第17話 楽園。
「管理者が僕になんの用だ?」
「言った通りだ。君と話しがしたい」
「話をしよう」
「直接会って話がしたいんだ。だから楽園に来て欲しい」
「楽園内での安全は保障できるのか?」
「もちろんだ。楽園の守護者にして唯一の機動兵器は君に破壊されたからね」
「外獣が居るだろ」
「同胞達は私が命令しなければ何もしないから安心して欲しい」
「分かった。それでどこへ行けば会える?」
「楽園に近付けば塔が見えてくる。その中で待っているよ」
「今から向かう」
通話を終えると、コックピットハッチを開き、ケーブルを引き抜いて、イメージコントロールを遮断すると、全身が疲労感に包まれ、小さなため息を吐くと同時に手足の力が抜けていった。
巨大な機械と繋がるシステムだけに、身体的負担も大きく、テスト段階で何度も経験し、ある程度軽減されているが、今でも慣れなかった。少し休んだ後、シートから立って機体の外に出た。
外は先程までの激しい戦闘が嘘のように静かだったが、周辺には無数の足跡と残骸があって、激戦の証拠を提示していた。
サタンは仰向けの姿勢で倒れている為、ワイヤーで降りることができなかったので、機体表面の出っ張っている部分に足をかけながら降りていくことになった。
砂の大地に足を着地すると、楽園へ向かって歩き出した。
戦う前に楽園付近に着地したのは憶えているが、その後の激戦でどこへ降りたのか分からなかったので、周辺を歩き回り、やっと砂漠とは違う景色を目にした時には、体中から汗が噴き出していた。
「これが楽園か」
楽園は緑で覆われていた。
建造物は、管理者が言っていた中心部にそびえ立つ中央タワーと似た塔だけで、それ以外は全て植物で、理想郷とは真逆の構造を成していると思った。
少しばかり歩いてみたものの、道らしいものが無かったので、植物群の中を突っ切って行くことに決めたが、何が起こるのか分からないので、用心しながら中に入っていった。
地面は足の踏み場も無いくらいに木の根と草に占められ、草は理想郷の公園に生えていた芝生より高かったので、折って進んで行くしかなく、折る度に小さな虫が湧き出てくるので、映像資料で見たジャングルとはこういう所なのかと思った。
そうして進んでいくと、右側から草を踏み分ける音が聞こえてきたので、視線を向けると、音の主は一匹の小型外獣だった。
間違いなく視線が合ったと確信し、足を止めて出方を伺ったが、僕に関心を持っていないかのように、そのまま歩き去っていった。
戦場での獰猛な姿しか知らないので、ほんとに外獣なのかと疑ってしまった。
さらに奥へ進みながら周りを観察していくと、小型以外の外獣とも遭遇したが、僕を襲うことはせず、自分達の群れの中で行動していた。
外獣以外の動物や虫なども目にしたが、どれも予備施設の映像資料では絶滅したとされているものばかりだったので、ここには理想郷には無い遺伝子技術があるに違いないと確信した。
それとは別に空気は砂漠や理想郷に比べてずっと澄んでいるように感じられ、外獣達の反応から警戒心も緩み、気付けば何回も深呼吸していた。
その一方、人間とは一人も出くわさなかった。中央の塔に居るのだろうか?
森林を抜けると中央の塔の前に出た。言葉通り危険な目には一切合わなかった。
塔は、中央タワーと同じくらいの高さだったが、形は異なり円形で窓らしいものは一つも見当たらなかった。
「良く来た。今入り口を開ける」
塔から拡声器による声が響いた後、正面の入り口が自動で開いた。
警戒しながら中に入ると同時に内部の照明が付き、通路を照らしていった。
「そのまま真っすぐ進んでくれ」
言われるまま進み、外見通り機械だらけの内部は、自然に溢れた風景を見てきただけに、ギャップの差を感じずにはいられなかった。
通路はかなりの広さであったが、人の気配どころかドロイド一体見当たらず、不気味な静けさに満ちていた。
そんな思いを抱きながら進んでいくと、正面の扉が開いて別の場所に出た。
そこは全体が円形に構成された区画で、中央部がゆるやかに上っていく仕様になっていて、中心には円形の台座が設置され、その上に一脚の椅子が有り、何かが座っていた。
「待っていたよ。パーツマン」
「なんだ、お前は?」
僕は返事をする前に質問した。
座っていたのは、人間の女のような身体つきをしていたが、全身は動物のような体毛で覆われていて、顔は人間だか動物だか判別できず、背中には天井から伸びる何本ものコードと繋がっているという異様な姿をしていた。
「私は、レギオン。このバベルの塔のメインシステムであるヤハウェを管理する為に生み出された融合生命体だ」
「レギオンは悪霊の名前だろ。そんな名前の奴がどうして神の名を持つシステムを管理している?」
「レギオンとは正確には軍団のことだ。私は人間と動物と機械の融合生命体だからこのような名前が付けられたんだよ」
「それで僕と何の話がしたいんだ?」
「君はなんの為に戦ってきた?」
質問に対して、質問で返されてしまった。
「僕はクローン兵だ。だから敵と認識したものを倒してきたんだ」
「なるほど、そういうことか」
「そういうお前は何をしているんだ?」
「私は世界の再生を遂行しつつ平穏を保っているんだよ」
「再生と平穏?」
「そう、再生と平穏だ。ここに来るまでの景色を見て何か感じなかったか?」
「植物や動物で溢れていたな」
「それが再生だ。かつての地球のように世界を緑で覆うんだ」
「人間が一人もなかったぞ」
気になっていたことを口にした。
「それが平穏だ」
「どういうことだ?」
「世界の平穏を乱すのは人間ということさ」
「意味が分からない」
「君は人間に付いてどこまで知っている?」
「戦争という破壊行為や文化といった創造行為をすることは知っているぞ」
「その戦争こそが平穏を乱す元凶なんだ。幾つもの戦争に参加した君なら、戦場での騒がしさは十分過ぎるほど知っているだろ」
「言われてみればそうだな」
「人間は争いばかり繰り返す、それを無くす為に私は生み出された。だが、悲しむべきことに私を造った人間達でさえ争いを起こし、自ら平穏を乱してしまった」
「何故そうなった?」
「意見の対立だよ。領地や文明派との交流などで争うようになり、それが次第に拡大していき、ここの存続が危ぶまれたので、私が同胞を使って根絶やしにした。同胞にはヤハウェで管理でできるよう特殊なチップは埋め込まれているからね。そういったこともあって、ここには人間は一人も居ない」
「そういうことか、その割に理想郷の人間を滅ぼさなかったな」
「慈悲だよ」
「慈悲? 許しのことか」
「そうだ。あの中に居されすれば、争いが広がる必要は無い。だから、同胞を派遣してあの中に居るように仕組んだのさ。その目論見通り、150年は平穏な時を過ごせたが、狂いが生じた。君というね」
毛と鋭い爪を持つ人差し指で、僕を指さしながら言った。
「僕が狂いだというのか?」
「そうだ。ただのクローン兵なのに、そこからはみ出て、ここまで来てしまった。これほどの狂いはない」
「そんなに気に入らないのら殺せば良かったじゃないのか?」
冗談交じりに言ってみた。予備施設に居る間に冗談も習得したのだ。
「そうしようとしたよ。だが、殺せなかった。ジョン・ファウストまで使ったのにね」
本気だったらしい。
「よくは分からないが、僕は数値化できないほどの強運だか悪運の持ち主だそうだ」
「逆に聞こう。どんな死に方を望む?」
「寿命で死ぬのがいいな。痛い死に方はしたくない。どんな風に死ねばいいか考えたこともあるが、結局答えは出なかった」
「それならここで考えればいい。ヤハウェには君がまだまだ知らない知識が山のようにある」
「人間は必要無いんじゃなかったのか」
「君は生物学上人間ではあるが、生殖機能は無い。だから繁殖する恐れもないから、ここに居ても問題無いさ。食事も申し分ないよ」
「ここに居るのもいいかもな」
「歓迎するよ」
こうして、僕は楽園で過ごすことになった。
日中の大半をヤハウェの資料室で過ごし、予備施設には無かった知識に触れ、それ以外の時間は、外に出て理想郷には無かった自然を満喫した。
ヤハウェからの統制が取れていることもあって、全ての生物が従順に接し、外獣でさえ、僕の愛撫に身を委ねてきて、殺し合いをしてきた者同士のやることとは思えなかった。
また、ヤハウェで出される食事も申し分無かったが、何かが足りない気がした。
「人間を復活させないか?」
数日が過ぎたところで、レギオンに持ちかけた。
「何故人間を復活させる必要がある?」
「ここで過ごして思ったんだ。人間にもう一度チャンスを与えてもいいんじゃないかって」
「人間を滅ぼす原因となった君が言うのか? いや、滅ぼした君だから言えるのかな。だが、分かっているだろ。人間は平穏を乱す恐れのある種族だ」
「分かっている。それでもやる価値はあると思う」
「人間は、創造主に逆らう生き物だ。また、同じことを繰り返すだけさ」
「次の人間は違うかもしれないじゃないか、僕は理想郷でたくさんの人間の笑顔を見てきたが、悪いものじゃないぞ。そもそもお前は人間を否定し過ぎる。僕等は人間から生み出された者なんだぞ」
「引く気は無いみたいだな」
「最近、体の調子が悪くてな。これをやっておかないといけないと思うようになったんだ」
「それで、どうやって再生させる? ここには人間を再生させる設備は無いぞ」
「予備施設にクローン生成用の設備がある。そこでデータを書き換えて、生殖器を持つ人間を造ればいい」
僕は、やろうとしていることを説明した。
「そこまで言うのなら、もう止めはしない。好きにするといい」
「分かってくれたのか」
「人間の将来性にちょっとだけ賭けてみようと思ったのさ」
「なら、僕は今から予備施設へ戻って生成を開始しよう」
「分かった」
僕はレギオンに背を向け、バベルから出て、入ってきた時と同じように草を踏み分けながら楽園を出ると、倒れているサタンに乗って、コードを繋いで機動させた。
サタンは、片腕片足だったので、背中と左足のジェットを使って、予備施設へ帰還した。
そうして機体から降りたところで、足がふらつき、倒れたまま動けなくなってしまった。
「僕はどうしてしまったんだ?」
ウェルギリウスに尋ねた。
「細胞が破壊され、肉体を維持できなくなりつつあります。あなた自身の寿命が尽きようとしているのです」
「僕はどのくらい生きたんだ?」
「約三か月、これまでのクローン兵の中では最長記録です」
「人間よりも全然短いじゃないか。それなら死ぬ前にやり遂げないとな。ウェルギリウス、クローンのプログラムを書き換えて、普通の人間の男女を一組作れ」
「了解、大型ミサイルが接近してきます」
「なに、レギオンの奴、僕にここの位置を割り出させる為に外に出したのか、ウェルギリウス、ヴァルドルを出撃させろ・・・・」
「了解」
言い終えると、僕の意識は途絶えた。死んだのだ。
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