恋愛感情を抱いても色々ありまして⑩

「魔王の棲まう城は、東の王国を越えた先にある北の山脈。その頂上にあります」


 英雄の言葉で、俺たちは早速転移魔法でそこに行こう、と思ったのだが


『アガリアレプト。魔王の城の周囲には遠距離からの魔法を無効化にする結界があるんだぜ?』

「なんだと? って言うかどうしてお前はそういった大事なことを後隠しにするんだ……っ!」

『いやー、ごめんごめん。下手に情報を与えるとアガリアレプトはどこまで行くのか分からないからねぇ』


 クロの書はアガリアレプトの背後にふわふわ、と浮いて


『ケインさんよぉ。うちの旦那の身に危険が及ばないように助けてあげて欲しいねぇ』

「それが君の願いなら、僕が受け持とう。まぁ、僕は魔法が使えないからなんとも鳴らないだろうけどさ」

「魔法は使えない、だと? お前、あんなに光の魔法を使いまくっていたじゃないか……まさかお前、俺みたいにMPが無くなって回復しないのか?」


 カレンは口にしても良いのか、と少し戸惑った。すると、クロの書がその頭の上に乗って


『英雄カレンは魔法が使えないんだよ。そもそも使えない。でもだったらあの魔法みたいなのはなんだったんだ、ってアガリアレプトは思ったでしょ?』

「ああ……どうしてなんだ?」

『アレは魔法じゃない。魔法を無理矢理、自分で作り出した模造品だよ』

「そう言う評価は嬉しくないですね……」

『アガリアレプトは思わなかった? どうして光の詠唱がセイント、なのに英雄はシャイニングを主に使っているのか、と』


 確かに言われてみれば、そうだった。そう思っていると、クロの書は英雄の頭の上に乗って


『英雄の再現したのはシャイニング、この詠唱は魔法では使えないんだ』

「え?」

『セイントは光の上位詠唱ではなく、実際は同格の詠唱なんだ。でも英雄はそれを上位詠唱として使えるようにしているんだ……この意味が、分かる?』


 その後、長い長い説明があったのだが、アガリアレプトとして、悪魔に成り果てた際に光属性の魔法が使えなくなった彼にとっては 重要ではない説明だった。


*****


「真心、そう言うわけで俺たちはしばらく出かけてくる。その間は何も出来ないからどこかに行ってもらえると助かるんだが」

「それって私たちも着いて行っても良い?」

「……」


 断るつもりだった。だが、迷惑を掛けた身として、それはどうかと思った。グランエルたちは例外だ。


「お前たち、が?」

「私たちが」

「……武人と隆人が?」

「そう」


 面倒なことになりそうだ。その予感はあっさりと的中して――


「虚偉、何を持って行けば良いと思う?」

「知るか。俺は旅なんてしたことは……あるか」


 龍の領域に行く際に、旅をした。それを思い返していると……涙が出てきた。


「クロぉ……っひぐっ」

「「ええ!?」」

『あー、はいはい。アガリアレプトは本当に泣き虫だねぇ……好きなだけ、泣きなよ。ずっと側にいるからねぇ』

「ありがとう……ありがとうな、クロ。心の底から愛しているぜ……」

『そう真顔で言われると恥ずかしい物があるねぇ……愛しているよ、アガリアレプト』


 目の前での会話に武人と隆人が動揺していると、クロの書は自ずとページを開いて


『んー、私たちが旅した時には傷まない食料を準備したねぇ。それと着替えぐらい化なぁ……』

「水分は重要だぞ。真水を用意できれば良いのだが……いや、そうか。お前たちは水の魔法を使えるのか?」

「いや、俺は使えない」

「俺もだ」

「そうか……クロの書も無理だよな?」

『そりゃぁねぇ……あれ、よく考えたら私たちって魔法使えるメンバーがほとんどいない感じ? それってちょぉっとヤバくないかねぇ』


 確かに、前回旅した際は俺の大半が人間だった。だから水魔法は使えた……だが、アガリアレプトとなった今、闇魔法以外の魔法は使えない。それはつまり、


「水分持参ってことになるな。大丈夫かお前ら」

「「え?」」

「俺とクロの書は水分を取らなくても問題ない。飲まないわけではないが……ほとんど必要ない」

「マジか……え、なんでだ?」

「飲まないと脱水症状で倒れるんじゃねぇの?」

「――知らん。悪魔だから大丈夫じゃないのか?」

『一週間ぐらいなら飲まず食わずでも大丈夫だねぇ……でも、私はきちんと、食べて飲んで欲しいなぁ』

「え、なんで?」

『私が愛している人が、そんな不健康な生活を送っているのは嫌だなぁ』

「そうか……いや、そうだな。だがクロの書、お前にも同じ事が言えるぞ? 良いのか?」

『大丈夫だよ、私は防水がしっかりしているし自動で汚れが落ちるからね……それに食べることは出来るし』


 その言葉に虚偉が嬉しそうな顔をしている。二人はそれに気付いた。そして武人はそれと同時に、少し悲しくなった。


(真心、報われねぇなぁ……分かりきっていたけどさ)


 可哀想だな、と素直に思った。真心のことが好きな武人でも、そういうことは思った。直後、隆人が小さくため息を吐いて


「なぁ、虚偉」

「なんだ? それと俺の名前はアガリアレプトだ。次にその名前で呼んでも反応しないぞ」

「真心の気持ちに気付いているか?」

「真心の気持ち……? ……悪いが、何を言っているのかさっぱり分からない。俺への嫌悪感とかなら分かっているが」


 嫌悪感、と二人が驚いた瞬間、アガリアレプトの額に高速で本の背表紙が叩き込まれた。その激痛に悲鳴を上げつつ、アガリアレプトは背中から床に倒れた。そしてその胸の上でその本は仁王立ちして


『こんの馬鹿野郎! 馬鹿野郎! 古に伝わるぐらい大馬鹿野郎!』

「……古ってお前、昔のことだろ」

『アガリアレプトがずっと残されるような大馬鹿野郎って残してやるよ! この馬鹿野郎! すっとこどっこい! 鈍感!』

「色々言ってくれるな……ん? おい、待て。鈍感だと? どういう意味だ?」


 こいつ、まさか本当に鈍感なのか。武人が戦慄している目前で、本は大きく飛び跳ねて


『マゴコッちゃんに謝れ! このバーカ!』

「え……」


 本気で訳が分からなそうなアガリアレプトを残し、クロの書は転移魔法で姿を消した。そして取り残されたアガリアレプトは呆然とし、何も出来なかった。


*****


「そう言うわけで何か分かったりしないか?」

「うーん……どうでしょうね。何と言って良いのか分かりませんが……彼女と話してみてはどうですか?」

「いや……何と言って良いのか分からないんだが……さすがに彼女に直接聞くのはどうかと思ったんだ」


 英雄カレンは少し呆れたようにため息を吐いて、コーヒーを飲んだ。ちなみにカレンはコーヒーが好きで、グランエルは緑茶が好きだ。


「そもそもどうして僕に聞いたんですか?」

「いや……お前、女性関係に慣れているような気がしたから」

「……まぁ、グランエルに比べればそうかもしれませんね。では、今の話から僕が理解した内容を君に言って……良いでしょうか?」

「え?」


 扉が、開かれた。そしてそこに立っていたのは、日本人らしい髪の色と瞳の色をした女だった。


「あ、虚偉くんとカレンさん……こんばんは」

「こんばんは、マゴコロさん……さて、マゴコロさん」

「あ、はい。なんですか?」

「彼にあなたの本心を伝えても構いませんか?」

「……え」

「彼、一切気付いていませんよ」


 マジか、と真心は思った。しかしアガリアレプトは本当に何も理解していないのか、疑問の表情で真心を見つめていた。そして


「アガリアレプト……君は人の気持ちを考えるべきだ」

「人の気持ち……? そんなもの、分からなくても構わない。俺が分かるのは彼女のだけで良い」


 アガリアレプトがそう言った瞬間、真心は決心して


「好きです、虚偉くん」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る