09. 夏

 城南大学の工学部生は府中キャンパスで講義、ゼミ、実験、実習などを行うことになっている。

 工学部に所属している金城革もその例外ではなく、というよりかそれを通り越して数日に一度しか自宅に帰ることなく、ほとんどこのキャンパス内に住んでいるようなものだった。

 長時間、経過を観察する必要がある実験などの都合もあり、連日、キャンパス内に留まる学生も少なくはない。

 キャンパス内にはシャワー室もあるし、数日に渡ってキャンパス内に留まり続けても特に困ることはなかった。

 この学部だけの風潮なのかも知れないが、それなりの実のある成果を出すためには長時間に渡る実験をすることもやむを得ないという気風があって、学生たちの間ではそれを自然なことだと受け止める風潮もある。


 その日も革は実験室内の、大きな計測機械の隙間に適当な段ボールを敷いて仮眠を取っていた。

 卒論に院試と、これから来年にかけて重要な論文をいくつか仕上げる必要がある革は、文字通り寝る間も惜しんで実験に取り組む必要があったのだった。

 スマホのタイマー音に促されて、仮眠を取っていた革がむっくりと身を起こした。

「……あー」

 革は寝ぼけ眼で不明瞭な声を出し、白衣のポケットから自分のスマホを取り出してその画面を見る。

「八時、か。

 なんでこんな時間にタイマーをかけたんだっけ?」

 あくびを書く殺しながらそんなことをいいつつ、革はスケジューラーアプリを起動して確認した。

「そっか。

 業者が入って学部内の機械を総点検するの、今日からだんだった」

 つまりは革たちの実験も、その点検をしている間、完全にストップすることになる。

 ここ数日そのつもりでスケジュールを組み、それに沿って行動していたはずだが、久々に熟睡した革はそのことをすっかり忘れていた。

 忘れたまま、いつものようにこんなところで仮眠していたのだった。

 こんなことなら、家に帰ってじっくり休めばよかったな、と、革は今さらながらにそんなことを思う。

 革は両手の手のひらで自分の頬を軽くたたいて自分に喝を入れ、そのあと、仮眠する間に無意識にはずしていたブラのホックをはめ直し、全体に身だしなみを整えた。

「実験の続行が不能だというのならば、やるべきことはひとつしかない」

 革はそういうと、スマホを操作して多人数の人間に対してメッセージを送信した。


「迷宮に行きたい奴は、府中キャンパスの第二駐車場に集合」と。


 城南大学工学部に所属する外国人留学生は意外に多い。

 そして、そうした留学生たちは、どうしたわけか探索者資格を取得している者が多かった。

 外国籍を持つ者に限り、探索者の資格はかなり簡単に取れるようになっているといいう事情と、それに、多くの国が正式に旅券を発行した留学生が探索者として活動することを歓迎する風潮があった結果である。

 先進国はもとより、発展途上国の多くはそうした留学生を支援するための十分な予算を確保できず、生活費などを自分で稼いでくれるのならばそれに越したことはないと考えているようだった。

 また、留学生たちの方も、日本にいるうちに探索者として活動することを好んだ。

 なにしろ、通称迷宮正式名称不可知領域は、世界中探しても東京近辺にしか存在しない、現在の科学では説明のできない、世界公認の怪奇現象である。

 これに興味を持たない者が、科学的な研究に携わる資格はなかった。

 とはいえ、そうした留学生たちはふかけんに所属する日本の学生たちほどには暇を持て余しているわけではない。

 革自身がそうであるように、まともに理系の学生をしている者は、時間などいくらあっても足りないくらいなのだ。

 そして、今回のような一斉点検のとき、すなわち、強制的に実験を中断するような機会には、そうした探索者資格を持った留学生たちにとって、暴れ回る好機といえた。

 革がメッセージを送信してから一時間もしないうちに、府中キャンパスの第二駐車場には国籍が異なる五十人の男女が集合していた。

「いざ、国分寺迷宮へ!」

 その一団は、十台以上の自家用車に分乗し、その先頭の車両に乗る革の合図の元、駐車場を出発した。



 いつものように悪夢の中でまどろんでいるといつものものではないメロディによって半ば強制的に意識を覚醒させられた。

 ぼんやりと目ざめた静乃は、その着メロがこの春まで世話になっていた親類の家の固定電話の番号に設定したものであることに思い当たり、寝起きのはっきりとしない頭でベッドサイドに置いていたスマホをまさぐる。

 スマホを手元に引き寄せて、画面を見ていつもの起床時刻の十分前であることを確認してから通話を受けた。

「おはよーございます」

 静乃はぼんやりつした口調で挨拶をする。

『おはよー、おねーちゃん』

 静乃からみれば甥にあたる、颯(はやて)という少年の元気な声が聞こえてきた。

『今、大丈夫?』

「うん。

 そろそろ起きようかなと思っていたところ」

 そろそろ意識が本格的に覚醒してきたので、静乃は罪のない嘘をついた。

「それで、今日は朝からなに?」

『ああ、そうそう。

 夏休みに入ったら何日か東京に遊びに行こうと思っているんだけど、そっちの迷宮にもいっしょに入ってくれるかな?』

 颯は現在中学二年生であった。

 これから本格的に高校受験に備えなければならないため、この夏休みが本格的に遊ぶ最後の機会となる。

「ああ、こっちに来るんだ」

 静乃はいった。

「悪いけど、今住んでいるマンションは狭いし男子禁制だから、泊められないよ」

『わかっているって』

 颯は無駄に元気な声で続ける。

『ホテルかウィークリーマンションを借りるつもりだから、そっちの心配はしないで。

 それよりも、適当な引率者がいないとひとりでは迷宮に入れないからさ』

 十八歳以下の探索者も、いないことはない。

 だが、公社の規定では、そうした年少者の探索者が迷宮に入る際には、十八歳以上の探索者が同行しなければならないとされている。

「うん、わかった」

 静乃はすぐに了承した。

「おそらく、うちの大学の人たちといっしょのパーティを組むことになると思うけど、それでもいいなら」

『ぜんぜん、構わない』

 颯は即答する。

『それじゃあ、そういうことでよろしく!』

 通話を切ってからも、静乃はしばらくベッドの上でぼうっとしていた。

「……そうか。

 もう、夏休みのことを考えるような時期なんだ」

 誰にともなく、そう呟く。

 気づけば、朝のこの時間にもかかわらず、めっきり気温があがってきている。

 静乃はベッドの上からたちあがり、窓のカーテンを開ける。

 そして、意外に厳しい陽光に目を細めた。



「じゃん!」

 そういって、妹の真砂(まさご)が探索者認定証を草原水利の目の前にかざしたのは、七月初旬のある日のことだった。

「どうしたの、これ」

「とったの。

 五月の連休とか試験休みとかを利用して」

「お金は?」

「お年玉貯金とバイトで稼いだ分を合わせて、なんとか」

「……よくお母さん、説得できたねえ」

「実際に水利ねえが稼ぐようになってきたからね」

 真砂はなぜか得意げな顔をしていった。

「お土産に食べきれないほどのお肉も持ち帰ってくるし。

 今となっては反対する理由がないんでしょう」

 そんなもんかな、と、水利は思う。

「それで、夏休みに入ったら、本格的に迷宮に入りたいんだけど」

「それにつき合えってことね」

 水利はすぐに真砂の用件を察する。

「それはいいけど、勉強の方もちゃんとしなけりゃ駄目だよ。

 今どき、最低でもまともな大学を出ないとろくなところに就職できないんだから」

「はいはい、わかっていますって」

 現在、高校二年生の真砂は姉の心配を一蹴する。

「そっちの方も、ちゃんと計画的に進めていますから!」

 姉である水利の姿に触発されるところがあったのか、真砂の様子はあくまでも快活であった。



 梅雨が明け、大気が湿気を含み日差しが強くなる時期になる頃になると、ふかけんの新入生たちも少しは逞しく育ってきていた。

 たいていの者は四つから五つ以上のスキルを獲得し、新入生だけのパーティでもなに不自由なく迷宮に入ることができるところまで育ってきている。

 あくまで、「不相応に深い階層まで潜らなければ」という条件つきではあったが。

 いずれにせよ、そろそろ上級生や早川静乃、藤代葵などの経験者の引率が本格的に不要になりつつある時期であった。

「むぅ」

 その割には、静乃はスマホの画面を見て難しい顔をしている。

 つき合いのある業者から、面倒な内容のメールを貰い、さてどうしたものかと思案している最中だった。

「おはよー、静乃」

 同じ講義を取っていた一陣忍が、先に座っていた静乃の姿に気づいて声をかけてきた。

「どうしたの?

 機嫌悪そうな顔して」

「いや、業者の人から、扱いに困るメールを貰って」

 静乃は困惑顔のまま、忍にそう返す。

「業者の人から?」

 忍は問い返した。

「ウサギの件でなにか問題が出た?」

 いきがかり上、静乃は岩浪美桜が発注したウサギ狩りクエストの取りまとめのような役割を務めていた。

 業者と学生たちの仲介のような役割だっのだが。

「問題というか、なんというか」

 静乃は複雑な表情をして忍に説明しだした。

「なんか、お肉も毛皮も思ったよりも需要があるから、もっと長期的に安定供給してくれないだろうかと、そういったことを打診された」

「ああ」

 忍は軽く相づちを打った。

「でも、それのなにが問題なの?

 ウサギなら四階層からでるから、かなり初心者でも十分に狩ることができると思うけど」

「初心者でも狩ることができるから、かえって問題」

 静乃は説明する。

「定期的に一定数以上のウサギを狩る必要に迫られるということは、つまりは本当ならもっと深い階層に行くべき人たちを浅い階層に足止めしておくってことでしょう?

 一応、報酬もちゃんと出るけど、それはあくまでウサギに対する報酬であって、金額もそこそこ。

 深い階層に行ったときに期待できるほどの金額には届かないわけで」

「なるほど」

 忍はまた、頷いた。

「今では新入生のほとんどが、二十階層前後をうろうろしているもんね。

 さらに深いところに挑戦しようって人たちを足止めするほどの魅力的な条件は用意できないわけか」

「しかも、長期的に、常に一定量を用意するとなると」

 静乃はため息をついた。

「これがなかなか、難問。

 一番いいのは、数十名単位の初心者をどこからか調達してくることなんだけど」

 そうそう都合よく、大勢の初心者と知り合いになる機会などあるわけがない、と、静乃は思う。

「あるいは、ウサギ狩りに専念してくれるパーティを何組か確保するか」

 忍も、そういって渋い顔つきになる。

「いや、そこまでの実力があれば、普通ならもっと深い階層で効率的に稼いでいるか」

 意外に難しい問題だな、と忍は思う。

 需要と供給のミスマッチだ。

「具体的に、どれくらいの量が欲しいっていっているの?」

「一ヶ月あたり、千羽以上は欲しいっていっているね、毛皮屋さんは」

 正確には、毛皮の加工業者なのだが。

 それ以上の数量で安定供給されるのであれば、ウサギの毛皮を使用した製品のラインナップを作ることができるそうだ。

「毛皮屋さんか」

 忍は、また頷く。

「それって、季節物じゃないの?」

「輸出向けもあるし、それに、肉から剥いでから実際に加工できるようになるまでも時間はかかるから。

 できれば、年中通して一定量以上を確保したいとか」

「なるほど。

 お肉の方は?」

「安定供給されるようであれば、売り先は意外にあるって。

 外食チェーン点でフェアをやるとか」

「おはなしは聞かせて貰いました」

 いつの間にかすぐそばまで来ていた藤代葵が、挨拶もせずに唐突にそんなことをいいだす。

「そういうことであれば、解決するのは容易であると思います」

「葵さん、おはよー」

 忍はまず葵に挨拶を送る。

「なにかアイデアがあるの?」

「浅い層に出没する初心者の協力者を常に確保しておけばすべて解決します」

 葵は、まっすぐに静乃の顔を見返しながらそう発言する。

「ふかけんの内部だけで解決しようするから、難しく思えるわけで」

「ええっと」

 そういわれ、静乃は戸惑った。

「それってつまり、外部に協力を呼びかけるっていうことかな?」

 それはそれで面倒そうだな、と、静乃は思う。

 そして口では、

「顔見知りの人たちと業者さんとの橋渡し程度のことならできるけど、それ以上に煩雑なことにまでは手を出したくないんだけれど」

 といった。

 静乃の本音であった。

「別に静乃だけがやる必要もないでしょう」

 葵は冷静に返す。

「そうした、新しくつき合うことになる初心者の方々の面倒は、他の人たちで見ればいいわけで」

「他の人たち?」

 静乃は聞き返した。

「初心者の面倒を見るなんて手のかかること、引き受けてくれる人がそんなにいるかなあ」

「インストラクターという、まさにそういうことを仕事にしている人がいます」

 葵は答える。

「そうした人たちと提携して、初心者の探索者が狩ったウサギを優先的に買い取るような仕組みを作ってしまえばいいではありませんか」

 初心者に探索者としてのあれこれを教えることを職業としている人々が存在することは、静乃も知っていた。

 余分なお金を持った、趣味で探索者をやるような層にはそれなりに需要があるそうだ。

 静乃にとってはあまり縁のない世界での出来事なので、これまですっかり失念していたのだが。

「……でも、そんなインストラクター業界との接点、ないし」

 静乃は静かな声で、そう指摘をする。

「わたしに心当たりがあります」

 葵はいった。

「静乃さえよければ、試しに声をかけてみますが」

 

 葵の出身校である松濤女子学園は、今までのところ世界で唯一部活動として不可知領域の探索を行っている学校法人であった。

 松濤女子学園には中等部と高等部があり、つまりは十二才から十八才前後までの女子生徒が通っていることになる。

 しかし、公社の規定によると、十八才以下の探索者は十八才以上の引率者を伴わなければ迷宮に入ることはできないことになっており、円滑に部活動を行うためには常に十八才以上の探索者を確保する必要があった。

「ということで、松濤女子学園を経営している学校法人は、学校経営とは別に探索者のインストラクター事業も経営しているわけです」

 その日の講義がすべて終わってから、改めて学食で顔を合わせた葵はそう説明してくれる。

「部活動を維持するために常勤の人を確保しておくのは無駄が多いですから、部活がない時間帯は外部の初心者たちを相手にしているわけです」

「はあ」

 静乃は、ぼんやりとした返答をする。

「つまり、そのインストラクターの会社と提携をしろと」

「それが一番スマートな解決法になるかと」

 葵はいった。

「メールで確認してみたところ、仕事中に倒したエネミーの死体やドロップ・アイテムはそのまま受講者に渡しているようです。

 そして、受講者の人たちはたいがい、深く考えもせずにそれらを公社で換金してそれで終わりだとか。

 静乃が毛皮とか食肉の業者との仲介をしてくれだされば、すべての人たちにとっていい結果になると思うのですけど」

「その仲介をするだけでも、十分、面倒くさそうだけどね」

 静乃はそう答えた。

「でも、いいや。

 その線で、打診してみる」

 そのインストラクター業者と静乃の既知の業者の連絡先を交換するところまですれば、あとは当事者同士で勝手に進めてくれるだろうと静乃は思った。

「葵が面倒だと思うのならば、わたしが代わりにやりましょうか?」

 葵はそんなことをいいだした。

「そういうことに興味もありますし、そちらの業者様の連絡先をいただければ、以後の根回しはわたしがしますけど」



「おじゃましまーっす、っと」

 七月の中旬、すでにうだるような暑さの中、草原水利は妹の真砂を伴って目黒キャンパス内にあるふかけんの部室を訪れていた。

「……うわぁっ!」

 部室の中に入ってからすぐ、水利が大きな声をあげたのは、薄暗い部室の中に思いがけず人影を見つけたからだった。

「なんだ、お前か」

 マンガ雑誌を顔の上に乗せてうたた寝をしていた徳間隆康は、マンガ雑誌を顔の上からどけて気怠そうな声を出した。

「今日はなんの用だ?」

「えっと、これ、うちの妹なんですけど」

「水利の妹の真砂です!」

 すかさず、真砂が隆康に挨拶を送る。

 おどおどとした態度で、水利は説明を続けた。

「最近、探索者資格を取りまして、それで、こちらで使える装備を頂いてもいいかなー、なんて。

 ここの装備、部外者には使わせてはいけない、なんてことはないですよね?」

「別に、いいんじゃないか」

 相変わらず気怠げな声で、隆康は答えた。

「この部室に放置されているってことは、もう捨ててあるも同然ってことだしな。

 むしろ、引き取り手が出てくれるのは、いいこったと思う」

「それでは、遠慮なく選ばせて貰います」

「しかし、お前の妹さんか」

 隆康は、はじめて真砂の方に視線をむける。

「ずいぶんとまた、若いな」

「十七才、高校二年です!」

 真砂は元気に答える。

「先輩さん? は、いつもこの部室にいるんですか?」

「いつもってことはない」

 真砂の質問に、隆康はゆったりとした声で答えた。

「まあ、せいぜい夏くらいまでだな。暇なときにここにいるのは。

 今年も、ぼちぼち終わりだ」

「え?」

 水利が、狼狽したよな声をあげる。

「ひょっとして、新入生の人たちが相談に来るのをずっと待っているとか?」

「馬鹿いえ。

 そんなに暇じゃねーよ」

 隆康は軽い口調でそう答えて、パイプ椅子から立ちあがる。

「おれはもう部室には帰らないから、扉は閉めて帰れよ」



 槇原猛敏は、今回は白泉偉、秋田明雄の三人でパーティを組んでいた。

 以前によくパーティを組んでいた大野相馬と両角誠吾から一方的な別離宣言をされて以来、猛敏は組む相手を固定せず、自分を受け入れてくれるパーティならばどこにでも入るようにしている。

〈テイマー〉草原水利のパーティで見聞したことが大きな刺激になったのは、否定しようがない事実であった。

 水利たちのパーティと同行することによって、猛敏は自分の視野がいかに狭いものであったのか、認識を改める必要に迫られた。

 潜行時間において新入生たちと一線を画する早川静乃、藤代葵の両名の方法が予想外に卓越したものであったことには、猛敏は別段、驚きもしなかった。

 しかし、潜行時間においては自分と大差ないはずの、白泉偉のこの戦い方はどうだ。

 目前の光景を見て、猛敏は愕然とした。

 偉の戦い方は、静乃や葵の方法とは別の意味で自分たち新入生の方法とはまるで違っている。

 数百メートルという長距離からエネミーを倒したあとで悠々と死体を回収する静乃の余裕のある態度、あるいは、どんなに強そうなエネミーに対しても怯むことなく、踊るように薙刀を振るって倒す葵の手慣れた様子とは違い、偉の戦い方は、見ている分には実に危なっかしい。

 まず偉はエネミーに肉薄する。例外なく、肉薄していく。

 見ている方はそんなに無防備な様子で大丈夫なのかとハラハラし通しなのだが、本人は至って平然としている。

 というのは、エネミーの攻撃が偉の体のどこかに命中することはまずないからだった。

 見切りが、徹底して巧いのだ。

 どんなエネミーであってもその攻撃圏を一目で把握し、そのギリギリまで迫っていく。

 そして、エネミーの隙をついて、急所に一撃を当てる。

 多くの場合、エネミーが偉めがけて攻撃をしかけてきたまさにそのとき、カウンター気味に当たることになる。

 それは喉元であったり、猛敏自身がよくやっていたように眼窩であったりするのだが、そうした急所に一瞬にして偉がクナイなりなんなりをすれ違い様に突き刺している様子は、いつも手品のように思えた。

 偉が攻撃する瞬間の様子が、いつもうまく認識できなかったからだ。

 エネミーと偉がすれ違い、気づくと、エネミーの急所になんらかの武器が突き刺さっている、という具合だった。


 こいつは実は、とんでもないやつなのではないか。

 しばらく偉のやり方を見て、猛敏はそう結論した。

 強いとか弱いとかいうい以前に、根本的な部分からして、自分たちとは異質な存在に思えてしまう。

 そうした離れ技も、本人によると、

「いや、別に。

 そんなにたいしたことはありませんよ。

 ちょいとしたコツがあるんです」

 と、軽い口調で済ませてしまう。

 そうした、平然とした偉の様子に、猛敏はいっそ、底知れぬ空恐ろしささえ、感じた。


 もう一人の秋田明雄は、ふかけんの中では「一度、足を切断された男」として有名だった。

 あれほどの危難に遭ったのにも関わらず、平然とした顔をして探索者を続けているのだから、それなりに剛胆な性格なのだろうな、と、猛敏は思う。

 あの場にいたのが自分だったとしたら、果たして今も探索者を続けているかどうか。

 これは、かなり怪しいことろである。

 その明雄は、入院期間も含めるとかなり出遅れていて、ごく最近までスキルさえ生えていなかったという。

 現在の明雄は、〈隠密〉、〈フクロ〉、〈投擲〉のスキルを生やしているそうだ。

 今となっては五つ以上のスキルを持つのが普通になっているふかけんの新入生たちの中では、相変わらずかなり出遅れている方だといえる。

 このうちの〈隠密〉というあまり聞きおぼえのないスキルは、つまりは自分の行動の痕跡を外部から隠すスキルらしかった。

 明雄本人の弁によると、先輩たちのパーティに入れて貰った際に、邪魔にならないように縮こまっているうちに、いつの間にか生えていたらしい。

「まあ、これはこれで、それなりに便利なスキルではあるんですけれどね」

 明雄は、そういう。

 このスキルを起動にした状態だと、エネミーはおろかパーティに属する他の者にまで、明雄の存在そのものが知覚しにくくなるのだという。

 見えず、聞こえず。

 まるで、明雄本人が唐突に消えたかのように。

 確かに、試しにそのスキルを使って貰ったところ、明雄の姿が不意に消失したように、猛敏は感じた。

 その状態のままエネミーに近寄って攻撃すれば、かなり有利なのではないか。

 猛敏はそう思い、明雄にもそういってみた。

「そうそううまいことばかりでもないんだがなあ、これが」

 が、明雄自身は苦笑いを浮かべながら猛敏の感想を否定して見せる。

「たいがいのエネミーは、人間なんかよりもよっぽど敏感な知覚を持っているから。

 ある程度姿を隠すことができたとしても、なんらかの違和感はおぼえるみたいでして。

 このスキルを使っていたとしても、かなり巧く立ち回らないと、気づかれてこちらが先に攻撃を受けます」

 強力なエネミーであればあるほど、〈隠密〉のスキルを見破りやすい傾向があるという。

 それを解決するためには、〈隠密〉スキルの熟練度を愚直にあげていくしかないようだった。


 そのふたりに猛敏を加えた三人でパーティを組んだ場合、猛敏自身は先行する偉に続いて例の戦斧を振るう形となる。

 多少、エネミーの数が多い場合でも、偉が注意を引きつけてくれるのでかなりやりやすいといえばやりやすかった。

 最初に行く偉がエネミーたちの注意を引きつけつつ、次々と倒していく。

 その次に行く猛敏が、戦斧の攻撃力に任せて残りのエネミーを攻撃していく。

 最後に、〈隠密〉を使用した明雄がそのふたりが始末しこねた残りのエネミーを淡々と始末する。

 その繰り返しであり、これはこれで安定しているといえる。

 そんな戦いを繰り返しながら、猛敏は、自分が偉の食べ残しを漁るコバンザメかなにかのように思えてきた。

 このパーティの場合、最初に大半のエネミーを偉が始末してしまうので、大きな不安を持つことはない。

 しかし、偉個人の能力に依存していることが誰の目から見ても明白であり、歴とした理由があって出遅れている明雄はともかく、立場的には偉とあまり変わりがない猛敏などはなけなしの劣等感がかなり刺激され、ひどく居心地の悪い気分になった。



 意外にハイテクなんだな。

 鈍牛の兜の改造品を手にした野間秀嗣は、そう思った。

「左右に伸びていた角飾りは切断しておきました」

 なんでも、よけいな突起をつけたままにしておくと、戦闘中、その突起に攻撃が当たった場合、大きく大勢を崩されることになりかねない。

 安全性を考慮すると、余計な飾りはない方がいいらしい。

 また、レーザーによって切断された角飾りの部分は、そのままこのメーカーによって買い取りされ、その分の金額は施工費から差し引かれると説明された。

 純度の高いアダマンタイン製の兜は、その角飾りの部分だけでもそれなりの金額になるようだ。

 顔を出す窓の部分も、新たに施工された金属板によってしっかりと閉ざされている。

 そして、大きなドーム状の物体となった兜の中には、緩衝材と電子部品がぎっしりと詰め込まれていた。

 電子部品は、いまや閉ざされたドーム状の物体となった兜の外側をうかがうための仕掛けだった。

「外部に取りつけたカメラの映像を、網膜に投影するようになっています」

 メーカーの技師が説明してくれる。

「実際につけてみた方が、わかりやすいかと」

 いわれて、秀嗣はその巨大な兜を被ってみる。

 真上から、すっぽりと落とすような感じで身につける必要があった。

 兜の重量のほとんどが、肩の両側にかかり、その肩に当たる部分にはパットがつけてある。

 嗅ぎなれていない、化学物質の匂いが充満していた。

「どうですか?」

「視野が、かなり広いですね」

 問われて、秀嗣は感想を口にした。

「この視覚ユニットは既製品をそのまま流用したものですが、百六十度の視界を確保しているそうです」

 網膜に投影している、外の映像のことだ。

 同じような仕組みは強度を要求される熟練探索者用の装備にも採用されているので、カメラと連動する網膜投影装置は一組のユニットとして量産されていた。

「外の映像以外にも、それまでに歩いてきたルートを同時に表示させることもできます。

 カーソルのコントロールは視線誘導式なので、操作にはある程度の慣れが必要となりますが」

 ただ単に外界の様子を装着者に伝えるだけではなく、探索者に必要な機能がある程度デフォルトで用意されているようだ。

 その代わり、戦闘時の衝撃などによりそうした電子装備や緩衝材が使い物にならなくなったら、このメーカーで新しいものに代えて貰う必要がででくるわけだが。

 しかし、メーカーの技師は、

「緩衝材の方はともかく、電子装備の方はかなり頑丈なケースに入っているので破損することはまずない」

 と保証してくれた。

「それを防ぐための緩衝材なわけですし、それに電子装備が破損するほどの大きな衝撃を受けたとしたら、そのときは機械よりも先に兜の中身の方が壊れていますよ」

 とも、つけ加えてくれる。

 そうした電子装備よりも、生身の脳みその方がよほど柔にできているということだった。

 秀嗣はなんとか用意できた改造に必要な費用を支払い、鈍牛の兜を受け取る。



 草原真砂が探索者資格を取ってから最初の迷宮潜行は、姉の水利と一陣忍、それに双葉アリスの三人パーティに混ぜて貰う形となった。

 四人は白金台迷宮のロビーで待ち合わせる。

 それから、この四人のうちまだ〈フクロ〉のスキルを生やしていない真砂と忍がロッカールームに着替えにいった。

 二人だけ残された形となる水利とアリスは、周囲を見渡して、

「夏休みに入ったからか、若い人が増えているね」

 などと他愛のない会話をしている。

 水利たち三人のパーティは、相変わらずバッタの間のトライアルを行っていた。

 あそこのバッタは割と金貨を落とすので、多少長引いたとしても経済的な面では十分な恩恵があるし、なにより、今回は超初心者の真砂も同行する。

 あのバッタの間は、レベリングには最適な環境でもあった。

 そんなことをしていると、

「よう」

 と顔見知りに声をかけられた。

 何度かパーティを組んだこともある、秋田明雄だった。

「今日、これから?」

「うん、そう」

 アリスが軽い口調で答える。

「アッキーも?」

「ああ、そう」

 明雄は、頷く。

「おれもようやくいくつかスキルが生えたからね。

 試しに、ソロってやつを試してみようかと思って」

「ソロかあ」

 水利が不安を含んだ声を出した。

「試すのはいいけど、絶対に無理をしないでね。

 下手をすると、取り返しのつかないことになるから」

 ソロで迷宮に入る場合、パーティを組んで迷宮に入るときと比べて遭難する可能性は格段に増大する。

「アッキー、もう〈フラグ〉生えてきていたっけ?」

 アリスが訊ねた。

「いや、まだ」

 明雄はあっさりと認めた。

「だから、一階層の入り口付近の場所を、しばらく行ったり来たりしてみるよ」

 そういうと明雄は〈フクロ〉のスキルを使用して瞬時に探索者用の装備に着替え、そのまま二人に軽く手を振って、ゲートの方に去っていく。



 鈍牛の兜を受け取った秀嗣はその足で白金台迷宮へとむかう。

 まず、公社の受付にいって兜に搭載されたビデオカメラに秀嗣のIDナンバーを登録して貰う。

 必要書類を事前に準備していたし、探索者向けの装備に取りつけるカメラは記憶装置の一部が規格化されているので、この手続きにはいくらもかからなかった。

 公社の人から登録の済んだ鈍牛の兜を受け取ると、秀嗣は早速それを装備して、迷宮に入ろうとする。

 ゲートまで移動する途中で、何人かが秀嗣の方を見て顔を綻ばせているのを秀嗣は確認した。

 メーカーのところで試着して鏡を見て以来、予想していた反応だったので、秀嗣は特になにも感じない。

 容姿のことで他人に笑われることにな慣れていたし、なにより、高い身長を持ち肥満体でもある秀嗣がこの大きすぎるドーム状のこの兜をかぶると、低い頭身の、ゆるキャラかなにかの着ぐるみのような不格好な様子になることは、秀嗣自身も十分に自覚しているのだった。

 迷宮に入ってしばらく歩き回ってみて、秀嗣はこの兜の大きな欠点を改めて認識することになった。

 移動力マイナス補正の呪い。

 もとより秀嗣は鈍足であるわけだが、それに輪をかけて走るのが遅くなっている。

 この分では、パーティを組んだとき、ほかの人たちと足並みを揃えるのがかなり難しくなるな、と、そう思いかけ、それではいっそのこと、移動時はこれまでに使用していたヘルメットを装着し、戦闘時にだけこの高い防御力を誇る兜を装着することにするかと、そんなことを思いかける。

 しかし、そこまで思いかけたとき、

「いや、よくよく考えてみれば、自分は〈フラグ〉のスキルを持っているんだから、それを細かく刻んで使えばいいだけじゃね?」

 ということにはじめて気づいた。

 普段は階層を挟んだ移動に使用されることが多い〈フラグ〉というスキルも、別に同一の階層内で使えないわけでもない。

 他のスキルと同様、十分に使いこなせるようになれば、それこそ数センチとか数ミリ刻みの細かい移動さえ、可能だった。

 そういえば以前に、上級者の中には戦闘時の移動にこの〈フラグ〉を多用する人が多いと聞いたような気もする。

 不意にエネミーに肉薄したり、逆にエネミーの攻撃から逃れたりするために〈フラグ〉を多用するやり方は、慣れてしまえば有効なだろう。

 が、今の秀嗣にとってはそんなめまぐるしい真似をすることはひどく煩雑に思え、実際に自分でやろうとしたらかなり混乱して、すぐに現在地を見失ってしまうのではないかと、そんな風に感じていたものだ。

 しかし、視界の届く範囲内で、走る変わりに〈フラグ〉で瞬間移動くらいは、今の秀嗣にも十分に可能だった。

 しばらく、第一階層で〈フラグ〉による疑似的な走行状態を確認し、十分だなと確認したあと、秀嗣は〈フラグ〉で一気に二十階層まで飛ぶ。

 そこに出没するエネミーであれば、兜の性能試験をするのに十分であろう。

 それよりも深い階層になると、秀嗣単独では対処できない可能性もある。


 しかし、秀嗣が出現したのは、いつもの見慣れた迷宮の光景の中ではなかった。



 着替えを終えた真砂と忍が合流すると、四人は早速迷宮に入る。

 迷宮に入った直後に水利は〈フラグ〉を使用して、今となっては見慣れたバッタの間の前に出た。

「おお、ここが」

 真砂が、感心したような声をあげる。

「真砂は、しばらくわたしのそばを離れないで」

 水利は〈フクロ〉の中からテイムしたエネミーたちを外に出しながら、そう指示を出した。

「多すぎる経験値を受け取ると、しばらく身動きできなくなるから」

 発熱と、軽い痙攣。

 それが、探索者が多すぎる経験値を受け取ったときの症状であった。

 すぐに元通りに動けるようになるのだが、たとえ一時的にせよ、エネミーのただ中で無防備な状態になることには変わりはない。

「ま、今日は初日だし、なんにもしないで見学するだけと思ってて」

 アリスも、真砂に対してそう声をかける。

「何回か迷宮に入れば、身動きがとれなくなるってこともなくなるはずだから」

「はい!」

 真砂はあくまで元気よく、素直に返事をした。

「それじゃあ、そろそろはじめますか」

 忍が、直剣を構えてそういう。

「それじゃあ、いつもの通り」

 水利が、ヒフキイモムシのモリーに合図を出した。

「モリー、お願い」

 モリーは、即座に口から長大なオレンジ色の炎を出す。

「ひっ!」

 いきなり火を吹いた巨大なイモムシを見て、真砂が小さな悲鳴をあげた。


「……なんもできなかった」

「だからいったじゃない」

 迷宮から出たあと、悄然とした様子で呟く真砂に水利が諭す。

「最初は動けないし、なにもできないって」

「でも、最初の段階でどかっと経験値貰っておけば、あとあと楽になるから」

 取りなすような口調で、忍がいった。

「今回はパーティにまるで貢献しなかったわけだから、真砂の分け前はなしでいいね」

「はい。

 それで文句はいいません」

 水利が厳しい口調で続け、真砂は素直にその言葉に頷いている。

「まあまあ」

 アリスが口を挟んだ。

「その代わり、真砂ちゃんにはなにかおいしいものでも奢るから。

 はやくシャワー浴びて着替えよう」



 その日、早川静乃は習志野から出てきた甥にあたる早川颯を案内して秋葉原近辺を散策していた。

「電気街っていうほどには、変なものはあまりないんだね」

 半日以上、あちこちを見て買い物にいそしんだ結果、颯はのんびりとした口調でそんな結論をくだす。

「これなら、通販の方がよっぽど便利だ」

「だからといって、中房が堂々と十八禁コーナーに入ろうとするなよ」

 静乃はぼやいた。

「なんですか?

 ああいう、目が顔の半分くらいもあって、髪の毛がやたらカラフルなのが萌え萌えなんですか?」

 半日もこんな不毛な散歩につき合わされたのだから、文句をいう資格はあるとと静乃自身は思っている。

「やだなあ。

 健全な好奇心の発露だよ」

 颯は軽くいなした。

「実際に買ったのは、ほとんどレトロゲームだし」

「そんな何十年も前のゲーム、よく売っているよね」

 これまで、秋葉原にまで足を伸ばす機会がなかった静乃は、呆れたような感心したような口調で呟く。

「こういうドット絵バリバリのレトロなの方が、難易度的にはハードだったりするんだけどね」

 そううそぶく颯は、両手に抱えきれないくらいの荷物を抱えていた。

 文句をいいつつも、買い物はしっかりしていたのだった。

「それ、どうする?

 持ち歩くよりは、宅配便かなにかでまとめて習志野に送っておいた方がいいと思うけど」

「そうしよっかな」

 静乃の提案に颯が頷いたとき、静乃のスマホが鳴った。

「なに?」

「いや、大学の友だちから回ってきた、緊急連絡らしい」

 スマホの画面を確認しながら、静乃がいう。

「ええっと……特殊階層?」 



 その通知を受けたとき、藤代葵は松濤女子学園の先輩でもある探索者インストラクターと打ち合わせをしている最中だった。

「失礼します」

 商談中とはいえ、それなりに気安い間柄でもあったので、葵はそう断りを入れてからスマホの画面を確認する。

「なにかあったの?」

「大学の知人が、特殊階層に遭遇したようです」

 先輩の質問に、葵は答える。

「そう。

 特殊階層」

 先輩は、そういった。

「珍しいわね。

 今回は、どんな階層?」

「それが……」



 その通知を受けたとき、草原水利、草原真砂、一陣忍、双葉アリスの四人は打ちあげと称してカラオケに興じているところだった。

 水利、忍、アリスの三人は自分のスマホを確認して、

「特殊階層?」

 とつぶやき、顔を見合わせている。



 槇原猛敏、白泉偉、秋田明雄も、迷宮を出たところでその通知を受け取っていた。

「なんだよ、特殊階層って」

 猛敏がそう呟く。

 偉も明雄も、答えることはできなかった。



 その日、金城革は何度か休憩を挟み、パーティメンバーを交換しながら丸一日、国分寺迷宮に入り浸っていた。

 そしてその最後に、〈フクロ〉の中に放置していたスマホを取り出して、その通知を確認する。

「特殊階層、だと?」

 革は、そう呟いた。

 それから、周囲の留学生たちにむかって、

「お前ら、今度は……」

 と、告げる。



「なんだ、これは」

 目の前に広がる光景を見て、野間秀嗣は呟く。

 秀嗣の目の前には、いつもの白々とした迷宮ではなく、別の風景が広がっていた。

「なんで、海?」

 寄せては返す、波。

 そして、鼻腔に入るのは湿気を含んだ潮の香り。

 そう、今、秀嗣の目前には、大海原が広がっている。

 あまりにも唐突な出来事なので、しばらく秀嗣はその場に立ち尽くしていた。


 しかし、しばらくして秀嗣は頭を振り、その場をあとにする。

 つまり、〈フラグ〉を使用してその階層から脱出したのだった。

 怪しいといえば怪しいのだが、迷宮の事情に詳しい先輩方に相談してみれば、これがなにかわかるかもしれない。

 それに、一度行ったことがある場所には、〈フラグ〉を使用さえすればすぐにでも戻ることができるはずだった。


 夏期休暇がはじまったばかりの出来事だった。

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