13. 変化

 秋山明雄は今、〈フラグ〉を使って敵パーティのただ中に潜入している。

 もちろん、〈隠密〉は〈フラグ〉を使用する前から使っていた。

 そうでなければ、潜入する意味がない。

 敵パーティは、どうやらオークタイプを呼ばれる人型エネミーだけで構成されているようだ。

 明雄は、そのうちの、杖状の装備を持っている者に狙いをつけて、その付近に出現していた。

 オーク・タイプをはじめとする人型エネミーは探索者と同じように複数のスキルを使いこなすので、決して油断できる相手ではなかった。

 特にワンドやロッド系の装備を手にしているエネミーは、強力な遠距離攻撃系ないしは広域範囲攻撃系のスキルを使用することが多く、早めに潰しておかなければ味方に甚大な被害を与えかねない。

 そうした魔法使い潰しの役割を、今回は明雄が受け持っているわけだった。

 ラッコ戦を経験し、〈フラグ〉のスキルが生えてきたことによって、明雄もどうにか戦力に数えることができるようになった形である。

 それだけに、ここで失敗をすることはできなかった。

 明雄は息を詰めて、手持ちの中で一番攻撃力の高い装備を、目の前のオーク・タイプに振るう。

〈カモノハシの鉤爪〉という名の手の甲に装着するタイプのこの装備は、鋭い鉤爪によって敵を切り裂く。

 それだけではなく、その攻撃により少しでも傷がつけばそこから毒物を体内に染み込ませ、攻撃を受けたエネミーに麻痺などのステータス異常を発生させるという特性があった。

 魔法使い潰しを狙う明雄にしてみれば、うってつけの武器であった。

 もちろん、そうしたステータス異常を狙うまでもなく、明雄は相手の息の根を止めるつもりで〈カモノハシの鉤爪〉を振るう。

 鋭い鉤爪によって喉元を切り裂かれたオーク・タイプが、金切り声をあげながらその場にどおうっと倒れた。

 周囲にいたエネミーたちが、異変を察知してにわかに騒がしくなる。


「せいっ!」

 明雄のいる位置から離れた場所で怒声が響き、また一体のエネミーが倒れた。

 例によって刀を手にした榊十佐が、エネミーたちを次々と斬り伏せているところだった。

 十佐の役割は、故意に目立つ活躍をしてエネミーたちの注意を引きつける囮役だ。

 十佐が暴れている間に、明雄は相変わらず〈隠密〉を使いながら移動し、無理をしない範囲で近くにいたエネミーを攻撃していく。

 致命傷を与えられれば一番なのだが、とどめを刺すことに失敗したとしても、明雄は気にせずその場から離れた。

〈カモノハシの鉤爪〉の毒効果も期待できたし、それ以上に、今の明雄の累積効果だと、正面からこの階層のエネミーと渡り合っても勝てる気がしないのだ。

〈隠密〉スキルでこそこそと姿を隠しながら、自分にできる範囲内で敵の戦力を削っていくというのが、今の明雄にも可能な精一杯のことなのである。


 そうこうしているうちに、味方の本隊が、明雄にも見える範囲内にやってきた。

 目まぐるしく動き回り、エネミーたちを攪乱しながら棍によって着実に敵の数を減らしていくのは〈暴風〉の猿渡朋春、〈重圧〉のスキルを使用してまとめてエネミーを押しつぶしていくのは、一橋善慶だ。

 無論、少し距離を置いた場所から遠距離攻撃系スキルによる援護射撃も行われている。

 前衛と後衛の攻撃により、オークタイプのエネミーはすでに総崩れになっていて、組織的な抵抗はできないようになっていた。 

 また、勝ったな。

 と、明雄は思う。

 ほとんど見ていることしかできなかった以前とは違い、今回は明雄の働きも幾分かはこの勝利に貢献している。

 ようやく、役に立つことができるようになった。

 そう思うと、明雄も内心では満更でもなかった。



〈ファイヤ・ショット〉、〈ファイヤ・バレット〉、〈殴打〉、〈察知〉、〈ヒール〉、〈フクロ〉、〈フラグ〉。

 この時点での草原真砂のスキル構成である。

 もともと、〈ファイヤ・ショット〉、〈殴打〉のふたつしかななかったのだが、特殊階層のラッコ戦を経験したことにより、一気にあと五つも加わった。

 なんだろう、これ? と真砂は疑問に思う。

 もちろん、スキルは少ないよりは多い方がいいわけなのだが、ただの一日でここまでスキルの数が増えると、逆に釈然としないものも感じてしまう。

 これまで姉たちのパーティについて、コツコツと積みあげてきたものが否定された気分だった。

「これだけのスキルがあれば、どこのパーティに入ってもそれなりに役に立つよ」

 姉の水利とよくパーティを組んでいる一陣忍は、真砂のスキル構成についてそう評価してくれた。

 忍がわざわざそんなことをいうのは、真砂の姉である〈テイマー〉草原水利と忍、それに〈弾幕娘〉双葉アリスと真砂自身を合わせた四人で挑んできたバッタの間トライアルがそろそろ最終段階にさしかかっているから、であった。

 このトライアルが終了したら、これまでほとんど固定パーティでやってきた水利と忍、アリスの三人は一度別行動しようというと、そういうことになっていた。

 テイムしたエネミーが順当に増えていた水利はもはやソロでも十分にやってける探索者になっていたし、遠距離攻撃スキルの多重発動を得意とするアリスは他の探索者たちからパーティを組まないかと誘われることが多かった。

 この二人と比較すると、この時点ではあまり特徴のない探索者である忍も、なにやら思うところがあるらしい。

 一度三人の固定パーティを解散しようと提案してきたのは、この忍である。

「あんまりメンツを固定し過ぎても、方法論がかたまりすぎるっていうか。

 新しいスキルの発生条件だって出にくくなるしさ。

 たまには別の人と組んでみた方が、また別の新しい発見があるんじゃないかな、って」

 忍は他の二人に説明し、水利とアリスも何度か意見を交換した結果、忍の提案に乗ることにした。

 真砂自身はこの三人のパーティに便乗してレベリングをして貰っているだけなので詳しいことまでは知らされておらず、すべては決定したあとで経緯を説明されただけだ。

 いずれにせよ、先のラッコ戦では、この四人もこれまでとは比較にならないくらいの経験値を得ている。

 おそらく、一日あたりの獲得経験値としては、この四人にとっても最大の収穫になっていたのであろう。

 つまり、累積効果により、それだけ強力な探索者に育ってきているわけで。

 漠然とした感触としては、あと一度かせいぜい二度くらい挑めば、バッタの間をこの四人だけでも制覇できる。

 そういう感触を、四人は得ていた。

「さあ、ちゃっちゃっと片づけちゃおう!」

 バッタの間を目の前にして、忍が叫ぶ。

 四人は顔を見合わせて、頷きあう。

 その周囲には、水利がこれまでにテイムしたエネミーたちがいる。

 彼女たちの、最後のトライアルがはじまった。



「だから、〈狙撃〉スキルの攻撃はあくまで点でしかなくて。

 しかも、物理オンリーで付与効果とかないし。

 貫通力はそれなりにあるからよほど硬い相手でなければ、そしてうまいこと急所に命中してくれれば、だいたいは、一撃で倒せる。

 けど、外すと手負いになったエネミーがかえって凶暴化することもあるわけで」

 早川颯(はやて)は松濤女子の生徒たちにそう説明する。

「確かに射程距離的には〈狙撃〉のが有利かも知れないけど、もろもろを考えてみるとせいぜい一長一短ってところじゃないかなあ。

 実際には、有効射程距離なんて五百メートルもあれば十分だと思うけど」

 颯にしてみれば、多少有効射程距離が短かったとしても、様々な属性を攻撃に附属させることができる〈梓弓〉スキルなどの方が、よほど使い勝手がよいように思える。

 第一、熟練度において静乃よりかなり劣る颯の〈狙撃〉スキルの有効射程距離は、ぎりぎり五百メートルに届くか届かないかといったところだ。

「それをいったら、有効射程距離が長くて、しかも範囲攻撃が可能なスキルが一番じゃないですか」

 松濤女子の生徒がいう。

「んー。

 でも、あちらとは、系統が完全に違うからなあ」 

 颯は、そう受ける。

 魔法攻撃と通称されることもある、範囲攻撃が可能なスキルの数々は、遠距離攻撃系のスキルとはまた別個の習得条件があるとされていた。

 ただし、そうしたややマイナーなスキルに関しては習得条件などの検証が追いついておらず、詳しい生やし方などの情報は流布していない状態だったが。

「〈狙撃〉スキルの習得条件とかはわかりますか?」

 別の生徒が、颯に問いかけた。

「それが、よくわからないんだよね」

 颯は素直に答える。

「最初は猟師だった爺さんが迷宮に入ったときに生えていたんだけど。

 で、その爺さんにつき合っていた迷宮に入っていたねーちゃんやおれも、いつの間にか生えていた」

 スキルの習得条件は、詳細なところまでは意外に判明していないことが多い。

 スキルの数と種類が多すぎて、とてもではないがそのすべてを詳しく検証する余裕がないのだ。

 結果、マイナーなスキルほど習得条件があやふやである場合が多かった。

 そこへいくと、〈狙撃〉なんてかなりマイナーなスキルだからなあ。

 とか、颯は思う。

〈狙撃〉スキルは、有効射程距離と速射性には秀でているものの、攻撃力や破壊力では他の長距離レンジのスキルには大きく劣る。

 颯が説明したとおり、あくまで「点」での攻撃効果しか期待できない。

 そんなスキルをわざわざ習得したがる探索者は少なく、〈狙撃〉スキルはいつまでもマイナーなままだった。

「それじゃあ、静乃さんや颯くんとしばらくパーティを組んでいればわたしたちにも生えるのかな?」

「どうだろう?」

 そう問われた颯は首をひねる。

「実際にやってみないことには、なんともいえないかな」

 探索者としてのキャリアでいえば、静乃は四年、颯は二年目になる。

 颯自身の場合に限っていえば、〈狙撃〉スキルは割合早くから習得できたような記憶があった。

 だけど、あのときはまだ爺ちゃんも健在だったしなあ、と、颯は思う。

 颯は、祖父と静乃という〈狙撃〉スキル持ち二人と同時にパーティを組むことが多かったのだ。

 その条件は、今回、満たせないわけで。

「静乃さん、まだ手があかないって?」

「うん。

 手続きとか打ち合わせとか、いろいろあるって」

 颯は頷く。

「会社設立って、結構手間がかかるもんなんだね」

 そう。

 こうして颯が松濤女子のパーティに同行しているのは、静乃がそちらの用事で手を取られているからだった。

 松濤女子OGである扶桑文佳が、

「そういうことなら」

 とさっさと後輩たちに声をかけて、静乃が多忙な間、颯は松濤女子の活動に混ぜて貰っている。

 颯にしてみてもふかけんの大学生たちに混ざるよりも同年輩の松濤女子の方に混ざる方がまだしも気が楽であった。

 性別でいうと颯以外は全員女子、という環境になるわけであるが、大半が颯よりも年上であり、かつ探索者としてのキャリアも長いこともあり、ほとんど性別を意識しないでいられる。

 第一、颯は彼女たちからあまり異性扱いはされていないし。



 早川静乃と藤代葵は扶桑文佳が経営する探索者インストラクターの会社に来ていた。

 その会社は松濤女子OGの有志が集まって企業されたものだそうで、立地も当然のように松濤女子学園から五百メートルと離れていないビルの中に事務所を構えている。

 迷宮そのものは公社が直接管理しているわけであるが、そこを出入りする探索者たちにとって入り用な物品やサービスは民間業者が行うことが多い。

 松濤迷宮の場合、そうした探索者むけサービスのほとんどを松濤女子学園を経営している学校法人と同じ系列の企業が行っていた。

 だから、というわけでもないだろうが、松濤迷宮に附属する各種サービスは他の迷宮よりも女性に人気がある。

 文佳たちのようなインストラクター会社にとってもこの立地を選択するのはそれなりの必然性があることだった。

「あんまり難しく考える必要もないと思うんだけど」

 文佳は、諭すような口調で静乃はいった。

「会社とかなんとかいっても、結局のところ必要とされるところは残るし、そうでないものは採算が合わずに潰れていく。

 これは、自然とそうなるものだから。

 たとえばうちの場合、女性の方々に指導をさせていただくことが多いのだけど、うちのお客様っていうのはたいてい、どうしても早急に、短時間でお金を必要とする人が多いわけで。

 そういう事情がある女性たちができる選択っていうのは、実際にはかなり限られていて、探索者になるっていう選択は、その中でもかなりマシな方になる。

 インストラクターなんていっても、わたしたちもそういう人たちの弱みにつけ込んで商売にしているような部分もあるわけで、そんなに立派な商売でもない。

 ここまで、わかる?」

「ええ」

 静乃は頷いた。

「理解はできます」

「それで今回の場合、エネミーの肉や毛皮を必要とする人たちを探索者の仲介をして、ついでにエネミーの死体を加工するって職務内容になるんだけど、どうみてもこれは利益を受ける人の方が多い。

 ううん。

 それどころか、損害を被る人がいないといってもいい」

「殺されるエネミーを除いて、ですけど」

「そうね」

 文佳は静乃の言葉に頷いた。

「殺されるエネミーを除いては」

「あの、質問いいですか?」

「なに?」

「今まで、こういう企業を立ちあげた人はいなかったんでしょうか?」

「もっと深い階層のエネミーに対してなら、専用の処理業者はいくつかあるんだけどね」

 文佳は静乃の質問に答える。

「たとえば、極端な例をあげると、門脇マテリアルとか。

 あそこは、普通の探索者が立ち入ることができないような、深ーい階層の物資や死体を回収してくるのが専門だけどね。

 それでも、こんな浅い層に出没するエネミーまでを、わざわざ専門の会社まで立ちあげて処理しようっていう人は、これまでにはいなかったと思う。

 基本的に探索者っていうのは、より深い階層を目指して行く存在だから。

 その意味では、これは隙間産業ということになるかな」

「隙間産業、ですか?」

「そう。

 隙間産業」

 文佳は頷く。

「それまで誰も目をむけることがなかった分野に目をむけて、利益がでるような構造を構築していく。

 他の迷宮関連の企業を比較すれば、発生する利益の額は桁からして違う、微々たるものなのかもしれないけど。

 それでも、うちを利用するような初心者の探索者にしてみれば、決して馬鹿にならない現金収入になる。

 これは、大きい」

「手続きに関しては」

 ここではじめて、葵が口を開く。

「経験を積む意味でも、わたしにやらせていただけると嬉しいのですが」

 経営学部の所属している葵にしてみれば、滅多にない実習の機会でもあるという。 

「資金なら、うちからいくらか出資してもいいし」

 文佳は、追い打ちをかけるようにそうつけ加える。

「いえ、お金なら、わたしもそれなりに蓄えがあるんですけど」

 静乃だって、関東にやってきてからこの方、四年間も探索者を続けてきているのだ。

 使うあてもない預金が、実はかなり貯まっている。

 それは、ごく普通の未成年が手にするにしては、過分なほどの金額でもあった。

「それと、わたしも出資しますし」

 当然のことのように、葵が続けた。

「え?」

 静乃は驚いた。

「でも、葵。

 この春までの報酬は、部活だから受け取っていないって……」

「実は、個人的な資産それなりにありまして」

 葵は、悪戯を見つかった少女のような表情になった。

「うちの親族は経営者が多いから、わたしも早めに自分で会社を立ちあげて見たかったんです」



「野間さん、後衛の子たちをお願いします」

「わかりましたであります!」

 野間秀嗣の返事を待たず、松濤女子の子たちが左右から前方へと飛び出していた。

 それとほぼ同時に、秀嗣の左右から遠距離攻撃系スキルが多数、前方に放たれる。

 探索者を戦闘時の役割で分類すると、前衛と後衛に二分される。

 前衛はファイターともアタッカーともいわれ、要するに直接エネミーと近接戦闘を行う。

 後衛は遠距離から攻撃とパーティメンバーの支援などを行う。

 スキル構成によってはその両方を役割をこなすことができる器用な探索者もいるのだが、そういうのはどちらかというと少数派であった。

 特に後衛はエネミーに近距離まで接近されるとほとんど対抗手段を持たず、つまりは脆いことが多い。

 そうした脆弱な後衛を護衛する盾役が、秀嗣に振られた形であった。

 秀嗣は〈盾術〉、〈両手持ち〉のスキルを持ち、攻防ともにそれなりに行うことができる。

 その上、〈ヒール〉のスキルも持ち、離れたパーティメンバーに貢献することのできた。

 秀嗣は、後衛の護衛役として適任なのである。

 味方の遠距離攻撃をかいくぐり、巨大なイノシシ型エネミーが肉薄してくる。

 秀嗣は盾を構えてそのエネミーに正面からぶつかり、突進してくるエネミーの牙をまともに受けた盾がまるで厚紙ででもできているかのようにあっさりとひしゃげた。

 何メートルか後退しながらも、秀嗣はどうにかエネミーの突進を止めることに成功する。

 イノシシ型エネミーは全長五メートル以上、体重はおそらくはトン単位。

 こんもりと盛り上がった小山が地響きをたててむかってくるようなものだったが、背後に後衛の子たちが控えている以上、秀嗣としては意地でもその足を止める必要がある。

 相手の突進が止まったことを確認した秀嗣は、盾を手にした腕に力を込め、エネミーの鼻面を地面に叩きつけた。

 そうして作った隙を見逃さず、秀嗣は瞬時に〈フクロ〉から出した巨大なメイスを取り出し、立て続けに振りおろす。

〈強打〉のスキルによって威力を増したメイスによる攻撃が、イノシシ型エネミーの巨大な頭部に降り注ぐ。

 エネミーの牙が折れ、頭骨が破損していくのとほぼ同時に、後衛の子たちがそのエネミーに対して連射の効くショット系のスキルを何十も叩き込んでいる。

 現在、このパーティがいるのは九十八回層。

 秀嗣が普段、潜っている階層などよりは遙かに深い。

 それだけ、出没するエネミーの方も、軒並み強くなっていた。

 その深い階層に、中等部の子も含めたこのパーティは平然と挑んでいる。

 松濤女子学園の子たちは、アグレッシブなのである。

「あ。

 ドロップした」

 後衛の子の誰かが、気の抜けた声を出した。

 仕留めたばかりのイノシシ型エネミーの巨体が、唐突に消失したのだ。

 そのあたりを探れば、なんらかもドロップ・アイテムが落ちているはずだった。

「そんなもん、拾うのはあとあと!」

 別の子が、檄を飛ばす。

「今はまだ、倒していないエネミーがこーんなにいるんだから!」

 その子がいうとおり、このパーティはいぜん、多種多様なエネミーの大群に囲まれている。

 そんなやりとりをする間にも、後衛の子たちはそれぞれのスキルを乱射して、周囲にいたエネミーたちの数を着実に減らし続けていた。

 そうして援護射撃を続行してないと、少し離れた場所でエネミーと戦っている前衛の子たちがどんどん不利になっていくのだから、ここで休むわけにはいかないのだった。

 これだけの劣勢にあるにもかかわらず、怯んでいたり、〈フラグ〉を使用してのこの場からの撤退を口にする者は皆無だ。

 なんというか、ふかけんのメンバーよりも好戦的なんじゃないか?

 などと、秀嗣は思う。

 思いつつ、秀嗣は、そんな彼女たちを頼もしくも思った。

「今度はクマが来た!」

 後衛の誰かが叫んだ。

 秀嗣は素早く周囲を走査して、モヒカンクマの現在地を確認。

 こういうとき、〈鈍牛の兜〉に取りつけた視界の広いシステムは便利だった。

 その場で〈フラグ〉を使用して、そのクマの直前、地面から何メートルか浮いた場所に秀嗣は出現する。

 そのまま躊躇することなく、手にしていた巨大なメイスを何度もクマ型エネミーの頭部に振りおろす。

〈強打〉のスキルと落下速度により勢いを得たメイスによる打撃を受け、モヒカンクマの頭部が朱に染まる。

 秀嗣の足が地面につくまで、累積効果により人外の素早さを得ていた秀嗣は、渾身の力を込めて何度となくクマ型エネミーのメイスを振りおろす。

 頭蓋骨の半分以上を粉砕され、頭部を潰された状態でモヒカンクマは、秀嗣になんらかの攻撃をする余裕もないままに絶命する。

 そのクマが動かなくなったことを確認して、秀嗣は背筋を伸ばし、周囲の状況を確認した。

〈鈍牛の兜〉に設置したカメラを有効に使うためには、頭の位置を高くするのが一番だった。

 近接戦闘用のスキルをあまり育てていない後衛の子たちを守るのは、盾役である秀嗣の役割なのだ。



 槇原猛敏は改めてソロによる迷宮攻略を試みていた。

 ラッコ戦を経験したことにより、猛敏も待望のスキルである〈フラグ〉と〈フクロ〉が生えてきたのだ。

 これにより、以前と同じ蹉跌を踏むことはないと、猛敏自身は思っている。

「うおおおおっ!」

 無人の迷宮の中に、猛敏の大声が響く。

「おれはやるぞぉっ!」

 なにをするにせよ、騒がしい男であった。



 大野相馬と両角誠吾は、前方でエネミーの群れを文字通り蹴散らしている白泉偉の動きを見て目を丸くしていた。

「人間の動きじゃねえ」

「速すぎて、目で追えない」

 というのが、偉の動きに対するこの二人の偽らざる感想であった。 

 いくら累積効果があるとはいっても、到底、自分にはできない動きでもある。

「これ、援護とか支援とか、そいうの要らないんじゃないか?」

「白泉、最近ではソロで迷宮に入ることが多いっていってしな」

 いくら比較的浅い階層であるとはいっても、偉の動きは人間離れし過ぎている。

 ときおり、何かを投擲する様子はあるものの、基本的に偉はその四肢のいずれかをエネミーに当てることによって攻撃していた。

 つまりは、偉のメインの攻撃方法は、殴る蹴るなどの原始的な、肉体による直接攻撃というこになる。

 それでいて、偉の攻撃を受けたエネミーは、かなりの巨体でも軽々と吹き飛んでいく。

 それもたいていは、直撃を受けた場所を大きく損壊した状態で、である。

 偉が攻撃をする部位は、ほとんどが急所に相当する場所であったから、つまり偉はだいたい一撃でエネミーを即死させつつ、軽々と周囲を飛び回っていた。

 そういうことに、なるわけだった。

 無双だ。

 と、二人は思う。

 紛れもなくこれは、無双状態だ。

 もはやこの階層に出没する程度のエネミーなど、この偉の前では刈り取られるのを待つばかりの雑魚も同然なのだ。

「あれ?」

 二人が棒立ちになっていることにようやく気づいた偉が、やはり目まぐるしく動き回りながらそう声をかけてくる。

「二人とも、やらないの?」

「やらないっていうか、手を出す隙がないっていうか」

 相馬がいう。

「白泉!

 お前、いつもこんな感じなのか?」

「うん、そう」

 すぐ間近から、不意に偉の声が響いた。

「いつもだいたい、こんなもんだけど?」

 周辺のエネミーを殲滅させた偉が、いつの間にか二人のすぐそばまで移動していたのだ。

「はっきりいおう」

 相馬がいった。

「お前とパーティを組んでいても、おれたちが足手まといになるばかりだ。

 それだけ、おれたちとお前とでは、実力に隔たりがある」

「同感」

 誠吾もいった。

「レベリングをしてくれる形になるから、おれたちとしては嬉しいけどさ。

 白泉はもっと強い人とパーティを組むべきだと思う。

 先輩方とか、あるいはキャリアが長い藤代とか早川とか」

「そうかな?」

 偉は首を傾げた。

「そんなに違いはないと思うけど」

「とにかく、今回は一度外に出よう」

 相馬はそう提案する。

「なんだったら、おれたちが白泉に相応しいパーティメンバーを捜してもいい」

「そうまでいうのなら」

 しぶしぶ、といった感じで、偉もその提案を呑んだ。



 大野相馬と両角誠吾の白泉偉の三人は、迷宮のロビーに出たところで草原水利たちとパーティと顔を合わせた。

 あ、お疲れー、などいいあいながら、自然と雑談を交わすことになる。

 水利の妹である真砂は顔を知っている程度だが、その他の三人はこの三人にとっても同じふかけんのメンバーであり、これまでにもそれなりに親交があった。

 聞けば、水利と真砂の姉妹、それに一陣忍と双葉アリスの四人も、たった今迷宮から出てきたばかりだという。

「それがこいつ、強すぎてさあ」

 相馬はいった。

「おれたちなんかがパーティを組んでも、釣り合いが取れないっていうか」

「そうなんですか?」

 草原真砂がきょとんとした顔つきで首をひねった。

「みた感じ、そんなに強そうにも見えないんですけど」

 ヘルメットを脱いだ偉の顔を見て、真砂は心底不思議そうな声を出す。

「あー」

「真砂ちゃんは、こいつのことよく知らないから」

 相馬と誠吾は顔を見合わせ、しにじみとした口調でいった。

「迷宮の外でも、一対一なら、ふかけんの中ではこいつが一番強いと思うよ」

「ま、素手なら確実なところだな」

「なにせ、古武術の使い手だから」

「反則的だよなあ、本当」

「二人とも、さっきからいいたい放題だなあ」

 偉は、そういって頬を膨らませる。

「それに、うちのは古流武術なんかじゃないから。

 古流武術というのは、別に厳密な定義があるわけでもないけど、新しくても室町以前に源流がある流派をさしていうことが多くて。

 でも、うちの流派なんかは、せいぜい江戸中期頃にまでしか遡れないし。

 もう、ぜんっぜん、古くなんかないから」

「そういう問題じゃねえ」

 相馬がツッコミを入れる。

「お前が強すぎるってのが問題なんだよ!」

「さっきから、お前お前って失礼過ぎやしませんか?」

 なぜだか、真砂が怒りを込めた口調で相馬と誠吾の二人に食ってかかる。

「こんなに可愛い女の子に対して!」

「……女の子」

 相馬と誠吾は、そういったきりしばらく顔を見合わせ、そのあと、二人で爆笑した。

「女の子、だって!」

「失礼な!」

 その様子を見て、真砂がより激しく憤る。

「あのねえ、真砂」

 見かねた水利が、げんなりとした様子である指摘をした。

「偉くん、男の子だから」

「……え?」

 真砂が、一瞬、動きを止める。

「まさかっ!」

 その直後に、そう叫んだ。

 その様子をみて、相馬と誠吾は、さらに爆笑した。

 偉は、顔を伏せている。

「え、だって!」

 真砂はますます狼狽えた。

「こんなに背が低いし華奢だし、細いし!

 顔だって……」

「いや、間違いないよ」

 誠吾が、笑いを堪えながら保証した。

「この間シャワーの時に確認したけど、こいつ、ちゃんと立派なモノがついているし」

「余計なことをいうなよ」

 これには偉も、流石に不機嫌な様子で口を尖らせて反駁した。

 そして、真砂にむかって、

「とにかく、ぼくが男だというのは本当のことです」

 と、改めていう。

「え? え?」

 真砂は、戸惑った様子で左右を見渡した。


 そのあと、全員でロビーの隅に移動して、雑談を続けた。

「へえ。

 たった四人であのバッタの間を制覇したのか」

 そりゃあ凄いな、と、相馬が素直に感心する。

「おれたちだと、倍の人数がいても全滅させることができるかどうか。

 かなり怪しいもんだ」

「胸を張って情けないことをいうなよ」

 誠吾がそんな相馬にツッコミを入れた。

「そっちには、〈テイマー〉の草原がいるしなあ。

 草原が牽引役になれば、確かに他の面子の成長も早いだろうな」

「テイムしたエネミーも勘定に入れれば、一人でも実質、数人分の戦力だもんな。

 一人でもパーティ、というか。

 あ。

 いや、これは嫌味でも何でもなく、素直に感心しているわけで」

「わかっているって」

 水利は笑みを浮かべながら頷いた。

 少なくともこの二人は、他人の力量に対してその手の感情を抱く性格ではない。

「まあ、そんなこんなで、わたしらのパーティもこれでいちど解散することになりました!」

 忍が、ことさらに明るい声を出した。

「バッタの間も無事に制覇したことだし、それになにより、もうメンバー間の釣り合いが取れなくなっていたんだよね。

〈テイマー〉と〈弾幕娘〉に挟まれたら、わたしなんて足手まといもいいところだし」

「ああ」

 相馬と誠吾は、そう低くうめいてから、小さく頷いた。

「パーティメンバーの実力は、ある程度釣り合いが取れていた方がいいよな」

「なにかと、やりやすいというか」

「いや、待てよ。

 バラけるんだったら、この白泉と誰かが組んだらいんじゃね?」

「おお、そうだな。

 少なくとも、おれたちと組むよりは遙かにマシだろう」

「白泉は近接戦闘専門だから、組むとしたら〈テイマー〉か〈弾幕娘〉か」

「〈テイマー〉の草原は、もっと上の人たちと組んで、もっと深い階層を目指す方がいいだろう。

 相性的には、〈弾幕娘〉がよくはないか?」

「だなあ」

「ちょっと、そこ!」

 当の〈弾幕娘〉アリスが、二人を牽制する。

「当事者でもないのに勝手にはなしを進めない!

 第一、男女一人ずつのパーティなんて、その。

 なにかとやりにくいでしょ!」

「あ、それなら」

 真砂は片手をあげた。

「わたしも、そっちと組みたい。

 いつまでもおねーちゃん頼りじゃあれだし、それに夏休みのうちにできるだけいろいろな体験をしておきたいし」

「ま、大野、両角のパーティを組むよりは、そっちの方が安心かな」

 忍がそういって頷いた。

「ねえ、水利おねーちゃん」

「え?」

 流れについていけなかった水利は、いきなり話を振られても、まともな返答をすることができなかった。

「そ、そうなのかな?」

「そんで、大野と両角。

 そっちのお二人とは」

 忍はそう続けた。

「このわたしが組んでやる」

「へ?」

「はい?」

 相馬と誠吾は、同時に不明瞭な声を出した。

「落ちこぼれ同士、仲良くしよう」

「落ちこぼれいうな!」

「ええっと」

 水利は、狼狽した様子で左右を見渡した。

「真砂とアリスと白泉くんが組んで。

 それで、忍と大野くんと両角くんが組む。

 と、いうと……え? え? え?

 わたしだけ、あぶれていない?」

「まあ、今の水利ならどこへいっても引く手あまた状態だから!」

 忍が軽く水利の背中を叩いて保証した。

「ネットかなんかでパーティメンバーを募集すれば、ばっと寄ってくるはずだから、そんなに心配するな!」

「心配するよ!」

 水利は小さく叫ぶ。

「絶対、無理だって! 

 初対面の人と組むなんて!」

「だったら、先輩方のパーティに入れて貰うなり、この間のラッコ戦のときに連絡先を交換した人たちに混ぜて貰うなりしたら」

 それまで成り行きを見守っていた偉が、はじめて口を開いた。

「草原さんのスキルが特殊すぎて、もっと上の人たちと組んだ方が生かせるっていうのは、間違いないんだし」

「……はい」

 水利は小さな声で応じた。

「そうさせていただきます」

 どうやら水利は、まだかなり不安そうだった。


「やっぱり、スポーツとか武術とか、そういうのをやっていた方が有利なのかな?」

 誠吾がいった。

「うーん」

 忍が口を尖らせて反論する。

「それはどうだろ?

 わたしはずっと卓球していたけど、この二人にはすっかりおいて行かれたよ」

「それに、野間くんの例もあるしね」

 追い打ちをかけるように、偉が指摘をする。

「彼、自他ともに認める運動がかなり苦手な人だったけど、それでも今の段階であれだけの盾役に仕上がっているからなあ。

 結局は、やりようなんじゃないかな。

 自分の適性を冷静に把握して、それに沿ったやり方を発見できさえすれば、誰でももっと上にいけると思うけど」

「現状把握の問題、か」

「猛敏のように、ゲットした装備に振り回される例もあるしな」

 相馬と誠吾は、そういって頷きあう。

「まあ、おれたちはあそこまでアホではないけど」

「んだな」

 酷いいわれようだった。

「猛敏って、ああ。

 槇原くんのことか」

 詳しい事情を知らないアリスが、二人に尋ねる。

「彼、そんなにあれなの?」

「あいつ、〈甲虫の戦斧〉ってアイテムを手に入れてから、それしか使わないようになってな」

「あれ、確かに攻撃力は高いけど、重いわ小回りは利かないわで、かなり厄介な代物なんだ」

「少なくとも、今の時点でのあつには使いこなせないアイテムなんだけど」

「でもそのことをガンとして認めようとせず、それどころか斧の攻撃力をあてにしてどんどん深い階層に進んで無茶しようとするから」

「つき合いきれないやと三行半を突きつけて、やつをパーティから追い出した」

「この間、な。

 悪いが、こっちも身の安全がかかっているから仕方がない」

「確かに、あいつにつき合っていたら、命がいくつあっても足りやしない」

 相馬と誠吾は、口々にそんなことをいう。

「え?」

 水利が首をひねった。

「でもそれって、つまりは今の槇原くんが危ない状態だ、ってことにならない?」

「いや、大丈夫でしょ」

「あいつにソロなんかやれる甲斐性ないし、あちこちのパーティに臨時で入れて貰うかなんかして、どうにかやっているそうだから」

「あ」

「そういえば、一回うちのパーティにも入れてくれって頼まれたね」

 忍とアリスが、その言葉に反応した。

「そうなの?」

 真砂が姉である水利に確認する。

「うん」

 水利は頷く。

「なぜだか、一度だけで終わったけど」

 水利たちのパーティが猛敏を受け入れたのは、真砂がこのパーティに参加するようになる前のことだった。

「でもあれ、結構前のことじゃない?」

「もう一月くらいは、前のような」


 そんな会話に興じていたとき、真砂を除く全員のスマホが反応する。

 振動したり着メロが流れたりと、反応は様々であったが。

「ふかけんのメンバー全員に、着信?」

「また、誰かから特殊階層を引いたかな?」

「いや、立て続けにそれはないでしょう」

 軽い口調でそんなことをいいながら、ふかけんのメンバーは各自のスマホを確認し、そこで目を見開いた。


「え?」

「なに?」

「逮捕、って」

「一橋先輩が」


 画面の中には、三回生の一橋喜慶が傷害の容疑で逮捕されたという情報が簡明な文体で記されていた。


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