08. 刀と兜と斧と

 榊十佐は剣士だった。

 自称でも他称でもなく、頑なに武器として日本刀しか使おうとしないのだから、「剣士」としか呼びようがない。


 日本刀は扱いに熟練した者が使えば近接戦闘において絶大な威力を発揮する得物であったが、多くの探索者はその日本刀を武器として選択することを避ける傾向がある。

 一振り一振り職人の手によって鍛えられるものであるがどうしても単価が高くなる。その割には、一度の戦闘でたやすく破損し、メンテナンスにも費用がかかるなど、純粋に武器として見るとかなりコストパフォーマンスが悪いことが一番の理由だった。

 さらにいえば、迷宮内においては運次第でドロップ・アイテムとして強力な武器を入手することさえありえるので、わざわざ人の手によって造られた高価で手の掛かる武器を好んで求めようとする者はほとんどいなかったのだ。

 しかし、十佐は違った。


「せいっ!」

 気合一閃、十佐は袈裟懸けに人型エネミーを斬って捨てた。

 迷宮も三百階層を過ぎれば、出没するのはほとんど人型のエネミーになる。

 現在、十佐たちが相手にしているのも、いわゆるオーク・タイプといわれれている人型エネミーの一種だった。

 その名称が示すとおり、二本足歩行で二本の腕を持つ人型の体型をしていながら首の上には豚のような頭部が乗っているエネミーであり、多様な亜種がいることで知られていた。

 このオーク・タイプに限らず、人型のエネミーは知性を持つのはもちろんのこと、人間の探索者と同様に多様なスキルを使いこなす。

 目下のところ、十佐たちが相手にしているエネミーたちも数名で郎党を組んでおり、十佐は今、〈フラグ〉のスキルを使用してその中の杖持ちに肉薄し、袈裟懸けに刀を振りおろして首のすぐ横から肋骨を割り、肺やその下にある臓器もろともそのエネミーの胴体を縦に斬ったところだった。

 杖を持つエネミーは、広範囲、あるいは高い攻撃力を持つスキルを使用する可能性が高く、真っ先に始末をつけておかねばならないエネミーであるということを意味している。

 そして、他のパーティンメンバーに先駆けてそうした危険を排除するのは、一橋パーティの斬り込み役を自認している十佐の役割でもあった。


 最初のエネミーが断末魔の叫びをあげる余裕もなく絶命したことを視認すると、十佐は最初に使った刀を〈フクロ〉の中に収納し、入れ替わりに〈フクロ〉の中から真新しい抜き身の刀を取り出して構える。

 そして素早く周囲に目を走らせたあと、次のエネミーに斬りかかった。

 オーク・タイプは脂身が多く、一度でもまともに斬りつければ刀身が脂にまみれて切れ味がひどく鈍る。

 それ以外にも、血糊が柄に付着すればすっぽ抜けてしまう可能性などもあり、実戦の際、十佐は頻繁に刀を持ち替えることでそうした不都合に回避していた。

 十佐の〈フクロ〉の中には、そうした戦法を可能にするために常に数十本の日本刀を備蓄している。

 鑑賞目的のものではなく実用刀であるとはいえ、そうした刀は決して安い代物ではない。

 が、十佐はあえて武器としての日本刀に拘っている。

 と、いうか。

 十佐は、他の戦い方をあえて否定していた。

 実用性や経済性を無視し、かなくなに日本刀を使用する戦い方に拘る男。

 そんな偏屈者は、やはり「剣士」と呼ぶのが相応しいのだろう。

 

「おっ、りゃあっ!」

 蛮声を張りあげ、十佐の斬り込みによって浮き足だったオーク・タイプのパーティに迫った者がいる。

 オーク・タイプのエネミーは、総じて人間よりも大柄である。

 身長はたっぷり二メートルを超えている者がほとんどであったし、体重にいたっては人間の二倍から三倍はあったはずだ。

 オーク・タイプのエネミーは豚に似ているのだけではなく、体つきも全般に丸っこくて肉づきがいい。

 つまりは、巨漢揃いであったわけだが、そんなオークのパーティにむかって来るこの探索者は、いかにも小柄であった。

 身長は、百六十センチあるかないか。

 しかし、体は分厚く、肩幅もかなり広い。

 鍛えこまれた体であることが、たとえ保護服越しであっても明瞭に見分けることができる、ごつごつとした輪郭で見て取ることができた。

 そして、そんな小柄な男は、長大で無骨な得物を肩に担いでいる。

 金属製の、棍だった。

 当然、オーク・タイプの前衛たちが、それぞれの武器を構えて小柄な男に殺到する。

 手にしていた得物は、槍や剣が多かった。

 四、五人はいただろうか。

「おらよっ!」

 しかし、その前衛たちは、いささか間の抜けたかけ声とともに持っていた得物を一閃でへし折られた。

 無骨な外観に似合わず、小柄な男の動きは鋭く、そして、重い。

 長大な棍をただの一度、旋回させただけで、オークたちの得物をすべて叩き折っていた。

「まだまだっ!」

 小柄な男は、勢いを殺さずにさらに棍を振り回す。

 二回転目には、オークたちの手首や腕が粉砕された。

 三回転目には、大腿部が裂けてごっそりと肉が持っていかれる。

 ぶんぶんぶん、と棍が宙を切る音がするたびに、オークの体のどこかが挽き肉と化していく。


「残りを掃射せよ」

 一橋喜慶は冷静な声で残りのパーティ・メンバーに告げ、自身は自分体よりも大きなタワーシールドを構えて前に進む。

 発動するのに若干の時間を要するバレット系などの遠距離攻撃用スキルを準備していたメンバーが、次々とオークのパーティにむけて用意していたスキルを放った。

 剣士の十佐と暴風の朋春が敵のパーティを攪乱し、そののちに浮き足だって取り乱したエネミーたちを蹂躙する、というが、一橋パーティのメソッドである。

 猿渡朋春というのが、小柄な棍使いの名であった。

 喜慶は、攻撃力が高く物怖じしないこの二人のことを高く評価し、深い階層を攻めるときは必ずこの二人を伴うようにしていた。

 それ以外のパーティメンバーは、いわばおまけである。

 たとえば、現在遠距離攻撃用のスキルを敵パーティに放っている連中も。

 それに、今回は秋田明雄もこのパーティに招かれていた。


 ここのところ、秋田明雄はたまに一橋喜慶の呼び出しに応じている。

 頻度はさほどでもなく、せいぜい、一週間か十日一度に一度程度はあったが、それでもまだスキルも生えていない明雄にしてみれば経験値を得て、先輩方の方法をその目で実見するまたとない機会であった。

 他の用事を後回しにしても、出向くことにしている。

 とはいえ、まだスキルのひとつも生えていない明雄にできることは、なにもないに等しい。

 喜慶にも、

「今は黙って見ていろ。

 他の者の邪魔はするな」

 とのみ、いわれていた。

 喜慶にしてみれば、どうしたわけか明雄を見込んで、同行させることで経験値をただでくれてやるつもりであるらしかった。

 明雄にしてみても、これほど深い階層を攻めるパーティに同行することはメリットしかなかったので、こうして喜んで馳せ参じる。

 また、いいつけられた通りに、息を殺して他の面子のやり方を見学していた。


 一橋パーティの戦い方は、なんというか、圧倒的だった。


 喜慶自身も、後方に控えて指示を飛ばすだけの存在ではない。

 片手に大きなタワーシールド、もう一方の手にモーニングスターを装備するのが喜慶のスタイルらしかった。

 一見すると、攻撃一辺倒の十佐や朋春とは違い、攻守のバランスが取れているようにも見える。

 が、タワーシールドだけならともかく、武器であるモーニングスターの重りの部分も、冗談みたいに大きかった。

 なにしろ、明雄自身の頭の大きさくらいはある。

 あの部分が単なる鉄でできていたと仮定しても、余裕で数十キロ以上の重量を持つ計算になるのだ。

 その重たいモーニングスターを、喜慶は強化された探索者の腕力で軽々と扱い、文字通りエネミーの肉体を粉砕していく。

 喜慶の装備が人間の手で製造されたものなのか、それともドロップ・アイテムをそのまま流用しているのかまでは、明雄はこれまで確認する機会を得なかった。

 いずれにしろ、顔色ひとつ変えずにそんな巨大な武器を振り回し、自分よりはるかに大柄なエネミーを粉砕していく喜慶の姿からは、ある種の凄みを感じてしまう。


 エネミーのパーティを殲滅するのに、五分と要していない。

 そのパーティは二十名以上の大所帯だったのだが、あまり場慣れしていなかったのか、あまりにも脆かった。

「怪我をした者はいないか?」

 周囲を見渡しながら、喜慶は確認する。

 喜慶は〈ヒール〉のスキルも習得しており、戦闘時も仲間の負傷に気づき次第、回復に務めていた。

 喜慶の問いかけに応答した者はいない。

 そもそも、敵の攻撃をいくらかでも受けるまもなく、大勢が決していた。

「問題ないようなら、次にいくぞ。

 猿渡さん、お願いします」

「お、おう」

 朋春が返答する。

「ここから少しいったところに、同じようなパーティが。

 た、ただし、人数が」

「多いのですか? 少ないのですか?」

「お、多い。

 い、今のパーティが、ふたつ、はいるくらい」

「二倍、ですか」

 喜慶は少しの間、考えるふりをした。

「今の戦力ならば、大丈夫でしょう。

 このまま、いきましょう」

 相手が年長者ということもあり、喜慶はこの猿渡朋春の対しては敬語を使う。

 暴風と呼ばれるこの小柄な棍使いは、迷宮の外で会うと赤ら顔の中年男であった。

 人懐っこい性格で、わずか数度しか顔を合わせていない明雄も酒の席に誘われたことがある。

 明雄が何度か会話した結果、この男は吃音癖だけではなく、知能の方にも少し問題があるのではないのかという感触を得ていた。

 いずれにせよ、社会生活が営めないほどの重篤な状態ではないようだし、なにより迷宮内では頭の良さよりも戦力になるかならないかといったことの方が重視される。

 あるいは、迷宮がこの東京に現れていなかったらこうした男も社会の中で居場所をなくしていたのかも知れない。

 が、迷宮という特殊な環境に適応している今は、完全に明雄自身よりも優位な、勝ち組に属しているわけであった。


 そのあとも、一橋パーティは危なげなく敵のパーティを蹂躙してまわった。

 相手が二本足で直立歩行するタイプの場合、一般的にはその死体を回収することはない。

 エネミーの死体に関しては、他の、もっと浅い階層からもいくらでも採取できるし、やはり多少でも人間に似たところがあるエネミーの肉体を利用することには抵抗があるからだった。

 回収をするのは、倒したエネミーたちが持っていた武器や道具、そして、出現する確率は低いのだが、アイテムがドロップ出てきたときは、もちろんそれも回収する。

 アイテムがドロップする確率はより浅い階層と対して変わらないのだが、これくらいの深層ともなるとエネミーが所持している物品もそこそこ高性能であることが多く、探索者がそのまま使用できる物も多かった。

 回収した者たちが使用してもよいし、現金収入が欲しければ売り払ってもよい。

 いずれにせよ、浅い階層と比較すると直接回収することが可能な物品の性能がよくなり、数量も多くなる。

 一般的な傾向として、こうしたヒト方エネミーが出没する階層まで行くことができれば、そのパーティの収支状況は劇的に改善される傾向があった。

 また、喜慶がパーティを召集するときはたいてい十名以下の人数におさえるため、一度の潜行でかなりの分け前が発生した。

 もっとも、現時点でまるで戦力にならない明雄には、そうした経済面での分け前は貰えないわけだが。

 喜慶の気まぐれで、戦利品の中から比較的安価な物を与えられることもあったが、それはあくくまで余録であり、明雄にしてみればこのパーティに同行する一番のメリットは経験値ということになる。

 だから、明雄は喜慶のいうことには唯々諾々と従った。

 黙っていろといわれれば、じっと息を殺し続けた。

 そうして明雄に与えられる物品というのは、他のメンバーにしてみればそのまま捨て置いても惜しくはない安物であったのだが、それでも初心者である明雄にしてみれば大した価値を持つ物であることが多い。

 何度か一橋パーティに同行するうちに、いつの間にか明雄は装備類を充実させていく。



 鈍牛の兜とやらを入手してからが大変だった。

 なにかと多忙な先輩である金城女史を捕まえて鑑定して貰ったのを皮切りに、その巨大すぎる兜を自分でも使用できるように改良するための手配まで、自分自身でやらなければならない。

 長老の徳間隆康に相談し、改良に応じてくれそうな業者をいくつか紹介して貰って連絡をし、訪問し、見積もりを取って貰った。

 その中に記されていた金額を見て野間秀嗣は瞠目することになるのだが、それが相場だといわれれば納得するしかない。

 幸いにして、これまで迷宮に入って得られた収入のはほとんどは手元に残っていたので、それと近日中に稼げる額とを合計すれば、決して払えない金額でもなかった。

 見積もりを取った業者は、鈍牛の兜に対して口々に、

「これはいい品だ。

 是非最後まで、大切に使いなさい」

 といった意味のことをいった。

 この兜の防御力ならば、迷宮のかなり深い階層まで通用する、といった意味だった。

 見積もりを見比べ、ネットで情報を検索して業者の評判まで確認してから、秀嗣はある業者を選んで兜を託し、その改良を依頼する。

 それからも、結構な手間が必要だった。

 ものが兜であり、つまりは公社が一律にヘルメットに内蔵させてあるビデオカメラもこの兜の中に移す必要がある。

 いや、実際には兜に内臓させるカメラのメモリに、秀嗣の探索者IDを刻印するよう手続きを行わなければならないとされていた。

 その手続きをするために、呪文のように回りくどいお役所言葉が長々と記された書類を何種類も目を通し、頭の中で日常的に使用する日本語に翻訳しながら必要な事項を記載して公社に提出する。

 平行して業者に赴いて頭部の採寸をして貰い、兜にどのような改良を施すのか説明を受けた。

 採寸自体は、今では3Dで行うということで、レントゲン室のようなところに案内されて頭部をさっとスキャンされただけで終わったが。

「この兜の場合、重すぎるので頸部だけで重量を支えるのは実用的ではありません」

 業者には、そう説明された。

「兜の縁を肩に乗せ、支点を分散させる形がより現実的かと。

 専用の肩パットを作り、それに兜を乗せて固定する形になるかと思います。

 そうですね。

 兜というか、大きな硬いドーム状の装甲を、すっぽりと頭の上からかぶるようなイメージを持っていただければよろしいかと」

 実際には、そのドーム状の装甲と秀嗣の頭部との間の空間に、緩衝材と公社のビデオカメラが入ることになるのだが。

 ビデオカメラはともかく、緩衝材の方は完全に一点物のオーダーメイドということになる。

 なにしろ必要となる形状が、ここでしか使用できない物になるのだから。

 しかも、大きな衝撃を受けるたびに交換する必要があり、事実上、消耗品になるとも説明された。

 保護服の外部に装着するセパレートタイプのプロテクターにもあてはまるのだが、ハイテク素材で構成されたそれらは何度か強い衝撃に曝されると、本来の性能を発揮できなくなる。

 簡単にいうと、この兜を使用し続ける限り、秀嗣のランニングコストはそれまでとは比較にならないくらいに高騰するといわれた。

 ここでまた、物入りになる。

 稼がなくてはな、と、一連の説明を聞いた秀嗣は物憂げに思った。

「ですが、緩衝材などをこれほどぎっしりと詰めることになると、かなりの重量になるのではないですか?」

 秀嗣は業者に対して、そう質問した。

 なにしろ、鈍牛の兜だけであっても、単体でかなりの重量を持つ。

「そうですね。

 ざっと計算したところ三十キロ後半、だいたい四十キロ近くになります」

 その業者は、さらりと答えた。

「ですが、今のお客様の身体能力でしたら、この程度は問題にならないかと。

 今後も迷宮に入り続けるのでしたら、お客様も順調に能力を伸ばすわけでして、実際にはあまり負担にはならないかと」

 ドロップ品の防具を使用する探索者があまりいないわけだ、と、秀嗣は得心した。


 鈍牛の兜を使用するための手配が一通り終了すると、秀嗣は以前にも増して熱心に迷宮に入り浸るようになった。

 別に兜の重量を気にしておのれを鍛えようとしたわけではなく、いや、そういう意味合いもないまるでないわけではないのだが、どちらかというともっと切実な経済的な事情に迫られてのことだった。

 鈍牛の兜の改良費用と、それに維持費を今のうちから稼いでおく必要があったのだ。



「うおぉぉぉっ!」

 例によって雄叫びをあげながら槇原猛敏がハクゲキスイギュウの群れへと迫る。

 大野相馬と両角誠吾とふたりが、ややげんなりした顔をしながらそのあとに続いていた。

 それぞれ新しいスキルを生やして以来、この三人は何度か三人だけでハクゲキスイギュウの群れを全滅させている。

 以前なら、もう少し人数がいたとしてもかなり苦戦したものだったが、今ではこの三人だけでもかなり楽に対処することができるようになった。

 甲虫の戦斧を活用できるようになってなにかと調子に乗っている猛敏は早くもっと深い階層に進みたがっていたのだが、他のふたりがどうにか押しとどめてこの階層に留まっるように説得をしていた。

 しばらくこの階層に留まったおかげでおかげですでに相馬の〈フクロ〉は容量いっぱいになった。みしりとハクゲキスイギュウの死体が詰まっている状態だったが、どうしても実戦経験を詰みたい猛敏の要請に従う形で他のふたりもつき合っている。この状況だとせっかく倒したハクゲキスイギュウもそのまま放置してスライムの餌にするしかなかった。

 相馬が〈フクロ〉に入れた荷を処分するのを待たずに、猛敏が迷宮に入ろうと他の二人をせっついている状態なのだ。

 ハクゲキスイギュウの死体を処分する間もなく迷宮に入り浸ると、ドロップ・アイテムが出現でもしないかぎり現金収入も発生しないことになるわけで、実質的にはただ働きに近い。

 いや、厳密にいうのなら、エネミーを倒した分だけ着実に強くはなっているはずなのだが、それでも、いやいや猛敏につき合っている形の相馬と誠吾の表情は晴れなかった。

 相馬と誠吾のふたりは、もっと堅実な攻略をしたいと考えている。

 強力なアイテムを入手してイケイケモードになっている猛敏の姿勢には、そろそろついていけないな、と、感じはじめているところだった。

 ここ最近の猛敏は、端的にいって、甲虫の戦斧の性能に振り回されていた。


 猛敏は、「甲虫の戦斧」のことを単に「戦斧」と呼ぶ。                この戦斧を入手したとき、三人は当然のようにこのアイテムについて調べてみた。

 なにしろ、この三人がはじめて入手した、意味ありげなドロップ・アイテムである。

 調べてみたところ、この甲虫の戦斧はレアでもユニークでもなく、ごくごくありふれたドロップ・アイテムであるらしいことがすぐに判明した。

 ざっとネットを検索しただけで、かなり膨大な情報が引っかかったのだ。

 オークションにもかなりの件数、常時、出品されている。その割には、取引金額はあまり振るわないようだがが。

 希少価値がないばかりではなく、迷宮ではもっと強力な武器が日常的にドロップしているからだった。

 一般的に人気のない「斧」という形態の武器であったことも、取引価格に影響を与えているのだろう。

 ただ、この甲虫の戦斧は、比較的浅い階層からドロップする割には高い攻撃力を持っていることで知られていた。

 珍しくもない、ありふれたこのドロップ・アイテムは、「初心者の救済者」ないしは「初心者殺し」という別名も持っていた。

 運良くこの戦斧を入手できれば、序盤の攻略がかなり捗る性能を持っているから「救済者」と呼ばれ、同時に、その性能、特に攻撃力補正が序盤に入手可能なアイテムにしては高過ぎ、不慣れな探索者はその性能に頼り切って無茶をして事故の原因になりがちであったことから「初心者殺し」と呼ばれることもある。

 つまりは、使い手の心がけ次第というわけだったが、最近の相馬と誠吾は、

「猛敏にとっては、典型的な後者になったな」

 との思いを強くしている。

 現在の猛敏は完全に兜虫の戦斧の性能に踊らされ、正常な判断力を失っているように、相馬と誠吾には見えた。

 ひとり、意気揚々とした様子の猛敏を見て、相馬と誠吾は何度か顔を見合わせている。


「おれとはもう組めないって?」

 迷宮から出てすぐ、他のふたりからそう切り出されて槇原猛敏は眉をひそめた。

「それは、どういうことだ」

「どうもこうもない」

 相馬はいった。

「それともお前は、その程度の日本語も理解できないほど馬鹿になったのか?」

「まあまあ」

 誠吾がふたりの間に入る。

「そんなに喧嘩腰にいわなくても。

 でもね。

 正直にいうと、おれたち、もうこれ以上猛敏につき合ってもメリットがないと思うんだ。

 これ以上、ただ働きをするよりは、他の人と組んだり二人だけで迷宮に入ったりする方がましだよ」

 大野相馬は〈フクロ〉を、両角誠吾は〈ヒール〉のスキルを持っている。

 一応、このふたりだけでパーティを組むことも可能なのである。

 欲をいえば〈フラグ〉のスキルも欲しいところだったが、浅い、ふたりにとって安全圏に相当する階層を慎重にうろつくだけならば、この二人だけであっても特に問題は感じない。

 猛敏の攻撃能力は、必ずしも必須ではないのであった。


「金なんてそんなもん、経験を詰んで強くなればいくらでも稼げるようになるだろう」

 吐き捨てるように、猛敏はいった。

「そういう問題ではない」

 相馬が反論を口にする。

「その過程が、問題なんだって。

 稼げるようになるまで、危険な場所でただ働きしろってのか?

 それをおれたちに強要できるほどに偉いのか、お前は?」

「今日だって、猛敏が満足する階層、十四階層に移動するまで、おれたちは歩いて移動したんだよ」

 誠吾もその点を指摘する。

「この三人の中には、〈フラグ〉持ちはいないんだから。

 もっと落ち着いて、誰か〈フラグ〉持ちが入っているパーティに入れて貰うとかいう方法もあったはずだけど、猛敏がとにかく迷宮に入りたいっていいて強引に決めたんだよね?」

「お前がとにかく先に進みたがって、途中にあったバッタの間とかの稼ぎスポットを素通りしてな」

 相馬はいった。

「じゃあ、逆に聞くぞ。

〈フラグ〉も〈フクロ〉も〈ヒール〉も持たない癖に、なにかといいうと先に、より危険な階層に行きたがるお前に、わざわざおれたちがつき合わなければならない理由ってなによ?

 おれたちにとって、お前と組むメリットを説明してくれよ」

「……ぐっ」

 そういわれ、猛敏は強く奥歯を噛みしめる。

 しかし、明確な反論はその口から出ることはなかった。

「もともとおれたち、取っている講義とかの兼ね合いで、空き時間が合うからよく組むようになっただけだしね」

 誠吾はそういい添える。

「固定パーティになろうって誓い合ったわけでもないし、猛敏のやり方についていけないと思えば、そりゃ、脱落するよ」

「戦闘関係のスキルしか持たない癖に、威張りすぎなんだよ、お前」

 相馬が、だめ押しにそういった。

「もういいっ!」

 猛敏が、吐き捨てるように叫ぶ。

「勝手にしろ!

 おれはおれで勝手にやる!」

 そういい終えると、猛敏はふたりに背をむけて去っていった。                                                   


「よくあるこったな」

 相談というか、報告というか。

 後日、相馬と誠吾はたまたま徳間隆康に会ったとき、猛敏とのいきさつをはなしておいた。

「ま、あまり深刻に受け止めるな」

 ふかけんの長老は、平然とした表情でそういい放つ。

「よくあることなんですか?」

 誠吾が聞き返す。

「あるある。

 ありふれている」

 隆康は頷きならがいった。

「性格の不一致に方向性の違い、それに、男女の恋情のもつれとか。

 パーティがばらける理由なんて、いくらでもあるさ。

 ま、パーティなんてものは所詮、一期一会。

 あまり長続きしないものだと最初から思っているくらいでちょうどいいんだ」

 実に、気楽な口調だった。

 そんなものなのか、と、相馬と誠吾も納得しそうになる。

「しかし、槇原が甲虫の戦斧を手に入れたのか」

 そんなふたりを余所に、隆康は独白のように呟く。

「あまり、無理をしないといいがな」

「無理、ですか?」

 今度は相馬が、聞き返す。

「お前らも見たろ。

 あの戦斧に限らず、過ぎた力はかえって身を滅ぼす。

 多少なりとも慎重な性格ならば心配はいらないんだが、槇原の場合は自重ってものをしなさそうだからなあ。

 うまくあいつを抑えられる人間と、パーティを組んでくれるといいんだが」



 榊十佐は白金台駐車場に停車した自分のワゴン車に、メンテナンスを必要とする刀剣を積み込んでいるところだった。

 現行の銃刀法によると、迷宮の影響圏外に刀剣類などの武器を持ち出す際には、ケースなどに保管した上ですぐに取り出せないように厳重に梱包する必要がある。

 十佐の場合、特注の頑丈な、工具などで多少細工したくらいでは解体できない搬送用のケースを用意し、刀剣をその中にいれるときは、さらに念を入れて施錠して搬送することにしていた。

 路上で襲われて刀剣が奪われるという可能性も低いながらも完全に否定できなかったし、なにより警察から検問を受けたときにも、そこまで管理を徹底していれば平然としていられた。

 十佐が愛用する刀剣とは、かなり高額な物品であり、同時に世間的には武器とも凶器とも認識されている代物なのである。

 用心をするに越したことはないのであった。

 探索者以外の者が観賞用の日本刀を所有する場合には、専用の登録証をいちいち発行して貰う必要があるのだが、この条例は実用刀を持ち運ぶ十佐の場合には該当しない。

 十佐が探索者であり、探索者が武器等を所有することは、その管理責任をまっとうしている場合において許諾されていたからである。

 実のところ、迷宮内で使用する刀以外にも、なん振りかそうした美術工芸品としての日本刀も十佐は所有しているのであるが、そちらの方に関してはちゃんと法に沿った形で登録、保管を行っていた。

 武器としての日本刀は、とにかくメンテナンスが面倒だった。

 使用するたびに血糊や脂を丁寧に拭い、それとは別に入念なチェックを必要とする。

 どれだけ手をかけても、当たりどころが悪ければすぐに刃が欠ける。曲がる。腰が延びる。

 十佐の場合、数十振りも〈フクロ〉の中に収納して順番に使用しているわけだが、簡単な手入れくらいなら自分でもなんとかなるのだが、それ以上の、本格的な研ぎとか調整については結局本職の職人に頼るしかない。

 そうした手入れを怠ると、すぐになまくらな、単なる鉄の棒と化す。

 日本刀とは、そうした繊細な武器だった。

 愛好する十佐からして、必要となる手間と経費にうんざりすることがある。

 他の探索者から敬遠されがちなのも、あながち理由がないことでもないのであった。


 現在、十佐が所有する日本刀は実用刀だけでも軽く二百振りを超える。

 それくらいの数がないと、ローテーションを組んでいても必要な数量を迷宮内で常用することは不可能だった。

 そのほとんどは、戦後に鍛えられた現代刀である。

 一時、GHQによる武装解除の一環として国内での製造と所有が著しく制限された日本刀であったが、迷宮が存在したおかげで刀工の数は増え、鍛造に関する研究も進んでいる。

 数は少ないものの、好んで日本刀を使用する十佐のような探索者はそれなりに存在しており、その需要に応じる形で製造方面の技術も微妙に進歩していた。

 とはいえ、たとえば十佐なども、新作刀を買い求めることはあってもいちいちその形に沿った鞘まではしつらえない。

 熟練の職人しか製造できない代物である以上、新作刀の値段もそれなりのものになる。

 とてもではないが、鞘を制作する費用まで工面する余裕は十佐にもなかった。

 十佐が所有する刀はすべて専用の搬送ケースの中に厳重に保管されているか、それとも十佐の〈フクロ〉の中に収まっているか、それともメンテナンスのために職人たちの手元にあるか。

 その、いずれかになる。

 だから鞘などは、最初から必要ではないのだともいえた。

 そして、そうした日本刀を常用する十佐は、維持と補充のために必要不可欠な、恒常的な出費をしいられている。 

 現代社会において剣士であろうとするということは、つまりはそういうことなのであった。



 さて、大野相馬と両角誠吾のふたりに見限られた槇原猛敏はどうしていたのかというと、はなはだ不本意なことと思いながらも、まずはソロで迷宮に入ってみることにした。

 ふかけんの知り合いの中では白泉偉と野間秀嗣が日常的にソロ活動をしているというし、なにより草原水利がソロ活動の最中に〈テイム〉というかなり強力なスキルを習得したことは記憶に新しい。

 あわよくは、猛敏自身もなにがしかの新スキルをおぼえることができるかも知れないと、そんな淡い期待をいだいていたのだ。

 しかし、現実はそう甘くはなかった。


「はぁ、はぁ、はぁ」

 累積効果により体力面でもかなり強化されているはずだったが、猛敏は息を弾ませていた。

 エネミーの猛攻にさらされたから、ではない。

 その逆に、一回もエネミーに遭遇することなくえんえんと似たような通路を長時間右往左往し続けたていたから、だった。

 なにしろ猛敏は、エネミーの所在を感知する〈察知〉のスキルを持っていない。

 それだけではなく、入り口付近まで一瞬にして帰還できる〈フラグ〉のスキルもない。

 さらにいえば、道順をおぼえることも、どちらかと苦手としている。

 つまり、猛敏は一回もエネミーにまみえることなく、迷宮の第一階層をかれこれ四時間以上も延々とさまよっていた。

 外界に通じる出入り口にも、下の階層に降りるための階段にも出ることがなく、だ。

 いくらフィジカルな能力が強化されていても、このようないつ果てるとも知れない彷徨は、メンタルに響く。

 流石に猛敏の息も切れようというものだ。

 一応、ドロップ・アイテムを回収するためにバックパックも用意していたのだが、猛敏はいつもの調子ですぐに帰還することを前提としていたため、携帯食糧はおろかペットボトルの飲料すら、用意していなかった。

 ひとことでいえば、猛敏は迷宮を甘く見ていたのだった。

 猛敏はその後、さらに五時間迷宮内をさまよったあと、ようやく出入り口を発見し、疲労困憊の状態で外界に帰還した。

 そのまま迷宮内で行方不明にならなかっただけ、悪運が強かったと見るべきであろう。


 十時間近く迷宮内をさまよい、遭難しかけた結果、猛敏は、

「やはり、おれにはソロは早すぎたな」

 という結論に達した。

 思い返してみれば、偉にしろ秀嗣にしろ、そして水利にせよ、ソロでの潜行を敢行した者は全員、〈フクロ〉と〈フラグ〉を習得してからソロによる潜行をはじめている。

 帰り道を確保する意味でも、最低限〈フラグ〉くらいはおぼえていないと、ソロで迷宮に挑むのは自殺行為であるということに、今さらながらに思い至った。

 第三者から見れば、

「それくらいのこと、実行する前に気づけよ」

 とかいいたくもなるのだが、案外、当事者というのは重要なことほど見落としがちなのである。


 とにかく、現時点で猛敏に〈フラグ〉のスキルが生えていない以上、ソロという選択はない。

 で、あるならば、迷宮に入る手だてはひとつしかなかった。

 すなわち、他のパーティに入れて貰う。


 ふかけんでもSNSを用意しているが、公社も探索者むけのSNSを公開して、探索者の利用を呼びかけている。

 心当たりに直接声をかけるという昔ながらの方法もあるのだが、新しく組む仲間を捜すとなるとやはりこうした媒体を利用するのがお手軽でいい。

 なにより、断れるときもまかり気まずい思いをしない。

 猛敏はふかけんの知人に片っ端からメッセージを送り、

「一時的にでもいいから、迷宮に入るときに同行させてくれないか」

 といった趣旨の内容を伝えた。

 六月も末になるこの時期、ふかけんの新入生組もだいたい組む相手が固定して来る時期であったが、何件か色よい返信が帰ってくる。

 

 色よい返信をしてきたもののうち、最近で日時の都合がついたのは、草原水利を含んだ女性ばかりの三人パーティだった。

 テイマーとして名が知られはじめた水利と、それに一陣忍という勝ち気そうな顔つきの少女と、双葉アリスというほわほわした雰囲気の少女の三人構成で、役割分担としては前衛役の忍に後方支援役の忍、そしてふたりの回復役兼テイマーの水利とという形になる。

 水利のテイマーとしての能力があれば攻撃力に不足することはなさそうだし、なかなか安定したパーティではないか、と、猛敏は心の中で偉そうに評価した。

「急にお誘いいただいたということは、つまりは今まで組んでいた人たちから切られたっていうことですかぁ?」

 柔らかい笑みを浮かべながら、アリスは猛敏にいきなり核心を突く質問をしてくる。

「ま、まあ」

 一瞬たじろきながらも、猛敏はすぐに返答した。

「やつらとは、方針の違いとかで揉めて」

「なるほど、なるほど」

 アリスはふむふむと頷く。

「それはともかく」

 忍が、凛とした声で確認してきた。

「わたしら、今、バッタの間のトライアルに挑戦しているんだけど、それでもいいかな?」

 バッタの間のトライアルとは、あそこで無数に思えるほどうじゃうじゃいるバッタ型のエネミーをどれほど大量に倒すことができるのか、という体を張ったゲームである。

 あのバッタの間は七階層という比較的浅い階層であるわりには、金貨をドロップすることがあり、ある程度の火力を持ったパーティであれば、経済的にもおいしいトライアルだったりする。

「望むところだ」

 戦斧を手にしたことにより攻撃力にはある程度の自信を得ていた猛敏は、胸を張って頷いた。


「なんだ、こいつらは」

 と、猛敏は思った。

 そのパーティで実際にバッタの間に突入してから、いくらもしないうちに、である。

 まず、水利がテイムしたエネミーたちは予想外に強力な存在に成長していた。

 普段みかけるエネミーと外観はほとんど違わないのに、動きや力強さがまるで違う。

 飛ぶにしろ走るにしろ、一度本気を出して動きはじめれば現在の猛敏の動体視力ではまともにあとを追うこともできない速度で移動するし、しかもその途中で少しも速度を緩めることもなく軌道上にいたバッタ型エネミーを落としていく。

 浅い階層で出没するエネミーと同種とは思えないほどの能力を発揮していた。

 水利とテイムしたエネミーたちだけで考えても、数ランク上のパーティに匹敵する攻撃力をすでに持っているのではないか。

 猛敏は、そう思う。

 まあ、水利はまだしもいい。

 なにせ、レアなスキル〈テイム〉持ちだ。

 しかし、その他のアリスにしても忍にしても尋常ではなかった。


 まずアリスは、そのスキル構成からして、両角誠吾と同じような遠距離支援タイプであると猛敏は予想していた。

 その予想が外れていたわけではない。

 アリスは、確かに遠距離支援タイプの探索者だった。

 猛敏の予想と違っていたのは、アリスのスキルの使用法である。

 アリスは、ショット系のスキルを幾重にも、自分の体を半球状に展開して使用していた。

 誠吾の使い方を見慣れている猛敏にしてみれば、それほど大量のショット系スキルを同時に発動できるということが、まず驚きだった。

 しかもアリスは、特に苦労している様子もなく、数十とか数百という火線を同時に放って平然としている。

 数が数だから、そのすべてについて精密に照準管制できているとは思わないのだが、だとしても、このバッタの間という周囲にエネミーばかりがひしめく空間においては、十分に効果的な手段だっだ。

 アリスを中心として放射線状に伸びていく色とりどりの火線が大量のバッタを撃墜しながら伸びていく様は、かなりの壮観だでもある。

「危ないから射線の前には出ないでくださいねー」

 猛敏の視線に気づいたアリスが、のんびりとした口調でそういう。

「お、おう」

 猛敏は強引に視線を外し、力なく呟いた。


 水利やアリスほどの派手さはないが、忍も十分に強力なアタッカーだった。

 まず、全般に動きが早い。

 戦斧を手に入れてからの猛敏自身もそれなりにこなれた動きができるようになった自負していたのだが、ドロップ・アイテムをひとつも入手していない忍は明らかにその上をいく俊敏な動きをしていた。

 忍が持っているのはごくありふれた直剣だった。

 細身で両刃の、刃渡りは一メートルにも満たない。

 おそらくは、公社の売店で普通に販売されてる、初心者むけのものだろう。

 通常、両手で扱うその剣を、忍は片手で軽々と扱う。

 いや、探索者の膂力を考慮すれば片手で扱うこと自体は別に不思議でもなんでもない。

 しかし忍の剣の扱い方は、あまりにも軽々しく、通常のセオリーからは遠く隔たっている。

 軽々しく?

 いいや、これは、軽やかに、とでも形容すべきだろう。

 右に左に素早く移動しつつ、直剣を奇妙な、見慣れないフォームで素早く振り回しながら、忍はときおり剣を別の手に持ち変えていた。

 右に、左に。

 スイッチしながら。

 猛敏はその動きがなにか、ついに最後まで気づかなかったが、それは忍にとっては馴染深い卓球の動きであったのだが。

 ただ、その動作が猛敏の予想外に素早かった。

 猛敏の常識から外れた素早さで動きながら、結果として忍は効率的にバッタ型エネミーを叩き落としていた。


 このバッタの間では、エネミーの体当たりを避ける方法がない。 

 保護服やプロテクター越しに体当たりを受けてもたいしたダメージはなく、せいぜい軽い打撲になる程度の打撃でしかなかったが、それでもこれほどの数になればそれなりに脅威となり得た。

 なにしろこの場所には、無数のバッタ型エネミーがひしめいている。

 その、徐々に蓄積している脅威を無効にしているのが、水利と水利がテイムしたメイソウダヌキであった。

 水利はテイマーとしてだけではなく、後方支援要員としても自分を鍛え続けている。

 というよりは、性格的にテイマーとしての才覚だけに寄りかかって他のパーティメンバーをないがしろにすることができない。

 だから自然と、〈ヒール〉その他の支援用スキルにも熟練していく。

 アリスや忍の働きを見て、それに負けまいとバッタ型エネミーにむかっていった猛敏も、そうと気づかないうちに水利とメイソウダヌキの回復能力の恩恵を受けていた。


 しばらくして、水利がここまで判断して迷宮入り口まで〈フラグ〉で戻ったとき、猛敏は自分がいかに狭い視野しか持っていなかったのかを、いやというほど思い知らされた気がした。

 水利などは、テイムしたエネミーたちに指示を出してちゃっかりとドロップ・アイテムの回収までしている。

「今日は、槇原くんがいたからいつもより捗ったね」

「半分くらいは落とせたかな?」

「換金額が楽しみだね」

「もうちょい成長すれば、なんとかあそこを全滅させることができるかなあ」

 密かに落ち込む猛敏を余所に、忍とアリスは涼しい顔をしてそんな会話をしている。

 息も絶え絶えの猛敏は違い、ふたりとも息一つ乱しておらず、その事実がなおさら探索者としての地力の差を様々と見せつけられたように、猛敏には思えた。

 仮に、水利の〈テイム〉スキルという強力な後押しがあるにせよ、それを差し引いたとしも、このふたりは猛敏自身よりも遙かに先をいっている。

 猛敏は、そう思い知らされた気がした。

 たかがドロップ・アイテムひとつをたまたま手に入れたからといって、その程度のことではしゃいでいた自分が、いっそ惨めにすら思えてきた。

 

 その後、猛敏は他の新入生たちとパーティを組んで、それぞれ別の理由で驚倒し、また落ち込むことになる。

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