06. ウサギ狩りのクエスト
「はあ。
〈テイム〉スキル?」
「そう。
〈テイム〉スキル」
「それ、確かなの?」
「うん。まず確実。
ハネタとシロ、実際についてきているし」
「テイムしちゃったのかぁー」
「テイムしちゃったんだよねー」
草原水利は新たに得たスキルのことについて、まず早川静乃に相談してみた。
経験のある探索者であり、なおかつ同性の同期である静乃が、思いつく中で一番相談しやすい人であり、なおかつ、ちょうど学食で見かけたからだった。
しかし、静乃の反応は予想外に鈍いものだった。
「えーと、〈テイム〉っていえば確かアレ、かなり珍しいスキルだったような」
静乃はそういって自分のスマホを取り出し、なにやら操作しはじめる。
「うん。
やっぱり、めちゃ少ない。
これまでに公社が確認した〈テイム〉スキルの習得者は、これまでにたった十二名。
未確認の習得者がまだ他にいる可能性はあるけど、それでも水利は十三番目の〈テイマー〉ということになるね」
スマホの画面を確認しながら、静乃はそういう。
「こんだけレアなスキルだから、当然、スキルの獲得条件などについて詳しい検証はなされていない、と。
ただ、エネミーを助けたり治療したりすることがきっかけでスキルが生えることが多いようだ、という漠然とした傾向はあるみたい。
もっとも、それだけなら〈テイム〉持ちがもっと増えているはずだし、それ以外の詳細が判明していない条件もいるいろとあるんだろうけど。
エネミーをわざわざ助ける機会なんて普通では皆無に等しいから、いまだにこれだけレアなスキルのままなんだろうな」
そういって静乃は、スマホの画面を横に座っていた水利にも見えるようにする。
「……過去、何度か動物愛護団体に所属する人たちが集団で迷宮に入り、〈テイム〉スキルの獲得をしようと試みたのだが、ことごとく失敗に終わった、と」
水利はスマホの画面に表示されていた説明文を声に出して読んだ。
「笑っちゃうよね。
探索者の仕事なんてのは、動物愛護の精神に逆らう行為そのものじゃん。
この人たち、どうやって自分を鍛えたのかな?」
「ええっと……」
水利は短い時間、考えてみて、すぐに結論を出した。
「……パーティの他の人たちに、経験値を稼いで貰った?」
「うん。
たぶん、それ」
静乃はあっさりと頷く。
「というより、他にないでしょう。
他人がどんな信条を持っていようが知ったこっちゃないけど、自分の手を汚さずに成果だけを分けて貰って、その上、うわっつらの奇麗事を口にしながら自分だけいい格好しようとしてもうまくいくわけないって」
耳が痛いな、と、水利は思う。
それってつまり、これまでに水利がやっていたこととほとんど同じなのだ。
水利の場合、エネミーに対する攻撃を避けていただけあり、その他の各種バックアップは地道に行っていたのでパーティにもそれなりに貢献しているのは確かなことだったが、水利自身は直接戦闘に加わっていなかったことに関して引け目を感じていた。
「しかし、〈テイム〉か」
水利が物思いに沈んだことにも気づかない風で、静乃は呟く。
「また、特殊なスキルを引いちゃったなあ。
それで、実際にいうことを聞いてくれるの?
その、ハネタとシロは?」
「うん。
すっごい、素直」
水利は頷く。
「ついでにいうと、働き者。
復活してからすぐに動き出して、それで、わたしが手を出す前にビシバシ他のエネミーをやっつけてくれた。
相手が同種族であってもお構いなしに」
確かに、あれ以降のあの子たちの活躍にはめざましいものがあった、と、水利は思い返す。
相手が同じ種族のエネミーであっても、躊躇することなく攻撃を加えていた。
さらにいうのならば、エネミーを倒すたびに、あの子たちは力強くなっていくようだった。
「その、テイムしたエネミーにも、累積効果ってあるの?」
静乃は、ずばりそのことについて訊ねてくる。
「うん。ある」
水利はあっさりと首肯した。
「普通に、パーティメンバー扱いになるみたい」
「そりゃ、そうか」
静乃は頷いた。
「そうでもなけりゃ、テイムする意味も半減するわけだし。
でも、いきなり強いエネミーをテイムできた場合、すぐに成長することもなさそうだよね」
「そう、それ」
水利はいった。
「実際に試してみないことにはなんともいえないけど、たぶん。
強いエネミーをテイムできたとしたら、やっぱりそのエネミーより強いエネミーをビシバシ倒していかないと累積効果は出にくいんじゃないかな、と」
「だとすると、浅い階層のエネミーを根気よく鍛えていった方がかえって経済的だったりするのかな?」
「その辺は、今後検証していかないとなんともいえないところだけど。
今の時点では、わたし、あまり深い階層のエネミーをテイムしようとは思っていないし。
そもそも、最大何体までテイムできるかさえ、今の時点ではわかっていないわけだし」
水利は顔を伏せてトレーの上に乗った食べかけのC定食を見下ろす。
「まだまだ自信もないし、うちの子たちをいっしょに、無理をせずに時間をかけてゆっくりと育っていくつもりです」
「うん。
そうだね」
静乃は水利の言葉に頷いた。
「それがいいかな。
なんにせよ、無理をしないのが一番だよ。
あ、〈テイム〉スキルのことだけどさ。
気になるんなら、葵か金城先輩にでも訊いてみる?
あの人たち、鑑定系のスキル持ちだから、見て貰えばもっと詳しいことがわかるはずだよ」
「悪いね、つき合わせちゃって」
「気にしない、気にしない」
「そうそう。
わたしたちも〈テイム〉がどこまで使えるのか興味あるし」
「それに、わたしたち自身の実力アップも兼ねているわけだし」
その後、数日をかけて水利は双葉アリス、一陣忍らに協力をしてもらって浅い階層のエネミーを次々とテイムしていった。
アリスと忍は、それぞれ自分たちにとってもっと有用なスキルを生やすことを当面の目的に設定していた。
強力なスキルを習得すればそれだけ楽に、安全に迷宮内で過ごすことができるのだった。
今の時点でも十階層以下の浅い階層ならば三人だけでもなんとかしのげるくらいの能力を獲得しているつもりだったが、より確実に稼ぐためにはまだまだ実力が不足していると考えていたのだ。
その結果、水利はカッチュウトカゲのトビー、ドクツメカエルのピョンタ、ヒフキイモムシのモリー、ブンダンカニのチャッキー、シビレチョウのチョウコ、トツゲキウサギのザッキー、トッコウカブトムシのカブトン、メツブシトリのトリー、メイソウダヌキのタヌサン、クビカリカマキリのキリー、カリュウドイヌのポチをごく短期間のうちに〈テイム〉する。
ちなみに、各個体の命名はすべて水利によるものだった。
「確かに生えていますね、〈テイム〉」
水利の顔を一瞥すると、藤代葵はあっさりと断言した。
「ええと、心を通わせたエネミーを手懐け、使役することが可能な状態になるスキル、だそうです。
詳しい習得条件についての情報は、少なくとも今のわたしには読みとることができません。
なんだったら、金城先輩に見て貰ったらもっと確実な」
「いえ、いいです。
そこまで詳しいことを知らない今の状態でも、不自由することなくスキルを使うことはできるわけですから」
葵の言葉を遮るように、水利はいった。
「それよりも今は、お仕事に専念しましょう」
現在、水利たちは静乃の伝手で呼んで貰った精肉業者に食肉を提供する作業をしているところだった。
エネミーの死体は公社でも買い取ってくれるのだが、一括して一山いくらでの精算であり、つまりは見積もりが杜撰でかなり買い叩かれている印象が強い。
その点、こうして個人的なコネで直接業者に持ち込むと丁寧な査定をして貰えるし、解体作業の手伝う手数料も込みで、かなりいい金額になるのだった。
数日に一度、深夜とか早朝の駐車場が空いている時間帯に集合して一度に数十体のエネミーを食肉に解体する作業はかなりの肉体労働であった。
が、そうした駐車場は迷宮に隣接しているため例の累積効果によって身体能力もかなり向上しているため、まるで苦にならない。
解体の際に目撃することになるグロい光景も、最初のうちこそかなり引いたものだったが、何度か経験するとすぐに慣れた。
よくよく考えてみれば迷宮内でエネミーを相手にするときも流血沙汰はつきものであったわけだし、今さらこの程度の惨状に臆するものおかしいのだった。
「しかし、〈テイム〉とは」
この夜は、野間秀嗣も解体作業に参加していた。
「かなりレアなスキルを生やしたものですなあ。
まったく、うらやましい限りであります」
「いや、珍しいことは珍しいかも知れないけど、どこまで使えるのか、まだわかんないし」
白衣に身を包んだ水利は大きなマスクをした顔の前でぶんぶんと手を振る。
「わたし、これまで攻撃用のスキル持ってなかったから、その代わりになってくれればいいなあ、とは思うけど」
実際のところ、水利はこの〈テイム〉のスキルに対して、少なくともこの時点ではあまり期待していなかった。
小動物じみたエネミーを何体か引き連れたところで、そんなに有利になるとも思えないのだ。
「でも、索敵とか周辺の警戒には便利だよね。
そういうテイムした仲間がいると」
静乃は自分の〈フクロ〉から取り出したハクゲキスイギュウの死体を鎖で吊りあげながら、そう指摘をした。
「目とか耳、それに鼻。
たいがいは、人間よりも鋭い感覚を持っているわけだし」
「直接的な戦闘力に期待できるようなエネミーは、今後、ゆっくりと揃えていけばいいのでは?」
ゴム手袋をした手でハクゲキスイギュウの内臓を丁寧に腑分けしながら、葵がいった。
「基本的に探索者というのは、諦めないで迷宮に入り続けていさえすれば、いつか必ず強くなるものなのですから。
リスクを大幅に軽減するそのようなスキルを初期の段階で取得できたのは、かなり幸運なことだと思います」
そんなものなのだろうか、と水利は思う。
それなりに筋が通っているようにも思うのだが、なんとなく、うまいこといいくるめられているようにも感じた。
実のところ、この頃の水利が漠然と想像しているよりも、この〈テイム〉はかなりおいしいスキルであるのだが、水利がそのことを実感できるまでにはまだ少々の時間を必要とする。
「さて、いよいよバッタの間か」
一陣忍がいう。
迷宮に入ってすぐの、第一階層でのことだった。
「作戦っていうほど大層なものでもないけど、水利は後方に控えてパーティメンバーの回復に専念。
他の面子は全員でバッタに対して全力攻撃。
とにかく、いけるところまでいく。
そんで、ギリギリまで粘って、これ以上はいけないとなったら水利の〈フラグ〉で脱出。
引き返すタイミングの判断も水利に一任する。
それでいいね?」
無数のバッタ型エネミーが蠢くこの場所は、初心者にとっては都合のよい経験値の稼ぎ場でもあった。
「了解、了解」
若い男の声が軽い口調で応じた。
「本当に大丈夫なの?
秋田くん」
忍が秋田明雄に確認をする。
「大丈夫っすよ」
明雄はそういってニヤリと笑った。
「もうリハビリもだいたい終わってるし、それにもう何度か一橋先輩のパーティに入れて貰って、迷宮にも入っているし。
その割には、まだスキルはひとつも生えてきていないけどな。
ま、いろいろあってかなり出遅れちまっているからなあ、おれ。
そういうこったから、よろしくお願いしますわ」
いつもの三人に加え、今日は明雄も加わっていた。
同じふかけんのメンバーであったから、時間の都合がつくのならばいっしょのパーティを組むことを拒む理由はない。
いや、より正確にいうのならば、水利がテイムしたエネミーたちも戦力に数える必要があるわけだが。
「とにかく、くれぐれも無理はしないで」
忍は明雄に念を押した。
「少しでも不安を感じたら、すぐに水利のいる場所までさがって」
「わかっているって」
明雄は明るい表情で応じる。
「この中では、このおれが一番育っていない。
せいぜい、みんなの足を引っ張らないように気をつけるさ」
「じゃあ、いいかな?
水利、お願い」
「ん」
忍の声に応じて、水利が〈フラグ〉を使用する。
すると、次の瞬間に、四人は七階層のバッタの間の直前にいた。
「おう、いるいる」
明雄が軽い口調でいった。
「テイムした子たち、出すね」
水利はそういって、〈フクロ〉に収納していたテイム済みのエネミーたちを外に出した。
「あ」
その様子をはじめて間近に見て、明雄が驚きの声をあげた。
「〈フクロ〉に入れていたんだ」
「他にどうしろと?」
水利はそういって首を傾げる。
「こんないっぱいだと、流石に外で普通に飼うことはできないよ」
「……いや、いっぱいとかそういう以前に、こいつらエネミーだろ?
外に出すだけでもかなりやばいんじゃないか?」
明雄は呆れた声を出した。
「別に外に出してもどうってことないんだけどね」
水利ではなく、忍が明雄の問いに答えた。
「調べたんだけど、昔、エネミーを捕獲して外に出して、詳しく調べたこともあったんだって。
そしたら、病原菌や寄生虫の類はいっさい存在せず、加えて、繁殖力もないからそのままペットにしてもなんの問題がないって結論が出たみたい。
ま、そうでもなければエネミーの死体も気軽にさわれないし、持ち出すこともできないんだけどさ」
「マジで?」
明雄が大きな声をあげる。
「エネミーって、単なる動物だと思っていた」
「動物と同じような振る舞いをするけど、動物とは似て非なる者。
擬似生命体だというところに落ち着いているみたいだね、今のところ」
アリスまでもが説明を補足する。
「第一、わたしたちが見ているのはみんな成長しきった姿で、成長段階が異なる個体は今のところ見つかっていないし。
エネミーは探索者の目の届かないところで迷宮の機能によって自然に発生するんじゃないか、なんて頓珍漢な仮説を唱えた学者さんもいるようだし。
そうでも考えなければ、あれだけ狩りつくしても絶滅しないことや、それに迷宮内部での生態系の構造とか、なにより倒すと一定の確率でアイテムをポップすることとかが説明できないんだって」
「……思っていたよりもやべーところだったんだな、迷宮って」
しばらく黙り込んでいた明雄は、そう結論を出した。
「エネミーがどこから沸いてくるのかはわからないけど、倒せば倒すほど強くなって儲かるってことだけははっきりしているし」
忍がそう結論を出した。
「今はそんなことを考えるより、目の前のバッタを一匹でも多く倒すことを考えようよ」
「正論だな」
明雄は忍の言葉に頷いた。
「このまま、突っ込んでいいのか?」
「ちょっと待って」
水利がいった。
「今、道を作るから。
モリー、お願い」
水利が合図をすると、ヒフキイモムシのモリーの口から唐突にオレンジ色の火炎が吐き出された。
「うおっ!」
はじめてそうした光景を目の当たりにする明雄の口から、驚愕の声が漏れる。
モリーの火炎放射は堂々たる大きさであり、高さ五メートルほどのオレンジ色の炎を五メートル以上前に届かせるような勢いで吐き出していた。
ときどき頭部の角度を変えて、舐めるようにバッタの大群を焼き払っていく。
モリーは全長五十センチほどの緑色をしたイモムシ型のエネミーであったが、その小さな体躯の中にどのうにして燃料を貯蔵しているのか、口から吐き出される炎はいつまで経っても尽きることはなかった。
炎に触れたバッタがその身を焦がしながら、あるいは炎の直撃を受けて消し炭となってぼとぼとと地面に落ちていく。
炎が通過したあとは、あれほどひしめいていたバッタが一掃され、ぽっかりとなにもない空間が残されていた。
「経験値、来たっー!」
明雄が叫ぶ。
水利たちは三人はもはやこの程度の経験値では異変を感じることもなくなっているが、負傷をして長いこと出遅れていた明雄にとっては、体内に大量の経験値が入ってくる感覚を味わうのに十分だったのだろう。
「いってないで、前に出る!」
叫びつつ、忍が刃渡り七十センチほどの直剣を振りかざしながらバッタの大群のただ中に突入していった。
「前に出るのが前衛のお仕事!」
前に出ながら、忍はショット系のスキルを乱射する。
狙いをつけるまでもなく、撃ちさえすれば必ずどこかのバッタに命中する。
モリーの火炎放射によって多少数を減らしたものの、バッタの総数はさほど減じてはいなかった。
「おう!」
明雄も叫んで忍のあとに続いた。
明雄は、両手に一振りずつ、ドロップ・アイテムの短剣を握っている。
一階層からドロップすることがあるこの短剣は、鉄や銅の硬貨とならんでもっともポピュラーなドロップアイテムである。
この鉄貨や銅貨と通称されている代物も、実のところなんの刻印もされていない円形の金属片であり、短剣とならんでほとんど重量相当分の地金としての価値しかない。
特に刃渡りが三十センチ以下の短剣は、刃の部分が相当になまくらであり、武器としての価値は皆無に近かった。
保護服やフェイスガードに無数のバッタによる体当たりを食らいながらも、明雄は両手を振り回して着実にバッタを叩き落としていく。
水利と双葉アリスは後衛であり、そのふたりを囲むようにして水利がテイムしたエネミーは四方に散っている。
長大な炎を吐吐き続けるヒフキイモムシのモリー。
素早く動きながらものすごい勢いでバッタを減らしてくクビカリカマキリのキリーとカリュウドイヌのポチ、それに、トツゲキウサギのザッキー。
キリーやポチほどの俊敏さはないが、水利とアリスの周囲を囲んで近づいてくるバッタを片っ端から迎撃していくカッチュウトカゲのトビー、ドクツメカエルのピョンタ、ブンダンカニのチャッキー、ハネネズミのハネタ。
空中で飛来するバッタを相手にするシビレチョウのチョウコ、トッコウカブトムシのカブトン、メツブシトリのトリー、シロコウモリのシロ。
そして、水利とともにパーティの仲間を常に回復し続けるメイソウダヌキのタヌサン。
水利はタヌサンとともに常時〈ヒール〉を使用して仲間の傷を癒し続け、アリスはフレイムとアイスのショット系スキルを同時に連射していた。
ときおり、〈威圧〉スキルと同等の効果があるポチの遠吠えの声が響き、バッタの動きが鈍くなり、それに乗じて水利たちのパーティは勢いを増していく。
「ええ、本日のドロップ・アイテムの売却金額は、総計で三十三万八千九百三円になりました」
窓口から帰ってきた水利が売買証明書をかざしながら他のメンバーたちに告げた。
現時点では、この中で〈フクロ〉のスキルを生やしているのは水利だけだったので、ドロップ・アイテムの管理も必然的に水利が担当することになる。
「マジで!」
明雄が叫んだ。
「するってえと、それを四人で割ると」
「八万四千七百二十五円と端数になるね」
即座に暗算して、アリスが答えた。
「現金収入として考えると、ハクゲキスイギュウを狩ってお肉を売る方がずっと割りがいいんだけどね。
あれ、一頭あたり最低でもン十万という世界だから。
そのかわり、バッタはお金では買えない経験値ががっぽり入る」
「バッタの間のバッタ、今日、おれたちだけで三分の一くらいは倒したよな?」
明雄は、誰にともなくそんな質問をする。
「三分の一もいかないでしょう」
忍がいった。
「せいぜい、四分の一くらいじゃない?」
「ってことは、あの部屋のバッタを全滅させれば、それだけで百二十万からの稼ぎになるのか!」
「あー。
単純計算だとそうなるけど、ドロップ・アイテムがどれだけ出るかは完全に運任せだからなあ」
アリスはそんなことをいった。
「今日だって、金貨が何枚か出たからこの金額になったのであって、普通、七階層でドロップするようなアイテムって、値段的に見ればたかが知れているよ?」
「あの程度の階層であまり欲をかくな、っていうことだよね」
忍もそういった。
「本当に稼ぎたかったら、もっと強くなってより深い階層を目指すのが確実なんじゃない?」
「そうか。
そうだよな」
明雄は素直に頷いた。
「もっと強く、深く、か」
「とりあえず、今日の分の報酬、精算しちゃおうか」
水利がいった。
「細かいのがないから、ちょっとATMで引き出してくるね。
面倒くさいから端数切りあげで、ひとり頭、八万五千円でいい?」
「悪いよ、水利。
そういうのはきちっと、正確にしておかないと」
「そこまでいうんなら、あとでジュースでも奢って」
「探索者に一番必要な者はなんだと思う?」
「実力でありますか?」
これが、野間秀嗣の回答。
「経験」
これが、藤代葵の回答。
「どんなときにも油断をしない注意深さ」
これが、白泉偉の回答。
「ちっちっち」
それぞれの回答を、徳間隆康はあっさりと否定する。
「そういった要素も確かに重要だが、一番ってことはない」
「それでは、一番重要な要素って結局なんなんですか?」
「そいつは、な」
隆康はもったいをつけるように、ことさらにゆっくりした口調でいった。
「運だ」
白金台迷宮のロビーで他のパーティメンバーを待っているときに、自然とその話題が出た。
「それで、そのお守りを押しつけられたわけ?」
「うん。
なんか、迷宮にはいるときに体のどこかにつけていると、運がよくなるとかいってた」
早川静乃は一陣忍に答える。
「確かに運は、重要な要素なんだけどね」
「でも、そういうのって胡散臭くない?」
「うーん。
でも、ちゃんとしたエンチャンターの手が入っていると聞いているし、多少は効力があるんじゃない?」
静乃はあくまで軽い口調で応じる。
「え、えんちゃんたー?」
「〈エンチャント〉というスキルがあるのだよ。
日本語でいうと、付与術になるのかな?
武器や防具を強化したり、なんらかの効果をつけたりする」
「ああ、あれ」
忍が深く頷く。
「では、まるっきりインチキってわけでもないのか?」
「インチキ、って」
静乃は苦笑いを浮かべる。
「こういうものは、あくまで気の持ちようだし。
それに、エネミーとの遭遇回数にせよアイテムのドロップ率にせよ、運に依存する部分が多いことは確かだから。
なんにもないよりは、たとえ気休めにせよなにかあった方がマシでしょう」
そういって静乃は一枚のチラシを忍に渡す。
「毎日いろいろな迷宮の駐車場にバンを停めて、そこで巡回販売しているんだって」
「その、エンチャントの人?」
「そう。
ふかけんのOGらしい。
最初の一個は、徳間先輩にいえば貰えると思うけど。
他にもいろいろな商品を製造販売しているっていうし、手持ちの装備にエンチャントする仕事も受けつけているから、一度様子を見に行くといいよ」
「OG……ってことは、女性か」
忍はチラシに目を走らせながら感心していた。
「そっち方面を仕事にすることもあるんだな……って!
このウサギのストラップ、五千円もするのっ!」
「この手のアイテムは、値段なんてあってないようなものだし」
静乃はいった。
効果を信じる人にとってはこれでも安い。
信じない人はそもそも購入しない。
「加工の手間とかを考えると、そんなに不当に高い値段でもないと思うよ」
ラビットフットと呼ばれる幸運のお守りがある。
本来はなにがしかの力を持つといわれるウサギの後肢を加工して留め金などをつけたものだが、最近ではフェイクファーを使用したファッション・アイテムにもなっているようだ。
岩浪美桜の工房では、迷宮で穫れるウサギの毛皮を加工し、スキルによって幸運値をあげる処置を施した上でストラップとして販売している。
原材料となるウサギの毛皮を確保するためには自分で迷宮に入るか、それとも他人に依頼して穫って来て貰う必要があり、毛皮への加工費も発生する。
一応、売価は五千円に設定しているが、美桜の工房の中では利益率が一番薄い商品だった。
なんでそんな利の薄い商品を手間暇かけて精算しているのかというと、探索者相手の仕事になるとどうしても商品の単価が高騰しがちになり、気軽に手に取れるものがほとんどなかったから、ということになる。
〈エンチャント〉のスキルはそれなりにレアなものであり、そのスキルに熟練しているエンチャンターはさらに少ない。
そのおかげで、美桜の工房もこれまで仕事には事欠くことなく、それどころか大小様々な依頼が舞い込み、そのすべてこなしきれないほど多忙な日々を送っている。
数少ない熟練したエンチャンターである美桜は、結局のところ自分自身で迷宮に入るよりはより多くの探索者を間接的に助けること選択して、在学中から起業して工房を営んでいた。
昼間の時間帯は各迷宮の駐車場を回って商品の受け渡しと依頼の受注を行い、夕方から夜にかけては工房として蒲田迷宮の近くに借りた小さな家の中で大きな武器や防具などの装備品にな〈エンチャント〉のスキルでなにがしかの効果を付与する。
駐車場に停車したバンでお客を待つ間にも、細かい彫金作業やアクセサリー類に〈エンチャント〉する作業などをして、地道に商品を増やしていた。
ある程度は口コミが発生しているらしく、そうして受注をこなしているだけでも消化しきれないほどの仕事が舞い込んでいる。
それはそれでありがたいことなのだが、それだけではいずれ先細りになるのではないかという不安を美桜は常に感じていた。
そこで、新規の顧客を開拓するためにも、名刺代わりの安価な商品である「ウサギのお守りストラップ」をあえてでっちあげたわけだった。
ふかけんのメンバーは別に毎日学業を放置して迷宮探索に勤しんでいるわけではなく、それどころか大半の者たちは真面目に講義を受けレポートを書き、試験を受けていた。
つまりは、普通に大学に日参して大学生としての生活をまっとうしているわけだ。
そして、目黒キャンパス内にある校舎に入ったところで早川静乃は徳間隆康に捕まった。
岩浪美桜の仕事についてかなり込み入ったことまで説明を受けたあと、あるクエストについて相談される。
「で、そのストラップに使うウサギの毛皮の在庫が、そろそろ切れかけている、と」
隆康の説明に、静乃が頷いてみせた。
「それじゃあ、公社経由でクエスト発注すればいいじゃないっすか」
一般的な企業や学術目的、あるいはそれに美桜のような個人事業者が、数量と買い取り値を指定して迷宮で採れる各種素材を公社に発注して引き受けるのはよくあることだった。
公社の方も、そうしたクエストがあるときには、窓口に提出された素材を優先的に回すことになっている。
「公社経由でいくと、無駄に手数料が取られるだろう」
隆康は口をとがらせた。
「その点、知り合いに頼むだけなら無駄な経費もかからない。
幸い、原料となるウサギの毛皮はトツゲキウサギから採れる。
そしてトツゲキウサキが出没しはじめるのは、かなり浅い階層だ」
「新入生むきのクエストってわけですか?」
「そうそう」
隆康は頷いた。
「あとでふかけんのSNSに詳細な条件をあげておくから、それとなく新入生諸君にも情報を回しておいてくれ。
今ならクエストを引き受けてくれたやつ全員に、もれなくおれからラビットフットのストラップをプレゼントするから」
静乃はまず、藤代葵にそのことを相談してみた。
「って、長老から頼まれたんだけど」
長老、とは、八年間も学生として在籍している徳間隆康のニックネームだった。
角川夏希が公然とそう呼んでいるため、一年生たちも本人がいない場所ではそう呼ぶことが多い。
「いいんじゃないでしょか」
葵は鷹揚に頷いた。
「かなり浅い層から出没するエネミーであることは確かですし、慎重にことに当たれば今の新入生でも充分に仕事をこなせるでしょうし」
逆にいうと、もう少し熟練した探索者だと、報酬面で引き受けたがらない仕事でもある。
いまだに在籍しているふかけんの新入生たちも、ぼちぼちいい具合に成長してきたところだった。
だいたいの者が複数のスキルを修得し、今後、自分をどのように成長させていくのか思案しはじめる時期でもある。
必ず自分が期待しているスキルが生えてくるとも決まっていないのだが、普段の言動などによってスキルが生えやすい傾向などはそれなりに存在し、その手の情報もそれなりに広まって共有されていた。
そのクエストについて伝えたときの反応は様々だった。
「ただでラッキーアイテムが貰えるの?
やるやる、やります。
やらせていただきます!」
やたら高いテンションで即座に応じたのは秋田明雄だ。
この明雄は、他の新入生たち比べるとかなり出遅れていたはずだが、講義が終わると同時に毎日に迷宮にむかい、どこかのパーティに入れて貰っているらしい。
そのほとんどはふかけんの、つまりは城南大学の関係者のパーティだったが、どうしても都合がつかない場合にもロビーをうろついてまるで面識のない人にまで声をかけ、その場で仲間に入れて貰うこともあるそうだ。
快活で社交的な性格の明雄らしいやり方だな、と、静乃は思う。
「ふかけんの先輩の頼みとあれば、断る道はありますまい」
いつものように勿体ぶったいいいかたをしたのは、野間秀嗣だった。
この秀嗣は、〈両手持ち〉のスキルをフル活用して両手に盾を持って構えたかと思えば、臨機応変に両手持ちの大きなメイスに素早く持ち替えてエネミーを殴るという、典型的な壁役に育ちつつあった。
ただし、運動神経の方があまりよろしい方ではなく、秀嗣の打撃が命中する確率はあまり高くない。
命中する確率はあまり高くないのだが、恵まれた巨躯から繰り出す打撃は命中しさえすればかなりのダメージをエネミーに与える。
動きは鈍いが当たると痛い、ということで、陰では「低打率の強打者(スラッガー)」などいう不名誉な呼ばれ方もしているようだった。
「ウサギ狩りですか?
そういうのも、面白いかも知れませんね」
軽い口調でそおう応じたのは、草原水利だった。
〈テイム〉を習得してからの水利は、だいたいパーティを組んでいる一陣忍や双葉アリスとともに、めきめきと経験値を積みあげている。
複数のエネミーをテイムしているおかげで、三人の迷宮先行時間と比較すると、格段にパーティの火力と安定度が増強されていた。
ちなみに、忍やアリスも〈テイム〉のスキルを習得しようといろいろな検証実験を行っていたようだが、いまだに成功したとは聞いていない。
これまで習得した者が極端に少ないことからもわかるように、習得条件がかなり特殊なスキルなんだろうな、と、静乃は思っている。
「いいですよ。
やりましょう」
二つ返事で応じたのは、白泉偉だった。
この偉は、特に身体能力に不安がある新入生たちの相談によく乗っているようだった。
そして本人は、〈体術〉のスキルを習得していることからもわかるように、実に洗練された動き方をする。
偉の動きは速いとか強いとか、そういう直線的な部分ではなく、もっと精妙な部分で他の探索者とは一線を画しているように、静乃の目には映っていた。
静乃もこの偉と何度かパーティを組んだことがあるのだが、偉は他の探索者やエネミーの間を難なくかいくぐり、いつの間にか肉薄して的確にエネミーの急所に攻撃をたたき込む。
偉の攻撃が命中すると、たいていのエネミーはその一撃で沈んだ。
蹴りや拳などの自分の肉体を使用することもあれば、自宅から持ち出したとかいう武器を使用することもある。
その持ち込んだ武器というのがまた、時代劇や映画の中でしか見たことがないような手裏剣やクナイ、暗器にしか見えないような代物だった。
背が低くて痩せていて、初対面の人にはたいてい女性に間違われる。
そして妙に愛想がいい偉には似つかわしくないような背景が、この少年にはあるのではないか、などと静乃などは思ってしまう。
「ひょっとして、偉の家って代々暗殺者かなんかやってんじゃないの?」
それは静乃だけの感想ではなく、あとえばあるとき、物怖じしない秋田明雄が皆の目があるところで偉にこう訊ねたという。
「いやいや」
偉は少しも表情を変えることなく平然と答えた。
「うちは、代々小さな神社の宮司をしている家系ですよ。
親父だけが変わり種で、長いこと海外に出ていましたが」
偉自身の、どうみても特異な体術についても、本人はあくあで護身術であると主張している。
新入生にはその他にも、最近、戦斧のドロップ・アイテムを入手したとかいう槇原猛敏
などがいるのだが、ウサギ狩りのクエストについては総じてはかばかしい反応を示さなかった。
ちょうど強くなってきたのが実感できる時期でもあり、そうした些細なクエストにつき合うよりは先輩方のパーティに混ざってもっと先に進みたい、とでも思っているのだろう。
より深い階層でエネミーを倒せば、浅い階層で活動するよりは確実に多くの経験値を得られるのは確かなのである。
別に強制をするようなことでもないので、静乃としても強く誘うことはなかった。
とりあえず、静乃はウサギ狩りのクエストが本格的にはじまる前に、しなければならないことがあった。
その毛皮はクエストの発注元である岩浪美桜に提供するにしても、その中にある肉については処分をまかされている。
静乃としては、その肉の処分先についても、早めに手配をしておきたかった。
日本ではあまりなじみがないのだが、ウサギは食肉用の素材としてほぼ世界中で消費されている。
静乃は精肉会社を通じて心当たりの飲食店関係に声をかけて貰うことにした。
そのことをあとで静乃から知らされた双葉アリスは、
「……ピ、ピーターラビットのお父さん」
などと、意味不明の言葉を発する。
興味のある方はググってみましょう。
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