第16話 サタン。
僕は食事をしていた。
肉料理のフルコースだった。これからやることは相当な体力が必要になるのだからだ。給仕はベアトリーチェの部屋に居たのと同型のドロイドが務めていた。荒廃する前の地球に存在した日本と呼ばれる国で開発されたドロイドが原型らしい。
食事をしている場所はシアタールームで、緑の草原と雲一つ無い青空が広がる風景を部屋全体に映させていた。食事をしている時は、このような風景の方が落ち着いて食事を楽しめるからだ。
そうするようになってからは以前のように、機動兵器のコックピット内の方が落ち着くという症状は出なくなった。僕が変わったのはもちろんのこと、この施設そのものが閉鎖的ということも関係しているのかもしれない。
部屋には音楽も流していた。モーツァルトと呼ばれる人間が作曲した曲で、これまで聞いてきた音楽の中で一番聞き心地が良く、今見ている風景と非常に合っているので、食事の際には必ず流しているのだ。
この施設に来て、機動兵器の開発に携わる傍ら文化などを知っていく内にすっかりかぶれていた。僕はクローン兵ではあり、本来は戦闘以外のことには興味を示さない筈なのだが、生物学上では人間に該当するのだから、関与を続けいくと影響を受けてしまうものなのだろう。
今ならハデスが、地下施設で心理プログラムに反するの行為に走った気持ちも理解することができる。
食事が済むと、ドロイドが運んできたコーヒーを飲んだ。この施設で淹れられる最高級のコーヒーで、今まで飲んだどのコーヒーよりもうまかった。食べ物にせよ飲み物にせよ口に入れるのなら、最高品質のものに限るな。
その一方で、酒だけはダメだった。
そうしてコーヒーを片手に聖書を読んだ。人間が重宝していた書物の一種で、データベースには様々なヴァージョンのデータが丸ごと記録されていて、その全てを読破し、今は最初に執筆されたヴァージョンを読み返しているところだった。
もちろん、聖書以外にもコーランに仏典など、宗教に関するあらゆる書物を読み漁った。人間というのは、神に天使に悪魔など科学では実証できない架空の存在を高位の存在して崇め奉るのが好きな一面があり、崇拝する神の食い違いが戦争の一要因にさえなると知った時には驚くと同時に、こんなことで争う人間は、なんとも奇妙な生き物かつおもしろい生き物だと思えた。
読み終えた聖書を閉じて、映像を切るように言うと、色一つ無い壁に囲まれた殺風景なシアタールームに戻り、椅子から立って着ているYシャツとズボンと靴を脱ぎ、ドロイドが持ってきたパイロットスーツに着替えた。
僕専用に新調されたパイロットスーツは、色はサタンと同じく白と黒のツートンカラーで、デザイン的にはこれまで着ていたものと大差は無く、上下一体であるものの、素材の違いから着心地は比べ物にならないくらに滑らかだった。
それとヘルメットは付けていなかった。必要無いからだ。
着替えを済ませてシアタールームを出ると、ウェルギリウスが事前に待たせていたカーゴには乗らず、歩いて製造プラントに向かった。今日までの過程を思い、徒歩で向かうことにしたのだ。
ゆっくり歩いて、ここの風景を見ていきながら製造プラントに入ると、僕だけの専用機動兵器が出迎えた。
大きさはウリエルと同じ35メートルであったが、外装や塗装などデザインが同じところは一つもなかった。
色は指定通り白と黒のツートンカラーで、全体にバランス良く配色されていた。これは今まで乗ってきた機動兵器とルシファーの色を取り合わせているからだ。
外装は、映像データからウリエルが西洋の甲冑をモデルにしているという結果を受け、それならこちらは日本の甲冑をモデルに全く異なるデザインにして、主要武装であるビームライフルも違う意匠にし、二丁に増やして両手に持たせていた。
頭部の角は発注通り二本になっていて、一本角のウリエルとは真逆の印象を抱かせているのだった。
名前をサタンに決めたのは、楽園に向かう悪魔は本来ルシファーという名前なのだが、そちらは以前乗っていた機体と同じだったので、ベルゼブブ、バール、アスモデウスにレギオンといった聖書などに出てくる有名な悪魔の中からルシファーの別名とされている者の名を選んだのだ。
「ウェルギリウス、最終チェックは完了したか?」
「パーツマン、終了しています。どこにも問題は検出されませんでした」
「当てにならないパーツは一つも無いな?」
「一つとしてありません」
「分かった」
足元まで行くと、上部ハッチから垂れ下がっているワイヤーの取っ手を右手で掴み、フックに足を乗せ、取っ手の先端に付いているスイッチを押し、ワイヤーを巻き上げて、下部ハッチに両足を乗せてコックピットに入った。
内部は機動兵器やルシファーの四角構造とは異なる球形式で、居住空間を広く取る為に計器類は一切設置せず、中央にパイロットシートが一脚あるだけのシンプルな造りにした。シートは二本のコントロールスティックとフットペダルの付いているという従来のものと同じ仕様だった。
シートに座り、絶妙な座り心地を感じながら、頭に当たる部分から伸びているコードを右手で持って、後頭部にある差し込み口に接続すると、サタンが起動し、一瞬の暗転の後、目線は機体とほぼ同じ高さになった。神経接続によって、サタンに搭載されているツインカメラと同じ視界を得たのである。
テスト段階では、視線の急激な変化に目眩を引き起こしそうになったが、今は慣れたので問題無かった。
一方、コックピットでは壁一面にカメラを通しての風景が、超高画質によって映し出されていて、僕自身は両手でコントロールスティックを、両足をフットペダルに乗せていた。神経接続によるイメージコントロールシステムを使っているので、このような行為に意味は無かったが、こうした方が操縦している気分になる上に、神経接続に支障が出た際の予備策でもあるのだ。
ハッチを閉じて軽く息を吐くと、それに合わせるように機体の全排熱口から煙が吐き出され、両眼を動かすイメージを思い浮かべれば、ツインカメラはその動きに合わせた映像を見せた。
それから右足を動かし、関節が駆動音を鳴らしながらの第一歩を踏み出すと、プラント内に巨大な足音を鳴り響かせた。それから二、三歩進んでいくと、プラント内は振動に包まれたが、僕にはほとんど感じられなかった。
プラントの中央に来たところで機体を止め、両手に持っているビームライフルを真上に向けて二丁同時にトリガーを引き、銃口から発射された二筋のビームによって、破壊された天井から落ちてくる破片を銃身を動かして払い除け、再度頭上を見ると煙が晴れ、その先から見える穴から日の光が差し込み、プラント内に一筋の小さな光をもたらした。
両腕を下げると、背部の一部分を開いて外殻を出し、その内側から伸ばした骨組みから発生する特殊粒子によって漆黒の翼を形成し、背部中央と足底のジェットを噴射して機体を僅かに上昇させた後、一気に加速して穴を通って外に出た。
地上に出ると一旦停止して周囲を見てみると、上には青い空、下には砂漠が広がっていた。これでは予備施設のどの入り口からでも地上に出られないと納得する一方、これが今の地球の姿なのかと認識したところで、理想郷のあった場所に向かった。破壊された後、どうなったのか確認する為だ。
穴になっていた。
かつて理想郷と呼ばれ、150年近く存在していた理想郷の姿はどこにもなく、真っ黒で大きな穴と化していた。煙などが治まっているのは、破壊されてから日数が経っているからだろう。
近くに着地してみると、穴はかなり深く、地下シェルターも含め、全てが破壊されているのが分かると同時にウリエルの持つ攻撃力の大きさも把握できた。
二足歩行で周辺を見て回っている最中、懐かしいものを発見した。
ルシファーの首だった。
理想郷の破壊に巻き込まれ、体が破壊されたものの、首だけは残ったらしい。左手のビームライフルを地面に突き刺して、拾い上げて見てみると、僕が付けた顔半分の傷もしっかりと確認できた。こうしてかつての愛機を眺めると、こんなにも小さな機体に乗っていたのかと思った。
首を置き直した後、上昇して楽園へ向かって飛んでいった。高速飛行による移動だけあって、ルシファーで向かった時の何倍ものスピードが進むことができた。
そうして目の前に楽園が見えてくるとウリエルが現れた。
「ジョン・ファウストか?」
サタンを着地させ、ウリエルが受信できるだろうと予測された周波数による通信を送った。
「パーツマン、お前、生きていたのか?」
着地したウリエルから返答があった。予測は当たっていたようだ。
「僕は悪運が強いらしい」
「その機体はどこで造った?」
「理想郷の予備施設さ」
「なるほど、それで何をしてに来た?」
「復讐さ。理想郷を破壊されたからな」
「クローンがオリジナルに復讐なんて聞いたこともないぞ」
「別に構わないさ。お前に理解してもらおうなんて思っていないからな。それともう一つ、僕はお前を敵と認識する」
「それなら戦うしかないよな。自分のクローンと真正面から戦うなんて思わなかったぜ」
「僕も自分のオリジナルと戦うなんて生成された時には思わなかったよ」
「あははははは!」
僕等は互いに笑う合い、それが済むとビームライフルを向け合って、ほぼ同じタイミングでトリガーを引いた。
銃口からビームが発射されると同時に上昇して回避し、そのまま上空へ飛んで、大空を舞台にビームライフルの撃ち合いを行い、幾筋ものビームが飛び交う中、縦横上下にと交差を繰り返した。
直撃とはいかないまでも何発目かのビームが装甲を掠め、対ビーム用の特殊コーティングをしているとはいえ、ダメージゼロというわけではなく、アラームが鳴る度に、シミュレーションでやった通りにはいかないと思った。
また、ジョン・ファウストもこの激戦によく耐えられると思った。これも機械に改造されている為だろうか?
このままでは埒が明かないと判断して、ウリエルに背向け、粒子拡散チャフをバラまくことで攻撃が当たらないようにしながら、前方に広がる雲海に突入した。
追ってきたウリエルが雲海に近付くのに合わせて、ビームライフルによる攻撃を行い、反撃する前に高速飛行で移動して、別の場所から攻撃を仕掛けることで、混乱とダメージを与えようと考えたのだ。
そうした中、ウリエルのビームライフルの銃身が伸びて、フォアグリップを掴んでトリガーを引くと、理想郷を破壊した極太ビームが発射され、雲を消し飛ばしていった。
このままでは危険と判断し、雲海から出ると、二丁のビームライフルを平行に繋ぎ合わせて、ウリエルと同じく極太ビームを発射した。
二筋の極太ビームがぶつかり合うと中間地点で光弾が発生し、初めは小さかったが、次第に大きくなっていき、最後には正視できないほどの光量となって弾け、その際に発生した衝撃波で吹き飛ばされ、すぐに機体を立て直すと、正面にライフルを構えたウリエルが居た。
ウリエルの攻撃に対して、射撃で応戦しようとしたが、トリガーを引いた途端、銃身が爆発した。先ほどの攻撃が本体に相当な負担をかけていたのだろう。
その隙を突くようにライフルを連射しながら向かってくるウリエルに対して、ビームライフルを放り投げ、破壊されるタイミングに合わせて発光弾を発射し、光に怯んだところで、ジェット噴射による加速をかけて一気に距離を縮めて肉薄し、左前腕に装備しているビームソードを放出して、正面を薙ぐように斬り付けたが、一瞬の差で回避され、ビームライフルを破壊することしかできなかった。
主武装を失ったウリエルは、突き出し左手の平からビームを撃ってきて、腹部に左キックを当てて軸をズラしたものの、顔面の右半分と右翼の一部を破壊されてしまい、あまりの光量に一瞬目が潰れるかと思いつつ、頭部に装備されているバルカン砲を撃って、ビーム砲を破壊した。
もう一度ビームソードで攻撃しようとすると、左キックによって蹴り飛ばされてしまい、ジェット噴射を全開にして機体を止めたところで、両腕を突き出す体勢から全武装ハッチを展開して、内蔵ミサイルを一斉発射した。
煙の尾を引きながら向かっていく無数のミサイルをウリエルは全身から発射したビームによって撃破し、ビームはそのまま僕に迫ってきた。
僕は、サタンに両手両足を内側に折らせ屈むような姿勢を取らせ、さらに翼で機体全体を覆わせることで防御体勢を敷き、翼部分が特殊粒子によってビームを弾くことで、本体へのダメージは軽減できたが、そうではない外殻は連続する直撃に耐えきれず破壊され、空中での制御を失い、落下していく中、左右の前腕の側面装甲からビームソードを出した状態で射出した。
ウリエルが、ビームを発射して、破壊しようとするも遠隔操作によって回避させ、背中で爆発させることで、翼を破壊することに成功したのだった。
同じように落下し始めたウリエルにジェット噴射して迫ろうとするも、向こうも同じく向かってきて、互いに空中で殴り合いながら落下していった。互いに武器を使用しなかったのはあまりにも距離が近く、使えば自身の機体にもダメージが及ぶと分かっていたからである。
地上が近付くと、ウリエルはサタンから離れ、ジェット加速によって、先に着地するなり全身からビームを発射してきた。
その攻撃に対して、僕はサタンにビームソードを出させ、高速回転による防御膜を前面に展開することで、ビームを無効化しながら降下していった。その際、地下施設でハデスと戦った時と似たような展開だと思った。
ビーム攻撃を止め、腰から二本のビームソードを出して、迎え撃つ体勢を取ったウリエルを見た僕は足底のジェットを噴射することで両足を一旦前に出した後、ビームソードを両手で持って頭上に掲げ、唐竹割の体勢で降下していった。
サタンが振り下ろし、ウリエルが突き出したビーム刃がぶつかり、極太ビームの時ほどではないものの、両者の間で大量の光の粒子を飛び散らせながら弾け合い、僕は着地する途中で足元に残ったミサイルを発射し、その爆炎の中に着地した。こうでもしなければ、ウリエルに着地の瞬間を狙われていただろう。
煙が晴れ、何度目からになる対峙をした後、ビームソードを両手で持って構え、ビーム刃を伸ばした状態で斬りかかっていくと、ウリエルは二本目のビームソードの両端を合せた薙刀という武器にして向かってきた。
二体の鋼の巨人による斬り合いが開始され、三本のビーム刃が激しくぶつかる度に光の粒子が火花のように飛び散り、装甲に小さな硝煙後を造っていった。
斬る、突く、薙ぐ、掻っ捌くといった攻撃動作が繰り広げられていくのに合わせて、外装が斬られ、剥がされるなどしていくに連れ、双方の機体には放電に煙にと目に見える形でのダメージが刻まれていた。
それとは別に四脚の巨大な脚の動きによって、二体の周辺には無数の大きな足跡が出来ていた。
損傷は装甲だけではなく、武器にも及び始めていた。ビーム刃の収束装置が限界を迎え、刃が形成できなくなりつつあったのだ。このまま戦い続ければこちらの方が危ないと判断し、早期決着を付けるべく特攻した。
ウリエルは動かず、ビームソードを分離させて一本を投げるという予想外の行動に回避が間に合わず、ソードが右足に刺さったことで、体勢を崩しながら地面に両肘を付いてしまった。
そこへビームソードを振り上げながら迫ってきたウリエルを前に、機体を下げつつ武器を真横に振って、両足を斬って地面に倒れさせたところで、刃を下向きにして突き刺そうとした。
次の瞬間、ウリエルのマスクが開いて中から現れた砲身からビームが発射され、機体を後ろに仰け反らせることで、コックピットへの直撃は回避できたが、頭部と右腕を破壊され、ビームソードを落としてしまった。
そのまま機体が地面に着くと、ジェット噴射によって飛び上がったウリエルがビームソードを突き出してきた。
僕は、サタンに左腕を上げさせ、高速回転させながら肘下から射出した。
本体から飛び出した左腕は、ウリエルのコックピットを貫き、背中から突き出ていった。
左腕の直撃を受けたウリエルは爆発して跡形も無く吹き飛んだのだった。
敵が、完全に消滅したのを確認した僕は、軽く息を吐いた。決着が付いて安心したのだろう。
「そこの機動兵器のパイロット聞こえているか?」
コックピットに音声による通信が入った。
「誰だ?」
「楽園の管理者だ」
「管理者が僕になんの用だ?」
「対話をしたい」
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