10. ラッコの海

「特殊階層ってのはな、要するに普通ではない階層のことだ」

 パチ屋に入り浸っている最中に野間秀嗣から報せを受けた徳間隆康は、電話越しにそう教える。

「〈フラグ〉で移動すると、ランダムで、普通ではない環境の階層が出現することがある。

 ジャングルだったり砂漠だったり氷原だったり火山地帯だったり、種類は様々にあるんだが、お前が見つけたのはそのうちの砂浜階層っていうことになるな。

 ま、夏らしくていいじゃないか。

 それはまあともかく、普通は深い階層になるほど出現する確率が大きくなるから、二十階層かそこいらでいきなり引き当てるは珍しいんだがなあ」

『知っているであります』

 秀嗣はそう応じた。

『探索者登録をするときに、講習で習いましたので。

 それよりもその特殊階層は、通常の階層と同じように進めても問題はないんでありましょうか?』

「まあ、待て。慌てるな。

 お前が引き当てたのは砂浜階層だったな?

 しっかりと準備をした上で人数を集めてかからないと、大変なことになるぞ。

 あそこには確か、あれが出るんだ」

『あれ、とは?』

「ラッコだ」



「うちのサークルメイトが、ビーチステージを引き当てたそうだ」

 金城革は早口の英語で留学生たちにまくしたてる。

「人数が必要だから、お前たちにも是非参加して欲しいといってきている」

 いかにも日本人らしい発音の英語だったが、意志の疎通は十分にはかれるので革はそれでいいと思っている。

 どのみち英語は、今の時点では論文を読み書きするときと仲間内でだべるときくらいしか使用しない。

「わお! ビーチだって?」 

「やったね!

 バーベキューだバーベキュー!」

「今年の水着、まだ買ってないのよね」

「ビーチのスペシャルステージって、どんなエネミーが出たっけ?」

「海棲の、ビーバーみたいな。

 あれ、日本語でなんていったけ?」

「強いの?」

「あんまり。

 でも、わんさかでてくる。

 最低でも何十万匹って単位で」

「ああ。

 そりゃ、人数がいるわ」

「ということで、準備が必要なのは理解できたな!」

 ひとしきり騒がせておいたあと、革は大きな声を出した。

「ここで一時解散する!

 スペシャルステージに参加したい者は、各自準備を整えてから白金台迷宮に再集合すること!

 具体的な時刻はあとでメールするが、頭数を揃える都合があるから、目安としては明朝以降になると思う!

 それでは、解散!」

 

 

 一橋喜慶が自宅のガレージに置かれたベンチに寝そべって自分の体重の四倍ほどあるバーベルを上げ下げしている最中に、スマホの呼び出し音が鳴る。

 喜慶はバーベルをゆっくりと台の上に置いてからベンチに敷いていたタオルでざっと汗を拭い、それからスマホをとりあげた。

「浜辺の階層、か」

 スマホの画面に目を落としてそう呟いてから、すぐに同報メールを書いて心当たりに送信する。

 そして、

「久々の、大人数編成のパーティになるな」

 と、誰にともなく呟いた。



「扶桑先輩。

 人数が増える分には歓迎するとのことです」

「そう」

 扶桑文佳は藤代葵の言葉に頷く。

「それでは、松濤の現役とそれにOGに片っ端から参加要請をしてみる。

 お盆前だからそれなりに人数は集まると思うけど」

「浜辺だと、あの大群が相手になりますから。

 人数が増えすぎて困るということはないと思います」

「そうね。

 でもお盆前でよかったわ。

 その辺の休みにひっっかかると、どうしても参加できる人数が激減するから」



「なんだかわかんないけど、これから説明会ってのがあるんだって」

「なんだっけ、特殊階層って?」

「登録講習のときに習ったじゃない」

「いや、ど忘れして」

「ごくまれに出現する、通常の環境とは異なった階層のことをいいます」

 ついこの間探索者登録講習を終えたばかりの草原水利が即答する。

 そして、姉である草原水利にむかって訊ねた。

「その説明会って、どこでやるん?」

「部室。

 うちの大学にある」

「ってことは、ここから一駅か」

「着替えていってみようか?」

「そだね」

「うん。

 今日はもう随分潜っているし」

 白銀台迷宮にいた草原姉妹に一陣忍、双葉アリスの四人はロッカールームへと移動していった。



「あちいな」

 JR目黒駅で下車した秋田明雄は、外の日差しの強さに軽く目眩を感じる。

 白金台迷宮に移動している途中、車内で特殊階層云々というメールを受信したので予定を変更して部室にむかうところだった。

 迷宮のロビーに着いてからそこいらのパーティに声をかけて入れて貰おうとしていたので、時間を気にする必要はない。

 それよりも、このうだるような暑さの中、大学までの道のりを歩いていかなければならないことが億劫だった。

 駅前の自販機でペットボトル入りの炭酸飲料を購入して、それを飲みながら明雄はだらららと歩きはじめる。

 明雄は、自分で設定した目標に対して行動しているときはともかく、それ以外の日常時は基本的にひどく怠惰な性格をしている。

 そして、暑すぎたり寒すぎたりといった、厳しい環境を酷く嫌ってもいる。

 城南大学のキャンパスまでは徒歩でも十分前後で到着する距離なのだが、そのたかだか十分前後が明雄の気分に陰を差していた。 

「あれ?」

 しばらく歩くと、前の方に見知った背中を見つけた。

 あのこんもりとした背中は、見間違うことはできない。

「昇殿先輩じゃないですか!」

 小走りに近づいて、明雄はその背中に声をかける。

「ああ、明雄か」

 この暑い中、リクルートスーツに身を包んでハンカチを片手に持った昇殿顕子は、明雄の顔を一瞥して詰まらなそうな顔をして短く答える。

「あんたも、例の説明会にいくつもり?」

「そうっす。

 どうせ迷宮にいく途中でしたから、まあ寄ってもいいかな、って」

 明雄は顕子と方を並べて歩き出した。

「それよりも先輩。

 その格好はなんすか?」

「見ての通りよ」

 顕子は物憂げな口調で答える。

「就職活動。

 いくつか説明会を受けて、その合間にわが母校に立ちよる形」

「就職活動」

 明雄は、思わず、まじまじと顕子の顔を見つめた。

「そんなものするんですか? 先輩。

 迷宮に入っていれば、金なんか稼ぎ放題じゃないですか」

「見かけのままにお馬鹿だねえ、君」

 顕子は明雄のことを正面から罵倒する。

「お金なんかいくら稼いだって、大きな怪我をしたり行方不明になったらそれまでじゃない。

 足一本なくしそこねた君は、そこのところを一番よく理解していると思ったけれど?

 第一、探索者なんて、一生の仕事にするもんじゃないわ。

 時期が来たらきっぱりと足を洗って、ちゃんと堅気の生活に戻らなけりゃ」

「ああ、まあ」

 顕子のいいように、明雄は曖昧に頷く。

「先輩、以外に堅実なんですね」

「以外に、は余計」

 顕子はいった。

「長老みたいに、迷宮を口実にして自分の一生を棒にふるのはご免なの、わたし。

 これでもごく普通に就職して結婚して、ごく普通に生きて死ぬことを目指しているんだから」 

「そうっすね」

 明雄も、曖昧に頷く。

「しかし、卒業か」

 一般論でいうのならば、顕子の方針はかなり正しい。

 いくら大金を稼ぐことができるといっても、リスクが大きい探索者を一生の仕事にしたがる人間は、普通に考えればどこか壊れている人種なのだろう。

 しかし、迷宮からの卒業。大学からの卒業、か。

 と、明雄は思う。

 ついこの間入学した明雄にとっては、まだまだ実感が沸かない、かなり遠い話題ではあった。



「照明は、こんなもんかあ?」

「いいんじゃない。

 別に芸術作品に仕上げようって思っていないんだから、顔に影ができていなければそれでいいよ」

 狭い部室の中には、すでにかなり大勢の人々が詰めかけていた。

 見たこともない男女の姿も見えたが、そのすべてがふかけんの関係者なんだろうな、と、明雄は思う。

 新入生の引率、などという、時間を取られるばかりでほとんどなんのメリットもない仕事に積極的に協力している上級生は、あまりいないと聞かされていた。

 ふかけんの先輩方も、そのほとんどが明雄たち新入生と面識がない状態なのだ。

 その先輩方は、部室の片隅に三脚を据えてスマホを固定していた。

「軍曹、来てねえのか」

 徳間隆康が不機嫌な声を出す。

「あいつ、来ないみたいっすよ」

「しょうがねえな。

 こういうのは、部長が直々にやった方がいいのに」

 隆康はぶつくさと小声で文句をいっている。

「あっきー、こっちこっち」

 別の隅にいた双葉アリスに手招きをされたので、明雄はそちらに移動する。

 アリスは、いつも連んでいる草原水利や一陣忍といっしょだった。

 それ以外に、水利とよく似た顔つきの女の子もいっしょだったが、そちらは明雄の知らない顔である。

「なに、なんか撮影するの?」

「そうみたい」

 明雄が訊ねると、アリスが即答する。

「状況説明みたいなの? それと、参加呼びかけ。

 一応、テキストもアップするけど、それ以外に動画でも配信するんだって。

 そういうのがある方が、参加人数が多くなるとか」

「ふーん」

 明雄は興味なさそうに頷く。

「なに、今回、そんなに人数が必要なの?」

「みたい、ね」

 アリスのかわりに一陣忍が答える。

「砂浜階層に出てくるエネミーはそんなに強くはないんだけど、最低でも何十万という単位だって。

 下手すると、桁がもういくつか跳ねあがるかもっていってた」

「……なんだ、それは」

 明雄は、しばらく口をぽかんと開けて呆れた。

「いくら弱いエネミーでも、そんなに数がいたら……」

 たまったものではない。

 と、そう続けたくなった。

 バッタの間にトライした経験があれば、単一のエネミーがいくら弱くても数の力は決して侮れないということはすぐに理解できるはずなのである。

「それで、OBは無論のこと、少しでも関係のある探索者には片っ端から声をかけているところなんだって」

 水利が続ける。

「葵ちゃん経由で、松濤の現役とOGの人たちも協力してくれることになったそうだし」

「松濤か!」

 明雄は小さく叫んだ。

「現役JCとJKじゃないか!」

「JC、JKだって」

 もう一人の、水利とよく似た顔つきの女の子が、うろんな目つきで明雄の顔を見据える。

「リアルでそういういい方をする人、はじめてみました」

「この子は? 水利ちゃんの関係者?」

 明雄は軽い口調で訊ねる。

「うん。

 うちの妹。ついこの間、探索者登録が済んだばかり」

「草原真砂といいます」

 真砂はそういって、明雄に会釈をする。

「これはどうも」

 明雄も改まった態度になって軽く会釈を返した。

「ふかけんの秋田明雄といいます。

 お姉さんにはいつもお世話になっています」

 社交辞令ではなく、正しく経験値的な意味で世話になりっぱなしなので、明雄にしては割合真剣に頭をさげた。


「……というわけでだな、秀嗣のやつがいきなり砂浜階層を引いてきたわけなんだ。

 なんでも、二十階層に出るつもりで〈フラグ〉を使ったらいきなり波打ち際が現れたもんで、かなり驚いたらしいが。

 本来ならそんな低い階層で出るもんじゃないんだがなあ、あれは。

 確率的にいったら、どえらい数字になるはずなんだが。

 この間もかなり強力なドロップ引き当てたってこったし、あいつはくじ運が強いっていうかなんてえか……」

 カメラにむかって手早く状況を説明していたはずの隆康は、後半にいくに従ってぶつくさと小声になる。

「それはうちのストラップを愛用してくれてるからだー!」

 部室に集まってきていたうちのひとり、二十台後半くらいの女性がいきなりそんなことをいい出す。

「幸運を呼び込むミオミオ堂のラビットフットストラップ、よろしくお願いしまーす!

 探索者にとって一番大切なのは運ですよー!」

「そこ!

 どさぐさに紛れて宣伝してるんじゃねえ!」

 隆康が唐突に大声をあげた女性に叫び返す。

「まあとにかく、そんなわけで砂浜階層攻略に参加してくださる方を広く募集しております。

 参加希望の方は明朝九時までに白金台迷宮のロビーに集合してください。

 なにしろ予想されるエネミーの数が膨大ですので、経験値は稼ぎ放題、ドロップしたアイテムなども公社で換金の上、参加者の人数で均等に割ってお支払いします」

 そこまでいって、隆康は撮影されていないところで手首を軽く降って合図し、中継を終了させた。

「こんなもんでどうだ?」

「いいんじゃないっすかね」

 ノートパソコンの画面をチェックしていた新鷄(しんちょう)兼平が隆康に答えた。

「特に不都合な部分もなかったと思うんで、このままサーバにもアップしておきますね」

「おう、頼むわ」



 早川静乃とその従弟である颯は、急遽、看板が目に留まったネットカフェに入り、二人でその中継を見ていた。

「いく?」

「いくいく、いくよ」

 静乃が問いかけると、颯は勢い込んで答えた。

「特殊階層の攻略なんて、めったに参加できないもん」

 問われるまでもなく、当然でしょう、という感じだった。

「ん」

 静乃はあっさりと頷いて自分のスマホを取り出す。

「じゃ、明日の集合時間に、白金台迷宮のロビーにね。

 用意するものは……」

「特にないかな。

 いつも使っている装備は〈フクロ〉に入れっぱなしだし」

「了解。

 でも、いつものよに身内の集まりじゃないから、時間に余裕を持って集合してね。

 遅れてもフォローしないから」



「今の時点での人数は?」

「参加表明をしてきたのは、今の時点で三百人をちょい超えたくらいですかね。

 明日の朝までにはもっと増えると思いますが、この勢いですと五百名を超えることはまずないかと」

「そんだけの人数がいればどうにかなるかな」

「大丈夫でしょう、たぶん。

 エネミーが例外的に大規模な集団を作っていなければ、ですが」

「それこそ、実際にいってみなければわからないからなあ」

 隆康は嘆いた。

 ラッコ型のエネミーは普段は沖合の、陸地からかなり離れた場所で生活している。

 そのおかげで事前の偵察や情報収集があまりあてにならず、どうしてもぶっつけ本番の要素が強くなるのだ。

「ま、ここで悩んでいてもしょうがないか。

 とりあえず、飲み物の方は今のうちに手配しておいてくれ」

「はい。

 やっときます」

「相変わらず長老しているねえ、たっくん」

〈エンチャンター〉の岩浪美桜がいう。

「たっくんいうな」

 隆康はそちらの方を見もせずに答えた。

「工房はいいのか?」

「うん。

 この件が一段落するまで、臨時休業することにした」

 美桜はあっさりと答える。

「ここ最近、あまり休んでなかったしね。

 自営業は気楽だよねえ、こういう場合」

「すべての自営業者が気楽なわけじゃないけどな。

 例のクエストはどうなっている?

 一年に伝えるだけ伝えておいたんだが」

「うん。

 そっちもね。

 予想以上に、いい結果を出してくれているよ。

 これまでの不足分を補充するだけではなく、定常的に材料を補充してくれる仕組みまで作りあげてくれるようだし」

「なんだ、それは?」

「あれ?

 てっきり、たっくんの入れ知恵だと思ってたけど」

「いいや、初耳だ」

 隆康はいった。

「今年の新入生だと、葵、藤代葵あたりがやってんのか?」

「あたり。

 だいたい葵ちゃんが手を回しているようだけど、それと静乃ちゃんの存在がなかったら不可能だね。

 あの子のコネも、ちょっと特殊だから」

「まあなあ」

「なんだかんだで、今年はおもしろそうな子が入っているんじゃない?

 鈍牛のあの子とか、熱心にウサギを貢いでくれているし」



 翌朝、白金台迷宮のロビーはいつも以上に混雑することになった。

「城南大学不可知領域研究会主催の特殊階層攻略に参加する方は、こちらにおならびください!」

 ふかけん所属、二回生の新鷄(しんちょう)兼平はプラカードを抱えたままメガホンを使用して呼びかける。

「ただいまのお時間、四番から六番ゲートまでがこの攻略専用の入り口となっておりまーす!」

 兼平の誘導に従って、性別も年齢、人種や国籍もばらばらな男女がおとなしく列を作り、ゲートのリーダーに各自のIDカードをかざしてこの世ではない場所にある迷宮の中へと姿を消していく。


 白金台迷宮には、亜空間への通じるスペースを取り囲むようにして計八門のゲートが設置されている。

 通常時はそのすべてが一般探索者むけに公開されることによって混雑を回避しているわけだが、今回のように数百名以上の大人数パーティを形成するときは、公社の窓口に申請をして一時的にゲートの一部を占有することも可能であった。

 公社の側からしても、その時間内にそのゲートを潜った者はすべて一括してこの攻略に参加しているものとして扱えるし、事務処理場の問題などを考えても、最初からまとめて行動してくれた方がなにかと都合がよい。

 今回は、ゲートの扱い以外にも、公社側の人間が何名か攻略に同行してドロップ・アイテムの管理などを手伝ってくれることになっている。


 そうした長蛇の列から少し離れた場所にいた者たちもあった。

「これ、うちの妹の真砂」

「この子、お世話になっている叔父さんところの子。

 つまりわたしの従弟ってことになるね。

 名前は颯」

 それぞれの保護者に紹介をされて、高校生である草原真砂と中学生である早川颯が、

「どうもどうも」

 とか、

「はじまして」

 などの、ごくありきたりな挨拶を交わしている。

「颯くんはもう長いの、こういうの?」

「十二歳になってからすぐにおやじについて行ったから、だいたい二年ってところかな」

「そっか。

 わたし、まだはじめたばかりなんだよね。

 颯くんの方がかなり先輩だね」

「真砂ちゃん、あんまりこの子をいい気にさせないでね。

 これですぐに図に乗るタイプなんだから」

「ねーちゃん!」

「こちらにいましたか」

 探索者用の装備に身を包んだ藤代葵が、静乃たちに声をかけてきた。

「思ったよりも参加者が多いようですね」

「先輩方とつき合いのある一般の方も、かなり参加なさっているようです」

 水利がそう説明する。

「なるほど」

 葵は頷いた。

「わたしも、松濤女子学園の関係者に声をかけてきました。

 こちら松濤OGの扶桑さん。

 今は探索者のインストラクターをなさっている方です」

 そういって、葵はそばにいた三十代くらいの長身の女性を紹介する。

「扶桑文佳といいます」

 文佳はふかけんの関係者に軽く会釈をした。

「本日は、松濤の現役学生とOG、合わせて六十名ほどでご助力させていただきます。

 ところでご挨拶にうかがいたいのですが、ふかけんの責任者の方はどちらにいらっしゃるのかご存じあませんか?」

「責任者?」

「……ふかけんの代表、って、誰なんだろう」

 静乃と真砂は、そんなことをいいあって顔を見合わせた。

「なんか、長老先輩っぽいよね? そういうの」

「らしいっていえばらしいけど……。

 でも、実際にはどうなんだろう?」

 しばし首をひねったあと、静乃は、

「ちょっと待っててくださいね」

 といい残してメガホンを持って列の誘導をしていた先輩の方にかけよっていく。


「すいません!」

 静乃は、おそらくこれが初対面であるはずのその先輩にむけて声をかけた。

「ふかけん新入生の早川といいます。

 あちらに松濤女子学園の代表の方がみえていて、ふかけんの代表者に挨拶をしたいとおっしゃっているんですけど。

 そういう方はどちらにいけば会うことができますか?」

 ふかけんの先輩方は、頻繁に新入生と顔を合わせている者ばかりではない。

 むしろ、熱心に後進の指導にあたっている者はかなりの少数派であって、静乃たちが顔を知らない先輩は大勢いた。

「うちの代表だって?」

 いったん、メガホンから口を離して静乃の方に顔をむけた兼平は、少し考えてからこういった。

「学生課に提出している名義上では軍曹、三回生の一橋って人が代表者ってことになっているんだけどな。

 でもあの人、肝心なことはなにもやらないしなあ。

 今回の件も、実質的に仕切っているのは徳間の長老だから、そういう挨拶ならあの人にするよう伝えてくれ。

 長老はもう特殊階層内に入って、いろいろと指示を出している」

 


 一橋喜慶はその頃、すでに特殊階層内に入って指示をとばし、お立ち台と通称される高台を施工しているところであった。

 施工とはいうものの、砂浜の砂を積みあげ、その上に海水を含ませた上でスキルによって凍結させることによって固定化する。

 そういうことを何度か繰り返して遠方への狙撃に適した足場となる高台を作り、射線を確保するわけであった。

 今回のように大量のエネミーを相手にする場合、こうした下準備のよしあしも意外に重要だったりする。

 そしてこの喜慶は、他のことならばともかくエネミーとの戦いのためには手を抜かないことで知られていた。

 自分が引き連れてきた者たちやふかけんの下級生だけではあきたらず、手が空いていそうな者を見かけたら片っ端から声をかけて、協力を要請する。

 声をかけられた側も、他に遮蔽物がないこの砂浜でこうした高台があるのとないのとでは、遠距離射撃用スキルを効果的に使用できるかどうか、その正否が大きく違ってくることを理解している者が多かったので、さほど抵抗なくお立ち台の施工に協力してくれる者が多い。

 スコップなどの道具はこうした状況を何度か経験している公社がかなり大量に用意していて、それを貸して貰えた。

 公社はこれ以外にも、仮説トイレや売店の設置などを行うことによって、大勢の探索者が参加する今回の大規模攻略を支援してくれていた。さらには、ドロップ・アイテムの買い取り窓口もこの階層内に設置して、その場で査定した上で引き取ってくれるという。



「水と食料は常に携帯しておくように!」 

 長老こと徳間隆康はふかけんの新入生を集めて注意事項を伝えていた。

「この場にいるほとんどの者がこうした大規模攻略ははじめて経験することと思う。

 普通にエネミーの相手をする場合と今回のような大規模攻略との大きな違いは、戦闘がいつまでも延々と続くということだ。

 いくら累積効果で強化されているとはいっても、お前たちは基本的には生身の人間でしかないってことを重々肝に銘じておくように。

 いくら力が強くなったって、素早く動けるようになったて、それで調子に乗って動き続けるとすぐにカス欠になる。

 いわゆる、ハングアップってやつだな。

 なに、相手はすぐには狩り尽くせないほどの大群だ。

 こまめに休憩して、水分と栄養を補給しながら気長に頑張れ!」

「徳間先輩!」

 一段落したところで、静乃が隆康に声をかける。

「あちらに松濤女子の代表の方がいらして、挨拶をしたいとおっしゃっているんですけど」

「おう!

 今いく!」

 


「おっとっと。

 あの保護服にプリントされている校章は松濤女子のものではないか!」

 白金台迷宮ロビーの喧噪の中で、そんな小さな叫び声をあげた者がいた。

「まさか、気まぐれに母校の呼びかけに応じてみたら、現役のJCやJKと同じパーティを組む機会に恵まれてしまうとはっ!

 これはますますモチベがあがってしまうなあ! やばいやばい!」

 この場に草原真砂がいたら睨まれそうないかにも台詞を吐いたのは、ふかけん所属三回生の柊周作だった。

 その言動から容易に察しがつくように、かなり軽薄な性格をしている。

「持つべきものは友とコネ。

 さあ、いざ行かん! 特殊階層!

 エネミーなんかさっさと蹴散らして、JCやJkとキャッキャッうふふしたいのだよぼくはっ!」


 

 金城革ら鑑定系スキル持ち主は完成したばかりのお立ち台の上に集められ、双眼鏡を手にして遠い海上を望んでいた。

 通常、エネミーたちは五百メートルも離れていればわざわざこちらに寄ってこないことが経験則からわかっている。

 ラッコ型エネミーの群れは、現在、二十キロ以上の沖合で回遊していた。

 しかし、何分迷宮内でのことであり、なにかの拍子で例外的な事態が起こらないとも断言はできない。

 なにより、これほど大勢の人間がすでにこの階層に入り込んでいる以上、不測の事態に備えておくことは無駄ではないのだった。

 浜辺にいたカニ型のエネミーなどとはすでに接触した探索者も多いようだったが、今回は比較的経験豊かな探索者が多いこともあって接触と同時に殲滅されていて、今の段階では大事に至っていない。

 大勢の探索者がひしめくこの浜辺は、現在は完全に人間のテリトリーと化している。

 その安全圏のただ中にあって、革ら鑑定系スキル持ちは遠い海上にあるラッコ型エネミーの動向に注視していた。

「予想よりも数が多いですね」

 革の隣で双眼鏡を覗いていた藤代葵が声をかけてきた。

「五十万以上と聞いていましたが、少なく見積もってもその倍以上はいるような気がしますが」

「だからといって、こちらの対応は別に変わらないよ」

 革は平然とした口調で応じる。

「こちらもこれだけの人数を揃えているんだ。火力が足りなくなるということは考えられない。

 それに、あれだけのエネミーを始末すれば、その経験値分、こちらも育つわけでね。

 特に経験の浅い人たちは、この一戦だけで化ける人もかなり出てくるんじゃないかな」

「そうですね」

 葵は革の言葉に頷いた。

「なに、こっちには〈フラグ〉持ちがいくらでもいるんだ」

 革は、そうもつけ加える。

「本当にヤバい事態になったら、みんなで逃げ出すだけさ」


「とりあえず、お立ち台が完成したら、そこから一斉射撃をしたいと思います」

 松濤女子学園OGの扶桑文佳をはじめとして、今回参加してきた探索者たちの代表者を前にして、徳間隆康は説明しだした。

「流石に二十キロ以上も離れた場所に攻撃を届けられる人数はかなり限られてくるわけですが。

 攻撃が届いたら、やつらは一斉に浜辺にむかって来るはずですから、それをめがけて遠距離射撃系スキル持ちにできるだけ数を減らさせます」

 隆康はふかけんの中でこそ潜行時間がだんとつで長い方だったが、今回集まった探索者たちはその隆康でさえひよっ子扱いするようなベテランが多い。

 流石の隆康も、いささか緊張した面もちだった。

「できるだけ遠距離で数を減らし、その上で、残ったエネミーを海岸で迎撃、殲滅するわけですね」

 文佳が確認をしてくる。

「ええ」

 隆康は頷いた。

「ですから、遠距離攻撃系スキル持ちの方は、あのお立ち台の上にあがってくださればと。

 立ちきれない場合は、いってくださればすぐに増設します」

 現在、高さ約二メートル、幅約二メートル、長さ二十メートルほどの狙撃用の高台、通称お立ち台は八基が完成したところであり、ふかけんの下級生たちが中心になってなおも増設中であった。

 遠距離攻撃系スキル持ちの正確な人数が把握できていないため、とりあえず数を増やすよう指示を出している。

「では、遠距離攻撃系スキル持ちを全員お立ち台に配置し終わったら、他の者たちはそのお立ち台を守るような位置に立ち、エネミーを迎撃すればいいわけか?」

 五十がらみの男が隆康に確認してきた。

「そうです」

 隆康は、また頷く。

「あとは各自で好きに行動してくださればよろしいかと」

 時間もなかったし、なにより探索者というのは、基本的に、独立独歩の人間が多かった。

 あまり行動を細かく指定すると、かえって臍を曲げることにもなりかねない。

 これくらい、大雑把過ぎるくらいの方針を提示する程度でちょうどいい、と、隆康は思っている。

 この場にいる錚々たるメンバーからも異議が出てこないことをみると、隆康の判断はどうやら大きく外してはいないようだった。

「各人の距離はできるだけ広く取っておいた方がいいな」

 別の代表者がいった。

「特に近距離攻撃系スキルは、周りを巻き込みかねない派手なものが多い」

「そうですね」

 この言葉にも、隆康は素直に頷く。

「その指示も、できるだけ徹底するようにしましょう」

 

「ふう。ふう」

 その頃、野間秀嗣はスコップを手にして汗だくになって砂を積みつげていた。

 周囲にエネミーがいないことが確定しているので、邪魔な鈍牛の兜は〈フクロ〉の中に収納しており、顔中を朱に染めて汗だくになっている。

 迷宮にはいるようになってから多少は体力がついたような気がしていたが、こうして普段使っていない筋肉を動かしてみるとたちどころに息があがった。

 まだまだだな、と、秀嗣は心中で自分自身を叱責する。

「チャンさんとボブさんは、次のお立ち台に行って」

 その秀嗣のすぐ近くで、白泉偉が城南大学留学生たちに英語で指示を飛ばしていた。

「こっちはもう人でいらないから。

 あっちの方手伝って」

 この偉は昨年まで海外にいたとかで、日常会話程度の英語とスペイン語を流暢にはなすことができた。

 本人によると意外に訛りが強く、相手によっては通じない場合も多いということだったが、それでも日本語しかわからない秀嗣にしてみれば初対面の外国人と平然と世間話をしてすぐに打ち解けてしまう偉のような存在は眩しかった。

 そうしてやり取りをしながらも、偉自身が秀嗣以上に体を動かして作業を行っている。

 それでいて息を切らしてもおらず、平然とした顔をしているのは感嘆に値すると秀嗣は思った。

 留学生たちの方も、その多くは簡単な日本語による会話程度はこなせるようだったが、それでも日本語よりもなじみが深い言語でやりとりができるのが嬉しいらしく、この留学生たちを連れてきた金城革がここから離れたお立ち台にいることもあって、自然に偉を中心とした輪ができていた。

 ともあれ、ふかけんの下級生たちは十分な数のお立ち台が完成するまで、しばらくは単純肉体労働に従事するしかない。

 このお立ち台が完成しないかぎり、エネミーとの直接対決は開始されないと説明されていた。

 累積効果によって身体能力がかなり強化されているので、普通に行うよりは負担がないはずであったが、それでも現在の秀嗣にとっては延々と砂を積みあげていく作業はなかなかにきついものだった。


「わあ、かわいい」

「この子、触ってもいいですか?」

「もふもふだぁー!」 

 一方、〈テイマー〉草原水利の周囲にはいつの間にか人の輪ができていた。

「いっしょに写メ撮ってもいいですか?」

「えええと」

 松濤女子学園関係の探索者に取り囲まれた水利は、明らかに戸惑いながらも、そうした要請を首肯する。

「たぶん、大丈夫、じゃないかな」

 たぶん、というのは、〈テイム〉して以降、水利のいうことを聞くようになったエネミーたちは人間を害することがなくなったからである。

 水利の了承を聞いた途端、それぞれのエネミーを大勢の女子たちが取り囲む。

 もふもふの犬型やウサギ型が一番人気だったが、は虫類型や虫型に群がるマニアックな女子もそれなりにいるようだ。

「モテるねえ、水利」

 その様子を見ていた双葉アリスがさらりと皮肉を飛ばす。

「この子たちがね」

 水利はそれを受け流す。


 作業開始から一時間以上が経過し、十分な数のお立ち台が完成したと判断された。

 最終的に十四基が完成したお立ち台の上に、百名以上の遠距離攻撃系スキル持ちがずらりと整列している様子は壮観ですらあった。

 そもそも、こうした特殊な環境下以外では、これほど大勢の探索者が集まって共同作業をする機会というものがまずない。

 その意味では、かなり珍しい光景ではあるのだった。

「準備はいいですか?」

 観測要員も兼任する金城革がいった。

「それでは、射撃を開始してください」

 むしろ素っ気ないくらいの、平坦な口調だった。

 今回の場合、別に一斉射撃を行うべき理由もなかったし、それに一口に遠距離攻撃系スキルといってもその実体は多種多様であり、場合によっては事前に長い時間を必要とするなんらかの儀式的な振る舞いを必要とするものも多い。

 実際問題として足並みを揃えるのは、難しいのだった。


〈歌姫〉の異名をとる昇殿顕子の〈応援歌〉をBGMに、まず最初にスキルを発動させたのは、〈狙撃〉スキル持ちの早川静乃であった。

 ちなみに、このときの顕子の選曲は数年前に話題になった魔法少女物のサウンドトラックから拝借したものだった。

 どんな言語でも意味をなさないローマ字の羅列を、顕子は朗々と歌い続ける。


 静乃はプラスチック製の模型銃を構えて、

「ばん」

 と小声で呟くと、音もなく〈狙撃〉スキルが発動する。

 いくらかの時差を置いて、二十キロ以上も先にある海上で水飛沫があがった。


「エネミーに着弾を確認」

 双眼鏡を覗いていた革が、機械的な声で告げる。

「エネミーの群れがこちらにむかって来ます」

 おお!

 と、その様子を見守っていた探索者たちがどよめく。

「ばん。

 ばん。

 ばん……」

 そうしている間にも、静乃は次々と〈狙撃〉スキルを発動してエネミーへの攻撃を続行していた。

〈狙撃〉スキルは、その威力や射程の長さというメリットが大きい割には、クールタイムと呼ばれる時間が少ない。

 ほとんど静乃自身の意志だけで発動し、連射も可能なのである。

 かなりお手軽な、使い勝手のいいスキルであった。

 静乃が何発かの〈狙撃〉スキルを発動してから、ようやく二人目の遠距離攻撃系スキルが発動する。

「メテオ・ブレイク!」

 それまで長々と呪文を詠唱していた、カラフルなステッキを手にしていた女性がそう叫ぶと、海上の上空に突如閃光が発生してそこから長く尾を引く流星群がラッコ型エネミーの上に降り注ぎはじめる。

 その流星の雨は五秒ほど降り続け、瞬時に海水を沸騰させてその周囲にいたエネミーたちを大量に殺害した。


 そのスキルの一撃だけで、二万三千五百二十四体分、エネミーが減ったな。

 と、双眼鏡を覗いていた革は自身の特殊スキル〈計測〉によって冷静に把握した。

 絶大な威力といえたが、それでもエネミーの総数からすればまだ一割も減っていない計算になるのだが。

 それでも、流石はベテラン、流石は長距離攻撃系スキルの持ち主だ、と革は心中で感嘆する。

 そもそも、一キロキロの有効射程距離を誇るスキルの持ち主は、それほどいない。

 エネミーが人間に対してむかって来るときの距離が、だいたい五百メートル前後といわれている。

 理屈からいえば、それよりも長い有効射程さえ獲得すれば一方的にエネミーを蹂躙できるわけで、一キロ以上の有効射程距離があるスキルは、明らかにオーバースペックなのだった。

 その証拠に、現在お立ち台の上でラッコ型エネミーに対して攻撃を行っている人間は、五人にも満たない。

 これほどの探索者が集まっているのにも関わらず、二十キロ以上の有効射程距離を持つスキル持ちがそれだけしかいないということは、それだけ希少な存在であるということを意味している。


「ファイヤ・ストーム」

「ハリケーン・ロンドォ!」

 平坦な、小さな呟きと絶叫が続いて、遠い海上でまた異変が起こった。

 エネミーの群れのただ中に、荒れ狂う火炎と竜巻がそれぞれに発生する。

 見かけが派手な割には、さきほどの〈メテオ・ブレイク〉ほどの威力はなく、エネミーの殺害数はそれぞれ一万前後に収まっている。


「お。

 ほっほっ」

 草原真砂はその場で自分の肘を抱える、背を丸めた姿勢で奇妙な声をあげている。

「……利くなあ、これ!」

 立て続けに大量のエネミーが殺害され、真砂が思わずそんな声をあげてしまうほどに大量の経験値が流入してきた結果だった。

 バッタの間トライアルのときとは比較にならないほどの衝撃を受けて、真砂はほとんど悶絶に近い感覚を得ている。

 無理もないか、と、間近にいた草原水利は思う。

 水利自身でさえ、現在流入してきている経験値の衝撃を受け止めなかねている状態なのだ。

 真砂は、その水利よりも経験が浅く、ついこの間から迷宮に入るようになったど素人に過ぎない。

「今のうちだけだから」

 水利としては、妹に対してそういうしかなかった。

「すぐに慣れるよ」

 実際、この大きな討伐を終えたあと、自分たちはどれほどの変化を経験しているのだろうか?

 とか、水利は思う。


「エネミー群の先頭が海岸線から十五キロ圏内に届きました」

 革は例によって冷静な声で告げる。

 こうして距離をわざわざ声に出して報せるのは、それぞれの長距離攻撃系スキルによって有効射程距離も準備に必要な時間も異なるからだった。

 この距離にまで近づけば、エネミーの群れがかなり大きいこともあり、すでに肉眼でも目視できる状態になっているのだが。


 エネミーの群れが十キロ圏内に入ったあたりから、長距離攻撃系スキルが発動する頻度があがってきた。

 多種多様なスキルがエネミーの上に炸裂して着実にその数を減らしていく。

 しかし、エネミーの群れが五キロ圏以内に到達した時点でも、まだまだ八十万以上のエネミーが健在であった。


「かなり減らしているんだろうが、減ったように見えねえな」

 迫り来るエネミーの大群を見て、徳間隆康はそう感想を述べた。

 なにしろ、相手は水平線を埋め尽くしている状態である。

 こうして間近に目視できるようになってみると、その異常性が改めて認識できた。

 エネミーの群れが一キロ圏内に入ったあたりから、お立ち台の上からだけではなく、海岸にいる探索者からも無数の攻撃が放たれている。

 海上を巨大な炎が舐め、無数の電撃が走り、海水が沸騰、蒸発し、ラッコ型エネミーをあっけなく殺戮していく。

 エネミーの撃破数は着実に増えているはずだったがが、目にしているエネミーはちっとも減ったように見えない。

「レミングだったっけか?

 集団自殺をするとかいうのは」

「あれは、映像ドキュメンタリーを作ったやつの捏造だそうですけどね。

 編集でそうなっているように見せかけただけで、実際にはそんな習性はないそうです」

「そうなのか?」

 隆康は傍らにいた一橋喜慶を振り返った。

「まあいいや。

 それよりお前さん、今回ばかりは手を抜いている余裕はねえぞ」

「長老こそ」

「長老いうな」


「エネミー群の先頭が海岸線から一キロ圏内に届きました」

 そういってから、金城革は自分のワンドを握りしめて心の中で呪文を唱えはじめる。

 革の広域攻撃系スキルの有効射程距離は五百メートル前後であったが、発動するまで時間がかかるので、今くらいから準備をするくらいでちょうどいい。

 また、ここまでエネミーが近づいてきたら、もはや被我の距離をカウントする必要もないと、事前にそうもいわれてもいた。

 革は〈計測〉スキルで正確に個別のラッコ型エネミーの位置情報を把握し、その一体一体をスキルの攻撃対象として指定していく。

 革の攻撃攻撃系スキル〈氷結〉は見た目の派手さこそないが、その分、持てるエネルギーを無駄にすることなくエネミーだけにぶつけるスキルでもある。

〈計測〉スキルと併用すると、その威力は倍増する。

 ネエミーの群れが海岸線から五百メートル圏内に到達したとき、革のスキルによって新たに五百匹以上のエネミーが一瞬にして氷の像と化した。 

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