22. 死者の戦場

 あのあと、藤代葵はなおも抗戦を主張する槇原猛敏を説得して〈フラグ〉を使用して金城革、草原水利、野間秀嗣ら三人が待機している場所まで交代してきた。

 冷静に考えれば、

「敵集団の中に罠を使用するものが存在する」

 という情報を少しでも早く周知することは必要であり、そうするためには二人同時にここまで撤退してくるのが一番手っ取り早かったのだ。

 また、足を負傷した猛敏の手当も急いでする必要があった。


「すごいな、これは」

 猛敏の脛に刺さった金属の棒を見て革が呟いた。

「探索者用の保護服は、かなりの強度を持っているんだが。

 それに、ここまで貫通するとなると、かなりの運動エネルギーが必要なはずだ。

 ……どうすれば、こんな真似ができるんだ?」

「そんな疑問はあとで考えてください!」

 水利が悲鳴のような声をあげる。

「それよりも早く手当をしないと!」

「そのためには、まずはこの棒を足から引き抜かないと」

 秀嗣がのんびりとした口調で指摘をして、かがみこんだ。

「小生が引き抜きますゆえ、他の方々は槇原氏の体が動かないように押さえていてください。

 いいですか?

 三つ数えてから抜きますぞ。

 三! ゼロ!」

 直前の宣言した内容とは違い、秀嗣は最後までカウントをすことはせず、自分勝手なタイミングで金属の棒を一気に引っこ抜く。

「うがっ!」

 猛敏は、あまりの激痛にそう呻いて身を捩ろうとした。

 しかし、他の三人が体重をかけて体を押さえ込んでいたため、大して動けなかったが。

「おま!」

 涙目になった猛敏が秀嗣に文句をいおうとした。

「いきなり!」

「今は迅速な治療が必要なのです」

 しかし、秀嗣は取り合わず、猛敏の傷口に保護服用の応急パッチを貼りつけ、〈ヒール〉スキルを使用する。

「これくらいの傷口なら、多分、〈ヒール〉だけでもすぐに塞がるはずなのです」

 水利と葵も、猛敏の患部に〈ヒール〉スキルを使用しはじめた。

 猛敏は、急いで〈フクロ〉の中から携帯口糧とスポーツ飲料を取り出し、ろくに噛まずに食べはじめた。

〈ヒール〉のスキルは傷口を塞ぐものの、外部に流れ出た血液などまでは補充しない。

 また、〈ヒール〉のスキルは患部の代謝率を高める効果はあるものの、そのことによって必要となるエネルギーや栄養素は自分で摂取する必要があった。

 糖分やタンパク質を多く含み、栄養価が高い携帯口糧やスポーツ飲料を一刻も早く摂ることが、この場合は必要だったのだ。

 猛敏の体がそれら口から摂取した物質を体内に消化するまでの時差は、当然のことながら、存在するわけだが。


「藤代。

 順路データを送ってくれ」

「はい」

 猛敏に〈ヒール〉をかけながら、葵は自分のスマホに入れていたマッピングアプリのデータを革のタブレットに転送する。

「意外に進んでいるな」

 革はタブレットの画面を一瞥して、短くそう評した。

「さて、他の連中は、今頃なにをやっていることやら」

 戦力を分散することは、確かにある意味では賭けであったが、かといって、特にこんなに視界が効かない状況では、この階層のデータがないと身動きができないのも確かであり。

 このパーティは結局、リスクを取って最初に除法収集をすることを選んだのだった。 

 その選択が吉兆、いずれに転ぶのかはこの時点ではなんともいえない。

 次に革は〈計測〉スキルで猛敏の脛から引きぬいた棒を見た。

 猛敏の体液で濡れているそれは、なんの変哲もない酸化鉄の棒だった。

 純粋な鉄という物質は、この地球上ではかなり限定的な状況下でしか存在し得ないから、単純に、「鉄の棒」といってもいい。

〈計測〉スキルで成分分析をしてみたところ、革にとってもかなり見覚えのある組成だった。

「鉄筋だ」

 革は呟いた。

「鉄筋というと」

 その声を聞いた葵が訊ねる。

「コンクリートの中に入っているアレですか?」

「他に鉄筋はないだろう」

 革はいう。

 その棒は、鉄筋を短く切ってグラインダーかなにかで先を尖らせただけの代物だった。

「敵の死者の中に、そっちの関係で働いていたやつでもいるのかな」

 そうとでも考えなければ、迷宮の中にわざわざこんな荷物になるものを持ちこむ理由が想像できない。

 まさかその死者は生前、日常的にこうした鉄筋を武器とか罠として使っていたとでもいうのだろうか?

 とにかく、今回のエネミーはこれまでのエネミーとはまるで違った行動をするということは確かなようだ。

「興味深いな」

 革は呟いた。

 こうした物をそのまま武器として使うという発想が、現代の探索者ではまず出て来ない。

 武器にせいよ防具にせよ、探索者むけの道具はすべて高度に産業化された上でいくらでも潤沢に供給されているからだった。

 それか、ドロップ・アイテムを使うかだ。

 発想もそうだが、このただの鉄筋を罠として飛ばした仕組みについても、よくわからなかった。

 探索者用の保護服を貫通する、というのは、よほど大きな運動エネルギーを必要とするはずで。

「周囲にはなにもなかったのか?」

「気づいた限りでは」

 革が確認すると、葵は即座に頷く。

「見落としていただけかもしれませんが、仕掛けらしきものは見つかりませんでした」

 葵だって、革と同じように、どうやってこの鉄筋をタイミングよく飛ばしたのか、という具体的な方法については、すぐに疑問に思った。

 当然、なんらかの手がかりがあるものと周囲を探ったのだが、葵が気づいた範囲ではなにもなかった。

「藤代は〈鑑定〉持ちだったな」

 革は確認した。

 だったら、近くに誰かが潜んでいたとは考えにくい。

 たとえ一度は死んだ人間ではあっても、再生されて動いているからには、〈鑑定〉によってその存在や位置を知られることは免れることはできない。

 だとすれば、その場にはやはり葵と猛敏以外の誰もいなかったということになる。

「……特殊な、われわれが知らない未知のスキルによるものか」

 革としては、そう結論するしかなかった。

 一筋縄ではいかない連中が相手であることは確定なわけだが。

「さて、他の連中はどう対応しているのか」

 革は呟いた。



「うわっ!」

 霧の中を飛来してくる物体にいち早く気づいた双葉アリスが、ほぼ反射的に〈ショット〉系のスキルを叩き込んでいる。

 しかし、〈ショット〉系のスキルのほとんどは質量を伴わない。

 その物体の軌道を逸らすことはできなかった。

 やばい。

 アリスが内心で危機感を募らせた瞬間、金属的な音を発してその物体は明後日の方向に逸れた。

「危ないなあ」

 模型のライフルを構えていた早川静乃がそういった。

「エネミーが仕掛けた罠かな?

 っていうか、そうか。

 今度のエネミーは、罠をしかけるだけの知恵を持っているんだ」

 後半は、自分にいい聞かせるような口調だった。

「アリスちゃん。

 気をつけながら、周囲になにかないか探してみて」

「さっきのを飛ばした仕掛けを探すってことでいいの?」

 アリスは確認する。

「うん。

 できれば、罠の構造とか把握しておきたいし。

 ただし、さっきの罠がひとつだけだとも限らないから、十分に気をつけながら探して」

「了解!」



「うおっ!」

 大野相馬がいきなり大きな声をあげてその場にひっくり返った。

「いっってぇ!

 なんだ、これ!」

「どうした!」

 秋田明雄がその場に倒れた相馬に駆け寄る。

〈察知〉のスキルになにも引っかからない状態であったので、明雄は相馬が狂態を見せた理由がなんなのか、見当がつかない。

「どうしたもこうしたもねえ!」

 そういって、相馬は自分の腹のあたりを明雄に示した。

「これみろよ!

〈エンチャント〉をかけて硬度を増しているワイバーンの鱗が、いくつも割れているんだぜ!」

「はぁ!」

 明雄は叫んだ。

「なんだ、そりゃ!」

〈エンチャント〉で硬度を増したワイバーンの鱗といえば、アンチマテリアルライフル弾が直撃しても弾き返すとかいわれるほど、非常識な強度を誇る代物であるはずだった。

「そのスケイルメイルがなかったら、お前、死んでんじゃねーか!」

 明雄は油断なく周囲を見渡した。

 いつ、どのような方法で、そんな攻撃をすることが可能であったのか、明雄にしてみてもまるで見当がつかない。

 そんな攻撃がヒットした割には、追撃が来る様子もない。

 不自然だな、と、明雄はそう判断する。

「動けるか?」

 周囲を警戒しながら、明雄は相馬に確認した。

「当然」

 相馬は短く答える。

「スケイルメイルは破損したが、攻撃は保護服を叩いだだけで破損するところまではいっていない。

 痛むが、しばらく〈ヒール〉でもかけていればすぐに治るだろうよ」

 外からそうとわかるほどにヤバそうな外傷はない、ということらしかった。

 逆にいえば、そのスケイルメイルがなかったら致命傷を負っていてもおかしくはない状況だったわけだ、と、明雄は思う。

「だったら、すぐに引き返すぞ」

 明雄は瞬時にそう判断した。

「ここは、やはりなにかおかしい。

 少なくとも、俺たちの手に負える場所じゃないらしい」

 これまでの経験もあり、明雄は迷宮内での異変には敏感な方だった。

「それはいいが、少し待ってくれ」

 相馬はいった。

「せめて、どんな攻撃を受けたのか確かめてから帰りたい」

 手土産なしで帰るのは、相馬としても気が引ける、ということらしかった。

「了解」

 すぐに相馬の意図を察した明雄は、そういって頷いた。

「また同じような攻撃を受けることもあるから、十分に警戒をしていこう」

「おう」

 二人はしばらく周囲になにかないか探ってみたが、どうやら相馬の体に当たったらしい、先を尖らせた鉄筋を一本見つけただけに終わった。



「あっぶな」

 なんでもないような口調でいいながら、白泉偉はさっきまで手にしていなかった無骨な金属の棒を手にしている。

「なに、それ?」

 同行していた一陣忍がいった。

「よくわからない」

 偉はいった。

「今、いきなり飛んできた」

「危ないな」

 忍は軽く顔をしかめる。

「〈ニンジャ〉の偉くんじゃなければ、それ、死んでいてもおかしくはないし」

「まったく、冗談じゃないよ」

 偉はそういって、軽く首を振る。

「なにか気配とか感じた?」

「別に、なにも」

 忍は首を横に振る。

「うちら二人とも、〈察知〉持ちだったよね?」

「一陣さんは、それに加えて〈鑑定〉も持っている」

 偉はいった。

「ってことは、やはり周囲にはぼくたち以外に誰もいなかったってことなのかな」

「ってことは……そういう仕掛けを誰かかがしていたってこと?」

「多分」

 偉は頷く。

「確証はないけど」

「偉くん、同じような罠があったとしたら、この先、気づける?」

「多分」

 偉は、また頷く。

「罠の種類があらかじめわかっていさえすれば。

 まあ、問題はないと思う」

「さっすがは、〈ニンジャ〉」

 忍も頷いた。

「それなら、なんにも問題はないね。

 これまで通り、偉くんが先導する形で斥候を続行しよう。

 金城先輩がここいらの情報を欲しがっているし」



「よっ」

 徳間隆康は軽く声を出して、手にしていた〈丸亀の盾〉で飛来してきた金属棒を軽く弾く。

「さっきからうざってえなあ、これ」

 隆康はいった。

「敵さんも、それだけ真剣なんでしょうよ」

 隆康の背後についてきている榊十佐が、そういった。

 十佐とて、隆康と同じように飛来してくる鉄筋を弾き飛ばすくらいの芸当は造作もなくできるのであるが、そんな真似をすれば剣の刀身が間違いなく痛むとわかっているので隆康に丸投げしている。

「しかし、どういう理屈で飛ばしているんだろうな、これ」

 隆康はいった。

「弓矢かなんかじゃ、これだけの勢いはつかないし。

 第一、それっぽい仕掛けはそこいらに見当たらねーし」

「いずれにせよ、おれたちにとっては効果がないだからどうでもいいじゃないですか」

 十佐は、そういった。

「順当に考えれば、この罠が多くある場所ほど敵さんにとって近づいて欲しくはない場所になるわけで。

 まずはそこ、敵さんの本拠地の場所を把握するのが先決でしょう」

「ま、金城も、その情報を一番欲しがっているわけだしな」

 隆康はそういって、また飛来してきた鉄筋を盾で弾いた。

「一年たちもこの罠に出迎えられているとすれば、今頃は金城のところに逃げ帰っているところだろうよ」

「白泉を除いては」

 十佐は隆康の言葉を微妙に訂正した。

「白泉なら、この程度の攻撃ならば意に介すること無くそのまま前進を続けているかと」

「まあ、あれはあれで別格だからなあ」

 隆康は、十佐の言葉に頷く。

「白泉とおれたちと、それに女帝とジョーカーのコンビが前進組ってところか」



「ひょいっ、と!」

「そこ!

 前衛がいちいち避けない!」

 周作が軽やかな挙動で避けた鉄筋を顕子が鉄扇で弾く。

 女帝とジョーカーこと、昇殿顕子と柊周作はそこ頃漫才めいたやり取りをしていた。

「この二人では前衛も後衛もないだろう」

「ま、二人とも、どっちもこなせる器用なタイプではあるけどね」

 二人の口調には緊迫感がない。

 顕子はどちらかといえば後衛、周作はどちらかというと前衛を担当することが多かったが、どちらも十分にこなせるほどの実力を有していた。

「しかし、これ、意外にうざいんだけど、一体どういう原理なのか?」

「さあ?

 なにかのスキルの応用じゃない」

 ざっと見たところ、鉄筋を飛ばすような仕掛けは周囲に見当たらない。

 二人があまりそのことを気にかけている様子がないのは、この二人にとってこの程度の罠ではたいした足かせにもならないからだった。

「この分なら敵の本隊とうちらが一番にぶつかる形になるかな?」

「でなければ、長老と〈剣士〉のコンビか」

「長老はともかく、あの刀馬鹿は不安かな」

「〈女王〉としては、敵本隊の所在を確認したら総力戦を挑みたがっているようだけどね」

「確かにそれが一番確実ではあるんだけど、ねっ! っと」

「だから、前衛が避けるなって!」

 また飛来してきた鉄筋を周作が避けて、顕子が弾き飛ばした。

「おれたちが先に接触したらどうする?」

「そりゃあ、もちろん」

 顕子はフェイスガードの奥で薄っすらと笑みを浮かべた。

「全力で叩き潰すだけでしょう」

 エネミーを見たら即刻叩く。

 この二人は、そうした際の対処法だけは似通っている。

 探索者としてみるとこの方針はさして特異なものでもないのだが、今回のような不測の自体が起こることが想定される場合にはいささか思考が硬直しすぎているといってもよかった。



「大野、秋田組も帰還、と」

 革はそういってタブレットをかざした。

「これで、残るは三組。

 上級生組二組と、白泉と一陣のコンビだけか。

 そっちの二人はさっさと順路のデータ、こっちに転送して」

「お前らも、こいつを受けたのか?」

 相馬はそういって、先に帰還していた新入生組に鉄筋を示した。

「アレをまともに受けたのは、そこの槇原くんだけ」

 静乃が答えた。

「あとはだいたい、なんとか避けることができたみたい」

「なんだ」

 相馬は軽く顔をしかめる。

「それじゃあおれが、まるで猛敏レベルに落ちたみたいだな」

「どてっ腹にまともに食らってたもんな」

 明雄も、そういって頷く。

「よく死ななかったなあ、お前」

 猛敏は呆れたような表情をしていった。

「ワイバーンのスケイルメイルがなかったら死んでいたかもしれない」

 相馬は真面目な顔をして頷く。

「それはそれとして、だ」

 タブレットに視線を落としていた革がいった。

「みんなが持ち帰った順路データを総合すると、どうもある場所に近づくと、その罠が設置してあるようだな。

 みんな、例によって複雑な道を行ったり来たりしながらも最終的にはある地点に合流するようになっているようだ」

「先輩方が帰ってくるまで、この場で待機し続けるのでありますか?」

 秀嗣が革に訊ねた。

「安全を第一に考えるのならそうするのが一番なんだろうが」

 革はいった。

「敵本隊の位置が予想できるのならば、戦力を結集した上で全力で叩くのが一番手っ取り早いだろう。

 他のやつらも、まあおっつけ合流すると思う」

 殺しても死なないようなやつらばかりだしな、と、革は口の中で小さくつけ加えた。

「槇原は十分に回復したのか?」

 革は猛敏に確認をする。

「十分に動けます」

 猛敏は即答した。

「草原。

 出払ったエネミーを呼び戻すことは可能か?」

「ある程度、距離が近い子ならば」

 水利も即答した。

「それ以外の子たちについては、現状では無理です。

 距離が開きすぎていますし、こちらの意図を伝える方法がありません」

「この階層の通路は、例によって複雑に分岐し折れ曲がっているわけだが」

 革はタブレットを掲げて説明をする。

「最終的にはある一点に収束するような構造になっているらし。

 つまりは敵もそこで待ち構えていると考えていいだろう」

「罠が設置されているのも、その近くになるわけですね」

 葵がいった。

「目的地が同一になるならば、この場にいる人たち全員でそちらにむかった方が結果が早く出るのではないでしょうか」

「まさにそのことを提案しようと思っていたところだ」

 革は葵の発言に頷いてみせた。

「そのゴールに近づけば、草原のエネミーも自然と合流できることになるだろう。

 もっとも、敵の抵抗もゴールに近づけば近づくほど熾烈なものになることは容易に想像できるわけだが」

「この人数と、それに草原がテイムしてきたエネミーがいればどうにかなるんじゃないですかね」

 明雄がいった。

「案外敵さんも、今頃は草原のエネミーを相手にして想定外に忙しいことになってのかも知れないし」

「その可能性は、十分に考えられるな」

 革は明雄の言葉にも頷く。

「この、敵側にとっての味方しかいないはずの階層において、まさかこれだけ多くのエネミーが敵対してくるものとは、むこうさんも予想していなかっただろうし」

「だとすれば、全員でそのゴールとやらを目指しましょう」

 はじめて水利が自分の意見をいった。

「それが最短でこの階層を攻略する方法なら、絶対にやるべきです。

 こうしている間にも、うちの子たちが倒され、傷ついているかもしれないんです!」

 反対意見は出なかったので、帰還組の中で最深部にまで進んでいた相馬と明雄が到達した地点まで全員と水利のエネミーたちとで移動することになった。


「また罠があることが予想されるから」

 という理由で、硬い者が最前線に出ることになった。

 今回の場合、秀嗣と相馬の二名になる。

 相馬は、スケイルメイルの破損した部分を簡単に修復して、防護系の〈エンチャント〉スキルを念入りに重ねがけしておいた。

 強度的にはこれでも不安があるくらいだったが、なにもしないでいるよりは遥かにマシなはずだ。

「しかし、お前の足に合わせる形になるのか」

 相馬は横に並んだ秀嗣を見てそういった。

「そうなると、移動速度もそれなりにしかならないな」

「この濃霧とそれに罠のことも考慮すれば、どの道そんなに速度を出してもリスクが増すだけなのであります」

 秀嗣は表情も変えずにそう答える。

「それに、そんなに待たずに敵と接触することが想定される今は、移動速度のことはあまり考慮する必要がないと思われます」

「わかっているよ」

 相馬はいった。

「実際に敵さんが出てきたら、前に出てくれよ。

 今いる連中の中では、お前が一番硬いんだ」

「了解であります」

 特に気負った様子もなく、秀嗣は答える。

「先輩方の胸を借りるつもりで、頑張ってみるのであります」

 先輩方、か。

 と、相馬は思う。

 確かに、通称〈ネクロマンサー〉とかいう正体不明の存在によって再生された死者たちは、探索者の先輩ではある。

 しかし、単なる変種のエネミーとしか認識していなかった相馬は、そうした死者たちを先達扱いする秀嗣の感性に対して内心で驚いていた。

「中には、長老どころではない累積効果を蓄えているやつもいるんだろうな」

「自分たちよりは格上ばかりと想定してかかる方が、より安全であるかと思われます」

 累積効果だけではない。

 踏んできた場数からして違うだろうし、使用可能なスキルの数だって桁違いだろう。

 スキルの使用法や戦い方だって、今のものとかなり違っていてもおかしくはない。

 そんな連中を相手に、いくら人数を揃えたとはいっても経験の浅い自分たちがうまく渡り合えるのかどうか。

 自分たちの方法論が果たして通用するものかどうか。

 考えているうちに、相馬はどんどん不安になってきた。

「お前はどうして落ち着いていられるんだ?」

 不安になってきた相馬は、傍らにいる秀嗣にそう訊ねてみた。

「今さら慌てても状況は変わらないのであります」

 秀嗣は即答する。

 基本的に自己評価が低い秀嗣にとって、自分の側が勝利しないという想像は常日頃からしているだけのことなのだが、その落ち着きぶりを見た相馬は、

「ずいぶんと余裕があるやつだ」

 と妙な誤解をした。


 そうして進んでいるうちに、何度か礼の飛来してくる鉄筋の罠に行き当たった。

 とはいえ、そのほとんどが相馬と秀嗣によって受け止められ、残りはあらぬ方向に飛んで行くばかりで被害はなかったわけだが。

 相馬も、スケイルメイルを念入りに〈エンチャント〉スキルによって強度を増しておけば、この程度の攻撃ならばどうにか無傷で受け止められるようだと判明した。

 そのうち、唐突にアリスが、

「あ」

 と叫んだ。

「今、経験値がどっと入ってきた」

「草原のエネミーか、それとも未帰還組の誰かがエネミーを倒したんだろうな」

 革が、そう予測をした。

「こうしている間に、いよいよ本格的な交戦がはじまったわけだ」

「大丈夫なんですかね?」

 アリスが革に訊ねる。

「正直、わからん」

 革は素っ気なく答えた。

「ただ、未帰還組の連中よりは草原のエネミーが交戦して死者のうちのいくばかを倒したと考えるほうが妥当ではあるな。

 エネミーたちの方が先行しているわけだし、なんといっても数は力だ」

「ですね」

 水利が革の言葉に頷く。

「死者の人たちも、大勢のエネミーが一気に攻めてくるなんて想像していなかっただろうし」

 その交戦の際、犠牲になったエネミーがいたと考えるのが自然であったが、その可能性について水利はわざわざ口には出さなかった。

「誰がやったにしろ、何人か減らしてくれればそれだけこちらが有利になるわけだからな」

 明雄がそういった。

「相手の人数はこちらと同じ、十五人と決まっている」

 明雄がいう通り、最大人数が固定されている以上、倒した人数が多くなるほど戦力比的にこちらが有利になるのは確かだった。

「こうなると、〈テイマー〉の水利がいるこちらが俄然有利になってくるな」

 革はそういった。


「ごっ!」

 秀嗣が妙な吐息を漏らして、慌てて手にしていた盾を構え直す。

 同時に、その盾をかすめた巨大な物体が軌道をそらされて床に激突する。

 轟音が起こって、周囲に粉塵を撒き散らした。

「いよいよ接触か!」

 叫びつつ、相馬は秀嗣の背後に移動して、〈エンチャント〉スキルを重ねがけして秀嗣の防御力を底上げする。

「堪えろよ!

 野間!」

「了解であります!」

 そんなやり取りをする間にも、敵は二撃目、三撃目の攻撃を立て続けに繰り出してきた。

 しかし、秀嗣もこれまでの経験から〈盾術〉の練度をあげて来ている身。

 なんとか高速度で飛来してくる物体をその目で捕らえ、盾で無理に軌道を逸らすことに成功する。

 軌道を逸らされた、敵が放った物体は、轟音とともに壁面や天井に激突して粉塵を周囲に撒き散らした。

「〈投擲〉スキルなのか?」

「おそらくは!」

〈投擲〉スキルにしては飛来する物体の質量が大きすぎるような気もするが、熟練者にでもなればこれほどの大質量であっても軽々と投げつけられるのかも知れない。

 秀嗣は、そう思った。

 それにこの場合、相手がなんのスキルを使用しているのか知ったとしても、今の秀嗣たちにとってはあまり益するところがなかった。

 そういう攻撃をしてくるエネミーに対抗する術といえば……。

「早川、頼む」

「わかってるっって!」

 次の瞬間、模型のライフルを構えた静乃が目に見えないスキルによる銃弾を放った。

 どこから投げてくるのか、敵の攻撃の軌道を読めば、おおよその方向は見当がつく。

 射程が極端に長い静乃の〈狙撃〉スキルにとっては、いい標的であるといえた。

 静乃が何発か、スキルによる攻撃を行うと、かなり離れた場所から人の声のようなものが聞こえた。

 その声がした方向にむけて、静乃はさらにスキルによる攻撃を連射する。

 相手が完全に沈黙するまで、攻撃の手を緩めることはない。

 これが味方の被害を最小限にするために必要な方策であるということを、静乃はよく心得ていた。

「あっ」

 アリスが小さく叫んだ。

「また、経験値が来た」

「これで、最低でも二人は始末した勘定になるな」

 革がその場にいる全員に告げる。

「前衛の二人。

 相変わらず視界が悪い上、今後も敵と接触する頻度があがることが想定される、

 そのつもりで、慎重に前に進み続けてくれ」

「〈暗殺者〉だ!」

 その言葉が終わるか終わらないかのうちに、明雄が叫んだ。

「〈隠密〉使いが、ここまで〈フラグ〉で転移してきたぞ!」

 叫びながら明雄は、〈カモノハシの鉤爪〉で静乃に肉薄しようとしていた人影の攻撃を防いでいる。

 これまで明雄自身がさんざんしてきた手口を敵側にされてきた形であった。

 しかし、その〈暗殺者〉にとって不幸なことに、この場に居合わせた者のほとんどが〈鑑定〉系スキルの持ち主だった。

 明雄が〈暗殺者〉の存在を知らせる叫びを放った次の瞬間には、その〈暗殺者〉は四方からのショット系スキルを浴びてその場で絶命する。

 特に〈弾幕娘〉アリスによる攻撃の密度は凄まじく、一秒もしないうちにその〈暗殺者〉は原型を留めないほどの飽和攻撃を浴びることになった。

「想像していたよりもあっけないな」

 周囲を警戒しながら、明雄はそういった。

「昔は、探索者用の装備も今ほどに高性能なものではなかったはずだからな」

 革が、そういい添える。

「それだけ、打たれ弱いんだろう」

 確かに、死者たちの多くは今のふかけん一年生よりは多くの経験を積んできているのかもしれない。

 しかし、彼ら現代人たちは、最新テクノロジーによって進化した装備類によってその身を守っていた。

 その点では、確かに有利なのかもしれない。


 少し進むと、静乃が射殺した死者が倒れていた。

「ニッカボッカと地下足袋って」

 その死者の格好を見て、アリスが呟く。

「いくらなんでも、この格好は迷宮を舐めすぎなんじゃない?」

「昔は、こんな軽装で迷宮を攻略していたんだろうよ」

 革はそういった。

「ヘッドショットされているからわかりづらいが、ヘルメットも探索者用のものではなく、薄っぺらいプラスチック製だ。

 こんな装備じゃあ、気休めにもならない」

「大昔は、これが当たり前だったんでしょうな」

 秀嗣がいった。

「それでいて長い期間、探索者としての経験を積むことができたのだとしたら、それはそれで敬意に値するのではありませんか?」

「おそらく、根性とか経験則でなんとか凌いできたんだろうな」

 明雄もいった。

「そういう昔の人たちは」

「先輩方は偉大だった。

 それはいい」

 猛敏はいった。

「だが今は、おれたちの敵だ」

「いうまでもないな」

 革はいった。

「やらなければ、こちらがやられるだけだ」



「その太刀筋!

 貴様、榊十蔵の縁者かなにかかっ!」

「おれは確かに榊だけどよ!」

 同じように日本刀を持った死者と対峙していた十佐は叫ぶ。

「十蔵って名前には聞きおぼえがないな!」

「なに、太刀筋も同じ、姓も同じであるならば、いずれなにがしかの血縁があるのだろう」

 そういって、パナマ帽をかぶった着流しの老人は十佐から距離をとった。

「どちらにせよ、おれの切り込みをまともに受けられたのはひさかたぶりのことだ。

 せいぜい、楽しませてもらうよ」

「なに悠長に因縁の対決みたいなことをいってやがる!」

 隆康が叫んだ。

「榊、そっちの方はさっさと片づけてこっちを手伝え!」

 隆康は隆康で、別口の死者と対決している最中だった。

 こちらは二メートルを超える巨躯の白人男性で、アメリカ海兵隊の制服を着用している。

 隆康の感触でいえば、探索者としての経験もまあまあ積んでいるようだった。

 隆康一人であしらえないこともなさそうだが、実力的には結構拮抗してもいて、勝負が長引くとそれだけ不利になることも隆康は把握している。

 ここは、二対一の形で短期決戦をしたいところなのだが。

「やですよ、長老」

 十佐はそんなことをいいだした。

「真剣同士で鍔競り合いができる機会なんて、滅多にないんだ。

 おれとしては、もっとこの時間を長引かせたい!」

「おま!」

 隆康は激昂した。

「そんなことをいっている場合か!」

「失礼します」

 涼やかな声が聞こえて、すっと人影が隆康の前を通り過ぎる。

 なんだ、とその人影が去った方に視線をやると、パナマ帽に着流しの死人があっけなく白泉偉に倒されているところだった。

「ああ、おれの獲物が!」

 などと十佐が叫んでいるが、偉はその声を意に介した様子がない。


「長老、伏せて!」

〈察知〉スキルによって致死性の危険を感じたこともあって、隆康はその場に伏せた。

 その次の瞬間、白くて太い光条が発生して周囲の空間を一閃する。

 ふと目をあげると、海兵隊の格好をした死者の下半身だけがその場に立ちつくしていた。

 腹部が炭化して、胸部から上の部分が地面に落ちている。

「……お前らか」

 起きあがりながら、隆康が呟いた。

「他の部分はともかく、攻撃力だけはたいしたもんだな」

「そんなことより、長老たちは何人倒しました?」

「今のやつらだけだよ」

 隆康は即答する。

「だから、二人ということになるな」

「さっき、水利ちゃんや野間くんが待機しているはずの場所に戻ってみたら、ものけの空でした」

 駆け寄ってきた忍が早口にそういった。

「それで、こんな書き置きが残っていたんですけど」

 そういって、忍は一枚の紙片を隆康に手渡す。

「……金城のやつ」

 そのメモを一瞥するなり、隆康は眉をひそめた。

「待ちきれなかったか」

「金城先輩の判断にも一理あります」

 偉がいった。

「短期決戦を目指すのも、ひとつの方法ではありますしね。

 それに、安全第一という方針で行くのならば、最初から二人一組の斥候なんて出さないわけですし」

「ま、やっちまったもんは仕方がねえか」

 隆康はそういって、視線を上にさまよわせた。

「おれたちはこの四人で、先に進むことにしよう」



「ほいっ」

 そういって、柊周作がある物体を投げた。

「爆風の直撃を受けたくなかったら、さっさと伏せてね」

「ちょっ!」

 まずらしく慌てた様子で、昇殿顕子が地面に這いつくばった。

 その直後、爆音が起こり、顕子の体の上を爆風が通過していく。

「なんてものを持ち込んでいるの、あなたは!」

 身を起こした顕子が、周作に文句をいった。

「どう考えても違法でしょう、さっきのは!」

「違法か合法かよりも、この際には役に立つのかどうかで判断しましょうよ」

 周作は涼しい顔をしてそう答える。

「ほら、あれだけいた敵さんがたった一発で完全沈黙。

 いくら強力な探索者といえども、現代兵器の破壊力の前には形無しもいいところですね」

 手っ取り早く敵勢力を無力化できたのだからそれでいいではないか。

 周作は、そういいたいようだった。

「あんたねえ」

 顕子は頭を抱えたくなった。

 顕子は、ふかけんのメンバーの中では、比較的常識的な価値観の落ち主でもある。

「それ以外にも、〈フクロ〉の中にはまだまだ違法な代物を隠し持っているんじゃないでしょうね?」

「内緒です」

 周作は、そういって舌を出した。

「結果よければすべてよし。

 それが、〈ジョーカー〉のやり方!」

 そういって、周作は両手を大きく広げてみせた。

〈遊び人〉と書いて〈ジョーカー〉と読む。

 なにをしでかすのか予測がつかない、なにかと型破りな周作に与えられた異名だった。


「そもそも、あんな物騒なものをどこから仕入れてくるの?」

 倒した死人の装備とかドロップ・アイテムを回収しながら、顕子が訊ねた。

「企業秘密です!

 といいたいところですが、実は遠い親戚が個人輸入業を営んでおりまして。

 その伝手で、どうにか」

「あんたの親類ねえ」

 顕子は半眼になった。

「精神的にもあんたの同類だとしたら、裏でなにをやっているのかわかったもんじゃないわね」

「酷いいわれよう!

 でもまあ、実態は当たらずとも遠からずといったところなんですがね」

 二人は、そんなことをいい合いながら飽き衆作業を手早く済ませ、先へと進んでいく。

「あ。

 無線に反応があった」

 顕子が、足を止めることもなくそういった。

「この呼び出し音は、ありゃま。

 金城ちゃんだ」

「待機組が先に合流かあ」

 周作も、意外そうな態度でそういう。

「てっきり、長老あたりが先に来ると思っていたんだけど」

「はい、こちら、昇殿と柊組」

 そんな周作には構わず、顕子は無線で連絡を取っている。

「ええ。

 たった今も、例によって卑怯な手で柊が何名か一気に吹き飛ばしたところですけど。

 ええ?

 正確な人数、ですか?

 それはちょっと、わかりませんね。

 結構、死体がバラバラに爆散しているから。

 おそらくは、五名前後ではなかったかと予想していますが。

 ええ、ええ。

 それはいいですが……」

「女帝、女帝」

 そんな顕子に、柊が声をかけた。

「なに?」

「霧が、晴れかけています」

「え?」

 いわれて、顕子は周囲を見渡す。

「金城ちゃんも気づいた?

 この階層の霧が晴れる条件って、なんだったっけ?」

『この特殊階層の霧が晴れたことは、過去に何度かあった』

 革は冷静な声で告げた。

『どれも、敵側が用意した再生死人が、短時間で倒されたときに限っている』

「霧が晴れて、それで終わりってこともないんでしょう?」

 顕子は確認した。

『もちろん』

 革はいった。

『どちらかというと、霧が晴れるのは難易度調整に失敗した結果らしいからな。

 だから、仕切り直しになるわけだ。

 具体的にいうと、死人側に有利な条件での再ゲームへと突入することになる。

 こちらも、早めに集合して体制を整えておいたほうがいいだろう』

「ああ、見えた」

 顕子はいった。

「あれが、難易度調整か」

 顕子の視線の先には、頑丈そうな城壁がそびえ立っていた。



 いくらもしないうちに、ふかけんのメンバーは再集合することに成功した。

 無線で連絡ができる距離まで近づくことができれば、さして難しいことでもない。

「攻城戦になるなんて聞いてないぞ!」

 十佐が吠えた。

「俗に、攻撃側は防予側の三倍の戦力が必要になるといわれていますからね」

 偉が冷静な声で指摘をした。

「こっちには〈テイマー〉の草原さんがいるし、それだけの評価されたということなんでしょう」

「評価されたって、誰にだ?」

「実態がわからない、〈ネクロマンサー〉とやらにだろう」

 相馬が疑問を口にして、明雄が答える。

「どうやらその〈ネクロマンサー〉とやらが、この特殊階層のヌシらしいし」

「困るのは、〈フラグ〉のスキルも封じられていることでありますな」

 秀嗣がそんなことをいった。

「おそらくは、一時的なものではあると思われますが」

「勝負がつくまでは逃げ出すな、ってことでしょうね」

 忍が呟く。

「〈フラグ〉のスキルが無効化されるタイミングがよすぎるし。

 おそらくは、この勝負に勝つことができたとしたら、〈フラグ〉のスキルも再び使えるようになると思うけど」

「そんなもん、やってみれば嫌でもはっきりする」

 猛敏がいった。

「どの道、他にやることもないんだ。

 全力で、もう一度やつらを叩きのめせばいいんじゃないか?」

「正面からの総力戦か」

 周作がぼやいた。

「そういう頭が悪そうなのは、いっちゃあなんだけど、ぼくの趣味ではないなあ」

「趣味であろうがなかろうか、他に現状を打開するべきあてがないのであれば、やるしかないと思いますが」

 葵が意見を述べた。

「もう一度、相手を全滅させてみればはっきりすることです」

 その他にも様々な意見が出されたが、結局はもう一度、十五人の死者たちを全滅させる以外に取るべき選択肢がなさそうだという結論になった。

 それ以外には、年末に明雄や忍がやったように、自分たちの足で地道に階層を昇って娑婆に戻るしかない。

 それよりは、遥かにマシだというわけである。


「で、今度は具体的な方法になるわけだが」

 隆康がいった。

「一陣、例のビームのスキル。

 あれで、あの城壁を壊すことが可能だと思うか?」

「実際にやってみないことにはなんともいえません」

 忍は即答した。

「あの城壁、頑丈そうな岩かなんかに見えますが。

 あれを破壊できるほどの熱量が果たして出せますかね?」

「試すだけ試してみよう」

 隆康としては、そういうしかなかった。

「あの城壁のどこかが崩れただけでも、格段に攻めやすくなる」

「はーい」

「あと、草原」

 隆康は離れた場所にいる水利に無線を使って呼びかける。

「そっちのエネミーの損耗率はどんなもんだ?」

『損耗率っていい方、好きではないんですが』

 水利の声は、少し不機嫌そうだった。

『でも、思ってた以上に無事な子が多いみたいです。

 まだすべてをチェックし終わっていないのですが、姿が見えない子は全体のせいぜい一割前後くらいでしょうか。

 傷を負った子も大勢ますが、そちらは手が空いている人たちに手伝ってもらって片っ端から〈ヒール〉をかけて貰っています』

「多少、時間がかかってもいいから、しっかり回復してやってくれ」

 隆康はそういった。

 別に理由もなく水利の機嫌を取っているわけではなく、水利が〈テイム〉したエネミーたちはこちらの最大戦力なのだ。

 できるだけよい状態で稼働できるようにしておけば、それだけ味方が有利になるのだった。

「敵さんは、あの城壁内から出てこないか」

 そういって、隆康は遠くにある城壁の方に視線をやる。

「当然でしょう」

 革がいった。

「あそこに籠城しているからこそ、防御力が何十倍にもなっているわけで。

 敵にしてみれば、わざわざ外に出て自分の優位を捨てなければならない理由はどこにもありません」

「それで、いざあそこを攻めようとすれば、城壁の上から狙い撃ちにされるってか」

 隆康は軽く顔をしかめた。

「結構な難易度調整だな、おい」



 休憩と準備の時間が終わり、いよいよふかけんメンバーによる城攻めがはじまった。

 まずは〈盾術〉スキルを持つ秀嗣と隆康が先頭に立って、城壁へと近寄っていく。

 城壁と呼んでいるのは、目測で高さ五メートル以上はある立派な石組みの建造物だった。

 この中に立て籠もっている人たちを、これから片づけなければならないのか。

 目前にそびえ立つ城壁を目にしながら、秀嗣はそんなことを思う。

 これは、いくらスキルなどが使えるにしても、限りなく無理ゲーに近いのではないか。

〈フラグ〉スキルが使用できれば、城壁の上に取りついて中へ侵入していくことも可能であったが、〈フラグ〉スキルが使用できない今、この巨大な物体をまずどうにかして超えて行かなくてはならないわけで。

 城壁に取りついている間にも、敵側が攻撃の手を緩める理由はないわけだし、攻略のための難易度は、限りなく高いように秀嗣には思えた。


「ビビるな、野間」

 隆康がいった。

「まずは、正面から攻めてみる。

 うしろの一陣を、絶対に守り通せよ!」

 そういう隆康の背後には、周作がぴったりとはりついていた。

「了解であります!」

 秀嗣は答える。

 忍が例のビーム状のスキルを使用するまで、守り通すのが今回の秀嗣の仕事だった。

『安心して』

 無線を通じて、静乃の声が聞こえてくる。

『城壁の上に誰か出てきたら、片っ端から射殺するから』

 静乃ならば、それも可能なのである。

 秀嗣たちの役割は、忍や周作の攻撃が可能になる場所まで護衛することと、敵側の死者を城壁の外、外部から目視できる場所までおびき寄せることであった。


「来るぞ!」

 隆康が小さく叫ぶ。

 秀嗣は、すぐに盾を構え直した。

 これまでにない強い衝撃を受け、背後に倒れそうになるがなんとか踏みとどまって持ちこたえる。

 秀嗣はただ一度攻撃を受けただけでひしゃげて使い物にならかった盾を投げ捨てて、瞬時に〈フクロ〉の中から新しい盾を取り出して構え直す。


「例の、練度の高い〈投擲〉持ちですね」

 双眼鏡を覗きながら、葵が呟いた。

「地下足袋にニッカボッカを着用している死者です」

 そういう間にも、模型のライフルを構えた静乃が〈狙撃〉スキルを発射している。


 しかし、その〈狙撃〉スキルは、〈投擲〉持ちまで着弾することはなかった。


「……敵にも、〈盾術〉スキル持ちはいるか」

 革が、呟く。

「当然、そういうこともあり得るな」


「問題ない」

 構えを崩さずに、静乃はいった。

「視界に入る敵は、すべて射殺する」

 静乃は、神経を集中させる。

 すべてが一変したあの日までの前半生の思いを込めて、不可視の銃弾を精神の奥底で練って、射出。

 今度は〈狙撃〉ではなく、〈魔弾〉のスキルだった。

〈魔弾〉はニッカボッカの前で盾を構えていた死者の頭部を綺麗に吹き飛ばし、続いて発射された〈狙撃〉スキルがニッカボッカの〈投擲〉持ちの死者の頭部も吹き飛ばす。


「すげえ」

 猛敏が口笛を吹いた。

「あっという間に、二人も片づけた。 

 早川がいれば、おれたちはいらないんじゃないか?」


「伏せろって!」

 そのとき、〈察知〉スキルが命じるままに、明雄が静乃に飛びつく。

「なんか知らないが、ヤバい!」

 突然明雄に飛びかかられた静乃は、二人して無様に地面を転がることになった。

 そして、それまで静乃がいた場所に、半径三メートルほどのクレーターが突如出現した。

 半球状に、地面がえぐれたのだ。


「なんだ、こりゃあ!」

 相馬が叫ぶ。

「慌てるな!」

 革がいった。

「正体は不明だが、おそらくは敵の、未知の遠距離攻撃スキルだ!」

 革が知る限り、このような効果を与えるスキルは存在しない。

 少なくとも、公的には。

「だが、早川の現在地を狙うことができたのなら!」



「どこかで、狙っているはず」

 忍は秀嗣の背中に隠れた状態で、冷静に城壁の様子を観察する。

 城壁の上には、今は、誰もいないように見える。

 だとすれば、どこかに、覗き窓みたいな仕掛けがあるのではないか。

 あった。

 それらしい、隙間にすぎないのだが。

 しかし、忍はまずはその隙間に攻撃を仕掛けてみることにする。

「野間くん、足を止めて」

 忍は秀嗣に告げた。

「ここで一度、城壁を攻撃します」

 秀嗣が、忍に攻撃する猶予を与えるために足を止める。

 忍は、すかさずいつでも発射できる状態にしておいたスキルを開放した。

 白乳色の、半径五十センチはあろうかという太いビーム状の光条が秀嗣の直前から城壁までの線状に、突如、出現した。

 その光条は、城壁の中腹あたりを、さっと左から右方向へと一閃する。


「城壁自体を破壊するほどの熱量はないか」

 隆康が、力のない口調でいった。

 どうやら、失望をしたらしい。

「でも、一人か二人、城壁内にいた敵を倒しました」

 忍はいった。

「今、ちょうどそれくらいの経験値が入ってきましたから。

 それに、もう少し時間をおけば、ビームはまた撃てるようになります」

「そうだな」

 隆康は頷く。

「まずは、できるところからコツコツ攻めていくか」

「ちょっ!」

 その間も、盾を構えて敵からの攻撃を防いでいた秀嗣が悲鳴にも似た叫びをあげる。

「それよりも、この攻撃、なんとかりませんか!

 どうやらさっきのビーム、小生が発したと思われて集中砲火を浴びているんでありますが!」

「ごめん」

 忍が間髪入れずに秀嗣の謝る。

「ここからじゃあ、ショット系スキルは射程外だし、今のわたしにはなんの援護もできない」

「しゃねーなー」

 隆康がそういって、笑った。

「野間はもう少し、敵の注意を引きつけておけ!

 いくぞ、〈遊び人〉!」

「いきましょう!」

 周作も、隆康の言葉に唱和する。

「こういう美味しいシュチュエーションは大好物です!」


 秀嗣に攻撃が集中している間に隆康と周作は、持てるスキルと現代兵器フルに活用して城壁を破壊しはじめた。

「うぉりゃああっ!」

 城壁から五メートルほど離れた地点で、隆康は愛用の〈方天戟〉を振りかざす。

 こうしたドロップ・アイテムの武器にはときおりなんらかの付属効果がついていることがあり、隆康はその効果を開放したのだった。

 隆康の周囲に、振り回された〈方天戟〉を追うように雷光が走り、最後に城壁へと叩きつけられる。

 その雷光はみたまま、高圧電流そのものである。

 これで城壁そのものを破壊することはできないかも知れない。

 が、発生した電流は城壁を伝わって内部のどこかしらに流れていくはずだった。

 つまり、運が良ければ、中にいるはずの敵にダメージを与えることができる。

 隆康の、滅多に使う機会もない奥の手であった。


「なんとまあ、派手な」

 その隆康から少し離れた場所で、周作が〈フクロ〉の中からある物体を取り出しながらいった。

「迫撃砲は……あんまり、対物破壊力がないんだったな。

 じゃあ、やっぱりこれになるのか」

 周作の〈フクロ〉の中には、当然のようにプラスチック爆弾なども常備されているのだが、そうしたチマチマとした細かい作業を必要とする代物は周作の趣味に合わない。

 いや、それ以前に、隆康が〈方天戟〉を使用している今、電流によっては破壊力を開放するプラスチック爆弾を使用することは極めて危険ですらある。

 周作が取り出したのは、使い捨ての歩兵用対戦車ミサイルであった。

 これなら、石の城壁にもそれなりにダメージを与えられるだろうと、周作がそのように判断したためである。

 周作は手慣れた挙動でミサイルの発射準備を終え、片膝をついた状態でミサイルを肩に担いで固定する。

 城壁の中のやつらは、秀嗣と隆康の動きに注意を奪われて、こちらの動きまにでは気づいていないようあった。

 ときおり、城壁の方に静乃のものらしい〈狙撃〉スキルが着弾しているところをみると、中のやつらはやつらで秀嗣や隆康に対抗しようとはしているのだろう。

 そのために顔を出せば、即座に静乃に射殺されるわけだが。

 ま、そんなことはどうでもいいんだけどね。

 周作は背後を振り返って背後に誰もいないことを改めて確認し、それからおもむろにミサイルの引き金を引いた。

 周作の肩から発射されたミサイルは、そのまま遮るものないままに城壁へと吸い込まれて着弾、爆散する。

 しばらく、城壁はなにもないように見えたが、少しの間を置いて、ミサイルが着弾した部分を中心にして、城壁の石材が崩れはじめた。

 これで、情勢が大きく変わったな。

 と、周作は思う。

 少なくとも敵さんは、城壁のむこうに隠れてさえいれば安心であると前提が崩されたことになる。

 気づくと、ふかけんの仲間たちも歓声をあげて城壁の方に走ってくるところだった。

 城壁が崩れた今、一気に攻めない理由はないのだ。

 人間だけではなく、水利のエネミーたちも大挙してこちらにむかってくるところだった。

 これだけ大勢で一気に攻められたら、城壁の中の死人たちも為す術がないだろう。

 周作がそんな風に思い、ふと崩壊した城壁の方を見て、顔をこわばらせた。

「……嘘だろう、おい」

 周作が、呟く。


 崩壊した城壁のむこうで、高さ五メートルの城壁よりももっと背が高いローブを着用した巨人が、ゆっくりと起きあがっているところだった。

「これから、あんなエネミーを相手にしなけりゃならないのか」

 いくら難易度調整といっても、これはやりすぎじゃないのか。

 周作は、そんな風に思った。


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