17. パーティ・プレイ
いつものように迷宮内で多数のエネミーを引き連れて快進撃を続けていた草原水利は、珍しく行く手を阻まれた。
「わっ!」
このようなことははじめての経験であったから、水利は慌てて背に乗っていたシサツジカに足を止めるように指示を出し、他のエネミーたちにもそれ以上、前進しないよう、声に出していいつける。
こうした水利がこれまでに〈テイム〉してきたエネミーたちがどこまで人語を解しているのかは定かではなかったが、水利が声に出していうことについては、なんとなく聞き届けてくれる。
基本的にエネミーたちはその呼び名の通り、自分たちが敵だと認識したものに対しては一目散に突撃していく習性があって、この習性のおかげで無駄に命を散らすことも決して珍しいことではなかった。
そうした思慮の足りないエネミーを監督し、被害を最小限に食い止めるのも水利の仕事である。
幸いなことに、今回は命を落とすところまでいったエネミーは皆無だった。
多少のダメージを受けたエネミーはいたようだが、その程度の負傷ならば〈ヒール〉のスキルによってあっという間に快癒する。
〈ヒール〉のスキルを仲間のエネミーに使用しながら、水利はいったい行く手でなにが起こったのかを冷静に観察しようとした。
前方には、多種多様なエネミーたちがひしめいているようだ。
まだかなり距離があったため、子細を判別することまではかなわなかったが、それでも大小さまざまな影が無秩序に蠢いていることは見て取れる。
そのことに、水利は違和感をおぼえた。
異なる種類のエネミーが混在して同時に出現すること自体は、決して珍しいことではない。
しかし、その場合でも同時に出てくるのはせいぜい二、三種類くらいまでであり、目の前にいる集団のように、十種類以上ものエネミーが混在して出現するということは、かなり珍しといえた。
しかも、それらのエネミーたちの動きは、一見無秩序なように見えて、妙に統制が取れている。
それぞれが勝手に動いているように見えて、決して一定の距離以上にこちらに近づいて来ないのだ。
その事実に気づいた水利は全身に悪寒を感じ、即座に〈フラグ〉のスキルを使用してその場から撤退した。
「と、いうことがあってね」
水利は同期の一陣忍や双葉アリスに説明する。
「それ、相手も〈テイム〉スキルを使用していたということ?」
「確証はないけど、たぶんね」
忍が確認してきたので、水利は頷く。
「その場所には飛べるの?」
「うん。
一応、〈フラグ〉は立てておいた」
迷宮内での移動方法として重宝されている〈フラグ〉のスキルは、使用者が実際に行ったことがある場所にしか移動できないという制限が存在した。
細かくいえば、移動した先で知覚できる範囲内には転移することが可能できるようであったが、転移先の地点をより正確なものにしようとすると、その場所を強く意識しておく必要がある。
そうしておかないと、同じ階層のどことも知れない場所に転移する可能性があるのだった。
「〈テイマー〉同士が正面からぶつかるのは……」
「損害が大きすぎるでしょう」
アリスがいいかけた仮定を、水利はすぐに否定する。
「わたしとしては、うちの子たちにできるだけ傷ついて欲しくないわけだし」
「なら、残る方法はひとつだけだね」
忍はいった。
「あちこちに声をかけて、その〈テイマー〉、水利のと紛らわしいから、これからは〈エネミー・テイマー〉ということにしようか。
とにかく、その〈エネミー・テイマー〉を狩るためのパーティを結成しよう」
すでに夏季休暇は終了して九月に入っていた。
帰省した者も東京近辺に戻っており、城南大学の講義も再開している。
ふかけんの一年生たちもそれまでのように迷宮三昧というわけにもいかず、大学と迷宮、それにそれぞれの自宅とを行き来する日々を送っていた。
ほぼ同じ講義を受けているこの三人は、大学内で顔を合わせる機会も多く、ちょいとした隙間の時間にこうして細かいことを相談をすることが多い。
「水利、今、どこまで潜ってたっけ?」
「その〈エネミー・テイマー〉が出たのは、確か四百五十六階層だと思うけど」
「四百五十六階層!」
忍が目を見開いた。
「……もうそんな先にまで進んでいるのか」
まだ二ケタの階層をウロウロしている忍にしてみれば、彼我の差を改めて突きつけられた気がした。
そんなに深い階層のことだと、現在の忍の実力ではなんの力にもなれそうにない。
「あっきーと白泉くん、それに静乃ちゃんに葵ちゃんあたりかなあ」
戦力になりそうで、気軽に声がかけられそうなのは。
と、忍は思う。
「わたしも行くし、それに野間くんも入れておいた方がいいよ。
あれだけ堅い盾役も、一年の中にはいないから」
「ああ、そうね。
アリスがいうことを適当に受け流しながら、忍はふかけんのSNSを通してそうした人たちに召集をかける。
召集に応じたのは、〈テイマー〉草原水利、〈弾幕娘〉双葉アリス、〈ニンジャ〉白泉偉、〈暗殺者〉秋田明雄、〈狙撃手〉早川静乃、〈薙刀〉藤代葵、〈鈍牛〉野間秀嗣、それに一陣忍。
これに加え、〈戦斧〉槇原猛敏と大野相馬と両角誠吾を加えた三人も、別に声をかけたわけでもないのに駆けつけてきた。
「総勢十一名か」
ふかけんの部室の中に集合した面子を見渡して、明雄が呟く。
「一年の中では豪華なメンバーになったかな」
「なに偉そうにいっての」
苦笑いを浮かべながら、忍が応じる。
「でもまあ、先輩方までを含めなかったら、なかなかのメンバーよね」
「でも、十一名というのは少々多すぎませんかな?」
秀嗣がそんなことをいいだす。
「スムーズに意思の疎通を図れる人数は、ここいらが限界だよね、確かに」
偉が秀嗣の言葉を引き取った。
「増やしたとしても、あと一人か二人程度」
「意思の疎通といえば、あとでコンシュルジュから人数分のトランシーバー借りておかないとね」
静乃がのんびりとした声を出す。
「こんだけの人数だし、中に入ってから広い範囲にばらけることもあり得るし」
たいていの迷宮には、民間企業によるコンシュエルジュ・サービスの窓口が設けてある。
今回のように、一時的にしか使用しない機材のレンタルからエネミーの体液によって汚された保護服のクリーニング、特殊な武器の手入れなど探索者周辺の雑用全部を有料で引き受けてくれるサービスだった。
毎月一定の会費さえ支払っていればかなり柔軟に、大抵のことには対応してくれるので、大半の探索者は会員になっている。
「それよりも、まだ実力にバラつきがある時期ですから」
葵が、そんなことをいいだす。
「いきなりそんな深い階層にいって、全員が対応できるのかが心配になります」
「四百五十六階層、だっけ?」
静乃が首をかしげる。
「そこまで深くなれば、人型も出てくるよね」
「出てくるね」
水利が頷く。
「その前後の階層で出てくる人型エネミーは、主にオークタイプになるけど」
「オークか」
明雄が軽く顔をしかめた。
「あれ、体がでかいから威圧感あるし、タフでなかなか倒れてくれないんだよな」
「これまで人型を相手にしてない人だと、相手にすること自体に抵抗を感じることもあるし」
そういったあと、静乃はつけ加えた。
「その、心理的な意味で」
「この中で、人型エネミーを一度も相手にしていない人、いる?」
葵が全員を見渡して訊ねた。
忍と相馬と誠吾がすぐに手をあげ、最後に猛敏が挙手する。
「人型はないけど、ヒヒとか類人猿型エネミーは倒したことがあるぞ」
猛敏が、そんなことをいいだす。
「なんでもいいから」
忍が軽く顔をしかめていった。
「こんなところで見栄を張ってもしょうがないじゃん。
今は、実際に相手にした際の心理的な抵抗についていっているわけでさ」
「それでは、いきなり水利さんがいった四百五十六階層にはいかずに、より浅いゴブリン・タイプが出没する階層でしばらく習熟訓練をしてから本番に行きませんか?」
葵が、そう提案した。
「ぶつけ本番でいきなり人型を相手にするよりはいいと思うのですが」
その意見に反対する者はいなかった。
「確かにそれなりの割合でいるそうなんだよね。
あんまり人間に近いエネミーを傷つけることがどうしてもできない人というのは」
本来の目的である四百五十六階層よりも百階層以上は浅い階層まで全員で移動したあと、静乃がいった。
「わたし自身は見たことがないけど」
「そういう人って、どうするのかな」
水利が軽く首をひねる。
「そうだとわかってから」
「探索者をやめるか、それも人型が出てこないような浅い階層にしかいかないようになるんじゃないかな?」
アリスが憶測を口にした。
「実際、そのどちらかしかないでしょ」
「そうだね」
水利が、一人で何度も頷く。
「うん。
そのどちらかしかないよね、実際」
「人型が出たら、できるだけ未経験の人に相手をさせてください」
十一人全員でその階層を探索する途上、葵がみんなにいい渡した。
「適性を確認することと、それに人型を相手にすることに慣れることが今回の目的になりますから」
きわめて妥当な意見であったので、葵の言葉に反対する者は誰もいなかった。
「いた」
しばらくそうしてその階層を探索し、何度か獣型エネミーに遭遇したあと、〈察知〉スキル持ちの静乃がぽつりと呟いた。
「もう少し先に行って、何度か角を曲がったところにだけど」
「静乃ちゃん、そんな遠くまで〈察知〉が届くの?」
水利が無邪気な口調で問いかける。
「直線距離だと、そんなんでもないんだけどね」
静乃はなんでもないような口調で答えた。
「直立した二本足歩行のエネミー。
大きさからいって、おそらくはゴブリン・タイプが十体少々」
「やっぱ年季が違うわな」
同じ〈察知〉スキル持ちの明雄が、自重するような口調でいった。
「おれなんか、まだまだそこまで遠くのことはわからん」
「しばらくすれば自然にわかるようになる」
静乃は何気ない口調でそういった。
「たぶん」
静乃に先導されて結果、パーティは予定通りにゴブリン・タイプ十数体を含む群れと遭遇した。
「予定通り、ゴブリンは未経験の三人に任せて!」
葵の凛とした声が響く。
「他の人はゴブリン以外のエネミーを速やかに排除!」
「おうよっ!」
誰よりも早く、猛敏がエネミーの群れにむかってダッシュした。
「馬鹿!」
「慌てるなよ!」
相馬と誠吾が猛敏を追いかけるように駆け出し、そのあとに忍が続く。
「ゴブリン以外はいいんだね」
模型のライフルを構えながら、静乃がいった。
「ばん。
ばん。
ばん。
ばん……」
静乃が小さく口にするたびに、何十メートルも先にいるエネミーたちの胸部や頭部が弾け飛ぶ。
「……つぇえー」
静乃の〈狙撃〉スキルの威力を目の当たりにした明雄が、呆然と呟く。
ほとんど静乃ひとりだけで、その場にいたゴブリン・タイプ以外のエネミーを短時間に制圧する。
「援護の必要もなし」
秀嗣も、誰にともなく呟いた。
「早川殿は、長距離ならば無敵でありますな」
「やっ!」
真っ先に飛び出した猛敏は意味のない蛮声を張りあげながらエネミーの群れにむかって駆け出していく。
「はっ、はぁあっ!」
左右の獣型エネミーが静乃の〈狙撃〉スキルによって弾けるのにも動じることなく、まっしぐらにゴブリン・タイプにめがけて。
猛敏が持つ〈戦斧〉は大質量の武器だった。
その大質量が持つ利点を十全に生かすためには、慣性を利用する必要がある。
猛敏にとっては、慣性すなわち勢いであった。
つまりは、動きを止めなければいい。
「ひゃっふぃーっ!」
奇声をはりあげつつ、猛敏は駆け抜けざまに〈戦斧〉を一閃。
数体のゴブリン・タイプの胴体を横薙ぎに両断して通過したところで軸足を中心に〈戦斧〉を旋回、勢いを殺さないままに今度は反対側にいたゴブリン・タイプを何体か倒す。
それだけで十体以上はいたゴブリン・タイプの半数以上があっさりと屠られた。
「汚ねえ殺し方だな!」
生き残ったゴブリン・タイプが猛敏の左右から飛びかかろうとしていた瞬間、少し遅れて迫っていた忍、相馬、誠吾の三人の遠距離攻撃がその残りのゴブリン・タイプに命中する。
こうして十一人のパーティはごく短時間のうちに、その場にいたエネミーを全滅に追い込んだ。
「これだけ躊躇なくとどめを刺せれば十分じゃないか?」
「杞憂だったねー」
ほとんどなにもせずに見物していただけの明雄と偉が、のんびりとした声でそんなやり取りをしている。
いやいや。
と、忍は思う。
さっきのは、ただ単に猛敏の勢いにうまいこと乗せられただけですから。
どうやら人型エネミーを相手にしても問題はなさそうだということが確認できたので、今度はいよいよ本番の四百五十六階層へと移動することになる。
その前に。
「相手が移動していなかった場合、いきなり〈エネミー・テイマー〉を含むエネミーとぶつかるわけだけど、作戦とかないの?」
静乃が葵に顔をむけて訊ねた。
「草原さんのおはなしを聞いただけでは判断できないことが多すぎるので、わたしの口からはなんとも」
葵は淀みない口調で答える。
「強いていうのなら、相手は多勢ですから効率よく倒していかないと時間が経過するほど不利になっていくということを強く意識してください」
「効率が大事ってわけ?」
偉が確認してくる。
「だったら、同士討ちを避けるために散らばったほうがいい?」
「あんまり散らばりすぎると、今度は攻撃の密度が薄くなりますから」
葵が、珍しく難しい表情になる。
「その辺の加減を判断するのは難しいですね」
「前にやりあってみた感触では、今のわたしらとどっちが強そう?」
アリスが水利に顔をむけて訊ねた。
「よくわからない」
水利は短く答えた。
「前の時は、あ、これは簡単には抜けないなと判断した時点で逃げ帰ってきたから」
水利も含めてこの場にいる一年生は、自分の身を守ることを最重要視しているので、いざとなれば〈フラグ〉を使用してその場から逃走することを躊躇することがなかった。
無事に逃げることさえできれば、今回そうしようとしているように、再戦する機会もあるのだ。
「やってみないとわからないわけか」
静乃が呟く。
「もし、〈フラグ〉で移動した結果、そのエネミーの群れとある程度距離を取ることができたら、わたしができるだけ減らしてみるよ」
「静乃が〈狙撃〉を乱射していると、おれの〈隠密〉も使いどころがないんだよな」
あまり残念そうな口調でもないが、明雄がそんなことをいう。
〈隠密〉スキルを使用したままエネミーの集団の中に入るとなると、明雄の存在を感知できないまま静乃のスキルによる攻撃を受けてしまう可能性があるのだ。
「エネミーの中に、強力な長距離攻撃系、あるいは広範囲攻撃系スキルを持つ者がいる可能性は?」
葵が、水利に訊ねる。
「それも、よくわからない」
水利はゆっくりと首を横に振った。
「ごめん」
「しかたがないよ」
すかさず、忍がいった。
「自分の安全を図るのが一番だし。
今回は一から斥候しなおすくらいの気持ちでいこう」
「ああ」
「そうだねー」
忍の言葉に、その場にいたほぼ全員が頷きあう。
水利の〈フラグ〉スキルによって四百五十六階層まで全員で移動する。
移動した直後、周辺にはエネミーの姿は見えなかった。
「移動したあとか」
誰かが、そんなことを口にする。
「ん」
静乃が呟く。
「でも、ここからいくらもいかないところに、妙な集団があるよ。
いろんな種類のエネミーが混在。
おそらく、水利ちゃんがいっていたやつだと思う」
「おしっ!」
猛敏が気合を入れた。
「歩き回らないでいいってことは、いいことだっ!」
「しばらく会わない間に戦闘狂に磨きがかかっているんじゃね、お前」
相馬が、そんな猛敏を見ながら感想を述べた。
「それでは、静乃」
葵が静乃にむかっていった。
「先導をお願い」
「了解」
静乃が軽い足取りで移動をはじめ、他の全員もそのあとをついていく。
「ここを曲がると、もう見える」
静乃は他の全員にむかってそういった。
「相手はまだ、こちらの存在には気づいていない。
と、思う。
少なくとも、それらしい反応はしていない」
「エネミーの総数は?」
「三百以上、五百未満といったところ」
静乃は葵の問いに答える。
「サイズとかがまちまちだから、細かいところまで判別できないんだよね」
「とにかく、たくさんということだな」
猛敏がひどく大雑把な印象を述べた。
「なに、ラッコのときより多いってことはないだろう」
「なんの参考にもならない意見だよな、それ」
誠吾が猛敏の言葉をそう評する。
「作戦とか、ある?」
偉が葵に確認してきた。
「特にありません」
葵は即答した。
「不確定要素が多すぎますし。
ええっと、一応、トランシーバーの使い方を今一度確認してください。
なにかあれば、相互に連絡を取り合って連携して動くこと。
それから」
ここで葵は少し間をあけた。
「……もし駄目だと判断したら、その場で仲間に警告を発して〈フラグ〉で迷宮入り口付近まで脱出すること」
不確定要素が多すぎるということは、いいかえればそれだけ潜在的な危険も多いという意味でもある。
「それじゃあ、うちの子たち出すねー」
軽い口調でそういって、水利は自分の〈フクロ〉の中からこれまでにテイムしてきたエネミーをすべて外に出した。
「ちょ、ちょっと」
「……いくらなんでも、数が多すぎね?」
次々よ虚空から出現するエネミーを目の当たりにして、仲間たちがざわめきはじめる。
水利が〈テイム〉したエネミーを目にしたことがない者はほとんどいなかったが、これだけ大勢のエネミーを一度に目にした者もまた皆無なのであった。
「ひょっとして、また増えた?」
「うん」
アリスが訊ねると、水利はあっさりと頷く。
「今、全部で七十二体のはず」
「むこうのエネミーと混ざると見分けがつかなくなるんじゃないか?」
明雄がそんなことをいい出した。
「好戦的につっかかってくるやつだけを倒せばいいだけのことだろ」
猛敏が即座に断言する。
「今度ばかりは、猛敏が正解だな」
誠吾がいった。
「単純ゆえに間違いがない判別法だ。
エネミーは、人を見れば襲わずにいられないから、エネミーと呼ばれる」
「それじゃあ、草原のみたいに〈テイム〉されたエネミーはもはやエネミーではないのか?」
「厳密にいえばそうなんだろうが、いちいち専門の用語をつくるまでもないだろう」
相馬がまぜっかえしてきたが、誠吾は真面目な表情を崩さずに応じる。
「なんといっても〈テイム〉はレアスキルなわけだし」
「そんなことはどうでもいい!」
焦れたような口調で、猛敏がいった。
「早くむこうに行こうぜ!」
角を曲がると三百メートルほど先にエネミーの集団がたむろしていた。
むこうもこちらの存在に気づいたらしく、興奮した様子でこちらにむかって押し寄せてくる。
「ばん」
例によって静乃が模型のライフルを構えて、銃声を口ずさむ。
「ばん。
ばん。
ばん。
ばん。
ばん。
ばん……」
静乃が「ばん」と口に出すたびに、遠くにいるエネミーのどこかが弾け飛んで絶命する。
奇声を発して真っ先に飛び出した猛敏を、偉と明雄が左右から追い越して駆け抜ける。
こちらにむかってやって来るエネミーの先頭集団に偉の〈投擲〉スキルと昭雄のショット系スキルが突き刺さり、何体かがそのまま絶命して前側につんのめるようにして転がった。
偉と明雄はそのまま左右に分かれ、エネミー集団のただなかに突入する。
二人とも無言のまま、手近なエネミーから順番に血祭りにあげていく。
文字通り、血祭り。
行く手の先々で血吹雪を巻きあげながら、効率的に多種多様なエネミーに致命傷を与えて、後続のエネミーの注意を引きつけながら駆けていく。
「っりゃあっ!」
その二人に続いてエネミーに接触したのは猛敏だった。
当たるを幸いに〈戦斧〉を大きく振り回し、その反動も利用して自身の体の軌道も強引に変える。
次の進路の予想がしがたいアクロバティックな動きをしながら、全身を使って〈戦斧〉を振るい、密集していたエネミーたちに多大なダメージを与えていく。
その三人が強引にこじ開けた隙間にするりと自然な動きで入ってきたのが葵である。
一旦、エネミーの集団のただなかに身を躍らせると、葵は愛用の薙刀を振り回して的確に一体、また一体とエネミーたちを屠っていく。
縦横に薙刀を振るい、薙刀の刃だけではなく石突きの部分まで活用してエネミーにダメージを与えつつ、単身でエネミー集団のさらに奥深くへと斬り込み、侵攻していく。
「ちょっと藤代さん!
先へ急ぎすぎ!」
ようやくエネミー集団に到達したアリスが、そう叫びながら得意の遠距離攻撃系スキル多重発動を行った。
「一人だけで先に行き過ぎると、孤立しちゃうよ!」
熱と炎、風と旋風、それに稲光がアリスの周辺に発生し、そこからエネミーたちのいるほうへと留めなくあふれ出ていく。
発現した形は違えども、それらはつまるところ、不自然なほど過剰なエネルギーによって巻き起こされた現象の数々であった。
それら突如発生した過剰なエネルギーは周囲に存在する生身の生命体を無慈悲に、ことごとく蹂躙しながら進んでいく。
先行した四人が与えたものとは比較にならないほど大規模な惨状がアリスを中心とした半円状の地帯に出現した。
そうして周辺に惨禍をもたらしながらも、アリスは先行した葵が穿った穴を追ってなおも先へと進んでいく。
葵が穿ち、アリスがこじ開けて広げた穴はかなり大きなものだった。
「みんな派手だねえ」
「おれたち、別にいらないんじゃないか?」
そんなことをいい合いながら、相馬と誠吾は先行者たちが明けた穴を維持するため、地道な活動を開始する。
一度に多数のエネミーを蹴散らすとか、そいう派手なスキルこそ持たなかったが、この二人もこれまで無駄にキャリアを積んでいたわけでもない。
背中合わせの格好になり、地味ながらも堅実な方法で仲間の死体を乗り越えて殺到してきたエネミーを着実に倒していく。
全方位を囲まれているわけでなければ、つまりは前方のみに注意を集中できるような環境であるならば、この二人であってもどうにかエネミーを寄せつけなないでおくていどのことはできるのであった。
「しかし、予想外にエネミーが多いな」
相馬が、そんなことを呟いた。
「早川は三百以上とかいってたけど、この分だと五百以上はいるんじゃないか?」
「不吉なことをいうなよ」
そんな相馬を、誠吾がたしなめる。
「そんなことを聞くと、なんだか本当に五百以上はいるような気分になってくるじゃないか。
今回は獣型だけではなく、この背後に人型のエネミーも控えているってことだろ?」
「藤代のお嬢ちゃんがやけに急いでいるのも、それが原因かもな」
「ああ。
もし敵にスキル持ちがいるようなら、本領を発揮する前に片づけてしまおう、ってか」
「ま、そういうのは派手なやつらの領分なんで、おれらには関係ないけどな」
「そうそう。
今のおれらにできるのは、せいぜいこんな現状維持くらいで」
そんな二人がいる場所を、ようやく到着した忍があっという間に追い越していく。
「ありゃま」
「あの子、これ以上に深入りするつもりだよ」
「実力でいえば、おれたちと大差ないのに……って、おいっ!」
唐突に、誠吾が大声をあげる。
「見ろよあれ、大型だ!」
「忍ちゃんが裸足で逃げ出したとかいう、イノシシ型だ!」
それは確かに、乗用車くらいはありそうな大きさのイノシシだった。
みっしりと肉が詰まっているわけだから、重量でいえば乗用車の何倍かになるはずだった。
そんな肉の塊が、地響きをこちらに迫ってくるのが見えた。
「こりゃあ、忍ちゃんでなくても逃げたくなるな」
「逃げるか?」
「いや、もう間に合わん模様」
緊迫感に欠ける問答を行いながらも、この二人は手を休めずに殺到し続けるエネミーの対処を行っている。
いざというときは〈フラグ〉を使って逃げればいいや、とかいう楽観的な認識が根底にあるとはいえ、これでなかなか肝が据わった部分もある二人であった。
「よっ」
そんな掛け声とともに、その二人とイノシシ型とを結ぶ線上さえぎる地点に、予告なく巨大な人影が現れる。
巨大な、頭でっかちの人影。
〈鈍牛の兜〉を装備した、秀嗣であった。
出現したばかりの秀嗣は、自分にむかってくるイノシシ型にむかって手にしていた盾を横薙ぎに振るう。
交通事故もかくやといわんばかりの巨大な濁音が響き渡り、イノシシ型の巨体が五メートル以上、軽々と宙を飛んだ。
相馬と誠吾は、
「あ?」
とか、
「ふぁ!」
とか不明瞭な声をあげながら、呆気に取られてことの成り行きを見守っている。
そんな二人に構わず、秀嗣はすぐさま、吹き飛んだイノシシ型を追うようにして軽々と跳躍していた。
その手には、いつの間にか〈フクロ〉から出したのか、両手持ちの巨大なメイスが握られている。
イノシシ型が起き上がるよりも前に、秀嗣は自身が落下する勢いも乗せたメイスの一撃をイノシシ型の頭部に振り降ろす。
五百ダースもの玉子が一瞬にして押しつぶされるような不快な音が響き渡って、イノシシ型の頭部は瞬時に粉砕された。
「ご無事でありますか?」
返り血で全身を朱に染めた秀嗣が二人の方を振り返って、声をかけてくる。
相馬と誠吾は、声を失ったままこくこくと何度も頷いた。
声をかけた秀嗣の方は、そんな二人の反応を確かめるいとまもなく〈フラグ〉によりまた何処かへと姿を消している。
百か二百か。
とにかく、そうして全員でエネミー集団に大打撃を与えたことを確認してから、ようやく仲間の最大戦力が投入された。
いわずとしれた、水利によって〈テイム〉された七十二体のエネミーたちであった。
この七十二体は累積効果により基本性能からして本来の種族の何倍かに相当するところまで強化されている。
同じく累積効果によって強化されたふかけんの仲間たちの動体視力でも追えないほど俊敏さで動くものも多かった。
水利からGoサインを受け、七十二体のエネミーたちは弾かれたようにエネミーにむかって殺到する。
数の上では劣勢のはずであったが、接触するや否や水利のエネミーたちは残っていたエネミーを平然と瞬殺しながら行軍を続ける。
累積効果もだが、これら水利のエネミーと通常のエネミーとでは、所詮潜ってきた修羅場の数が違う。
数の上では数倍はいるはずのエネミーたちは、劣勢であるはずの水利のエネミーたちに軽々と破られつつ、急速に数を減らしていった。
「やっぱりおれたち、いらなかったんじゃないか?」
「……なあ」
そんな様子を間近に見て、相馬と誠吾はそんなことをいいあった。
ショット。ショット。ショット。ショット。
サンダーでもウィンドでもフリーズでもファイヤでもなんでもいい。
とにかく、もっとショットだ。
〈カモノハシの鉤爪〉を振るいながら、明雄は心中でそんなことを思っている。
オーク・タイプは確かにゴブリン・タイプなんかよりもうっとタフだった。
先輩たちに混ざってやっていっときはそんなに意識したこともなかったのだが、こうして一年だけのパーティで攻略していると、オーク・タイプを完全に倒しきるまでの時間がやけに長く感じる。
仲間たちはそれぞれ、別個のオーク・タイプを相手にしているらしく、こちらまで助けに来てくれるほど余裕のある者はいないらしかった。
つまりは、目の前のオーク・タイプはどうにかして明雄自身で始末をしなければならない。
やべえな。
と、明雄は思う。
今、明雄が相手にしているオーク・タイプは全身傷だらけだった。
その傷のうち、半分くらいは明雄が与えたものだったが、もう半分ははじめからついていた古傷であり、つまりはそのオーク・タイプは歴戦の勇士であるらしい。
……エネミーの来歴なんて、これまで考えたことがなかったな。
忙しくオーク・タイプの猛攻を捌きながら、頭の隅で明雄はそんなことを思う。
全身の古傷もさることながら、直剣を持ったそのオーク・タイプは普通にフェイントなども織り交ぜた剣技を使う。
そうした駆け引きはある程度の経験がないと様にはならないもので、つまりはそのオーク・タイプはこれまで複数の敵と相対して来た経歴があるということだった。
エネミーの経歴。戦歴。
これまで躊躇することもなく倒してきたエネミーたちにそんなものが存在するということが、明雄にしてみれば大きな驚きであった。
エネミーとは、探索者に倒されるための存在ではなかったのか。
本人が自覚する以上に心の深い場所で動揺しながらも、明雄は意識の表層では目前のオーク・タイプとのやり取りに集中している。
そのオーク・タイプの顔面は、すでに明雄ショット系スキルが何度も命中しているため酷い有様になっていた。
細かな切り傷、凍傷、火傷などが顔中を埋め尽くしている。
あの様子では、視界もかなり狭くなっているはずだし、それ以上に鼻や口内、気道を半ば塞がれていて、呼吸をするのにもかなり不自由があるはずだ。
顔だけではなく、そのオーク・タイプの体中に大小さまざまな傷がついている。
種族特有の生命力がなければ、とっくの昔に倒れていたはずだ。
そんなオーク・タイプと相対し、明雄は累積効果によって強化された能力をフルに活用することによって、どうにか対等に渡り合うことができている。
いや、それもここまでか。
と、明雄は思う。
先ほどから、オーク・タイプの動きが心持ち、鈍くなっている。
これまで気力で持たせてきたのが、その気力自体が尽きつつあるように見えた。
行くか。
明雄は思う。
行こう。
明雄は大きく踏み込んで〈鉤爪〉を振るった。
オーク・タイプがその〈鉤爪〉を剣で受け止める。
明雄はその隙に〈鉤爪〉をはめていない右手をオーク・タイプの胸元に近づけ、それまで溜めていた〈コールド・ショット〉を至近距離で放つ。
心臓周辺部を急速に冷却されたオーク・タイプは、一瞬怯んだように見えた。
その隙を見逃すことなく、明雄は鍔迫り合いになっていた〈鉤爪〉に力を込める。
それまで密着していたオーク・タイプと明雄との間に、わずかな隙間ができた。
すかさず、明雄は左腿部を持ちあげてオーク・タイプが持っていた剣の柄頭を膝で蹴りあげる。
オーク・タイプの姿勢が大きく崩れ、その次の瞬間には剣の刃に沿って滑るように動いた〈鉤爪〉が、オーク・タイプの胸元から顎にかけてを下から上に大きく切り裂いていた。
オーク・タイプは、目を見開いて明雄の顔を凝視している。
明雄はいささかの遅滞もなくそのまま〈鉤爪〉を動かし続け、今度はオーク・タイプの喉元を横に深く切り裂く。
気道と太い動脈を何本も分断した感触があった。
骨に当たったような感触はなかったから、おそらくは脊椎までは達していない。
冷静にそんなことを考えながら、明雄は飛びのいてオーク・タイプから距離を取った。
一拍遅れて、潜血を噴出しながらオーク・タイプが前のめりに倒れた。
自分の血にまみれながら、それでも起きあがろうとするオーク・タイプの頭部にむけて、明雄はショット系スキルを連発する。
ショット。ショット。ショット。ショット。
サンダーでもウィンドでもフリーズでもファイヤでもなんでもいい。
とにかく、ショットを打ち込む。
無数のショット系スキルを着弾させることによって、そのオーク・タイプはようやく完全に沈黙した。
タフすぎるっていうのも、いいことばかりじゃないよな。
と、明雄は思う。
致命傷を負ってから実際に死ぬまでの時間が長すぎても、無駄に苦しむことになるし、最後の悪あがきで周りが無駄に損耗することにもなりかねない。
こういうタフすぎるエネミーは、最後の最後まで、抵抗する余力すら奪っておく必要があるのだ。
葵はオーク・タイプに囲まれていた。
そうなるよう、葵が意図的にオーク・タイプの注意を引きつけて集めて来たのである。
葵の薙刀は、腕が確かであれば多数の敵に囲まれた状態でも対応が可能な武器であったし、オーク・タイプの数が想定外に多かった。
現状、今回の パーティメンバーでは手に余るのではないかと判断したため、葵は故意に隙を作ってオーク・タイプを自分の周囲に集めている。
自分に負担が集中すれば、それだけ他のメンバーの負担が軽減する勘定であった。
無論、集めただけでは意味がないので、葵は定期的にオーク・タイプを間引いていた。
一閃して二体の脛に深手を負わせて移動力を封じ、さらに三体のオーク・タイプを小突いて牽制しておく。
あまり勢いをつけて狩り過ぎても逃げていくだけなので、適当に隙を作って弱い振りもしなくてはならない。
そんなことを考えながら、葵は油断なく周囲を見渡しながら薙刀を振り回す。
移動力を削いだ一体の喉元に刃先で突いてとどめを刺し、さらに薙刀を旋回させて何体かの頭部を殴打、その場に倒れたオーク・タイプの胸元に刃先を潜り込ませる。
薙刀を引き抜く勢いで、背後から近付いてきたオーク・タイプを石突きで押し倒し、背後も見ずに横薙ぎに薙刀を払ってその首を斬り裂く。
二体のオーク・タイプが槍を構えて左右からほぼ同時に突進してくるのを、その槍を横に払って強引に軌跡を変更させる。
勢いあまって姿勢が崩れた槍持ちのオーク・タイプに対して、一体はそのままみぞおちのあたりに薙刀の刃先を突き入れ、もう一体は引き抜いたばかりの刃先を横合いから振るって喉元を裂く。
そこまでやってしまうと、葵の実力を認めたオーク・タイプたちは慎重になり、遠巻きにして滅多に近づいて来なくなった。
「この奥に、杖持ちが何体かいるようです」
ハンズフリーのトランシーバーにむかって、葵が発言した。
「わたしはもう少しエネミーを引きつけておきますから、早めに誰か対処してください。
お願いします」
杖持ち。
長距離攻撃系か、それとも広範囲攻撃系か。
とにかく、かなり高い確率でそうした脅威となる攻撃力を有した個体である可能性が高い。
そうした杖持ちをみつけたら、できるだけ早めに排除するのがセオリーになっている。
『どっち?』
打てば響くように、明雄の声が返ってくる。
「今の秋山くんの位置から見ると、二時の方向」
『二時っていうと……こっちか。
あ。
見つけた』
明雄が答えた。
『急いでいってみる。
〈隠密〉使うから、あっちの方向には遠距離攻撃飛ばすなよ!』
了解した旨の声が、トランシーバーのスピーカーから次々と聞こえて来た。
「予想より、オーク・タイプの数が多いようです」
薙刀を振るい、一体、また一体とエネミーを倒しながら、葵がいった。
「苦戦していたり囲まれて身動きが取れなくなった人は、早めに周囲に助けを求めてください」
『藤代さん、余裕だね』
トランシーバーから、苦笑いを含んだ忍の声が聞こえた。
『今のところ、藤代さんに一番エネミーが集まっている。
一番負担が大きいのは藤代さんだと思うよ』
そうした声を聞き、葵は忍に対して生成な判断力を持つ子だな、という印象を持った。
本人はどうやら現状での実力不足を嘆いているようだったが、スキルとか累積効果などは時間さえかければいくらでも鍛えられるものだ。
そんな表面的なことよりも、いざというときに冷静に判断して効果的に動けるかどうか、そうした判断力の有無の方が探索者の資質としてはより重要だったりする。
本人が諦めなければ、いい探索者になるな。
このとき葵は、忍に対してそんな印象を持った。
この前後から前列に配置されていた獣型エネミーを一掃した水利のエネミーたちがオーク・タイプに接触しはじめる。
それまでどうにか均衡を保ってふかけんのメンバーと対戦していたオーク・タイプは、新手の参戦によって一気に態勢を崩して潰走しはじめた。
もちろん、ふかけんのメンバーもそれを許すべき理由があるわけもなく、人、オーク・タイプ、〈テイム〉されたエネミーが混然とした状態になる。
「乱戦だなあ」
ひとり、かなり後方で居残ったまま〈狙撃〉スキルを乱射していた静乃は、その様子を見て呟いた。
ここまで敵味方が入り混じった状態だと、スキルによる遠距離攻撃はかえって効率が悪い。
そう判断した静乃は、その場で〈フラグ〉を使用してオーク・タイプの層が一番濃い場所にまで瞬間移動をする。
オーク・タイプばかりが集まった場所に突如出現した静乃は、その場に居合わせたオーク・タイプが反応する前に連射の利くショット系スキルを乱射。
周囲のオーク・タイプを一方的に制圧していく。
探索者としてすでに四年以上のキャリアを持つ静乃は、たとえ単純なショット系スキルであっても一発当たりの威力が大きく、タフでしぶといオーク・タイプであっても数発が命中すれば完全に沈めることが可能であった。
この春から探索者をはじめたような他の一年生たちとは、スキルの錬度が段違いなのである。
「葵」
静乃は、トランシーバーで葵に次の行動について指示を乞う。
「次はどうしたらいい?」
『まだ杖持ちがいるかもしれない』
葵は即答した。
『見つけて、狩っておいて。
この場はもう大丈夫のようだから』
「確かに」
ざっくり周囲を見渡したうえで、静乃は頷く。
「もう趨勢は決まったようなもんだもんね」
水利率いるテイマー軍団が本格的に対オーク戦に介入しはじめたことによって、オークたちの優位はほぼ完全に消えている。
あとは味方の安全性をより確実なものにしておく作業を優先するべきだった。
偉はオーク・タイプの合間を縫うようにして駆け抜けている。
もちろんすり抜けざまに、手指や足首に切りつけることも忘れない。
オーク・タイプの表皮は厚く、その下には分厚い皮下脂肪が蓄えられている。
まともに刃物で斬りつけようと思えばかなり苦労するはずであったが、偉はスキルによる攻撃力増強効果と、それにあえて浅手をつけることによってその問題をうまく回避していた。
たとえ浅手であったとしても、指や手首を傷つけられればまともに武器が持てなくなるし、足首に傷を負えば移動力が制限されて踏ん張りが効かなくなる。
一気に倒すところまでいかなくても、実質的な戦力を大幅に削減できるのだった。
さらにいうと。
偉が振り返ると、これまで傷つけて来たオークたちの傷口が、徐々に回復して塞がっていくところだった。
この近くに、〈ヒール〉スキルを持つオーク・タイプがいる。
そう判断した偉は、移動しながら油断なく周囲の様子をうかがい、それらしいオーク・タイプに目星をつけてそのオーク・タイプの死角から接近していく。
そしてドロップ・アイテムである何の変哲もない鉄製の短剣を取り出し、そのオーク・タイプが偉の存在に気づく前に脇の下あたりか胸部の奥深くまで、一気に刀身を沈める。
脇を刺されたことによりようやく偉の存在に気づいたオーク・タイプが振り返り、偉と目を合わせる。
次の瞬間、偉は手にしていた短剣を立て続けに投擲、至近距離からスキルの効果によって威力を倍増された短剣が、オーク・タイプの喉元と両目に、吸い込まれるように突き刺さった。
両目に刺さった短剣は、その非常識にさえ思える貫通力によって脳まで達している。
無論、その瞬間にそのオーク・タイプは全身を痙攣させて息絶え、その場にどうっと倒れた。
そばにいたオーク・タイプたちが、〈ヒール〉スキルの効果が途切れたことによってようやく異変に気づき、偉の元へと殺到する。
今度は、偉も出し惜しみはせず、手持ちの武器とスキルを総動員して殺到して来たオーク・タイプに対応した。
もちろん、結果としては偉による一方的な蹂躙に終わった。
〈フラグ〉スキルによって葵が指示した場所に移動した明雄は、〈隠密〉のスキルを使用していたのにも関わらず、移動直後に三体のオーク・タイプによって襲われた。
「〈鑑定〉系スキル持ちによる待ち伏せかよ!」
明雄は叫ぶ。
〈鑑定〉系スキル持ちは、〈隠密〉スキルの天敵ともいうべき存在だった。
このスキルの持ち主の前では、〈隠密〉スキルはすべて無効化されたも同然の有様になってしまう。
しかも、明雄を出迎えた三体のうち二体は、重装備の上に頑丈そうな盾を所持していた。
そうした重装備の敵は、今ひとつ打撃力に欠ける明雄が一番嫌うタイプでもあった。
きついな、これは。
明雄は、そう思う。
杖持ちがその重走行のすぐうしろにいるのに、すぐには手を出せそうにない。
「あっきー、気をつけて!」
明雄がそんなことを思っているとき、背後からそう声をかけられた。
「伏せて!」
その瞬間、明雄はなにも考えずにその場で地面に身を投じる。
さっきまで明雄がいた空間を通り抜けて、轟音を響かせせてなにかが通過していく気配。
ふと目線をあげると、明雄の行く手をさえぎっていた三体のオーク・タイプが、原形を留めないほどの攻撃を受けて倒れるところだった。
ショット系……いや、この威力はバレット系か。
とにかく、遠距離攻撃用スキルに明雄が狙われた結果であるらしい。
そう判断した明雄は、すぐに身を起こして前方に駆け出す。
障害物がなくなったのなら、あとは杖持ちを……。
「危ない!」
そういう声が聞こえるのと、背筋に悪寒を感じるのはほぼ同時だった。
明雄は自分の勘を信じて背を逸らし、再びその場に倒れ込む。
明雄のすぐ目前を、灼熱の塊が通過していく。
地面に倒れ込みながら、明雄はまた〈隠密〉スキルの効果をオンに切り替える。
杖持ちのオーク・タイプによって、遠距離攻撃系スキルに晒された結果だった。
「『大丈夫?』」
肉声とトランシーバーから、同じ声が聞こえる。
「大丈夫」
明雄は掠れた声で短く返答する。
「〈隠密〉中だから、これ以上は答えないぞ」
「『了解』」
忍の声がそう応じた。
それを確認してから、明雄はトランシーバーの電源をオフにする。
せっかく〈隠密〉を使用していても、自分で音を発していたら意味がない。
さて、どうするか。
明雄は〈隠密〉を使用しながら周囲の状況を確認する。
杖持ちのオーク・タイプは三百メートル先にいた。
さっきの攻撃は連射が効かないスキルなのか、あれから新たな動きもなく、その場に棒立ちになっている。
舐めやがって、と、祖の無防備な様子を見て明雄は思う。
明雄はその場で〈フラグ〉を使用して杖持ちの背後に出現、そのまま襲おうとしたところでもはやお馴染みとなった例の悪寒を感じてその場から飛び退った。
次の瞬間、明雄の直前の空気が一瞬にして高温を発する。
なんだ、これは。
また〈察知〉スキルに助けられたらしいことまでは理解できたが、明雄は具合的になにが起こっているのかまるで理解できていない。
先ほどの遠距離攻撃系のスキルとは別の、杖持ちオークが発動したなんらかのスキルの影響だとは予想するのだが。
今は、杖持ちオークの周辺の空気は、とんでもない熱気を帯びている。
暖房が効きすぎた室内とか真夏の炎天下の野外とかいうのも生易しく思えるほどの熱気であり、それが明雄の錯覚ではない証拠にこの一瞬で明雄の肌を濡らしていた汗がすべて乾き、乾燥しすぎた肌がひりひりしはじめていた。
まるで、溶鉱炉の中のような。
具体的な気温までは見当がつかなかったが、その杖持ちオークの周囲だけ極端な高温に晒されていることは間違いがない。
これも新手のスキルなのだろうか。
そんな疑問が頭に浮かんだとき、唐突に杖持ちオークの頭部が爆裂して弾け飛んだ。
「……え?」
その返り血をまともに浴びながら、明雄は間抜けな声をあげる。
反射的にトランシーバーに手を伸ばして電源を入れると、すぐに静乃の声が飛び込んできた。
『あー。
聞こえているかな?
秋田くん、無事?』
そうか。
今のは、静乃の〈狙撃〉スキルによる攻撃か。
今さらながらに、明雄は先ほどの現象について納得する。
「無事だよ。
一応」
『よかった。
エネミーもだいたい一掃できたみたいだから、あとは身ぐるみ剥いだりドロップとか目ぼしい死体を回収しながら集合だって』
静乃は早口に支持を伝える。
『今回、エネミーの数が数だしフィールドが広範囲にわたっているしで、手早くやらなければ帰りが遅くなるばかりだからできるだけ急いでくださいってさ』
「葵の嬢ちゃんが?」
『葵の嬢ちゃんが』
周辺の状況がパーティの中で一番よく見えているのが、はやり葵なのだった。
「了解」
明雄はそう返事をしておいた。
「周囲にある目ぼしいものを回収していく」
全員が目ぼしい戦利品を回収して集合するまで、それから小一時間ほどの時間を必要とした。
水利が〈テイム〉したエネミーを総動員してもそれだけの時間がかかったことから、今回の討伐がどれだけ大規模なものだったのか伺うことができた。
「正直、ここまで大規模な集団だとは想定していませんでした」
今になって、葵はそんなことをいい出す。
「今のみんなの実力で最後まで戦い抜けたのは、かなり幸運だと思ってください」
「呑気だなあ」
偉が、他人事のような口調でいった。
「パーティ全員が〈フラグ〉持ちだから、多少危ない橋を渡っても問題はないと判断したんでしょ?」
アリスはそういって小さく首を傾げる。
「実際、なんとかなっちゃったし、経験値的にもかなりお得なミッシュンだったと思う。
それに、戦利品的にも」
そういってアリスは、足元に積みあげられたアイテムの山を見つめた。
今、〈喝破〉スキル持ちの水利と〈鑑定〉スキル持ちの葵とが手分けをして集まったアイテムを分別している。
そのまま換金した方がいいものと、それに、パーティメンバーの誰かに渡して活用した方がいいものとを、だ。
「ざっくり分けたら、細かい分配は上に出てタヴェルナあたりでゆっくりとやろうよ」
静乃がのんびりとした口調で提案した。
「しかし、今回はドロップの量と質がかなり凄いね。
金貨とか銀貨の数も多いし」
「格上のエネミーを倒した時の方がいいアイテムをドロップしやすいって噂、本当なのでありますか?」
秀嗣が、そんな疑問の声をあげる。
「統計とか取ったことがはないと思うんで確かなことはいえないけど」
静乃は静かな口調で答えた。
「自分の経験からいうと、そういう傾向はあるような印象」
「そんじゃあ、今日のこれはみんなで稼いだ正当な報酬だな」
猛敏がなぜか胸を張ってそんなことをいい出した。
「動きが派手だった割には、獣型退治くらいにしか役に立っていなかった癖に」
相馬が、小声でそんなことを呟く。
「なんだと!」
猛敏が目を剥いて怒声を発した。
「お前らだって似たようなもんじゃないかっ!」
「おれたちはアイテムの回収でかなり貢献しているぞ!」
誠吾が猛敏にむかって反論する。
「お前、それ、自分でいってて空しくなんないか?」
明雄がツッコミみを入れた。
「探索者の端くれなら、もっと鍛えて自力で強いエネミーも倒せるようになれよ」
「はいはい。
こっちの山は誰かの〈フクロ〉に保管しておいて。
迷宮から出たらそのまま公社の窓口に出して換金してもいいから」
水利がそういって仕分けをした片方の山を指さした。
「あ。
明細は、忘れずに保管しておいてね」
そういわれたの機に、全員で帰り支度をはじめた。
それからさらに一時間少々経過した。
その間にアイテムを換金したりその現金を全員で分配したり、着替えてシャワーを浴びたりして、そのあと、やはり全員で行きつけのレストラン、タヴェルナに集合する。
「ここ、イタリアンなのになんで店名はギリシャ語なんだろう?」
「別になんでもいいじゃん」
そんなやり取りをしながら全員で同じテーブルに着いている。
この店は昼間の時間帯に定額食べ放題のブッフェサービスを行ていたり、迷宮の影響範囲内にあるので今回のように〈フクロ〉からアイテムを出し入れできたりするのでふかけんのメンバーも頻繁に利用していた。
「今回、人型を多数相手にしたこともあり、予想外に武器やアクセサリなど、なんらかの効果がついた装備品を多数入手することができました」
注文を終え、全員分の飲み物が来てから、葵がその場にいた全員にそう告げた。
「特に杖、ワンドやバトン系のアイテムは全部で五種類にも及び、そのうちの四種類はごくありふれたものでしたが、一種類だけかなりレアなものがありました。
一応、保留として換金せずに手元にある状態なわけですが、まずこれの所有権をどうするのか決めておく方がいいと思います」
「効果、いや、杖系の場合は効能か」
明雄がいった。
「まずそいつを説明してくれないことにはな」
「アイテム名は〈灼熱のロッド〉」
葵が答える。
「これを装備して一定時間以上、戦い続けることによって、〈ヒート・キャノン〉というかなり特殊な遠距離攻撃系スキルを習得できるようになるようです」
「それ、レアなの?」
偉が、軽い口調で確認する。
「少なくとも、公社のデータベースには記載されていませんね」
葵が、あっさりとした口調で答える。
「当然、値段のつけようもありません」
「仮にオークションにかけたとしたら、天文学的な値がついてもおかしくはないな」
猛敏がそんなことをいいだした。
「その〈ヒート・キャノン〉というスキルの性能次第だけど」
「〈ヒート・キャノン〉とは、その名の通り、熱気の塊を遠くまで飛ばすスキルのようです」
葵が〈鑑定〉スキルで読み取った内容を答えた。
「威力と飛距離は、スキル習得者の能力によって変動。
ただ、一度撃つと数分間は再使用できなくなる性質があるようです」
「威力は格別だが、連射は効かない奥の手むきのスキルってわけか」
明雄が感想を述べた。
「使いどころが難しそうだな」
「そのスキルは、どれくらい装備し続ければ習得できるのでありますか?」
秀嗣が質問する。
「不明です」
葵が答える。
「それも、使用者によって変動するとしか、読み取ることができませんでした」
「扱いにくいといえば、かなり扱いにくいアイテムだね」
そういったあと、アリスが提案した。
「これは、いまいち持ち物とかスキルに恵まれていない人を優先的に、持ち回りで貸した方がいいんじゃない?」
「ああ」
「それがいいな」
その案に賛同する声が多かったのは、近接戦闘むきのスキル構成の者が多かったからだろうか。
「そういうわけで、忍ちゃん」
アリスはそういって、隣に座っていた忍の肩に手を置く。
「しばらくこの〈灼熱のロッド〉を預かってくれない?」
「え?」
忍が明瞭な返答をする前に、その他の全員が拍手をしてアリスの案に賛同することを態度で明示した。
「それって、態のよい実験台じゃないかーっ!」
少し間をおいて、忍の声が店内に響く。
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