15. 〈暗殺者〉の進退

 その前後、秋田明雄は私的な用事でそれなりに多忙だった。

 明雄は大学進学を機に上京、先に東京で自立していた姉のマンションに転がり込んでいた形であったが、夏季休暇に入ったのを機に自分の住居を借りようとしていたのだ。

 いくら身内であるといっても年頃の男女が狭いワンルームに長く居住しているとそれなりに不都合があり、それ以外にも春先に明雄が長期入院をして姉にもだいぶ心配をかけている身でもあり、ここいらで明雄自身も立派に自立できるのだということを証明しておきたかった。

 最近では探索者としてそこそこの収益を得ていたこともあり、賃貸契約とその後の生活に必要となる資金については心配をする必要がなかった。

 ただ、部屋を借りる際の保証人は姉に頼まねばならなかったが。


 いざ実際に適当な部屋を探そうとすると、思いのほか時間がかかった。

 明雄は住居に対して強い拘りを持つタイプではなかったが、それでも不動産屋に行けばいくつもの物件を紹介される。

 明雄の年恰好から判断されたのか、やはり単身者向けのワンルームを案内されることが多かったが、そうした条件の物件はそれこそ無数にあり、二、三軒の不動産屋を訪ねただけで明雄は精神的にかなり疲弊してきた。

 そうした物件のどれもが似たような立地、似たような賃料であり、つまりは大同小異の物件であった。

 最終的に明雄は、

「もう、どれにしようかなで適当なことろに決めるかな」

 とか、思いはじめる。

 こうした物件に対して明雄が指定した条件は、通学先である目黒キャンパスへのアクセスが便利であることくらいなものだった。

 不動産屋に紹介された物件は、栃木の北のはずれから上京してきた明雄の感覚ではどれも賃貸料が高すぎるような気もしたが、姉には東京ではこれくらいが相場であり、特に高すぎることはないといわれた。

 いずれにせよ、探索者としての仕事がすでに軌道に乗りはじめている明雄にしてみればその程度の経済的な負担は気に掛ける必要もなかった。

 検討した結果、東急目黒線の西小山からほど近い物件を契約してすぐに入居することにした。

 引っ越しは半日もかからなかった。

 もともとこの春に上京したばかりの明雄は姉の部屋に居候していたこともあり、荷物自体が極端に少ない。

 一番大きなものが上京してきてから購入した布団であり、あとは当座の着替えと大学の講義で使用するテキスト類くらいしかない。

 家具類に至っては皆無であった。

 レンタカーで借りてきたワゴン車で、姉の部屋から一度で運び出せるほど少なさだった。

 あまりにも荷物が少なかったので、事前に手伝うといってくれた姉の申し出を即座に断ったほどだ。

 たったひとりであっという間に引っ越しを終えた明雄は、決して広くはないにも関わらずガランとした室内を見渡して、

「これがおれの生活か」

 と、半ば呆れている。

 ただ寝に帰るだけの場所だと割り切ってはいても、寒々とした風景をこうして間のあたりにすると、改めて自分はなにも持たない身なのだなと、そう思い知らされる。

「さて、と」

 明雄は他に誰もいない室内で呟いた。

「せめて小さなテーブルくらいは買っておこうかな」

 そんなとき、明雄のスマホからバイブ音が鳴り響いた。

 ポケットの中からスマホを取り出し、その画面を一瞥した明雄は一度目を見開き、それから、

「ああ」

 と小さく呟いた。

「切れちまったのか、先輩」

 詳しい事情は不明だったが、そこには一橋喜慶が傷害事件を起こしたらしい、といった内容が書かれていた。

 そして明雄のが見るところ、喜慶はそのような事件をいつか起こしてもおかしくはない人物であった。


 明雄が知る一橋喜慶は、意外に温厚な人物であった。

 たとえばふかけんの後輩にむかって容赦なく声を大きくするが、それはあくまで叱責をする必要があると判断したから役割上、そうしているだけであって、喜慶自身が怒っていたわけではない。

  あくまで明雄が見聞した範囲内でのことになるが、喜慶が誰かにむかって激しい感情をむけたことはなかった。

 さらにいえば、喜慶は他人に強い関心を持つタイプではなく、そんな喜慶が誰かになんらかの関心を持ったとすれば、その誰かが喜慶にとって必要ななにかを持っているときくらいだろう。

 ちょうど明雄自身が、探索者として、それも喜慶の意のままに動く駒として優秀だと判断されたから、なにくれと世話をしてくれたように。

 そうして世話になったことに関して明雄は十分に感謝しているつもりだったが、それとは別に、明雄は喜慶という人物に対して一種の危うさを感じていた。

 一橋喜慶という男は、明雄が見る限り、喜慶自身にとって役に立たない人間に対してはとことん冷淡な人間だった。

 冷淡、というよりは、他人というものにほとんど関心を示さない、といういい方をした方が正しいのか。

 喜慶本人がどこまで自覚していたのかはわからないが、明雄をはじめとした周囲の人々もそうした喜慶の性格を把握し、その上で適切な距離を取っていたように思う。

 明雄は、一橋喜慶という人物がとりたてて暴力的な人間であるとは思わない。

 が、同時に、一橋喜慶という人物がひどく利己的な、いや、単純に利己的であるというよりは、他者の思惑や精神性を容認するだけの想像力がない人物であるということも、これまでのあまり長くはないつき合いで理解していた。

 おそらく喜慶は、と、明雄は想像する。

 それまで、なにかに不自由するという経験をせずにここまで育ち、挫折らしい挫折もほとんどしてこなかったに違いない。

 なにかが欲しいと思えば親なりほかの誰が与えてくれるような環境で育った結果、他の他人も自分が望むものを差し出してくれるのが当然であるという発想が抜きがたく刷り込まれていて、そういう行動をしてくれない他人は自然と遠ざけて疎遠にする。

 反面、喜慶が望む役割を果たしてくれるような人物に対しては寛容で気前が良い態度で臨むような面もあり、明雄自身もこれまでその恩恵を受けてきている。

 明雄が知る限り、喜慶とはそういう人格の持ち主であった。


 おそらく、と、明雄は予想する。

 一橋先輩がなんらかの暴力行為を行ったとするのなら、それは、その被害を受けた者が、一橋先輩が予想だにしていなかった反応を見せたからに違いない。

 むろん、それだけであったならば一橋先輩もそこまで激しい反応を示さなかったはずだ。

 が、予想外であり、なおかつ、一橋先輩の自尊心を損なうような行動を取ったとしたら、あの一橋先輩ならば暴力沙汰を起こしたとしても不自然ではない。

 と。

 なまじ探索者として考えるよりも前に体が動くように普段から意識していたから、一橋先輩もことが済んでからはじめて自分が加害者になってしまったことに気づいたのではないか。

 相手が無事だといいな、と、明雄は思った。

 被害者になった人にとってははた迷惑なことではあるが、一橋先に限らず、自分の都合を中心として世の中が回っていると当然のように思い込んでいる人というのは案外いるものだからなあ。

 一橋先輩にはなにかと世話になってきたし、これからその恩を返していく予定であったのだが、こうなるとどうなんかなあ、とか、明雄は思う。

 スマホの中の情報は交錯していてなにが本当のことなのかはにわかに判断しづらい状態であったが、一橋先輩が不可識領域管理公社並びに城南大学から相応に厳しい処分を下されるであろうという予想については見解が一致している。

 得に公社の方はここ数十年、探索者の不祥事に対してはかなり厳しい対応することで知られている。

 ちょいとした傷害事件を起こしただけでも、探索者登録の取り消し並びに数年単位の再登録停止処分くらいは平気でするだろう、という見方が多かった。

 これは今後のことも考え直さなければな、と明雄は思う。

 なんだかんだいって一橋先輩の人脈は大したものだった。

 今後、一橋先輩抜きでパーティを組んでいかないとなるとかなり面倒なことになるな、というのが明雄の本音だった。


 明雄が喜慶のパーティに入れてもらうのは実際には週に一度か二度ほどの頻度であったわけだが、それ以外のパーティに参加したときの経験と比較すると、喜慶のパーティは格段に安定していた。

 他人の都合をあまり斟酌しない分、喜慶はパーティの中心として揺らぐことがなく、結果として多少のことでは動揺することがないパーティになっていたのだ。

 また、明雄の意識としても喜慶のパーティが自分のホームグラウンドであり、他のパーティでは自分はあくまでゲストであると認識していた。

 今さら自分のメインパーティを作らなければならないのか、と、明雄は物憂げに考える。



 翌日、白金台迷宮に行くと大野相馬と両角誠吾の二人組にあった。

「いつもつるんでいるなあ、お前ら」

「他に組む相手がいないんだから仕方がない」

「んだな」

「じゃあおれも入れてもらおうかなあ」

 何の気なしに、明雄はそういう。

「いいけど、もう一人のメンツが承知してくれたらな」

「もう一人のメンツ?」

「一陣だよ。

 この前まで草原とか双葉と組んでいたんだが、そのパーティが発展解消したとかで」

「ああ、なるほど」

 明雄は頷いた。

「同じパーティ内で差がついちまうと、お互いにやりにくいものんな」

 草原と双葉といえば〈テイマー〉と〈弾幕娘〉だ。

 あのパーティの中で一番普通だった一陣は、確かになにかとやりにくかったことだろう。

「そう、それだ」

 相馬が大仰な動作で頷く。

「それであのパーティは一度バラけようってことになったらしい」

「で、その一陣は、今はお前らと組んでいる、と」

「そうそう。

 そういうことだよ、秋田くん」

 いきなり背後から声が聞こえてきたので慌てて振り返える。

 探索者の格好をした一陣忍が立っていた。

「おう、久しぶり」

 明雄は挨拶を送る。

「一陣とは確か、ラッコ討伐以来だったか」

「そうだっけ?」

 忍は首を傾げた。

「そっちもいろいろ大変だったんじゃない?

 一橋先輩の件とかさ」

「ああ、あれね」

 明雄は頭を掻く。

「あの件は別に、おれ自身に直接影響があったわけでもないからなあ」

「でも、アッキーもパーティにあぶれている口でしょう?」

「あ、あっきー?」

 明雄は若干引き気味になった。

「ま、確かに常駐パーティはなくなっちまっているけどな。

 とはいえ、先輩のパーティに呼ばれるのも週一くらいの頻度だったし、あちこちのパーティに潜り込んで渡り歩く事情はこれまでと大して変わらんけどな」

 実際、明雄はたいして困ってはいない。

 愛想がよくコミュニケーション能力に富んでいる明雄は、迷宮のロビーにたまたま居合わせたパーティに声をかけてその場で入れてもらうことが難なくできる社交性を持っていた。

 これまでに世話になった探索者たちとは連絡先を交換してきているし、そうした人たちに声をかけて順番にパーティに入れて貰ったとしても半年や一年以上は平気で保つ自信があった。

「うちのパーティも面子募集中なんだよね」

 そういって忍は明雄の目をまともに見つめた。

「特に頼りになる前衛を求めている」

「……おれにも固定パーティになれと?」

「あちこち渡り歩くのもいいけど、しばらく固定でやってみるのもいい経験になるんじゃないかな?」

 忍はそんないい方をした。

「経験値とか収入という面では一橋先輩のパーティほどには期待できないかもしれないけど、腰を落ち着けることで見えてくるものもあると思うよ」

「固定パーティか」

 ここにいる忍と相馬と誠吾、この三人の実力についてはかなり推測できるつもりだ。

 確かに一橋先輩のパーティに入れてもらうよりはずっと効率が落ちるわけだが、見方を変えると現在の明雄の実力相応のパーティメンバーであるともいえる。

 累積効果や習得スキルなど、表面化している部分はともかく、これまでレベリングされることが多かった明雄は、実は現場での判断能力などの面ではふかけん内の同じ新入生組と比較しても劣る。

 明雄は、客観的に見てそう判断している。

 これまで、誰かの指示に従う一方であり、自分自身の判断によって動いた経験に乏しいのだった。

 ま、いつまでも小判鮫やっているわけにもいかないしな。

 と、明雄は結論した。

「いいだろう」

 明雄は忍にむかっていう。

「固定パーティ、上等じゃないか」

「あのー」

「おれたちの意向は無視ですかそうですか」

 それまで二人のやり取りを黙ってみていた相馬と誠吾が、そんな感想を述べる。


「おれが持っているスキルは〈ヒール〉、〈フクロ〉、〈フラグ〉、〈投擲〉、〈察知〉、それに、〈隠密〉だ」

 明雄は忍たちに自分のスキル構成を説明する。

「このうち、あまりポピュラーではない〈隠密〉について説明すると、一種のステルス能力だと思ってもらえれば理解しやすいと思う。

 ただし万能というわけではなく、敵の中に〈鑑定〉系のスキルがいたら見破られるし、〈察知〉系スキルの持ち主がいた場合もなんとなくこちらの居場所を悟られる場合がある。

 あるいは、なんらかの理由によりこちらの集中力が途切れて〈隠密〉スキルが無効化されることもある」

 固定パーティを組む相手に対してあらかじめ手の内を晒しておくことは、これから実戦を行うにあたって効率と安全性を考えると必須の行為でもあった。

「案外、使い勝手の悪いスキルなんだな」

 誠吾が忌憚のない意見を述べた。

「まあ、不意打ちとか奇襲以外にはほとんど使い道のないスキルではあるな」

 明雄は誠吾の言葉に頷く。

「あんまり上手に姿を隠し続けたとしても、今度は味方の遠距離攻撃が命中しかねない。

 こいつをうまく活用するためには、事前に入念な打ち合わせが必須というわけだ」

「今まではどういう使い方をしてきたの?」

 忍が問いかけてきた。

「敵パーティの中にいる遠距離攻撃系、あるいは広範囲攻撃系スキルの持ち主を特定した上で、〈フラグ〉を使って先行して真っ先に潰してきた」

 明雄はいった。

「暗殺者と鉄砲玉を兼ねたような役割だな」

「スキル持ちのエネミーが出るような深い階層だと、そういう工夫も必要になってくるのか」

 相馬は無邪気に感心している。

「だけどおれたちだけのパーティだと、スキルを使うような人型エネミーが出てくるような階層までは、まだまだ到達しようがないな」

「まあ、おれたちがやっているのは、まだまだ戦いというよりは狩りの領分ではあるしな」

 誠吾も相馬の言葉に賛同する。

 明雄以外の三人は、今の段階では比較的ポピュラーなスキル構成の持ち主ばかりだった。

 この場にいる全員が探索者になってからまだ半年にも満たないキャリアしか持っていないことを考えると、これでもスキル習得のペースは平均的な探索者と比較するとずっと速いくらいなのだが。

 忍はショット系も使えるが〈刺突〉と〈薙ぎ払い〉メインの前衛寄りスキル構成。

 相馬も〈刺突〉と〈薙ぎ払い〉メインの前衛寄りであるが、こちらは補助として〈投擲〉と〈エンチャント〉も使える。

 誠吾は〈ショット〉系と〈バレット〉系メインの後衛寄りスキル構成だったが、性能的にはまだまだ〈弾幕娘〉双葉アリスに及ぶほどではない。

「ま、地道にやっていくしかないようなあ。

 実際問題としては」

「だな」

 相馬も誠吾の言葉に頷いた。

「おれたちは実力的にもスキル構成的にもそんなに尖がったところがないわけだし」

「それ以外に方法がないってね」

 忍がそう結ぶ。


 迷宮の論理はひどくシンプルだ。

 強いものが勝つ。

 勝つためにはより多くのエネミーを倒して自分を強化する。

 それしか方法はない。

 つまり、先に進もうとすれば戦い、勝利し続けるしかない。


「で、最初にやるのが今さら牛狩りかよ」

「新生パーティーの習熟期間なんだから、この程度で丁度いいしょっ」

 明雄がぼやくと、忍が応じた。

「それに今、牛肉の相場がちょっと高くなっているんだよね!」

「早川や藤代の会社の影響か?」

「あっちはまだまだ立ちあげでもたついている段階!」

 すでに迷宮内に入り、ハクゲキスイギュウの群れを相手にしている状態でのやり取りであった。

 明雄もドロップ・アイテムである鉄の短剣をハクゲキスイギュウの首元にねじ込むようにして次々と倒しながら会話を続けている。

 ごく一般的な、つまりかなり浅い階層からかなりの頻度でドロップする鉄の短剣はなまくらもいいところで、刃物としてはおおよそ使い物にならない。

 しかし、〈刺突〉や〈投擲〉スキルの持ち主が扱えば、工夫次第ではどうにか実用にはなった。

 迷宮内のどこでも入手できるので、消耗品扱いの気軽な使い方をすることが可能だった。

 先輩方に混ざってレベリングを行っていた明雄はいうに及ばず、それ以外の三人にとってもすでにハクゲキスイギュウ程度の相手なら群れを成していても深刻な敵ではなくなっている。

 相馬と誠吾でさえも余裕を持ちながら一体また一体とハクゲキスイギュウを急所への一撃で葬っている。

 その群れはざっと見たところ五十頭以上の群れであったが、接触から数分も経っていないのにもかかわらず、群れの三分の二以上がすでに地に倒れている。

 明雄の目にはハクゲキスイギュウの動きは止まって見えるほどだったが、他の三人にとってもハクゲキススイギュウはすでに深刻な相手ではなくなっているようだ。

 スキルと累積効果のおかげか、と、明雄は思う。

 三人とも遠距離攻撃と近距離攻撃を適宜使い分け、最小の手数で的確にエネミーを倒していく。

 いや、それ以上にこれまでに踏んできた場数のおかげか、と、明雄はそう思いなおす。

 下手をすると自分の撃破数が一番少ないことにもなりかねないということに気づいた明雄は、慌てて動きを速くする。


「やっぱ、地力からして違うねえ」

 ハクゲキスイギュウの群れを倒し切ったところで、忍が声をかけてきた。

「経験値の違いっつうか、うちらとはパワーもスピードも段違い」

「逆にいうと、それだけしか取り柄がないってことでもあるんだけどな」

 明雄は軽い口調で返す。

 これまで先輩たちの小判鮫をして累積してきた経験値のことを自分の手柄だと思い込めるほどに能天気な性格をしているつもりはない。

「ともあれ、これで今日の分の実入りは確保したし」

 忍は、そう続ける。

「この死体はさっさと各自の〈フクロ〉の中に収めて、今度はもっときつい階層まで移動しよう」

「おお」

「そうだな」

 相馬と誠吾が、忍の提案に賛同の声をあげる。

 なるほど。

 まず換金するのに都合のいいエネミーを倒して収入面を確保し、それから苦戦するエネミーがいる階層に移動するわけか。

 体力とかモチベーションのことを考えると、効率がいいやり方なのかもしれないな、と、明雄は納得する。

 実際、明雄にしても収入面を心配しないでいられる方がなにかとありがたかった。


「あっきー、人型が出る階層まで経験済みなんだよね?」

 皆でハクゲキスイギュウの死体を各自の〈フクロ〉に収納しているとと、忍がそう確認してくる。

「まあ、一応は」

 明雄は即答した。

「でも、おれはあんまり戦力にはなっていなかったよ」

 他の熟練探索者たちについていってレベリングしてもらっていただけだということは、明雄本人が強く認識していた。

「この四人でもいけると思う?」

「……どうかな」

 少し考えてから、明雄は慎重に口を開いた。

「やってやれないことはないけど、実力的にはギリギリってところじゃないか?

 おれ以外に人型エネミーとの対戦経験は?」

「ない、はず」

 忍は答える。

「でも、そろそろ挑戦してもい頃合いではあると思う」

「それこそ、最初は経験のある先輩に付き添ってもらう方がなにかと安全だろ」

 明雄はいった。

「人型が相手になれば、スキルも使ってくる。

 それ以外に、直立して二本足歩行をしているだけで心理的なハードルがかなり高くなる」

 もともと、たいていの人間は生物を殺傷することに対して多少なりとも嫌悪感を抱くものだ。

 人間に近い形をしているエネミーが相手になると、そうした心理的な障壁はさらに高くなる。

「一度試してみて、駄目そうだったらすぐに引き返すとかでも?」

「そこまで慎重にいくのなら、なんとかなるか」

 明雄は、やはり慎重な口ぶりでそういった。

 結局のところ、実力が不足しているというよりは明雄たち四人の心理的な問題なのだ。

 実際に試してみないことにはなんともいえない部分が多い。

 それに、成功したら、経験値稼ぎがかなり効率的になることもわかりきっていた。

「お前らも同意見なのか?」

 明雄は相馬と誠吾の二人にも確認してみた。

「ああ」

「ま、やる前にあきらめるより、やってからあきらめる方がいいんじゃない?」

 どうやら、この二人も覚悟は決めているらしい。

 それでは、試してみるくらいならいいか。

 明雄も、腹をくくった。


 四人のうち、誰も鑑定系のスキルを持っていないのは大きな不安要因といえた。

 鑑定系スキルの持ち主がパーティ内にいれば、大きな攻撃力を持つエネミーから優先的に無力化していくことが可能であったが、このパーティではそのあった戦い方ができない。

 つまりは明雄の〈隠密〉スキルも使いどころがなく、ほとんど宝の持ち腐れ状態になる。

 逆にこのパーティの強みは、四人全員が〈ヒール〉、〈フクロ〉、〈フラグ〉などの探索者としての基本的なスキルをすでに習得済みであることだった。

 特に構成員すべてが〈ヒール〉持ちのパーティは多少の打撃を受けても容易に沈むことがなく、つまりは打たれ強い性格になる。

 また、全員が〈フラグ〉持ちでもあるのでいざというときには各自の判断でその場を離脱し、最悪の事態を避けることも可能だった。

 明雄が人型エネミーが出没する階層に出ることを決断したのも、こうした四人のスキル構成を見て判断したところが大きい。

 極端に失敗を恐れる必要がないパーティならば、多少の冒険をしてみてもいいか、というわけである。

 とううわけで、換金可能がハクゲキスイギュウの死体を回収し終えた四人は明雄の〈フラグ〉スキルによって一気に何十もの階層を飛び越えて人型エネミーも出没する深い階層に飛ぶ。


「とりあえず、近くにエネミーはいない」

 その階層に到着した直後、明雄は即座にそういった。

 この四人の中で〈察知〉のスキルを持っているのは明雄だけなので、必然的に周囲を警戒するのは明雄の役割となる。

〈察知〉スキルの感じ方にはかなり個人差があるそうだが、明雄の場合、自身の立ち位置を中心としたレーダー的な画像がうっすら脳裏に浮かんでくる。

 それ以外にも、一種の危険信号的な予感ともいうべきもがいきなり感じられることもあるのだが、こちらについては明雄もこれまでに数えるほどしか体験していなかった。

「一番近くのエネミーがいる場所まで先導して」

 早速忍が指示を飛ばしてくる。

「あいよ」

 明雄はそういってすぐに他の三人を先導しはじめた。

「最初に遭遇するエネミーが人型であるという保証もないので、そのつもりでいてくれ」

「わかっているって」

 階層によってどんな種類のエネミーが出没しやすいという傾向はあるものの、それも絶対的なものではない。

 人型エネミーが出る階層で動物型エネミーが出てくることもあるし、その逆もある。

 あまりにもその階層に不釣り合いなほどに強力なエネミーが出てきたときは、イレギュラーと呼ばれることもあった。

 いずれにせよ、迷宮内では人間が勝手に思い込んでいる法則はあまりあてにならない。

 基本的に迷宮は、ひどく気まぐれなものなのだった。

 明雄たち探索者としては、どんなことが起こっていいように普段から心構えをしておくくらいしか、事実上、対策がなかった。


「もうすぐ、接触する」

 しばらく小走りに移動してから、唐突に明雄が口を開いた。

 小走りといっても、無暗に広い迷宮内を移動する探索者の小走りであり、時速にしてみれば軽く六十キロ前後になる。

 探索者として半年にも満たないキャリアしか持たない明雄たちにしても、それくらいの速度で移動しても息ひとつ切らしていなかった。

「数とか種類までわかる?」

「数は十、ええと、十五」

 明雄は自信がなさそうな口調で答える。

「種類まではわからないけど、直立していて人間よりも小さいからコボルトタイプだと思う」

 この階層に出てくる直立歩行エネミーならば、コボルトタイプだろうという予断を前提とした発言であった。

 明雄の察知ではここまで離れた場所にいるエネミーの詳細を把握することは不可能であったし、イレギュラーに遭遇する可能性もほとんどなかったので、実際上、困ることはないははずだ。

「コボルトか」

 誠吾が呟いた。

「なら、なんとかなりそうだな」

「油断するなよ」

 すかさず、相馬が誠吾をたしなめる。

「人数的にはむこうの方が三倍以上も上なわけだし、相手もスキル持ちだ。

 状況によってはこっちがボコられかねない」

「わかってるって」

「その角を左に曲がったところ、二十メートルほど先にたむろしている」

 明雄は事務的な口調で報告を続けた。

「まだこちらには気づいていないらしく、動きに変化はない」

「そのほかにエネミーは?」

 いつになく鋭い声で忍が確認してきた。

「おれの〈察知〉には引っかかっていない」

 明雄と同じように〈隠密〉スキルを持っていたエネミーが潜んでいる可能性も否定できないので、そういういい方になる。

「そう」

 明雄の意図を正確に察したらしい忍は、静かな声で続けた。

「角を曲がったところで、左側にありったけの遠距離攻撃を叩き込む。

 それでいい?」

「しか、方法がないっしょ。

 この場合」

 誠吾がそう応じた。

 エネミーがこちらの存在に気付く前に遠距離攻撃によって可能な限り敵戦力を削るのは、味方の損耗を防ぐための正攻法でもあった。

「じゃあ!」

 次の瞬間、曲がり角に達した相馬はそこで足を止め、〈フクロ〉取り出した短剣を次々に投げつける。

「遠慮なく!」

 誠吾もその隣に片膝をついて、本格的に〈ショット〉系のスキルを連射しはじめた。

〈弾幕娘〉双葉アリスほどの凄まじいばかりの火力でこそなかったが、この誠吾も発動間隔がほとんど空かない〈ショット〉系スキルの特性を活かして絶え間なく遠距離攻撃を行う。

 忍は〈ショット〉系スキルを、明雄も誠吾と同じように短剣の投擲をごボルトタイプのエネミーに叩き込む。

 エネミーたちがこちらの動きに気づき反応する前に、その半分以上が何らかの攻撃を受けて地面に転がった。

 残ったエネミーも絶え間なく続く攻撃を避けきれず、次々と体のどこかに穴を開けてその場に倒れていく。

 明雄たちのパーティが攻撃を開始してからすべてのエネミーが沈黙するまで、五分とかかっていなかった。

 戦い、というよりは、一方的な殺戮だといってもいい。

「まだ息があるのがいたら、とどめを刺してて」

 忍はそういいながら、地面に転がって弱弱しく喘いでいるエネミーたちに近寄る。

 いいながら、〈フクロ〉の中から一振りの長剣を出していた。

 明雄たちは無言で頷き、忍に倣ってそれぞれの近接戦闘用武器を取り出す。

 明雄自身も〈フクロ〉から〈カモノハシの鉤爪〉を取り出してまだ息があるエネミーにとどめを刺していく。

 どのみち、ここまで重傷を負ってしまったら助かる可能性はほどんどないし、いたずらに苦痛を長引かせるよりはこの場で息の根の止めておいた方がずっと人道的といえた。

 少なくとも、目覚めはいい。

 非常なようだが、この程度のことさえ躊躇うようだったら最初から探索者など目指すべきではないのだった。


 後始末のために、一方的な殺戮行為のときに要した時間の数倍以上の時間が必要となった。

 明雄たちはコボルトタイプのエネミーたちが持っていた装備を機械的に剥ぎ取って、自分の〈フクロ〉の中に収納していく。

 人型のエネミーは慣例として肉や皮を利用することがないため、こうした装備品とたまに出てくるドロップ・アイテムだけが探索者としての実入りになる。

「案外、おれたちの攻撃で破損している装備が多いな」

「今度からは、できるだけ傷つけないように気をつけよう」

 相馬と誠吾は、真面目な表情でそんな会話をしている。

「人間用としてサイズが小さいけど、その分軽いね、これ」

 忍はそんなことをいいながらコボルトタイプが腰に差していた片刃の剣をさやから抜いて、その刃を検分していた。

「これ、いくつか貰ってもいいかな?」

「いいんじゃないか」

 誠吾が、のんびりとした口調で応じる。

「公社で換金しても、たいした金額にはならなそうだし」

 一般的に、エネミーが身に着けている装備類はたいした金額にはならないことが多い。

 せいぜい、使われている金属などが重量当たりの値で売れるくらいの価値しかなかった。

 明雄たち新米探索者にとってもはした金といっていいくらいのもので、自分たちで使うあてがあるのならば止める理由もなかった。

「じゃあ、この剣は貰うね」

「おれも何本か貰っておくかな」

 相馬もそんなことをいい出した。

「いつまでも鉄の短剣ばかりというのも、格好がつかないし」


 そうして何度か遭遇戦を経験してみた結果、先にこちらが相手を見つけて奇襲をかけた場合、コボルトタイプは明雄たちの敵ではないということがわかった。

 体躯が小さなコボルトタイプは打たれ弱く、明雄たちの攻撃が体のどこかに当たりさえすれば、ただそれだけで戦意を喪失してしまう。

 人数比的に相手が優勢であったとしても、最初の攻撃で十名以上を始末してしまえば、あとは明雄たちのパーティのペースで戦闘を継続することが可能だった。


「簡単すぎてつまらないな」

 何回かそうした奇襲を経験したあと、相馬がそんなことをいい出した。

「〈察知〉スキルの有用性は理解できるのだが、これではおれたちの練習にはならないのではないか?

 パーティ内に〈察知〉持ちがいなかった場合、難易度が極端に高くなるぞ」

 エネミーの居場所がわからなければ、あてもなく迷宮内をさ迷い歩く羽目になる。

 それ以外にも、パーティ内に〈察知〉持ちがいないときは、これまでとは逆にエネミーの側から奇襲をかけられる可能性も出てくるのだった。

「簡単な方がいいじゃない」

 忍は不満そうな様子を隠そうともせずにそういった。

「まずは人型に慣れて、経験値を蓄えることが先決でしょうに」

「いや、そこはよく理解できる、そこに異を唱えるつもりはない」

 相馬は慌てていい添える。

「ただ、ここは迷宮で、迷宮内では何が起こるのか予測できない。

 なんらかの理由で秋田が行動不能になったときのことも想定して、せめて奇襲でない状態でもコボルトと戦えるものかどうかを確認しておいた方がいいのではないか?」

「ええっと、それはつまり」

 忍は、不審そうな表情を浮かべて確認した。

「奇襲をせずに、正面から姿を現した状態でエネミーのパーティと対決してみろ、ってこと?」

「そう」

 相馬は、大仰な動作で頷く。

「エネミーサイドがスキルを使える状態でどこまでやれるものか、今のうちから試しておいた方がいいのではないか?」

 リスクは承知の上で、将来のために今から慣れて耐性を作っておくということか。

 相馬の発言を、明雄はそう解釈した。

「あっきーはどう思う?」

 困惑顔の忍が、明雄に意見を求めてくる。

「やってみてもいいんじゃないかな?」

 明雄はいった。

「相馬がいいたいこともわかるし、これまでのパターンからすると、この階層で奇襲をする限りはこちらのワンサイドゲームになりそうだし。

 つまりは、〈察知〉による奇襲を封印した状態で殴り合ってみろってことでしょう?

 実際にやばいなって思ったら、各自の判断で〈フラグ〉を使って逃げ出すと決めておけば、そんなに心配することはないと思う」

 これは、この階層に来ると決めたときの取り決めと、大差ない内容だった。

「それもそうか」

 相馬が油断をしてそんなことをいい出したわけではないことを理解したのか、忍は案外素直に頷いた。

「それじゃあ、一回だけその奇襲抜き、試してみようか」


 奇襲抜きとはいえ、パーティ内に〈察知〉持ちが明雄しかいない以上、エネミーたちの居場所まで先導するのはやはり明雄の仕事だった。

「次の角を曲がったところにエネミーの集団がいるけど」

 例によって小走りに移動しながら、明雄は他のパーティメンバーに告げた。

「やっぱりコボルト?」

 打てば響くように、忍が確認してくる。

「それと人数は?」

「体格から判断するとコボルト」

 明雄は短く答える。

「数は、把握できる限りでは十三」

「じゃあ、今度は奇襲抜きでやってみよう」

 忍は他のメンバーにむけてそう確認する。

「最初の攻撃で殺しすぎないで。

 相手側に反撃する余裕を与えること。

 それでいいね」

「了解!」

「承知した!」

 相馬と誠吾が唱和する。


 そして四人は角を曲がった。


 まず相馬と明雄が短剣を投擲、それぞれの短剣がコボルトタイプの胸元に深く突き刺さる。

 当然、明雄たちのパーティの存在に気づいたエネミーたちはにわかに色めきたち、あたふたと明雄たちに対応しようと動きはじめる。

 そうした慌てふためいた様子が、滑稽な部分まで含めて人間に似ているような気がして明雄は複雑な気持ちになった。

 明雄は短剣を投擲し続け、一人また一人とエネミーを倒していく。

 相馬も同じように短剣を投げ続けていたので、あっという間にエネミーの数は半減した。

 そこに、忍と誠吾のスキルが発動を開始して、エネミーの集団は組織的な抵抗をする間もなく個別に撃破されていく。

 これではあえて奇襲を封じた意味がないな、と、明雄は思った。

 そう思った刹那、明雄は不意に悪寒を感じ、無意識にカモノハシの鉤爪を嵌めたままの右手を顔の前に振りあげる。

 乾いた金属音が響いた。

「暗殺者だ!」

 反射的に、明雄は叫んでいた。

「〈隠密〉スキル持ちのエネミーが近くに潜んでいるぞ!」


〈隠密〉スキル持ちのエネミーについては、明雄がこれまでその存在を予見し、同時に危惧もしていた。

 実際に遭遇したのはこれがはじめてのことであったが、頼りになる先輩方に囲まれていた以前とは違い、今のこ場では経験的に自分と大差ない同期ばかりが周りにいる。

 自分でどうにかするしかないだろうな、と、明雄は素早く思考を巡らせて油断なく周囲の様子をうかがった。

 警告はしたが、他のパーティメンバーのことを気にかけている余裕はこのときの明雄にはなかった。


「浮足立つな!」

 忍が、警告を発した。

「まずは目で追えるエネミーから始末する!」

 的確な判断だ、と、明雄は思う。

 敵の数を減らせるだけ減らしておけば、それだけ味方が安全になる。

「あと三人!」

 続けて、誠吾が叫んだ。

「見えているやつらおれが始末する!

 見えない方は三人で対処してくれ!」

 これも、いい判断だ。

 明雄はそう思った。

 誠吾はこの四人の中で一番遠距離攻撃スキルを使いこなしている。

 ここまで数が減った、目に見える相手を始末するだけならば問題はないだろう。

 問題なのは、むしろ。


 スキルを使用して不可視の状態になったエネミーへの対応だ。


 忍と相馬は素早く移動をして明雄と誠吾と背中合わせになった。

「〈察知〉になにか引っかかっていない?」

 忍が訊ねてくる。

「駄目だな」

 明雄は即答した。

「〈察知〉は〈鑑定〉とは違うんだ。

〈隠密〉で隠れた相手の居場所や人数まではわからない」

「人数だって?」

 相馬が驚いた声を出した。

「見えない敵は一人だけではないのかよっ?」

「最低一人以上はいるはずだが、なにせ姿が見えないんもんで人数についても確証が持てない」

 明雄は冷静な声で応じた。

 実際、敵に回ると厄介だよなあ、〈隠密〉持ちは。

 と、明雄は他人事のように考える。

「でも、相手はあっきーのことを仕留めそこねた」

 油断なく周囲をうかがいながら、忍が指摘をする。

「それは大失敗ね」

「おれが〈察知〉を持っていたことが大きかったな」

 明雄はそういって頷いた。

「そうでなかったら、あっさりやられていた」

「見えるやつは全部倒せたと思う」

 誠吾がそんな報告をしてくる。

「で、誰か〈隠密〉エネミー対策について意見はあるかな?」

「ない」

「なし」

「なにも思いつかない」

 忍、明雄、相馬がそう声をそろえる。

「そうか」

 誠吾はあっさりとした声でいった。

「それじゃあ、試しに全方位にむけてスキルや攻撃を乱射してみようよ。

 いくら目に見えないといっても、存在そのものが消えるわけでもない。

 全方位に向けて攻撃を続けていけば、いつかは命中するだろうし、そこまでいかなくても何らかの反応を誘発できるかもしれない」

「……それしかないか」

 まず、誠吾とつき合いが長い相馬が反応した。

「狙いをつけられないのなら、狙いをつけずにぶっぱなせばいい」

 次に、忍がそう応じる。

「いわれてみれば、盲点ね」

「やってみたとしても、失うものはなさそうだしな」

 明雄も、誠吾の意見に賛同した。

「こうして背中合わせになった状態で撃ちまくればいいわけか」

「異論がないようなら……」

 忍が合図をした。

「見えない鉄砲も数撃てば当たる作戦、実行しましょうか!」


 全周位に対するスキルと投擲による一斉攻撃がはじまった。

 経験が浅いとはいえ、すでに探索者として活躍しはじめている四人による無差別攻撃である。

 なまじ標準のことを気に留めないでいいこともあり、その攻撃は苛烈を極めた。

 特にショット系スキルを習得している忍と誠吾による全方位連射攻撃は、弾幕の密度こそ双葉アリスの者に劣るものの、明雄の目から見てもやり過ぎに思えるほどの威力で周辺を破壊と付与効果をばらまいている。

 明雄や相馬による物理的な投擲攻撃などは、そうしたショット系スキルの連射と比較するとその威力においてかなり見劣りをした。

 これが、探索者による本気の全力攻撃か。

 周囲の惨状を目のあたりにして、明雄はそんなことを思う。

 たかが人間が、それも一個人がなんの道具も使用せずにここまでの破壊行為を行えるという事実に、明雄は戦慄さえしている。

 しかも、この四人は探索者としてはまだまだ駆け出しの部類であり、もっと経験を積んだ探索者ならばもっと強大な力を秘めているはずなのだ。

 探索者というのは、実はとても危険な存在なのではないか。

 明雄の脳裏をそんな思いがかすめる。


「あ。

 いた」

 もうもうと煙る土煙の中から、誠吾が全身にショット系スキルを受けてもはや原型をとどめていないコボルト型エネミーをみつけて指さした。

「おそらく、これがその〈隠密〉持ちのエネミーじゃないかな?

 これだけ、立った状態で被弾しているみたいだし」

 他のエネミーは無差別攻撃がはじまる前の時点で倒れていたので、被弾の仕方にも特徴がある。

 そうしたエネミーたちは、倒れた体の側面、それも一方向にしか被弾のしようがないのだった。

 それと比較すると、誠吾が指示したエネミーは頭部から胸部、腹部にかけて、まんべんなくスキルが命中している。

 おそらくは立った状態で、避ける間もなく複数の攻撃スキルを受けて瞬時に絶命したのだろう。

 終わってみれば、あっけない幕切れであった。


「もう、エネミー残っていないかな」

「あの猛攻撃をしのぐ様なやつだ出てきたら、おれは即座に逃げるね」

 忍と相馬が、そんな会話を交わしている。

「じゃあ、戦利品の確認をしましょうか」

「いや、この状態でだな。

 満足に原型を残している装備品なんて、ほとんどないだろう」

 のんびりとした声を出した誠吾にむかって、明雄が突っ込みを入れた。

「でもまあ、一応、確認はしてみるべきではないかな」

 忍が、誠吾の意見に賛同する。

「なんか使えるものが残っていたら、めっけものということで」

「ま、なんかあったら素材として買い取ってくれるかも知れないし」

 相馬はそういってのろのろと、破損が激しいエネミーの死体を物色しはじめた。


 ロビーまで帰還し、公社経由でコボルト型エネミーからの戦利品を処分する。

 ハクゲキスイギュウについては、公社経由で換金するよりは早川静乃のコネがある業者に引き渡した方が高値で処分できるので、次に業者のトラックが引き取りに来る日まで〈フクロ〉の中に放置しておいた方がいい。

「どうだった、このパーティでやってみた感想は?」

 公社の窓口で換金した分の現金を分配したあと、相馬が明雄にそう訊ねてきた。

「エネミーなんかよりも探索者の方がよほど怖い存在だと思った」

「ああ、それは」

 相馬は、真面目な表情で頷く。

「おれも、同じことを思った」

 探索者としての能力が迷宮の近くでしか発動できないということは、あるいはこの世界にとってかなりの救いになっているのかも知れないな、と、明雄は何となくそんな風に思った。

「身近すぎて深く考えたことなかったけど、冷静に考えると探索者が持っている破壊力って凄いよな」

「そうそう。

 迷宮の影響圏内での探索者の犯罪行為が刑法的にきついことになっているのも、理由のないことじゃないよな」

 明雄と相馬はそんなことをいって頷き合う。

「一橋先輩もよく助かったよねえ」

 誠吾がのんきな口調で雑談に参加してきた。

「なんでも、親御さんがさっさと被害者の人に示談金払って被害届を取りさげさせたそうだけど。

 そうでもしなけりゃ、確実に前科一犯で刑務所行きだったよ」

「そんなことになっていたのか」

 明雄は呟いた。

「知らなかったのか?」

 相馬が怪訝そうな表情で明雄のことを顔を見返す。

「お前、一年の中では一橋先輩と親しい方だったろ」

「ちょうどその前後、引っ越しで忙しかったもんでね」

 明雄はそう説明した。

「その件についても、ネット経由で知ったくらいだし。

 それに、迷宮に関することならともかく、プライベートに関しては、おれも、一橋先輩のことほとんど知らないし」

 いわれてみれば、一年の同期の中でなら、明雄自身が一番一橋先輩と親しかったのかも知れない。

 しかし、明雄と一橋先輩の距離は傍から見えるほどに近いわけでもなかった。

 そもそも、一橋先輩とはこうして気軽に駄弁ったりといった経験というものが、ほとんどない。

「それじゃあ、一橋先輩がふかけんに退部届を出したことも知らないんだ」

 忍が、そんなことをいいはじめた。

「そうなのか?」

 昭雄は、口ではそういったが、その実、あまり意外にも思っていない。

 なんとなく、あの一橋先輩ならば、自分の失態を容易に許さないのではないかと、そんなことを思っていた。

「うん」

 忍は、説明を続けてくれる。

「なんでも、公社から探索者資格の剥奪とそれに何年かの再登録禁止処分にされて、大学からは何か月かの停学にされたとか。

 それで、こんな問題を起こした以上はふかけんにも籍を置いておくわけにはいかないって」

「籍だけおいておいても、あと何年か探索者として活躍できなけりゃ意味ないしな」

 相馬が、冷静に突っ込みを入れる。

「え? あれ?」

 誠吾は一人で首を捻っていた。

「それじゃあ、あれはガセだたのかな?」

「なにが?」

 明雄は訊ね返した。

「いや、一橋先輩が退学届けを出したって噂」


 引っ越したばかりのガランとしたマンションに戻ってから、明雄はスマホで検索して一橋先輩の消息を調べてみた。

 どうやら、あの三人から聞いた噂はすべて事実であるらしいということがいくらもしないうちに確認できた。

 というか、ふかけんの関係者間ではその話題は興味を持たれているらしく、次々と無責任な噂が持ちあがっては否定され、残った事実らしきものがその、公社の処分と大学の処分、それに、一橋先輩が退部届と退学届けを出したらしいということだった。

 これについては本人が選択したことだし、仕方がないのか。

 一通りのことを確認した明雄は、一抹の寂しさを感じながらそんなことを思う。

 この分では、一橋先輩はもうふかけんの関係者の前には姿を現さないのではないかと、そんな予感がした。

 ついでにまだ残っていた一橋先輩のSNSをたどっていくと、事件当時に一橋先輩と同行していた連中のログにいきあたった。

 彼らは直接暴行事件に関与していたわけではないのだが、事態を重く見た公社から連帯責任として二か月間の探索者資格停止処分を受けている。

 直接手を出した一橋先輩よりはよほど軽い処分であったわけだが、そうした処分を受けた連中は原因を作った一橋先輩に対してSNSの中で思うさま罵詈雑言を並べていた。

 停止処分を受けている間、実入りのいい探索者としての仕事が一切こなせなくなるわけで、一橋先輩を罵りたい気持ちは明雄にしても理解はできる。

 しかし、醜悪な態度ではあるなと明雄は軽く顔をしかめる。

 とにかく、これからは一橋先輩のコネ抜きで探索者としての活動を行っていかなければいけないことだけは、確かなようであった。


 まあ、どうにかなりそうか。

 今日のことを思い返して、明雄はそう結論する。

 初心者の探索者だけのパーティでも、あれだけのことができたわけだし。

 上の人にレベリングしてもらうことばかり考えていないで、そろそろ自力で歩きだす時期に来ていたのかも知れないなと、明雄は前向きにそう考えることにした。

 実際に売ってみなければ具体的な金額は確定しないわけだが、〈フクロ〉の中で眠っているハクゲキスイギュウの売価だって決して安いものではない。

 いや、大学生の副業としてみると、むしろ破格といっても収入になるはずだった。

 もちろん、明雄の当面の生活費や部屋代など、平気で捻出することができる。

 経済的な意味では、当面、不安はなかった。


 それよりも、だ。

 と、明雄は思う。

 もっと使えるスキルを増やしたいな。

 試しに、遠距離用のスキルを生やしてみるか。

 近距離攻撃用のスキルももっと充実させたいという思いもあるのだが、それ以上にもっといろいろな状況に対応できる探索者になりたいという思いが強い。

〈ショット〉系スキルの習得条件は、かなり明確に判明している。

 迷宮内でしばらくパチンコとかの投射武器を使い続ければ自然に生えてくるんだったけか。

 スリングショットは確か、わざわざ購入するまでもなく、部室内に転がっているはずだった。

 場合によっては、パーティを組むことにこだわらず、ソロで活動することを検討してみてもいい。

 今の明雄だったら、浅い階層であればソロで活動してもまず問題は起こらないはずだった。

 経験値ではなくスキルを生やすためだったら、浅い階層で行動してもなんの問題もないはずだ。

 さて、夏季休暇が終わるまでに、どこまで自分をしあげることができるかな、と、明雄はそんなことを考えている。


 不安がないこともなかったが、この時点での明雄は不安よりも期待の方をより多く胸中に秘めていた。


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