第5話 番外編:彼とアリスのはじめての出会い



 その病院に入るという事は、あとは死を待つだけだと言われていた。

 少年、ジェス・マードゥンもまた、死を待つだけだと言われる病院に入院していた。


 彼の、ジェスの病気は、当時の手術の技術ではどうする事もできない頭部の内部に悪性の腫瘍があった。

 ジェスの両親は、治らないと、死を待つだけだと知った後も、ジェス本人には知らせないようにしていたが、当のジェス本人は、なんとなくだか理解していたのだ。

 もう助からないのではないのかと。

 6歳にして、自分の死を理解していたのだ。

 だからこそ、希望は捨てたくないと、ジェスは思っていた。

 残りわずかな時間を大事に過ごしたいと思っていたのだ。

 死ぬ事は怖くないとも思っていた。


 彼女に会うまでは。


 ある日の事だった。

 ジェスは病院内を散歩するのが趣味になっていた。

 待合室まで歩いていたが、同じ場所の往復に飽きてきていた。

「つまらないな…」

 そう呟いた時に、同時にジェスと同じ言葉を呟く少女がいた。


 その少女の名は、アリス・M・グラムフォード。

 年齢は7歳と、ジェスより少し年上だった。

 2人は少しだけ話をした。

 アリスの言葉はとても新鮮だった。

 ずっと病院で入院生活をしているジェスにとっては何もかもが輝いて聞こえてきた。

 その時間も、ずっと続いて欲しいと願うほど輝いていたのに、すぐ失う事になる。

 親らしき者にアリスと呼ばれていた少女は、元気な足取りで外へと、病院の外へと、ジェスにとっては希望の世界へと歩いて行く。

 ジェスは、アリスが扉に手をかけた時に、「また会いたい」と、叫んだ。

 アリスはゆっくりと振り向き、笑顔を見せながら「世界はつながっているからまた会える」と言った。


 遠く離れていく彼女の背中を見ながら、ジェスは知っていた。

 二度と会えないだろうと。


 アリスもまた知っていた。

 この病院にいる者は、死が近いという事を。

 絶望させる言葉を言ってはならないという事をアリスは知っていたのだ。


 その気遣いが、ジェスにとってはつらいものだった。

 死が、はっきりと目の前に見えてしまったのだから。

 もうすぐ死んでしまうのが、怖くなったのだ。

 病院の中を散歩し、屋上へとたどりついた。

 太陽が、眩しかった。

 あまりにも眩しくてはっきりと見る事はできなかった。

 自然に涙が一粒、一粒、あふれてきていた。

 自分はもうそんなに長くは生きられない。

 もう長くない。

 あと1年もつかどうか分からない。

 生まれてまだ7年しか経過していない命を、もっと長く生きたいと思った。

 長く生きれる為なら、また彼女に会う為なら、どんな犠牲をはらっても構わないと思った瞬間、世界は暗くなった。

 病院の屋上にいたはずのジェスだったが、気が付けば、その場所は病院の屋上では無い場所だった。


「ここは…どこ?」


 右を見ても、左を見ても、見上げても、真っ暗な世界。

 どこなのか分からない。

 いつのまにか、目にたまった涙は消え去っていた。


『ねぇ、生きる為なら、何を犠牲にしてもいいって言ったよね?』

 男の声が聞こえてきた。


「…思ったけど、ここはどこなの?」

 ジェスは、男の声に反応し、問いかけた。


『君の返答しだいで世界はかわる…病院へ戻りたい?』

「嫌だ、戻りたくない」

 男の声に、ジェスは首をふった。

 病院へ戻れば、死を待つだけなのだから、当然戻りたくはない。

 犠牲を払えば、病院へ戻らなくてもいいのだ。

 だったら、答えは1つだった。

「何を犠牲にしたらいいの?」

 ジェスは、生きる道を選んだ。

 どのような犠牲なのかは分からないが、生きたかった。

 生きて、またあの少女に会いたかった。


『犠牲にするのは時間…ある場所に、時期が来るまでしばらくの間住んで欲しいんだ』


「時間?」

『そう、時間…そのかわりに、僕は君の病気を治してあげるから、よろしく』

 男は、時間を犠牲にしろと言った。

 ジェスがその事に承諾した瞬間、あたりは明るくなった。


 そこは、病院ではなかった。

 そして、ジェスの姿は大人へと変化していた。

 頭痛は、無くなっていた。

 最初は一体どうなったのか理解に苦しんだが、後に十分理解する事になる。

 彼は、ジェスは、健康な体を手に入れたかわりに、時間を犠牲にする事になったのだ。



「まさか、300年以上も時間を犠牲にするとは思わなかったけどね」

 ジェスは、とある世界の中心部に居住をかまえていた。

 その世界は、4つの地域に分かれていた。

 それぞれ、仲が悪いらしく争いがたえなかったが、中心部に中立地域を作ってから、激しい争いは止まった。

 ジェスの役目は、中立地域の管理だった。

 管理といっても、ほとんど人は住んでいない。

 ずっと住んでいるのは、ジェス1人だけだ。


 ジェスにこの場所をあたえた男は、最後にこう言った。

『時期がくれば、開放される。それまで君は頑張って…ちゃんと会えるから』

 その言葉は、嘘ではないと、今となっては思うが、この世界にたどりついた頃は本当だろうかと、半信半疑だった。

 それくらい、この中立の地域は広大だったのだ。

 全部調べきるのに、10年かかったのだ。

 それから約300年程。


 すごく長かったと、ジェスは思った。

 支払った時間は約300年。

 そのかわり、彼女に、アリスにまた会えた。


 彼女は、7歳の姿のままだった。

ジェスは、自分とアリスの間に流れた時間が違う事に気が付いた。

 彼女はまだ7歳。

 ジェスは、20代半ばの外見。

 今度は自分が年上になってしまったと、笑みをこぼしながら、紅茶を飲む。

「ねえ、ジェス、なんで笑ってるの?」

チーズケーキを食べながら、アリスはジェスを見る。

「いや、世界は繋がっていたと思ってね…」

 ジェスはそう言うと、クッキーを手にした。


「意味わかんない」

 アリスは、不思議そうだった。


 昔、アリスが言った言葉。

 彼女本人は忘れているが、ジェス本人は300年たっても、覚えていた。



「ああ…おじさんがまた笑ってるよ?」

 その2人のやりとりを見て笑う友人が1人。

 猫耳の男、赤毛のシャウル。

 ジェスには、猫耳がついた男に見えるが、アリスには大きな猫の姿に見えているらしい。

 この世界は不思議だった。

 大人には、動物の耳がついた人間にしか見えないのに、子供が見ると、動物の姿に見える。

 子供のアリスには、シャウルの外見は大きな猫に見えている。

 それもまた、面白いとジェスは思う。


 開放の時期がいつなのか、ジェスは知らない。

 少しでも、この幸せな時間が続けばいいと願っていた。




彼とアリスのはじめての出会い 終

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真偽のアリス~偽の彼らと真の君~ M.Maria @junsuihouse

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