのも面白そうだな……
「クロの書……いや、あいつはしばらく書庫に籠もるって言っていたな。グランエルとカレンはここには来ないだろうし……真心も武人も隆人も来ないだろうな」
だとすれば、と思って緊張したのが自分でも分かった。それは予感で予想で、きっと起こりうるだろう未来だからだ。そしてそれは現実で、
「お父さん……」
「シロ……」
何故ここに、と言う言葉が出せなかった。そして、シロは少し微笑んで、
「お父さん、少しお話ししても良いですか?」
「……構わない。だが……」
「お父さん、どうして私を避けているんですか?」
「っ……」
「教えてください」
その真剣な眼差しは、到底無視できる物では無かった。だから少し、躊躇いながら
「俺は……お前を見ていると、少し、悲しくなるんだ」
「お母さんを思い浮かべてしまうからですか?」
「ああ、それもある……だが、俺はお前に、俺みたいに育って欲しくないんだ」
「だったら私がお母さんみたいになると良いのですか?」
「それもそれでなんだか困りそうだが……シロ」
「はい、何でしょう」
「俺はお前を愛している。だからこそ、俺みたいに歪んで欲しくない」
なんだそれは、とじぶんでも思った。だが俺は、俺自身が歪んでいると理解している。だからこそ、何も似て欲しくないのだ。だから
「余り俺に近づかない方が良い、と思います」
「なんでそんな言い方……でも、それはお断りします」
「……」
「私はお父さんの娘だから、です。絶対に、お母さんとお父さんと仲良く、一緒に暮らすんです」
*****
「認めない」
「お前を認めない」
「お前を息子と認めない」
「お前は息子じゃない」
「お前は誰だ」
「あの子を返せ」
「虚偉を返せ」
「私の息子を帰せ」
「私からあの子を奪わないで」
脳内で木霊する、親の声。彼女はもう、死んだ。彼女は息子の成長に頭が着いてこられなかったのか、狂った。
「……」
そして幼い虚偉は、何もしなかった。だから、彼女は狂ったまま、死んだ。そしてそれに、虚偉は後悔していない。彼女は安らかに死ねた、とは思わない。だが、静かに死ねたのだ。
「お父さん? どうしました?」
「……ん、あ、悪い。少しぼんやりとしていた」
「そうですか……」
シロはアガリアレプトに寄り添いながら、温泉に浸かる。至極気持ち良い、と思っていると、アガリアレプトの手がシロの頭に伸びた。そしてそのまま撫でられた。
「お父さんの手って大きいですね」
「……そうか? あんまり、自覚は無いな」
「そうですか……ところでお父さん」
「なんだ?」
「お父さんがどういった人生を送ったのか、聞いても構いませんか?」
「……聞いていて、楽しい物じゃないと思うぞ。それに、話したくない部分は飛ばすぞ」
「構いませんよ」
「具体的にはこの世界に来てからしか言わないぞ」
「構いま……え?」
シロの驚くような声を無視して、アガリアレプトは語り出した。自分の人生について、これまでの人生について語り出した。それはシロにとって、驚きや興味の尽きない物だった。だからこそ、面白かった。
「お父さんは凄い人生を送っているんですね」
「――ああ、語ってみて改めて俺もそう思ったよ」
「でも、お母さんと出会ったのは奴隷屋だったんですね……お母さん、奴隷だったんですね」
「……なんだ、嫌か?」
「いえ、お母さんですからおかしくも何ともないな、と思いました」
「ははは」
シロは父親が笑う姿を見るのは初めてだった。そして、父親は少し緩んだ表情で、湯に体を浸して
「シロ」
「はい、なんでしょう?」
「愛しているよ、愛娘」
「……はい!」
*****
「バエルさん、お父さんのご飯、私が作っても良いですか?」
「良いも何も私は作れませんから構いませんよ」
「そうなんですか? でしたらバエルさんの分も作りましょうか?」
「お願いしま……いえ、お父さんだけの方が良いでしょう。二人で仲良く、家族水入らずでどうぞ」
「ありがとうございます、バエルさん!」
バエルはシロの背中を眺め、小さく息を吐く。
「後天性悪魔の夫婦の子、ですか。なんとも珍しい」
バエルは意味も無く、呟いて網にかかった獲物のところに向かった。
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