恋愛感情を抱いても色々ありまして⑨
「クロの書は魔王の居場所や顔が分かっているのか?」
『場所は私を読めば分かるよ……顔は挿絵が無いと分からないねぇ』
「……無さそうだな」
『私も自分の体を読んだことはないからねぇ……なんとも、言い辛いもんだよ』
惚けたような口ぶりで表紙が開き、ページが捲られる。それを眺めていても、文字の記述しか存在していない。
『……ごめんね』
「気にするな。一緒に会いに行けば良い……ところで、クロの書」
『なんだい?』
「我らが娘様の名前、付けたのか?」
本が自信満々に頷く姿を初めて見た。そんなことを思いながら、アガリアレプトは頷いた。そして、クロの書は意気揚々に、
『我らが娘様の名前は――
*****
「グランエルと英雄とやらを連れて来られるか?」
「「「ぶっ」」」
いきなり噴き出した三人を眺め、アガリアレプトは嘆息する。
「わざわざブラックが飲めないから砂糖を入れたのに噴き出すなよ……もったいない」
「もったいない、じゃないだろ!? なんでいきなりあの二人なんだよ!?」
「別にまた戦うわけじゃない。それに今の俺に戦える力は無い」
「「「え?」」」
『反魂蘇生の禁呪のデメリット。MPが0で固定され続けるのさ』
「いつまで?」
「何も分からん。だからお前たちのような動ける奴を……そういやあの悪魔、どこに行った?」
こいつら三人を連れてきたあの悪魔、あいつのような者たちを作るか? そうすれば、動けない俺の代わりに動いてもらえるだろうし……
「……」
『アガリアレプトが考え込んでいるんで話を戻すけどさ、あいつらの力を借りたいんだよね』
「力を借りたい?」
「どうしてだ?」
『ちょっとばかり、危険があるかもしれないからねぇ』
「なんのために必要なのか、説明してくれよ。それがねぇとなんとも言えねぇよ」
『相変わらずタケトのおにーさん略してタケにーは頭の回転が速いねぇ』
「なんだその呼び方」
嫌なら辞める、とあっさりクロの書は言った。そして
『魔王に会いに行く。そのまま、世界の危機に備えるんだ』
「魔王にお土産って何が良いかな? やっぱり特産品の方が良いよな?」
『いやいやいや、なんで流れぶった切ってそんなこと言い出したの?』
「いや、我らが娘様がお世話になっているし……なぁ?」
『なぁ、って言われてもねぇ』
クロの書は小さき息を吐いた。それには呆れが混じっていた。それには、面白そうだ、という感情が込められていた。
『でもさ、アガリアレプトに現在魔力は存在しない……だから、時間がかかるんだよ? 道中で買った方が良いんじゃないかな?』
「ん、ああ。そうだな……そうするか。それじゃ、さっさと行こうか」
『ああ、そうだねぇ』
「行こうか、じゃなくて! 魔王ってどういうこと!? 魔王を倒すの?」
『倒す? 一体どうして? あの子、別段悪い子じゃ無いよ。英雄と勇者と一緒にかつての世界の危機に立ち向かった一人だね』
「世界の危機……一体、どういう危機なんだ?」
「俺も知りたいな」
「私も」
「――クロの書。少し前から疑問だった……何故、記録に無い?」
どうしてその記録がこの世界に残されていないんだ。どうしてその時代を生きた者の歴史の中に、それは記述されていないんだ。
「分かるか?」
『うーん……ちょっとまだ、解明されていないねぇ……』
「そうか……やはり、あの時代を生きた者に聞かないといけないな」
その結果、
「ここがあの名高いアガリアレプトの大書庫ですか……初めて、入りました」
「俺もだ……で、どうしてテメェらはここにいるんだ?」
「「「えーっと」」」
三人は困ったように顔を見合わせた。そしてそれを無視して
「グランエル、それと英雄。魔王に会いに行く、手を貸せ」
「断る」
「お断りします」
「……ちなみに理由を聞いても?」
「殺し合った相手の手を貸すわきゃねぇだろ」
「まったくです」
「……お前ら……」
アガリアレプトは少し、困ったように眉を顰めた。すると、軽やかな笑い声が聞こえた。そして
「冗談ですよ、冗談。久々に彼女に会うのも良いですし、手を貸しましょう」
「あぁ? 俺ァ行かねぇぞ?」
「グランエル、お前は飯を食わせてやったよな? さっさと従え」
「あぁ!? ンなもん、テメェが勝手にしたんだろうがよぉ!」
「お前、美味しいって言っていたじゃないか」
「確かに美味かったけどよ……それとこれァ話が違うぜ!」
「グランエル、、美味しいご飯を食べさせてもらったのならきちんと礼をしないといけませんよ」
英雄の言葉にグランエルは顔を顰め、
「ともかく俺はお断りだ! テメェらだけでやれ!」
「――グランエル。もう一度、痛めつければ分かるか?」
「はっ、俺ァ死なねぇよ!」
「ああ、だから死なないのを利用して痛めつけ続けるだけだ。どうだ、楽しそうだろう?」
「テメェ……恐ろしいこと考えるなぁ……本当に人間かよ?」
「俺は人間じゃない、アガリアレプトだ」
その結果、
「カレン、テメェいつか殺す」
「怖いのでこのままぐるぐる巻きにして湖にでも捨てませんか?」
「それが良いな」
「巫山戯ンなテメェら!?」
床に転がされたグランエルを見て、アガリアレプトは動揺を隠せなかった。そしてその頃、三人はクロの書と一緒に風呂に入っていた。
『相変わらずマゴコッちゃんの体は柔らかいねぇ……手までこんなに凄いとは思わなかったよ』
「はいはい。それよりも濡れても大丈夫だなんて本当に本なの?」
『そうそう。私は本で本な歴史書でーす』
「歴史書、ねぇ。あのたくさんの本全てが歴史書なんだよね?」
『そうともさ。あの全ての本が私たちアガリアレプトの代々受け継いできた、世界の歴史。毎秒単位でかなり、数え切れないくらいに増えていくよ』
「大変、なのかな?」
クロの書は真心に背表紙を撫でられ、くすぐったそうに身を捩った。
『気持ち良いねぇ……アガリアレプトの腕の中よりも、気持ち良いよ』
「アガリアレプトって……今は、虚偉くんなんだよね?」
『そうそう、アガリアレプトがウツロイなんだよ。我が旦那にして超絶変人のウツロイだよ』
「超絶変人って……」
「否定できねぇな」
「ノーコメントで」
武人はお湯を被り、シャンプーを流した。そのまま、立ち上がって
「隆人はどうすんだ?」
「え? どうってなんの話だ?」
「虚偉の話だよ。あいつ、魔王に会いに行くとか言っていただろ? お前はどうするんだ?」
「お前は?」
「俺は着いて行くつもりだぜ」
武人がそう言った瞬間、脱衣所からの扉が開いて
「おや、お三方。入浴中でしたか」
『へいへい、私を無視しないで欲しいねぇ』
「四方でしたか」
ケインはそう言いながら少し困ったように眉を顰めた。だから
『まずは体と頭を洗わないと湯船に浸かっちゃダメだぜ? アガリアレプトを見て真似しなよ』
「「「え」」」
いつの間に、と三人が思うほどの存在感でアガリアレプトがシャンプーを泡立てていた。そのまま髪を洗い、お湯で流して
「ケイン」
「なんですか、アガリアレプト」
「魔王ってどんな奴なんだ? 男なのか、女なのか?」
「彼女は女性ですよ……そうですね、烏羽色の髪を持った美しい女性です」
「へぇ」
「浮気ですか?」
「いや、美女って聞いて妻とどっちが上かを比べたくなった」
『私の方が圧倒的に上だね!』
「ん、そうなのか? お前がそう言うならそうなのかな」
『そうともさ!』
本と青年が楽しそうに話している様子を眺め、英雄は楽しそうに微笑んで、剣士は愉快そうに笑って、拳士は眠気に耐えるように欠伸をして――
「……」
僧侶は一人、切なそうに顔を歪めながら、友と好きな相手の様子を眺めていた。
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