追い出されても色々ありまして③

「出られねぇ」


 武人の発想はあっさりと終わりを告げた。それに隆人と共に絶句していると、空間が歪んで――そこから慌てて這い出すようにして、彼女たちは現われた。彼女たちは、体のあちこちから血を流していた。

 唯一、彼女だけが出血はしていなかった。だが、彼女が一番焦っていた。


『二人を風呂に連れて行って! あそこの湯には怪我を治す効能があるから!』

「わ、分かった!」

『私はその間にアガリアレプトたちを連れ戻してくるから!』


*****


「クロの書、それであの世界の危機と戦ったんだな?」

『戦った、つもりなんだけどねぇ……なんて言うかさ、強くは無いんだけど死なないんだよねぇ」

「死なないだと? それは一体……不死身というわけか?」

『そんな感じ』


 一体どうことなんだ、と思っているとクロの書は頭に乗ってそっと目を閉じた。そして


『深く考えないで、魔法をぶっ放す! それがアガリアレプトの仕事だよ』

「ですが先代様、アガリアレプト様のMPは枯渇しております。湯に浸かり、回復した分では戦うには不安でしょうなぁ」

「待て、湯に浸かれば回復したのか? 初情報なんだが」

『言わなかったからねぇ』

「言いませんでしたからねぇ」


 なんだこいつら、と思いながら詠唱を開始する。省略詠唱ではない、完全詠唱だ。


『最初っから上級で』

「ああ! 暗黒よ、腕となりて眼前万物を殴り潰せ! 《ダークネスアーム》!」


 右腕に纏わり付く闇が、巨大な腕を形成した。そのまま殴りつける準備をしていると、


「聖光よ、我が右腕を包み込みて、一切合切を祓いたまえ! 《セイントアーム》!」

「光よ、槍となって、あの者を刺し貫け! 《セイントランス》!」

『グランエルに続け!』

「あァ!? 俺からかよ!」


 文句を言いながらグランエルは地面を蹴り、剣を構えた。そして


「ダルァッ!」


 裂帛からの一撃。それは世界の危機に激突し――ていない。寸前で、見えざる盾のようなものに阻まれていた。


「ンだとぉ!?」

「下がってください、グランエル! はぁぁっ!」


 光の腕が、世界の危機に向けて叩き込まれた。それは、見えざる盾に防がれたようだが、防ぎ切れたようではない。確実に、体を押した。


「カレン、もっと叩きつけろ! 連続して盾をぶっ壊せ!」

「無茶を言わないでください! グランエルこそもっと斬りつけてください!」

「ルせぇ!」


 闇の拳を収縮する。圧縮する。そのまま両手を構え、放った。


「っらぁっ!」


 ぶん殴った。だが、見えざる盾と激突し、均衡している。拮抗している。突破できていない。


「三人の力を合わせてもこれですか!? 一体どれだけの障壁を!?」

「クソがぁっ!」

「おいグランエル! カレン! お前ら、こいつらと戦ったんだろう! どうしたら殺せるかさっさと言え!」

「「障壁の突破」だ!」


 だったらどうすれば良いのだろう。MPがないわけで、充分に魔法が使えない。それはつまり、今の俺には何も出来ないというわけだ。


「アガリアレプト……どうしますか? 今のままだと、目覚めさせることすら出来ていないみたいです。ここまま、決して目覚めることはないでしょう……外因によって、ですが」

「それはつまり……目覚めと同時に襲撃をすると言うことか? だが、眠っている今が一番隙があるのだぞ? それをみすみす見逃すなんて、俺には出来ない」

「奴らはあの頃の、あの時のと同じと考えれば強いです。そしてあの時は、あんな障壁はなかった……それはつまり、あの時に眠っている奴らと戦ったことはないからです」

「――クソが、逃げるしかないって事なのか……」


*****


「よく来たな、召喚されし者よ。中々絶望しているようだな」

「ふん、俺が絶望だと? なんとも面白いことを言っているな、お前。殺すぞ」

「はっはっは、面白いアガリアレプトだ。面白い、その意気に免じて愛してやろう」

「黙れ、屑が。淫魔だからと言って誰彼構わずに発情してんじゃねぇよ」


 魔王は大きな声で、けたたましく笑って――そっと、自分の傍らにあるベルを鳴らした。そしてそのまま、沈黙を保って、


「お呼びでしょうか、魔王様」

「アガリアレプトの娘を呼んでこい。彼女の保護者が迎えにきた……彼女の荷物は纏まっているか?」

「いえ、こんなに速く訪れられるとは予想外でしたので、これからとなります」

「分かった。急がせなくて良い……それで、アガリアレプト。お前は一体、何を伝えに来たのだ? 娘を迎えに来ただけではあるまい?」

「ああ。魔王、お前も俺たちを手伝ってもらおうと思っている」

「ほぅ?」


 魔王は椅子に腰掛けたまま、興味深そうに眉を顰めた。そしてそっと、俺に焦点を当てて、


「言ってみろ……あぁ、大体は察しているがな」

「そうか。だったら何も言わない、さっさと手を貸せ」

「……先に話せ。その方が常識だろうが」

「はっ」


 常識に何の意味があるんだ。この世界に何の常識が通用するというのだ。一体全体、何の常識も存在していない世界じゃないか。そう思うと、心からイライラした。


「ぶっ殺すぞ、ガキが」

「あぁ? ぶっ殺すぞ、魔王風情が」

「「……」」


 二人で睨み合い、小さくため息を吐く。そのまま


「魔王、とりあえずアレだ、世界の危機だ。だから手を貸せ」

「……あの赤い奴らが、また現われたって言うんだね? そいつぁ、無視できないな。ああ、無視できない」


 魔王は機嫌悪そうにそう呟いて、椅子に立てかけてあった巨大な剣を、手に取った。そしてそのまま、目を閉じて


「良いぜ、あたしも力を貸してやンよ。だが、忘れんな……お前がアガリアレプトじゃなけりゃ、決して手ぇ貸さねぇからな」

「ああ、それで良い……ん?」

「おや、お姫様の登場だ」


 魔王が面白そうに笑い、開いた扉を見ていた。俺も振り向いて、そこに立つ少女に目を向けた。クロそっくりの顔に、純白の、絹のように光を反射する髪。そしてその15歳ぐらいの少女は、俺を見つめて


「あなたが……私の、お父さんですか?」

「……シロ、なのか?」

「はい、お父さん。シロ=ウツロイです」

「……初めまして、シロ。アガリアレプトだ」

「初めまして、お父様。シロ=ウツロイです。どうぞ、お見知りおきを」


*****


「皆様、初めまして。シロ=ウツロイです。どうぞ、以後お見知りおきを」

『おぉ~、シロ。大きくなったねぇ』

「お母様、お久しぶりです。相変わらず……奇抜なようで」

『酷いねぇ……自覚はあるけどさぁ』


 クロの書は、余りふくよかではない胸元に抱き寄せられ、嬉しそうに微笑んでいた。そして、


「クロの書、みんなが見ているよ」

『良いじゃないか、旦那様よ。今ぐらい家族団らんを楽しんだって良いだろう?』

「……そうだな。それも、良いだろう」


 アガリアレプトはそう言いながら、シロの頭に手を乗せた。そして、そっと撫でる。


「初めて、父親らしいことをしている気分だよ」

『そうだねぇ……シロ、気分はどうだい?』

「不思議な気分です。不快感はありませんが、むず痒いです」


 そう言っているシロの目は少し、潤んでいた。必死に痒みに耐えているのだろう。そう思うと、申し訳なく思った。だから、手を離して


「ごめんな、シロ」

「え? 何がですか?」

「今まで、置いて行って……」


 だから、俺はシロの側にいる資格は無いのだろう。だから、俺は――彼女の側から離れることにした。


「クロ」

『なんだい、お父さんよ』

「シロのことは任せた。しばらく俺は……湯に浸かりっぱなしになるしな」

「『え?』」


*****


「そう言うわけでバエル、しばらく世話になる……構わないか?」

「構いませんとも」

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