追い出されても色々ありまして①

「好きです、虚偉くん」


 真心がそれを口に出した瞬間、カレンは空気が、そして彼らの関係が変わってしまったのを理解していた。


*****


『……」


 真心とアガリアレプトの様子がおかしい。そんな相談を受けたクロの書は小さくため息を吐いた。そして


『結婚した相手に告白するってのもどうかと思うけど唆せたのは私だからなんとも言えないねぇ』

「クロの書……とりあえず、なんとかして助けてくれ。あいつらの雰囲気マジ怖いんだ」

『リュウトのおにーさんは相変わらずだねぇ。まぁ、悪いのは私だからなんとかするよ……ほりゃ!』


 その気の抜けるようなかけ声と同時に、真心とアガリアレプトは書庫からはじき出された。そしてそのまま、しばらく帰ってこられないようにされた。元書庫の管理者はその程度のこと、手慣れているのだ。


「クロの書、何をしたんだ?」

『んー、古き良き悪いことをした子たちを家の外に出して反省させているだけだよ』

「それ、日本だと色々言われそうだなぁ……あのさ、クロの書」

『なんだい? エロ本なら書庫の奥の方にしまってあるよ』

「いや、そうじゃなくて……真心と虚偉の関係について聞きたいんだよ、ってエロ本あるのか!?」


 思わず反応してしまった隆人は顔を赤くする。そしてそれを眺め、クロの書は何も言わなかった。そして


『でもエロ本は私の趣味が多いからねぇ……なんとも言えないね』

「そ、それよりも真心と虚偉の関係なんだよ! あいつら、ひょっとして付き合ってんのか!?」

『まさか、その逆だよ。マゴコッちゃんはアガリアレプトが、うちの旦那が好きなんだからねぇ』

「……やっぱり?」


 隆人は納得しつつため息を吐いた。そして扉が開いて


「おや、リュウトくんとクロの書さんですか……アガリアレプトは今どこに?」

『我が旦那様なら今書庫にはいないよ。今書庫にいるのはタケトとリュウトのおにーさん、そして英雄と勇者だけだねぇ』

「そうですか……ちょっと読みたい歴史があったんですけど許可もらえますから?」

『余裕余裕、着いておいで』


 そして5分後、歴史を読んでいるカレンとエロ本を読んでいるリュウト、そして本棚に収まって眠っているクロの書があった。


*****


「ここは一体……どこなの?」

「俺が知るか……って言うかなんだここは」


 廃墟だった。城のような残骸がある廃墟だった。


「俺が壊した城じゃ無さそうだな……まぁ良い。書庫に戻るか」


 目を閉じ、書庫に戻ろうと望んだ。しかし、戻れなかった。何故か分からない……そう思っていると、真心は小さく安堵したような息を吐いた。


「真心」

「え、あ、何?」

「何故か書庫に戻れない……お前、何か知らないか?」

「何も知らないよ……戻れないんだね」


 真心は繰り返し、立ち上がった。そのまま伸びをして周囲を眺めた。廃墟の中には、俺と真心以外の生き物の気配はない。


「さてと、どうしたものか……飛べ、《空間転移テレポート》……」


 転移できない。軽く予想していたからこそ、落胆こそなかったが……まぁ、良いか。


「とりあえずここがどこか調べないといけないな……ん?」

「どうしたの?」

「……真心、魔法を使ってみてくれ。どうも……何と言うべきなのか分からないが違和感がある」

「んと、よく分からないけど……光よ、私たちを照らして《シャイン》……あれ?」

「やはり魔法が発動しないか……一体どういう場所なんだ?」


 クロの書さえいれば、何とか分かるはずなのに。そんな風に思いながら歩き出す。床にはたくさんの埃が降り積もっていることから、人里離れた場所なのだろう。そんな風に思った瞬間、


「っきゃ!?」

「あ……? 蜘蛛か……」

「蜘蛛か、じゃなくて助けて!?」


 蜘蛛が真心に近づいていき……その横を素通りした。そして


「アガリアレプト様で御座いますかな?」

「ん……バエルか?」

「よくぞご存じで」


 蜘蛛の姿の悪魔なんて、それぐらいしかいないだろう。そう思いながら蜘蛛を見下ろしていると、蜘蛛は頭を下げていた。そして


「魔法が使えないようにしていたはずなのですが……どうやってここに?」

「先代に何故かここに送られてきた……何が目的か分からないが、しばらく滞在することになるかもしれない」

「おもてなしは出来ませんぞ? 我らの食物をアガリアレプト様が食べられるとは思えませんが」


 そう言いながらバエルは真心を眺めて


「愛妾ですか? ベッドなどは御座いませんが……知覚に温泉とやらが湧いていますな」

「温泉!?」

「真心……お前、温泉好きなのか?」

「温泉が嫌いな日本人なんかいない!」

「全日本人に謝れよ」


 偏見過ぎる。そう思っていると、真心は首を傾げて


「虚偉くんは温泉が嫌いなの?」

「アガリアレプトだ……入ったことがないからなんとも言えない」

「もったいない!? 人生を損しているよ!」

「そこまで言われないといけないことなのか? お風呂と同じだろう?」

「馬鹿―っ!」


 真心の叫び、それにアガリアレプトが怯んでいると、真心は目に涙を溜めて


「温泉の方がずっと良いじゃない! どうしてそんなこと言うの!?」

「お前はどうしてそんなに力説しているんだよ……俺にはお前が分からねぇよ」

「分からなくても良いじゃない!」

「お前勢いだけで話していないか?」


*****


「バエル、ここはどこか聞いても良いか?」

「良いですとも。ここは魔大陸の北東、人間大陸で言えば東の王国の近くですね……最近、滅びたらしいですが」

「あれ、それって虚偉くんがしたんじゃなかったっけ? 違う?」

「だから俺はアガリアレプトだ……ふん、確かにアレは俺がしたことだ」


 そう言うとバエルはけたたましく笑い、


「アガリアレプト様が歴史に関与するとは珍しいこともあったもんですな。いかが成されたので?」

「妻が人間に殺された。だからそいつの出身国を腹いせに滅ぼして、その魂を使って蘇生しようと試みた」

「魂を使い、蘇生ですか……成功したという話はとんと聞きませんな」

「そうなのか……やはり、そうだったんだな」

「魂が例え、体を動かしたとしても心は戻らない。魂と心は別物なんですよ」


 バエルの言葉にアガリアレプトは納得した。すると、バエルはアガリアレプトの目の前の壁に張り付いて


「温泉にでも浸かってきてはいかがですか?」

「ン……そうだな」

「ついでに愛妾を抱いて一息吐いてはいかがですか?」

「妻がいるんだ。そんなこと、出来ないな」

「悪魔なのですから欲望に忠実に、と魔王様なら言いますよ」

「浮気を勧めるなって会ったら言っておこう」

「ははは、身に覚えがないことですがね」


 バエルはそう言い、天井まで張っていった。それを眺めていると


「呼べば姿を現しましょうぞ。では、失礼します」

「ン……」

「それと愛妾殿に温泉に行くよう伝えておきましょう。なに、着替えならありますぞ」

「なんであるんだ?」

「人助けをしたら色々と置いて行ったのですよ」


 それ、怖れられて逃げ出したって言うんじゃないのか? そんな風に思いながらバエルの持ってきた服を見ると、以外と良質の服だったので、何も言わなかった。

 どうやらお礼として置いて行ったのかもしれない。そんな風に思い変えながら、廊下を歩いていると


「あ、うつ……アガリアレプトくん」

「……真心か。ん」


 服を渡すと、真心は戸惑った。だがそれをアガリアレプトは無視して、バエルに教えられた温泉の方に足を勧めていた。当然それを知らない真心は、その背後を着いて行き……


「え、嘘!? こんな立派な温泉なの!?」

「……」


 人の手が加えられていない泥の混じった温泉に、何故か真心が感動していた。

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