追い出されても色々ありまして②

「あの、アガリアレプトくん」

「何だ……?」

「こっち見ないでください……恥ずかしいです。あんまり、自信のある体じゃないので……」

「……ふん」


 クロの書が聞いたら、何と言うだろうな。彼女の体は貧相だった、と思っていると


「も、もう見ても良いですよ……」

「うん? 何故だ?」

「見たく、ないんですか?」

「……」


 どうでも良い、というのが本音だった。だからそれを無視して、温泉に入る。そのまま腰を下ろすと


「ン……確かに気持ち良いな」

「そうなの?」


 多少落胆した様子の真心は、俺の言葉に少し表情を明るくして、お湯に浸かった。すると、


「はぁぁ~」

「どうした? 随分と気持ちの良さそうな声だな」

「だって気持ち良いんだもん……アガリアレプトくんも気持ち良いでしょ?」

「……思っていた以上にな」


 アガリアレプトは決して真心の方に目を向けない。間違えてでも向けてしまえば、確実にクロの書に怒られるだろ。


(俺は彼女だけを愛し、彼女だけを護る……この世界がどうなろうと、だ)


 決意を新たにし、アガリアレプトは目を閉じた。泥の湯は、手が加えられていないだけであって、充分気持ちが良い。そう思っていると、


「アガリアレプトくん」

「……なんだ? 生憎だが今の俺は温泉に浸かっていたいからなにも出来ないぞ」

「――何もしなくて良い、って言ったら?」

「何もしないに決まっているだろうが……お前が何をする気か、分からないけどさ」

「そうなんだ……ちょっと、悲しいかも」

「あ? ……あぁ、そう言えばカレンとクロの書が何か言っていたな」


 彼女の気持ちに気づけ、とか言われた気がしたな。一体、どういうことなんだろう。


「あ」

「どうしたの? アガリアレプトくん」

「……お前に謝れ、って言われたな」

「え?」


 真心は本気で分からないように、首を傾げた。だがそれは、俺にとっても分からないのだ。だから何も言わず、ぼんやりと彼女のいない方向を眺めていた。


「……アガリアレプトくん」

「なんだ?」

「私の告白に、返事を出してくれますか? あの時の告白に、まだ返事は出してもらえませんか?」

「……あれは」

「気の迷いなんかじゃありません。私は本気であなたが好きです」

「お前は俺に浮気を勧めているのか? 俺には妻が、家族がいるんだが?」

「クロの書には許可をもらいましたよ?」

「なぬ」


 どういうつもりだあいつ、そんな風に思っていると……ちゃぷちゃぷ、と真心が移動するような音が聞こえた。そして背後から、俺の肩に触れた。


「ひっ!?」

「え!? そんな驚き方をされると悲しいんだけど!?」

「いきなり触れられると吃驚するから……それで、何の真似だ」

「……」

「……」

「言わないと、分からない?」

「……ああ、分からないね。お前が何を望んでいるんだ……俺には、何も分からないよ」


 虚偉は愛情を向けられることに、経験がない。アガリアレプト、クロだけが彼に愛情を向けていたからだ。

 彼の出自に問題はない。ただ、親が愛情を向けていないだけだった。いや、向けていたのかもしれない。

だが、それは彼にとって記憶に残らなかっただけだ。


「愛して欲しい、って行ったらどうしますか?」

「どん引きします。距離を置いてしばらく言葉を交わしません」

「そこまで……酷い」

「俺はクロと結婚した身だ。それ以上言うのなら浮気じゃ済まないだろうな」


 浮気じゃ済まない。それは一体、どこまで行ってしまうのだろうか。すでに失われた妻の肉体……おそらくだが、俺の性欲は溜まっているのだろう。きっと、


「獣のように乱暴をしてしまうかもしれないな……」

「ど、どうぞ?」


 巫山戯るな、そう思いながら逃げるように温泉から上がった。


*****


「バエル、俺はここを旅立つ。どっちに行けば魔王の居場所まで辿り着ける?」

「北、でしょうなぁ。ですが、あの愛妾は置いて行かれるのですか?」

「ああ……」


 バエルは少し、目を閉じて


「では私も向かいましょうか? 魔王様が現在、子育てに忙しいという噂がありますから見て見たいものです」

「……その子、俺の子だ」

「アガリアレプト様はどうも魔王様に縁がありますなぁ……っくくく」

「何だ、何がおかしい?」

「ここまで歴史に関与したアガリアレプトはかつて存在しませんからなぁ……どうやらまた、世界の危機が訪れそうですし、何かが動き出したと考えるのが妥当でしょうなぁ……はてさて、どうなることやら」


 バエルは愉快そうに笑い、そして背後を見た。


「愛妾殿はいかがなされますか? アガリアレプト様はあなたを置いて行くつもりのようですが」

「え……着いて行きたいですけど」


 そして5分後、俺の意見を悉く無視した真心と何故か気があっているバエルは廃墟、城の廃墟を出て


「バエル」

「なんでしょう、アガリアレプト様」

「……あの空に浮かんでいるアレは、なんだ」

「あの空、と言いますと赤褐色の生き物ですかな?」

「ああ、そうだ……ひょっとして、あれが……」

「ええ、そうでしょうねぇ……世界の危機が訪れているんでしょうなぁ」


 バエルは穏やかに言いながら、しかし決してその表情は明るい物では無かった。睨むような目つきで、それを眺めていた。

 赤褐色の生き物は天から降ってきたようにも見えた。だが、天のどこにも異常は見られない。そしてその現象に動揺している暇はなく、赤褐色の生き物は吠えた。


「っ!?」

「ここまで!?」

「吠えるだけで10キロメートル以上先まで衝撃を伝えるだと……馬鹿げている、あんなものにどう立ち向かえと言うんだ!?」


 思わず叫んでしまったのは、悪くないだろう。自分に言い聞かせ、それを眺める。赤褐色の生き物は地面に足を下ろし、周囲を見回して――丸くなった。


「眠ったようですな」

「あれってドラゴン?」

「みたいだな……だが、どうして眠りだしたんだ? 疲れているのか?」


 だとしたら、


「今の内に叩いておくのが得策じゃないのか?」

「ですな……」

「そうなの、かな」

「真心はバエルの背後にいろ。俺は前に行く」

「おやアガリアレプト様は魔法を得意としているはずですが……それに、禁呪を行使したからMPが0なのでは?」

「あ」


 忘れていた。そう思っていると、バエルは小さくため息を吐いて


「アガリアレプトの大書庫へ入れば、誰かいるのでは?」

「っ、そうか……っ!? 何故、まだ戻れないんだ!?」

「おそらく先代のアガリアレプト様が書庫への立ち入りを禁止しているからでしょうなぁ……はてさて、現状に気付かないとは一体、何をしているのやら」

「さぁな……だが、クロの書のことだ。忙しいんだろう」


*****


 その頃のクロの書は、異変に気付いていた。一瞬で増加した歴史に目を細め、どこで命が大量に失われたかを確認して


『カレン! グランエル! 世界の危機が訪れたよ!』

「「っ!?」」

『今から向かうから!』


 とりあえず3人で書庫の外に出る。そのまま、急いで転移魔法の詠唱を済ませて


『《空間転移テレポート》!』


*****


「武人、どうする?」

「どうって言われてもどうにも出来ないだろうが……隆人こそどうする気なんだよ」

「どうにも出来ねぇ」


 2人で息を吐き、書庫内を見回す。すでにここには、2人しか残っていない、だからこそ、何も出来ないのだ。


「……なぁ、隆人」

「どうした? 何か面白いことでも思いついたか?」

「いや……世界の危機に対抗するために俺たちは召喚されたんだよな? それがどうして、俺たちはここにいるんだ?」

「え……いや、それは……」

「俺たちも戦いに行くべきじゃないのか?」

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