24. 接触

「城壁の外には誰もいないみたいだから」

 肩に鳥型のエネミーを止まらせた草原水利が、その場に居る仲間たちにせ説明した、

「残りは、城壁の中に隠れていること思う。

 いずれにせよ、うちの子たちが総出でいけば、すべて始末するのも時間の問題だと思うけど」

 水利が「うちの子たち」と読んだエネミーも、その全てが死者狩りに参加しているわけではない。

 体の大きさ的に、城壁の通路に入ることができない大型のエネミーや、移動速度が遅いエネミーなどは現在、水利の周辺に集合していた。

「ま、城壁に近づくのを妨害されなければ、こちらの勝ちだよな」

 秋田明雄がいった。

「水利ちゃんがいる限り、ね」

 双葉アリスが明雄の言葉を引き取る。

 現状でも、すでに敵の死人たちもその半数近くを倒している勘定になる。

 藤代葵、白泉偉、早川静乃の三名はすでに先輩方へ助力をするため、巨人の方に向かっていた。

 この場にいる人間は、明雄と水利、それにアリスの三人だけだった。

 それと、移動速度が遅かったり体が大きくて城壁内に入ることができない水利のエネミーが多数、周囲を警戒している。

 水利がいると、戦力差とかいう概念が一挙に無効になるよな、と明雄は思った。

 どんなに強い探索者であっても、一度に大勢のエネミーに取り囲まれて攻められてしまえば為す術もないのだ。

「体が大きな子たちは、対巨人戦の方にいってくださーい」

 水利がそういうと、大型エネミーたちは素直に従ってぞろぞろと移動しはじめた。

 どういう仕組みになっているのかは不明だったが、水利がいうことはわかるらしかった。

 少し前にそちらにむかった葵や偉、静乃たちのあとを追う形になる。

 いさというときのことを考えると、水利は城壁内に入るよりもこの場にいて〈ヒール〉でも使い続けている方が無難であった。

 明雄とアリスは、その水利の護衛という名目でこの場に留まっている。

 対巨人戦の方にまわったとしてもかえって足手まといになりかねないし、かといって城壁内で死人たちを探したとしても、数百単位でいる水利が〈テイム〉したエネミーたちと肩を並べて戦力として貢献できるほどの実力もない。

 現在の明雄と水利の実力では、他の仲間の足を引っ張らないようにするのが精一杯なのであった。

 そんなとき、


「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉ……」


 という雄叫びが聞こえて、水利、明雄、アリス、それに周辺にいたエネミーたちの動きが制止した。



 その頃、大野相馬と槇原猛敏は狭く薄暗い城壁内の通路を駆けていた。

 城壁内に侵入してから、敵の死人たちには遭遇していない。

 ええと、と、相馬はこれまでのことを思い返す。

 早川静乃が射殺したのが二名、相馬と猛敏が城壁外で始末をしたものが三名。

 それと、一陣忍が城壁に〈ビーム〉を当てて、蒸し焼きにしたのが数名。

 なんだかんだいって、十五名いるうちの、もう半数近くを減らしているのだった。

 この調子ならば、どうにかいけそうかな。

 と、相馬は考える。

 仮に人数的にこちらが優勢だったとしても、累積効果やスキルなどの点で相手の方が有利である可能性は多分にあり、安心はできないのだが。

 それでも、これまでのところ大した犠牲を出すこともなくこれだけの人数を始末しているという実績は相馬の心を軽くした。

 そんなことを考えつつ走り通路の中を走り続けている相馬の背後から、なにやら物音が聞こえてきた。

 敵か、と思って振り返ってみるが、それらしい気配はない。

 第一、敵ならばなわざわざ物音を立てて近づいてくることもないだろう。

 そう思い、相馬はその音については念頭から追い出して走ることに専念しよとした。

 だが、しかし、その音は次第に大きくなり、無視できないようになっていった。

「なんだ、あの音は!」

 ついに、猛敏が相馬に叫んだ。

「知るかよ!」

 相馬が、叫び返す。

「……って!

 おい!」

 背後を振り返った猛敏が、珍しく狼狽した様子で通路の壁際にぴたっりと身を寄せた。

 猛敏のその挙動を見た相馬が、同じように背後を振り返り、やはり同じように壁際にぴたりと張りついて通り道を空ける。

 その直後、どどどどどどと足音を立てて何十体というエネミーの群れが通過していった。


「草原のかな?」

「他にいなだろう、あんな数のエネミー」

 エネミーが通過したあと、二人はそんな会話を交わす。

「いけねえ!」

 その直後に、猛敏が叫んだ。

「あの調子じゃあ、この先に死人どもがいてもあのエネミーたちがすっかり片づけちまうぞ!」

 そういって猛敏は、慌てた様子でエネミーたちが去っていった方向に駆け出す。

「それならそれで、楽を出来ていいじゃねーか!」

 相馬がそう叫んで、猛敏のあとを追った。

 その直後のことである。


「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉ……」


 という雄叫びが、通路の奥、相馬と猛敏、それにエネミーたちが来た方向から聞こえてきた。

 その叫びを耳にした途端、相馬と猛敏の動きは止まる。

 そのままの状態でいくらかの時間が経過した。

 再び、同じような、しかし、前回以上に強烈な咆哮が相馬と猛敏の耳に入った。

 同時に、二人はしばらく動きを止めたまま、まともな思考ができなくなる。



 藤代葵と白泉偉、それに早川静乃の三人は、その頃、巨人たちとの戦闘をおこなっている先輩方がいる方へとむかっていた。

 周辺には城壁以外に遮蔽物として機能する物体はなく、見通しがひどくよい。

 まだ一キロ以上は先で行われている戦闘の様子がここからでも見ることができた。

 徳間隆康や金城革が中心となり、それに柊周作と一陣忍が補助や撹乱をする形だ。

 たった四人であの巨人たちに対抗しているにしては、かなり優勢に事態が推移していた。

 一体、また一体と立て続けに巨人たちが倒されていく。

 巨人が最後の一体となったとき、


「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉ……」


 という雄叫びが三人の耳に届き、三人はその場で動きを止める。

 少しして、最後の巨人がもう一度〈威嚇〉スキルを使用したため、三人はその場で動きを止めたまま、ことのなりゆきを遠目に眺めていることしかできなかった。

 最後の巨人は、すでに革のスキルによってほぼ全身を凍らせて、地に倒れている状態だった。

 凍った手足はそのまま砕け、胴体部分も大半は白く凍りついていることが遠目にも確認できる。

 まだ止めが刺されていないだけといった態の、虫の息もいい状態であったが、それでもこれだけ離れた場所にいる三人を含んだ周囲の探索者の動きを、すべて、封じている。

 半ば以上凍りついて不自由な体を無理に動かして、その巨人は一番近くにいた探索者、隆康と秀嗣の方へとじりじりと近づいていく。

 まずいな。

 と、身動きが封じられたままの偉は思った。

 いくらろくに身動きができないとはいっても、あの巨体だ。

 接触して少し動けば、あるいは押しつぶしでもすれば、周囲にいる人間はひとたまりもない。

 多少、動きが不自由になったとはいっても、動くことさえできればあの巨体そのものが十分な武器になる相手であった。

 そして、偉たち探索者側は、この現状を覆す術がない。

 半ば麻痺している思考でそこまで論理を組み立てることができたのは、理性というよりはこれまで武道家として数多の組手や実戦をこなしていた偉ならではの勘働きのようなもので、偉は即座にそう結論をする。


 偉が絶望的な結論を下したあとも、葵と静乃はその状況を眺めていた。

 いや、動きを封じられていて、遠目で目撃することしかできなかった。

 二人の目には、突如出現した巨大なゼリー状の物体が、地面に倒れていた巨人を包み込む情景が映しだされていた。

 なんだ、これは。

 と、まず二人は疑問に思い、ついで、革と同じような思考を経て、あれが変異体のスライムであると結論する。

 かなり珍しい事例ではあるが、迷宮の中ならばそういう珍事が起こることもあり得ると、数年に渡って探索者として過ごしてきたこの二人は認識していた。

 変異体のスライムはすぐにその見で包み込んだ巨人の体を消化し、大きく身震いをした。

 このままでは、遅かれ早かれああの変異体スライムが、周囲にいる身動きを封じられた探索者たちも捕食しはじめるのではないか。

 その二人も、やはり革と同じような筋道をたどって、その結論を得る。

 しかしそのとき、変異体スライムから少し距離を置いた場所にひとりの探索者現れて、手際よく変異体スライムを狩りはじめた。

 ……はぁ?

 予想をはるかに超えた展開を目撃し、静乃の頭の中は疑問でいっぱいになる。

「なに、これ!」

 思わず叫んで、すぐに、

「あ。

 声が出た」

 と、声に出した。

「麻痺が解けてきたようですね」

 葵が静かな口調で告げる。

「体が動くようならば、現場に急ぎましょう」

 そういいながら、葵は走りだしていた。

 偉や静乃も、すぐにそのあとに続く。



 あっという間に変異体スライムを倒してしまった探索者は、そのあとに出現したレアメタルのインゴットには目もくれず、手にしていた武器を〈フクロ〉に収納し、その代わりに灯油などをいれるポリタンクを〈フクロ〉の中から取り出した。

 いったいなにをするのか、と興味を持って見続ける革の前でその探索者はポリタンクを頭上に掲げ、手にしていた〈走狗の剣〉でそのポリタンクを両断する。

 大量の水がその探索者の頭上から降り注ぎ、そして、大量の水蒸気が探索者の周囲に発生した。

 同じような挙動をその探索者は繰り返し、周囲には両断されたポリタンクの残骸がいくつも転がる。

 ないをしているのかと、革は訝しんだが、少し考えてすぐに納得がいった。

 この探索者のスキル〈憤怒の防壁〉とやらの影響だ。

 いくら保護服があるとはいっても、〈憤怒の防壁〉によって発生する熱量のすべてを遮断できるわけでもない。

 この探索者は、自分のスキルによって急激にあがった体温を、慌てて下げているのだ。

 難儀なスキルだなあ、と、革は思った。

 有用かもしれないが、長時間使えばそれこそスキルの使用者自身の命取りにもなりかねない。

〈憤怒の防壁〉とは、そんな、諸刃の剣のようなスキルなのだった。


「助けられたことに、礼をいいたいのだが」

 その探索者がポリタンクを両断する行為を止めたのを見計らって、革は声をかける。

 すると、その探索者はビクリと全身を震わせて、慌てた様子で声をかけた革の方に振り返った。

「……助けられた?」

 戸惑った様子で、その探索者が応じる。

 まるで、自分の他にも人間がいたのだということに、今はじめて気づいたような様子だった。

「おれは、獲物を追ってきただけなんだけど。

 結果的に、あなたを助けたというのか?」

 その探索者は、自分自身にいい聞かせるように、小声で呟いた。

「そうか。

 そういうことも、起こりえるか」

 どうも、こちらとあちらの認識に差がありそうだな、と革は思った。


「おい!」

 そのとき、〈威嚇〉スキルの呪縛から脱してこちらに駆けつけてきた隆康が、声をかけてきた。

「あんた、凄いな!

 なにはともあれ、礼をいいたい!」

「なにがなんだか、よく理解できないんですが」

 その探索者はドロップしたばかりのインゴットを指差していった。

「こいつは、おれが追ってきた獲物がドロップしたものだ。

 おれが貰ってもいいんだよな?」

「獲物?

 あのスライムの変異体のことか?」

 隆康は答えた。

「あれを倒したのは、確かにあんただしな。

 こちらとしても異存はない」

 このインゴットの量だと、これだけでも一財産になるはずだが、と、革は思う。

 命を救われた隆康にしてみれば、文句をいうつもりも筋合いもないようだった。

 革も、もちろん異論はない。


「もし差支えなければ、少し時間を頂いて情報交換をしたいのだが」

 革はその探索者にいった。

「なにしろこうして迷宮内で他のパーティと遭遇するのは、滅多にあることではない。

 なにが原因でこうういうことが起きたているのか、はっきりさせておきたい」

 革は理系らしい判断力を発揮した。

「ああ、それは」

 その探索者はいった。

「おれの持っているスキルのせいだな。

 おれは、〈チェイサー〉と呼んでいるけど。

 とくかく、迷宮内で特定のものを探して、そこにまで移動するスキルだ」

 隆康は〈計測〉スキルを持つ革に、意味ありげな視線を送る。

「確かに、そんなスキルは持っているようだな」

 革は多すぎるその探索者のスキルリストから、ようやく目当てのスキルを探しだしてから、答えた。

「その〈チェイサー〉とやらで、あの変異体スライムを探してここまで来たと?」

 隆康が確認をする。

「あの変異体は、金になるんでね」

 その探索者はいった。

「おれなら、ソロでもあれに勝てるということはわかっているし、だとしたらやらないでいる理由はない。

 ただ、あいつは圧倒的に数が少ないらしく、十回以上〈チェイサー〉を使ってようやく一回成功する程度だから、いつもあれだけを狩っているわけでもない」

「なるほどな」

 隆康は頷いた。

「効率よく稼げることがわかっているのなら、そりゃ、やらない手はないよな」

 実に、探索者らしい発想であった。

 その頃になって、ほかのふかけんのメンバーがその場に集合してきたので、改めて自己紹介をしあうことになった。


「なんと、あの〈スローター〉が」

 鳴嶋成行の名前を耳にして、野間秀嗣が大仰に感動している。

「おれ、そんなに有名だったかな?」

 その様子を見て、成行は首をひねった。

「それはともかく、そちらはこの特殊階層の攻略に難航しているわけですか。

 おれの助けも必要ですか?」

「いや、いらない」

 隆康は即答した。

「一番の難物である巨人たちは、どうにか駆逐できたしな。

 あとの死人たちは、すでに一度倒している相手だ。

 油断をしなけえば、おれたちだけでも十分に倒せるはずだ。

 ただ、この階層のルールは少し特殊だ。

 念のため、しばらく待機してもらえるとありがたい。

 無論、あとで相応の礼はするつもりだ」

 成行は数秒、黙りこんだあと、口を開いた。

「なるほど。

 確かに、〈フラグ〉は使用できないようだ」

 そのあと、成行はそう続ける。

「死人たちを全滅させたあとも〈フラグ〉が使えない場合に備えて、帰り道を確保しておきたいわけか。

〈チェイサー〉は問題なく使えるようだし、手出しをせずに待っているだけでいいのなら、それくらいの協力はさせて貰う」

「ところで、城壁の方はどうなっている?」

 隆康が駆けつけてきた葵たち三人にむかって訊ねた。

「わかりません」

 偉が代表して答えた。

「ただ、なにも連絡が来ていないから、大きな問題は起こっていないのだと思います」

 なにか緊急を要する連絡事項があったときは、水利が〈テイム〉したエネミーのうち、飛べる種類にメモを持たせてこちらに急行させると打ち合わせてあったのだ。

 ここと城壁とでは距離がありすぎて、トランジーバーの電波が届かないのだった。

「なら、大丈夫か」

 隆康は頷いた。

「念のため、全員で城壁まで移動しよう」



 巨人の〈威嚇〉スキルの影響を脱した相馬と猛敏は、再び城壁内の通路を走りだした。

 それと前後して、二人は膨大な経験値が体内に流入してくる独特な感覚を得る。

「畜生!」

 猛敏が走りながら叫んだ。

「これじゃあ、おれの分が残ってないみたいじゃないか!」

「楽ができるんなら、その方がいいけどな!

 おれは!」

 相馬も、叫び返す。

 先行した水利のエネミーたちが、次々と死人たちを始末しているのだった。

 やがて二人は通路を抜け、開けた、明るい場所に出た。

 通路を経由して、城壁のむこう側に出たらしい。

 そこにはなぜか、大小のエネミーがある場所を遠巻きにして、おとなしくしている。

 エネミーたちが一点に見つめている先では、二人の男が剣を交えていた。

「榊先輩」

 相馬は呟く。

「しばらく姿を見ないと思ったら、いつの間にか先行してこんなところにいたのか」

 時代劇みたいだな、と、相馬は思う。

 そもそも、一対一の剣戟なんて、現実にはそうそう見る機会もないわけだが。

「手を出すなよ、相馬」

 猛敏がいった。

「この雰囲気で手を出すと、あとで榊先輩から相当恨まれるぞ」

「お前も、こういうときだけ空気読むなよ」

 相馬はいった。

「エネミーたちがこの場から動かないということは、おそらくあの爺さんが最後の死人だ。

 ま、楽ができるんなら待つくらいなんでもないさ」

 榊の身が危うくなったら、そのときに手を出せばいいだけだと相馬はそう判断した。


「へへへ」

 着流しにパナマ帽の死人は薄く笑った。

「嬉しいねえ。

 後世にも、これほどの使い手が残っているというのは」

「真面目に剣を使おうとしているのは、おれくらいなものだけどな」

 榊十佐は、真面目な表情で答えた。

「しかし、探索者の剣術使いがこれほど手強いとは」

 筋力や反射神経なども、軒並み累積効果により底上げされている。

 その上、その身に剣の術理までもが染みついているとなれば、見かけの年齢などはあまり関係がなかった。

 他のスキルを抜きにして戦うとなると、これほど厄介な相手はない。

 榊もその老人も、あくまで剣だけを使って戦うことを暗黙のうちに了解していた。

 二人はすでに何十合もの打ち合いを経験している。

 探索者の力をもって全力で打ち合えば、いくら頑強な日本刀といえども無事では済まない。

 刀身が曲がるし、仮に刀身が保ったとしても、柄に刀身を固定する部分が緩む。

 二人とも、数回打ち合うごとに刀を持ち替えて、剣戟を続行していた。


 あれは二人とも、完全に楽しんでいるな。

 その様子を見ていた相馬は思った。

 全力を出しあって殺し合いなど、相馬自身は頼まれてもやりたくはないのだが、そういう特集な趣味の人も、この世にはいるのだろう。

 見ている分には、派手で面白いんだが。

 榊と相手の老人とは、先ほどから目にも止まらないほどの速さで動きまわり、しきりに剣を撃ち合わせていた。

 テレビや映画などでみる様式化された殺陣ではなく、双方必死のせめぎ合いであることは、動きの激しさを見ればすぐに了解することができる。

 動きの速さもさることながら、一挙手一投足ごとに込められるエネルギー量が、常人とは段違いなのだ。

 刀身が撃ち合わせれるごとに異音が響き、派手に火花が散った。

 場合によっては、刀身が折れ曲がる。

 上級の探索者同士の戦いとは、これほど激しいものになるのか、と、相馬は半ば呆れながらみていた。

 そもそも、通常ならば探索者同士、一対一の血糖などというもの自体がほとんど起こりえないわけない。

 こんな自体が目の前で展開されているのは、この階層の特殊性とそれに十佐と老人の死人という、二人の刀使いの探索者が敵味方に分かれているという、かなり稀な条件が重なった場合にのみ、発生するイベントであった。

 さてこのイベントは、どれくらい希少な確率で発生するのだろうか。

 などと、相馬は皮肉な思いで事態のなりゆきを見守っていた。


「どうした、ご老体」

 少しして、油断なく剣を構えながら、十佐がいった。

「すでに息があがっているようだが」

「抜かせ」

 榊と対峙している老人は、そう応じる。

「この程度、どうということもねえ」

 スタミナ切れか、と、そのやり取りを見ていた相馬は思う。

 年齢差もさることながら、持久力は、比較的累積効果の影響を受けにくいんだよな。

 相馬は、自身の経験も踏まえてそんなことを思う。

 経験値さえ蓄えれば誰でもスーパーマンになれるわけでもなく、やはり元の、素の身体能力を鍛えておくことも、探索者としては必要なのだった。

 あの老人の死者も、口では強がっているが、態度や顔色に疲労が滲み出ていた。

 相馬は別に剣技に詳しいわけではないが、技量のみで見ればほぼ互角、その代わり、体力やスタミナ面では若い十佐の方に分がある、と見立てる。

 もっともそれも、十佐を油断させるために、老人の死者がわざとそう見せかけているのでなかったら、だが。

 いずれにせよ、もうすぐ決着がつきそうだなと、相馬は思った。


 その相馬の読みは、はずれなかった。

 最後のやりとりは、老人が正面から振りおろした剣先に十佐がわざと頭部をぶつけて逸し、老人の体勢が崩れたところに、十佐が剣を横に薙いた。

「てめえ」

 側腹部を大きく斬り裂かれながら、老人の死者が呟く。

「わざと、兜を」

 その直後、老人は盛大に地を吐きながら倒れた。

「ああ」

 十三は、倒れた老人を見おろしながら答えた。

「ヘルメットに、そちらの刃先を当てて逸らした。

 角度を気をつければ、その程度の斬撃は弾くようになっているんだよ、現代のヘルメットは」

 一歩間違えればヘルメットごと斬られような、危うい対処法であったが。

 その微妙な角度を見切って、自分からわざと相手の刃に当たりにいく、という十佐の戦法は、今回は成功した。

「へっ!」

 老人はそうって、最後にまた盛大に吐血して、動かなくなった。

 死因は、大量出血に伴うショック死、といったところかな。

 と、相馬はそんなことを思う。

 この階層の都合で、何度も再生しているような人物に、死因もなにもないようなものだが。


「これで最後か?」

 なにかの毛皮で血糊のついた刀身をきれいに拭ってから、落ち着いた口調で十佐がいった。

「多分」

 相馬が答える。

「エネミーたちが、この場から動いていないということは」

「そうか」

 十佐はいった。

「では、他の連中と合流するか。

〈フラグ〉は……もう、使えるようだな」

 十佐がそういったので、相馬も自分で確認をしてみる。

 精神を集中して〈フラグ〉のスキルを使おうとすると、うん、確かに、今度は使えそうな気配がした。

 エネミーたちも、ぞろぞろと元来た道を引き返しはじめている

「すると、このこの階層はもうクリアできたのか」

 しばらく黙っていた猛敏が、唐突に口を開いた。

「あの巨人たちを含めて。

 ああ、あの巨人とは、一度戦ってみたかった」

「なに、探索者を続けていさえすれば、あの程度のエネミーにならいずれまた会えるさ」

 十佐は、猛敏の言葉にそう応じる。

「それまでに、せいぜい鍛えておくんだな」



 彼ら三人が他のふかけんのメンバーと合流したとき、鳴嶋成行とかいう探索者はすでに去ったあとだった。

 というか、合流してから、そういう探索者が突如乱入してきた件について、この三人ははじめて知らされた。

「へえ」

 前後の、巨人討伐の経緯も含めて説明を受けた十佐は、そう感想を漏らした。

「〈チェイサー〉のスキルね。

 聞いたことがないな。

 そんな便利なスキルがあるんなら、たとえレアなスキルだろうと噂になりそうなもんだが」

「さっき、公社のデータベースを確認してみたら、昨年末にようやく存在が確認されたばかりのスキルらしいね」

 柊周作が自分のスマホをかざしていった。

「例の、年末にニュースネタになった強盗団の連中が、そういうスキルを持っていたらしい」

「アンダーグラウンドの連中のか」

 そういって、十佐は鼻を鳴らした。

「なにか裏がありそうだ。

 気に食わねえな」

「ま、その辺も含めて、詳しい事情は娑婆に帰ってからゆっくり聞いてみるさ」

 隆康がいった。

「連絡先も交換したし、あとで一度顔を合わせる約束もしている。

 戦利品は回収しきったな?」

 これには、全員が「おう!」と唱和した。

 これだけ大変な思いをして、土産なしに帰るつもりはない。

〈四本腕〉以外の、二体の巨人が残したドロップ・アイテムと、それに死者が所持していたかなりレアなドロップ・アイテム数点を含む装備品多数が、今回の戦果になる。

 これから迷宮に出て、その戦利品を分ける作業が待っていた。



 その特殊階層をクリアしたことは、特にふかけんの一年生にとって大きな影響をもたらした。

 一回迷宮に入っただけで得られないような莫大な経験値はもちろんのこと、深層でしか入手できないような強力なドロップ・アイテムも、先輩方は優先的に新入生の方に回してくれたのだ。

 この一度の攻略だけで、一年生たちはかなりの戦力アップをする結果となった。

 それ以外に、二体の巨人が残したレアメタルも、人数で均等に分けた。

 かなり貴重なものらしく、すぐに換金するよりも、しばらくは〈フクロ〉中にでも寝かせておけと先輩方に忠告をされる。

「一度に換金すると、翌年度か翌々年度の税金が大変なことになるから」

 ということだった。

 現在の税法だと、ドロップ・アイテムは換金した時点で収入と見なされる。

 換金しないで自分で保管しておくだけなら、その期間は徴税されることはないと説明された。

 これは、探索者の間では、当局が探索者を誘致するためにあえてそういう抜け穴を残しておいているという噂がまことしやかに囁かれていた。

 その程度の優遇がないと、リスクの大きな探索者のなり手がない、というわけだった。


「その〈スローター〉という探索者も、自分の〈フクロ〉の中にお宝溜め込んでいるのかな?」

 そのことを説明された明雄は、そんな疑問を呟いた。

「その可能性はあるな」

 隆康は、その疑問に答える。

「変異体スライムを仕留めたのも、どうやら今回がはじめてということでもなさそうだったし」

「それ以前に、今回のドロップだけで軽く一億円に届きそうな価値があったはずですが」

 ことなげな口調で、革がいった。

〈計測〉スキルを持つ革は、あのとき変異体スライムが残したドロップ・アイテムの材質や質量などもすべて確認している。

 そのデータを元にして、ざっと市場価値で換算してみると、そういう結論になるのだった。

「すげえ」

 明雄だけではなく、その場にいた全員が、その言葉に目を丸くする。

「一回、迷宮に入るだけで億円単位の稼ぎかあ」

「ま、流石に毎回それだけ稼げるわけでもなさそうだがな」

 隆康はいった。

「それに、億円プレーヤーなら、少し年季の入った探索者なら、そんなに珍しい存在でもないぞ」

「長老もそんだけ稼げているんですか?」

「長老いうな。

 おれの場合は、せいぜいン千万単位だな」

 隆康はつまらなそうな口調でいった。

「一回で、ではなくて、年間で。

 年収が億を超えたことは、一度か二度しかないはずだ。

 おれでさえそれくらいは稼げるんだから……」

 億円プレーヤーの探索者も、決して珍しい存在ではない。

 隆康はその場にいる全員にそう告げた。



〈スローター〉とは隆康が代表して何度か連絡を取り合い、情報交換と親睦を深めるとため、一度、ふかけんのメンバーと会食をすることになった。

 とはいえ、あの特殊階層攻略の際に無関係だった者を呼ぶのも憚られたので、やはり最初はあのときの十五人で、ということになる。

〈スローター〉というかなり変わった探索者への興味を持つ者が多かったので、全員が参加することになった。

「むこうは、〈スローター〉本人とそれにマネージャーさんの二名で来るとかいっていたな」

「マネージャー?」

「正確には、探索者専門のコンサルタントとかいったかな。

 とにかく、将来有望な探索者には、公社の方からそういう人を斡旋するんだよ」

「なんでまた、そんな」

「考えても見ろ。

 いきなり大金がごろと入り込んでくるような稼業だ。

 酒にギャンブル、女など誘惑は多いし、身を持ち崩すっやつも大量に出てくる。

 そこで、長く稼げそうな探索者には、そういったアドバイザー役をつけるようにしているのさ。

 表むきは会計や税制面での相談役ということだが、人によってその他にも、メンタル面も含めて様々な相談に乗ってくれるということだ」

「へー」

 明雄は素直に感心した。

「優秀だと、それはそれで苦労が多いんですね」


〈スローター〉もなかなか忙しい身であるらしく、その会食が実際に実現したのは特殊階層を攻略してから一週間以上も経った、二月中旬のある日だった。

 その日は平日であったが、隆康が予約した個室もある会席料理屋に、十五名のふかけんメンバーが集合する。

 特に一年生は、このような店に出入りした経験がある者の方が少ないらしく、どことなく居心地が悪そうにしている者の方が多かった。

「もっと気軽な店にした方がよろしかったのではないでしょうか?」

 根っからの庶民派である秀嗣が、隆康に疑問をぶつけた。

「あんまりフランクな場所を指定しても、舐められそうだからな」

 隆康は涼しい顔をして答えた。

「そんなに高級な店でもないし、それ以前に、階上は個室だ。

 そんなに身構えずに寛いでおけ」


 問題の〈スローター〉鳴嶋成行は集合時間の五分前に、マネージャーを伴って来店してきた。

 店の者に案内されて入ってきた成行の姿を見て、ふかけんのメンバーはだいたい、拍子抜けしたような表情になる。

 成行の外見が、想像していた以上に頼りなく見えたためだった。

 探索者の装備を身に着けているときと平時とでは受ける印象が大きく変わる者はままいるのだが、この成行もその一員であるらしかった。

 十八歳ということだったが、こうしてみるとそれよりも若く、せいぜい高校生くらいにしか見えない。

「ど、どうも」

 若干、口ごもりながら、成行は挨拶をした。

「ええ、本日はお招きにあずかりまして。

 鳴嶋成行といいます」

「徳間隆康だ」

 代表して隆康が、まず最初に名乗った。

「一度会っているわけだが、あのときはなにかととり込んでいたからな。

 もう一度、名乗らせて貰おう」

 それを皮切りにして、ふかけんの残り十四名が順番に名乗る。

 それが終わってから、ようやく成行は同行してきたマネージャーを紹介してくれた。

「この人は、公社に紹介してもらったマネージャーで……」

「来栖美樹といいます」

 こころもち太めの中年女性が、にこやかに挨拶をした。

「念の為に同行してきましたが、わたしのことはどうかあまりお気になさらず。

 今日は、どうか探索者同士でご歓談ください」


 当然のころながら、話題の中心は成行になった。

 というか、以前から成行のSNSをチェックしていた秀嗣と偉とが前のめりにいなって質問攻めにする。

 その一人が成行に質問をしている間に、他の一人が他のふかけんメンバーにむかって成行にことを説明するといった調子で、その場にいた者たちごく短時間のうちに成行について詳しく知ることになった。

 とはいえ、そうして知ることができたのは、あくまで探索者としての業績についてのみなわけだが。


「あ」

 そんなことをしている最中に、明雄が小さく声を出した。

「どうしたん?」

 隣に座っていた忍が、明雄に訊く。

「あの人、どこかで見たと思ったら、やっぱ、資格を取る講習のときにいっしょにいたやつだわ」

「……そういや、普段は四つ木迷宮に潜っているとかいってたね。

 時期も、うん、符合するし。

 つき合い、なかったの?」

「いっしょに講習を受けただけだしなあ。

 一回飲みにさそったけど、未成年だからってすげなく振られたし」

「あんたもまだ未成年でしょ」


「どうにも理解できないのは」

 成行のプロフィールについて一通りの説明が終わったあと、金城革が質問をした。

「〈スロター〉氏が徹底してソロ活動にこだわっているように見える点だ。

 時と場合によって、ソロで迷宮に入る子おtに利点があることは理解している。

 うちの一年生たちも、特定のスキルを習得したいときなんかには好んでソロで迷宮に入っているようだし。

 しかし、普段からソロで活動し続けることには、特に迷宮のような場所では、かなりのリスクを伴うのではないか?」

「あ、あ」

 その質問をされたとき、成行は痛みを堪えるような表情になった。

「それは、その。

 単純に、パーティを組んでくるれる人が、いないから」

「はぁあっ!」

 唐突に、明雄が大きな声をあげた。

「なんだ、そりゃ?

 それって、本当に探そうとしたの?

 迷宮前にたむろしている人たちに誰にでも見境なく声をかけてくいけば、いつかは同行してくれるパーティが見つかるはずだけど。 

 っていうか、おれ自身、先輩方の都合が合わないときは、そうやって声をかけて見ず知らずの人たちに連れて行って貰っていたし」

 そういう経験をしている明雄にしてみれば、成行の説明は到底納得がいかないものだった。

「いや、それは」

 成行がなにか答える前に、横から秀嗣が口を出してくる。

「リア充の発想でありますな。

 なにかと自己評価が低い人にとっては、見ず知らずの人にいきなり声をかけてなにかをお願いするという行為は、かなりハードルが高いのであります」

「そんなことをいっている場合かよ!」

 明雄は秀嗣に反発する。

「場合によっては、生きるか死ぬかの瀬戸際になることもあり得る場所なんだぞ!

 つまらない遠慮をしたせいで迷宮の中で危険な目にあったら、元も子もないじゃないか!」

 リスクを減らすためには、事前にできることはすべてしておくべきだ、というのが、明雄の意見だった。

 これは、探索者生活の初っぱなに足を切断しそこねた明雄にとって、本心からの叫びでもある。


「いいたいことはわかるけどぉ」

 昇殿顕子が、口を出してきた。

「そして、あっきーのいうことにも十分に筋が通っているとも思うけど。

 でもねー。

 自分にできることは他人にも出来て当然と、そう思い込むのは、危険だし傲慢よぉ。

 人間、一人ひとり、違った生き物なんだから」

 顕子のその言葉を受けて、立ちあがっていた明雄はそのまま座り込んだ。


「ほら、いわれた」

 成行のとなりに座っていた美樹が、意味ありげな微笑みを浮かべて肘で成行を小突く。

「だから、いったでしょ。

 早めに、探索者のお友だちをたくさん作っておきなさい、って。

 君は、ただでさえ他人に甘えるのが下手なんだから」

「どういう意味でありますか、それは?」

 秀嗣が美樹に訊ねる。

「それは……」

「そ、それについては!」

 美樹がなにかをいいかけたのを遮って、成行が叫んだ。

「自分で、説明します。

 おれは、実は、長いこと引きこもっていて。

 ええと、中学の途中から不登校になって、それで、最後には家族に追い出されて迷宮に捨てられたような形で……」

 成行は、自分が探索者になってからこれまでのいきさつを、早口に説明していく。


「くっだらないなあ」

 その説明が終わったあと、最初に口を開いたのは柊周作だった。

「これまでの過程や個人的な事情には、あまり興味はないよ。

 肝心なのは結果でさ。

 その点、どういう事情があって探索者になったのだろうが、現に君はこうして大成功を収めているわけで。

 その結果を根拠にして、堂々と胸を張っていればいいじゃないか」

「いいかたはアレだが、おおむね同感だな」

 革がいった。

「大事なのは過去よりも現在、そして未来だろう。

 そして今の君は、十分な、それこそ他人が羨むような業績を残しているわけであり、なんら恥じいる必要はない」

「パティーを組む相手がないんなら、わたしたちのところに来ればいいのに」

 早川静乃がいった。

「実力的には釣り合わないかも知れないけど。

 それと、そちらさえよかったら、扶桑さんところのインストラクターの会社にも紹介できるよ。

 レベルあげ要員はいつでも募集中だし」

「それは、ぜひ」

 本人である成行がなにか答えるよりも先に、美樹が名刺を出しつつ、いった。

「探索者だけを仕事にしていると、収入面ではともかく、社会的な信用の面で不安がありますから。

 どこかの企業で働いてみることを鳴嶋氏にも勧めていたところです。

 あとでこちらの方に、資料などを送付していただけますでしょうか」

 いきなり、商談モードに入ってきた。

「それはいいけど……」

 名刺を受け取りつつ、静乃は首をかしげる。

「でも、大丈夫かな?

 自分でいい出しておいてなんだけど、扶桑さんのところの生徒さんたちは、基本的に若い女性ばかりだし」

「高収入の現役探索者、しかも若い男性ともなれば、いカモもといモテてモテて仕方がないかも知れませんね」

 笑顔を浮かべて、藤代葵が静乃あとを引き取る。

「あ、それ、いいなあ」

 周作が口を挟んできた。

「そこ、ぼくにも紹介してくれない」

「すぐにでも問題を起こしそうな方を、紹介できるわけがありません」

 葵が即答する。


 そのあとは、かなりざっくばらんな雰囲気の歓談となった。


「へー」

 草原水利がいった。

「そっちも、公社のレベリングの仕事、やってたんだ」

「うん」

 成行は頷く。

「ギャラの面で割に合わなくなってきたんで、先月いっぱいで辞めさせてもらったけど」

「実力がつくと、公社がそういう仕事を斡旋してくれることがあるのか」

 そばで聞いていた槇原猛敏がしきりに頷いている。

「実力と実績、それに、信頼というか公社の心証がよくなければ駄目だろう」

 大野相馬が猛敏の発言に対してツッコミを入れた。

「お前の場合、信用面で引っかかるよ。

 危ないことばかりして、探索者としての判断能力がまるでないから」

「そんなもんか」

「そんなもんだ」


「やっぱりあのスキル構成は攻撃面に偏りすぎっていうか、どこか歪んでいると思う」

 少し離れた場所で、革が特殊階層で見た成行のスキル構成について論評していた。

「どうやったらあんなスキル構成になるんだかとかなり疑問に思っていたんだけど、今日の説明を聞いて、ようやく腑に落ちた」

「だが、対エネミー戦においては有効でしょう」

 榊十佐が反駁する。

「戦闘面においては、かなり頼りになる存在になるのでは?」

「でも、やっぱり偏りすぎ、脆すぎ」

 革はいった。

「今までソロでやっていけていることが奇跡的、っていうか。

 あの子がうちの下級生だったら、どやしつけてでも他の子たちとパーティを組ませている。

 なんというか、危なっかしくて余裕というものが無い」

「それなら簡単だ」

 十佐はいった。

「〈スローター〉にいうことを聞かせることはできないが、うちの下級生に指示をだすことはできる。

 幸い、〈スローター〉に興味を持っているやつらもいるようだし。

 おーい、白泉!」

「なんですか?」

 少し離れた場所で偉が答えた。

「そんなに大声を出さなくても聞こえていますよ」

「お前らに、〈スローター〉とパーティを組むように命じる」

「実力的に、釣り合いが取れませんよ」

「なにをいってやがる」

 十佐は偉の言葉を一笑に付した。

「この中で誰よりも強いやつが。

 探索者としての未熟さは、自分の素の実力でカバーしてなんとかしろ。

 あるいは、別に一年を引っ張りこんでどうにかしろ」

「まあ、やってはみますが」

 偉は戸惑った様子でいった。

「でも、〈スローター〉さんに断られたら、それまでですよ」

 その結果、ふかけんの有志一年と〈スローター〉こと鳴嶋成行は、パーティを組んで迷宮に入ることになった。



 その日、白金台迷宮のロビーに集まったのは、藤代葵、早川静乃、白泉偉、野間秀嗣、鳴嶋成行の五名だった。

 他にも声をかけた者はいたのだが、他に用事があったり実力差を考えて自分から辞退をしたりで、最終的にはこの五名になった。

「どれくらいの階層から行くでありますか?」

 誰にともなく、秀嗣が訊ねる。

「その前に、〈スローター〉さんが最深でどこまで進んでいるのか確認しておきましょう」

 偉が意見を述べる。

「正直、自分でもよくわからない」

 成行はいった。

「〈チェイサー〉のスキルを使うと、どの階層にいるのか自分でも把握できなくなるし。

〈チェイサー〉を使わないときの最深記録は、三百五十二階層だけど」

「意外と浅いかな」

 静乃はそういいかけてから、すぐに自分で、

「でも、ソロでやって来たのなら、そんなもんか」

 と前言を撤回をして頷いた。

 パーティで進むのとソロで進むのとでは、迷宮攻略の難易度は大きく異なってくるわけで。

 そこに由来する錯覚を、静乃が自分自分で訂正した形だった。

「では、まずは三百五十階層からはじめてみましょか」

 葵が意見をまとめる。

「しばらく様子を見て大丈夫そうだったら、何階層かジャンプしましょう」

 誰も反対意見を述べなかった。


 三百五十階層において、成行は断続的に〈フラグ〉のスキルを使用してようやく他のみんなについてくる秀嗣を奇異の目で見つめた。

「彼は、移動力マイナス補正がかかっている装備を身につけていますので」

 偉が簡単に説明をする。

「それでですか」

 成行は納得した様子で素直に頷いた。

「使えるドロップ・アイテムには、ときに妙な癖がついていると聞きますしね」

「もうすぐ人型、おそらくはゴブリンタイプに接触するわけだけど」

 先頭を走っていた静乃が口を開いた。

「人数が多そうだから、こちらの射程に入ったら片っ端から射殺するね。

 みんなは、前に出て好きに振る舞って」

「接触までどれくらい?」

「あと二分半、いや、二分強」

 そんな遠距離にいるエネミーのことを知ることもできるのか、と、成行は半ば呆れた。

 成行自身も〈察知〉のスキルは所持していたが、そこまで遠くにいるエネミーのことまでは把握できない。

 成行の〈察知〉は、どちらかというと遠くのエネミーについて知るよりも、危険などを事前に予感する能力の方に偏っている気がする。

 同じスキルでも、所持者によっていろいろと癖が出るものだな、と、改めて、そう思った。

 巨人のための回廊のような、白白とした迷宮の通路を駆けて、何度か角を曲がったあと、静乃は唐突に足を止めてオモチャのライフルを構える。

 他の者たちは、そんな静乃に構うことなく静乃を追い越して駆け抜けていった。

 前方、かなり遠くに、黒い点のようなエネミーたちが蠢いているのが見える。

 その黒い点が、いくつかその場に倒れて動かなくなった。

 他のエネミーたちは、動かなくなった点の周囲でなにやら騒いでいる。

 周囲に敵がいないのにも関わらず、自分たちの仲間がいきなり倒れたことに、納得がいかないようだった。

 こんなに距離がっても攻撃が届くのか、と、成行は静乃のスキルの優秀さに驚いていた。

 安全な距離を置いて一方的にエネミーを攻撃することができる、実にうらやましいスキルだ、と、成行は思った。

 おそらくは、実際に使う段になると、優秀なスキルの常として、なにかしらの不便さを備えてはいるのだろうが。


「お先に」

 エネミーの細部がどうにか肉眼で見分けることができるほどに近づいたあと、偉はそういって、並走していた中で一人、さらに先へと進んでいく。

「か、彼は〈加速〉のスキルを持っているのであります!」

 息を切らしながら、秀嗣がそう解説してくれた。

 先行した偉は、すぐにエネミーの群れに突入して縦横に動いた。

 動くだけではなく、一撃必殺でエネミーを倒しながら、いいように撹乱していく。

 なんだ、あの動きは、と、偉の戦いぶりをはじめて見た成行は思う。

 ずいぶんと危険な真似をしているはずなのに、見ていて微塵も危なげがない。

 ただ単に動きが早いだけではなく、動線に確固とした戦略があるように感じた。

 それでいて、次に偉がどう動くのか、まるで予測ができないのだ。

 本当に、自分と同じようなキャリアしか持たない、経験一年未満の探索者の動きなのか。

 そう思えるほどに、偉の動きは洗練して見えた。


 偉の次にエネミーに接触したのは、葵だった。

 葵は、薙刀という探索者が手にするのにはかなり珍しい武器を使っている。

 あれをどう使うのだろうか、と興味を持って見守っていると、偉とは別の意味で驚かされることになった。

 一閃するごとに、複数のエネミーが絶命していく。

 偉の攻撃は基本的に点であり、その殺傷能力の低さを動きと手数でカバーしているようなところがあったが、葵の薙刀による攻撃は基本的に線であり、あるいは面だった。

 刃先だけではなく、長い柄も、石づきも、薙刀のすべての部分がまんべんなく、エネミーを攻撃するために使われている。

 葵の薙刀は柄の部分も銀色に輝くなにかの金属で作られているのだが、葵がそれを振るうたびに白い弧を描いてエネミーを確実に屠っていく。

 その動きにはためらいも慈悲のなく、妙に手慣れて見えた。

 今回のパーティメンバーの中では、葵と静乃の二人が探索者として数年間のキャリアを持っていると聞かされてはいたが、それも十分に納得がいく光景であった。


 それから少し遅れて、ようやく成行もエネミーの群れに接触する。

 さっそく〈フクロ〉の中から〈猪突の牙矛〉を取り出し、近くに仲間がいないことを確認してから、それを振り回しはじめた。

 成行の動きは偉や葵の動きほどには洗練されたものではない。

 が、直線的で次の動きが予想しやすい分を、気迫でどうにかしようとするだけの勢いだけはあった。

 なにより、〈猪突の牙矛〉の前衛芸術のオブジジェめいた穂先は重量だけはあり、渾身の力を込めてそれを振り回すだけでも十分な武器となる。

 重さと速度、それに慣性が、成行の武器であった。

 それに、〈いらだちの波及〉というスキルが加わる。

〈猪突の牙矛〉の動きを見切り、間合いを開けて避けたはずのエネミーが、〈いらだちの波及〉によって発生した電撃を受けて感電し、動きを止めて結局は〈猪突の牙矛〉の餌食となる例が続出した。

 偉や葵ほどの素養を持たない成行としては、たとえ不器用であってもそのときの自分にできることをしていくしかないのであった。


「あちらであります!」

 遅れた到着した秀嗣が、巨大なメイスを掲げて大声をあげる。

 なにかと思ったら、秀嗣のメイスが指した先には、杖持ちのエネミーがいた。

 そのことに成行が気づくのと同時に、杖持ちエネミーの頭部が弾けて、その場に倒れる。

 静乃からの遠距離攻撃が直撃した結果だった。

 大声をあげた秀嗣に、大勢のエネミーが殺到していく。

 一瞬にして秀嗣の姿がエネミーに覆われたように見えたが、少ししてそのエネミーたちが順番に、巨大なメイスによって潰されて宙を舞った。

 おそらくは、秀嗣の動きは今回のパーティメンバーの中では一番鈍重であった。

 が、これほど大勢のエネミーに囲まれているのならば、鈍重さなどなんの障害にもならない。

 当たるを幸いに、秀嗣はただひたすらに巨大なメイスを振り回すだけだった。

 動きこそ俊敏ではないものの、その分、秀嗣は力と体力に恵まれているらしい。

 周囲にエネミーが見当たらなくなるまで、秀嗣はひらすらその場にとどまってメイスを振り回しは続けた。


 いいパティーじゃないか。

 周囲のエネミーを一掃してから、成行はそう思った。

 五人中三人が経験一年未満の探索者で構成されたパーティにしては、なんというか、攻撃力が過剰であるような気もしたが。

「今回のパーティは、全員がアタッカーのようなものですからね」

 戦利品の回収作業をしながら、葵がそんなことをいった。

「これでも〈スローター〉さんの実力と見劣りしないようなメンバーをと、心がけたつもりですけど」

「むしろ、こちらの方が見劣りするような気がします」

 成行は、そう返すのが精一杯だった。

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