第15話 復讐。

 「サイボーグだよ」

 機械混じりの体を晒しているジョン・ファウストが即答した。機械と生身が半々なのに良く喋ることができるなと思った。


 「サイボーグ?」

 「体の損傷を機械で補う技術さ。クローン技術が確立される前から存在する技術だよ。自分に使われるとは思わなかったぜ」

 「会った直後に言っていた技術とはサイボーグのことだったのか」

 「そうだ」

 「何故、その技術を使った? 今ならクローン再生できるだろ」

 「憎いお前等の技術なんか使えるかよ。そんなことをするくらいなら機械になった方がまだマシだ」

 「そんな体になってまで生きようとする目的はなんだ?」


 「理想郷の人間共に復讐するからだよ。その為に俺はこの体で生きることを選んだんだ。もっともお前がここに来るまで冷凍冬眠で眠らされていたけどな」

 「復讐なんて言葉初めて聞いたし、お前の言っていることが理解できない」

 「クローンなんかに理解できなくて当然だ。まあ、殺す前に教えてやるよ。俺は理想郷の人間に裏切られたんだ」

 「裏切り?」

 これも初めて聞く言葉だった。


 「クローン兵の生成に際して一般兵である俺達の反乱を恐れた文明派の上層部は一般兵全員を始末しようと、機動兵器に爆弾をセットしていやがったのさ。俺は爆発直前でミルからの通信を聞いて脱出したが、右半身の大半を失い、仲間は全員死んだ。それから自然派に拾われ、サイボーグ手術を受けて、すぐに復讐に行こうとしたが、まだ早いとして眠らされたのさ。150年とは長かったぜ」

 「そういうことだったのか」

 「だから、目覚めた時は物凄く嬉しかったぜ。これでやっと復讐できるんだからな。理想郷に為に尽くした俺とミルを裏切った人間どもによ。だから、その点に関してはパーツマン、お前に感謝しているぜ。その気持ちを受け取って死んでくれ」

 言い終えたジョン・ファウストは、僕に飛び掛かって来た。


 僕は、落ちているビームソードを拾い、ボタンを押して刃を放出して前方に振ると、ジョン・ファウストは、後ろに飛び退いたが、予期していなかった動きだったせいか完全には避けきれず、機械で構成された右腕を切断され、驚きの表情を浮かべていた。

 その隙に前方へ走り、刃を突き出して、右足を突き刺し、地面に倒れさせた。

 「死ぬのはお前だ」

 刃を顔に突き付けながら言った。

 

 「それは、どうかな? ウリエル!」

 ジョン・ファウストの呼び声に応えるように、ウリエルが起動して、こちらに向かってきた。

 「ウリエルは、俺の脳波でコントロールできるんだ。サイボーグならではの芸当さ。なんだか、脳がぶっ壊れちまいそうだぜ」

 僕は、ビーム刃を収めると、ウリエルの真下を通ってルシファーに向かい、ハッチを開けて中に入り、機体を起こして理想郷に向かって移動した。

 その後を飛行状態のウリエルが追いかけてきたが、攻撃はしてこなかった。


 理想郷まで後数メートルというところで、ルシファーの動きが止まり、頭から地面に突っ込み、二、三回転がって仰向け状態で停止し、ハッチを開けて降りて見てみると、両脚部は煙を上げ放電していた。ウリエルに踏まれた際のダメージによって限界を迎えたのだろう。

 「ゲートを開けろ」

 コックピットから持ち出したサングラスを通してウェルギリウスに命じると、メインゲートが開き中に入った。戦いが終わった後だった為かハンガーには機動兵器は一機も無かった。

 「敵が来るぞ。対抗策はあるのか?」

 「防護ドームを閉じて、迎撃用レーザーで攻撃します」

 「僕がルシファーに乗ってここへ来た時に攻撃してきたシステムだな。僕自身はどうすればいい?」

 「中央タワーへ行き、地下の避難シェルターへ避難してください」

 「理想郷の人間はどうなる?」

 「各区画に用意されている避難シェルターへ避難させます」

 「分かった。それと左腕を斬られたんだが、治療はできるのか?」

 「地下シェルターには医療用施設もあるので、そこで治療できます」

 「分かった」

 痛みを堪えつつ、入ってきた搬入路を通って理想郷へ向かったが、徒歩だったので倍以上の時間がかかった。内部では人間達が避難している最中で、列を作って歩いていたが、誰も笑っていなかった。


 中央タワーへ着くと、今まで使っていたのとは違うエレベーターに案内されて乗ったが、僕以外には誰も来ず、扉が閉まると、そのまま地下へ降りて行った。

 中央タワーの頂上に行くよりも長い時間をかけて着いた場所は、広大な室内に巨大な四角い箱が多数置かれた場所だった。

 

 「これが避難シェルターなのか?」

 箱の一つを指さしながら聞いた。

 「はい、各BOXに一家族が快適に過ごせる設備が完備されているのです。地上にある施設とは独立した電力供給が成されているので、十数年ここで暮らすことが可能となっています」

 「なら、一つ開けてくれ。早く左腕の治療を受けたい。痛くて堪らないんだ」

 安全な場所に辿り着けた安心感から、さっきよりも痛みが増した気がした。

 「了解、一番手前のBOXにお入りください」

 僕は、言われるまま手近なBOXに入った。


 室内はテレビにベッドなど、ベアトリーチェの部屋並みに物が揃っていた。

 僕がベッドの一つに座ると、ベッドの脇から多数のアームが出てきて、僕の体を調べていった。

 「左腕が損傷されています。いかがなさいますか?」

 「クローン再生できないのか?」

 「あなたの体は特殊な細胞で構成されているので、ここの設備では対応できません。サイボーグ手術であれば可能です」

 「自分の体を機械にするなんて絶対に嫌だ」

 ジョン・ファウストの姿を思い出し、物凄く嫌な気持ちになった。

 「外の様子はどうなっている?」

 「モニターでご覧になりますか?」

 「頼む」

 部屋のモニターが外の様子を映し、理想郷の迎撃用ビームを前に全く動かないウリエルの姿を映した。あの機体にビームは通じないらしい。 

 その後、両手で持ったライフルを理想郷に向け、銃口よりも太いビームを発射すると、画面は光に包まれ、その後の映像は途絶えた。


 「映像が切れたぞ。どうなっている?」

 「敵のビームによって防護ドームが破壊されました。次の攻撃で理想郷は完全に破壊されますので、今すぐ別の施設へ移ってください」

 「別の施設? 予備の施設とかいう場所か、あそこは外獣の襲来で放棄されたんんだろ」

 「放棄されたのは表層部だけで地下施設は完成しています。使用されることがなかったので、放置されていたのです」

 「今すぐにか? 左腕の治療はどうなる?」

 「それでは間に合いません。予備施設であれば全ての生産プラントが揃っていますので、よりご希望の処置を行うことができます」

 「分かった。そこへ行こう」

 僕は、部屋から出ると案内に従い、エレベーターの真向かいにある入り口へ行き、そこに用意されている理想郷で見たカプセルの中を行き来する長い乗り物に似た移動用の乗り物に乗って、予備施設へ向かった。


 左肩の痛みによって動く気力も無く、蹲っている最中、乗り物全体が大きな振動に包まれた。

 「何があった?」

 「理想郷が完全に破壊されました」

 「中の人間は?」

 「内部に居た生命体は、人間を含め死滅しました」

 「ジョン・ファウストは、復讐を果たしたわけか。お前は問題無いのか?」

 「メインシステムは、予備施設へ移行しているので問題ありません」

 「その割には、この中真っ暗だぞ」

 「通路運用プログラムに支障をきたしまして、乗り物を動かせません」

 「どうやって、予備施設へ行けばいいんだ?」

 「徒歩でなら可能です」

 「どのくらいかかる?」

 「成人男性の脚力であれば、五時間です」

 「分かった」

 僕は、乗り物から降りて、歩き始めた。


 暗闇の中を歩き続けた。左肩の痛みの影響もあるだろうが、歩くことがここまで困難だとは思わなかった。

 どのくらい歩いたのか、僕は両膝を付くなり仰向けになった。

 そうすると、体から動く気力が失われ、何もできなくなった。

 

 僕は、このまま死ぬのだろうか?

 

 殺人、自殺、寿命のどれでもない死に方に入るわけだ。

 ”あんたはどんな死に方がしたい?”

 ペソに聞かれた言葉を思い出した。

 それから目を瞑ってみると、この死に方が僕の望んでいたものではないことがはっきりしてきて、こんな所で死ぬわけにはいかないという気持ちが沸きあがると同時に、体の向きを変えて立ち上がり、歩みを再開した。

 歩き続けると、目の前に光が見えてきて、さらに進んでいくと、そこが開けられた通路の出口であることが分かり、そこを通って中に入った。

  

 「ここがそうか」

 予備施設は避難シェルターよりも格段に広く、様々な施設が存在していて、生きていくにも何かを製造するのにも支障無さそうだった。

 「それにしても随分と色々な施設を用意しているんだな」

 「上層部の人間達は、理想郷になんらかの病気や事故があった場合には避難シェルターを、そこも放棄せざるをえなかった場合に備えて予備の施設を建造していたのです。ただ、彼等が想定する事態は起こらず、彼等も死に世代交代が進む内に管理者以外には知らされない情報となったのです」

 「自分達が生き残る為に色々と準備していたわけか、ジョン・ファウストを裏切るくらいだからこれくらいはするのかもな。こういう場合の適切な言葉ってあるのか?」

 「バカ、阿保、鬼、外道、畜生と言った言葉あります」

 「けっこう多いんだな」

 人間は、色々な言葉を使うのだと思った。


 「それよりも早く左腕の治療をしてくれ。ここにはクローンの製造施設はあるのか?」

 「あります」

 「なら、左腕も再生できるな」

 「可能です」

 「やってくれ。左腕が無いと不便で仕方がない」

 「了解」

 僕は、カーゴと呼ばれる室内移動用の乗り物に乗ってクローン生成施設へ行き、全裸になって生成カプセルに入った。誕生以来となる生成カプセルの中は思っていた以上に狭く感じられた。

 酸素マスクを付けると、天井部から培養液が降り注ぎ、カプセルの中を半分満たしていくと、体が浮き始め、満水になると完全に浮いた状態になり、左腕を見ていると、徐々に再生していくのが目に見えて分かった。

 再生が完了して、カプセルから出ると、元通りになった左腕を動かした。失っていた数時間の間、物凄く不便だっただけに、あることの便利さを強く実感した。

 

 「理想郷を破壊した機動兵器に対抗できる機動兵器を製造できるか?」

 左袖の無いパイロットスーツを着たところで、ウェルギリウスに尋ねた。

 「可能です。あの機動兵器に使われている技術は理想郷が建造される以前に確立されていたものです。資材も揃っています」

 「自然派もその技術を持っていて、ジョン・ファウストの為に使ったわけか、すぐに始めてくれ」

 「了解」

 「それで機動兵器の完成にはどのくらいかかる?」

 「本体の組み立てだけなら数日で完了しますが、デザインの変更に機動テストを加えますと、数週間はかかると思われます」

 「デザインに関してはウリエルとは異なるものにしろ。それ以外は任せる」

 「了解しました」

 「外には出られるのか?」

 「本施設の入り口は長年積もった砂によって塞がれているので出入りはできません。また元の施設はエレベーターが破壊されているので実質出るのは不可能です」

 「ここに閉じ込められているということか」

 「機動兵器の武器で施設を破壊すれば出ることはできます」

 「機動兵器が完成しないと何も出来ないというわけか、開発の間、僕は何をしていればいい?」

 「ここにある設備を利用して過ごさせることをお勧めします」

 「そうするよ」

 施設内全ての設備に目を通した僕は、シアタールームにて人間の歴史に付いて知ることにした。他のものには興味を惹かれなかった。

 

 「人間の歴史って戦いばかりじゃないか。何故だ?」

 資料映像を見ながら訪ねた。

 「世界の情勢が大きく影響していますが、人間の闘争本能が引き起こすとも言えます」

 「なるほど、それと僕はどうして死なない?」

 前から疑問に思っていることを聞いてみた。

 

 「全ての生物は必ず死にます。あなたも死ぬことは間違いありませんが、外的要因における死を回避される確率が非常に高いようです。人間はそれを”運”と呼んでいます。幸運、悪運など呼び方は様々です」

 「そういえば、ウォンが1000万体目は縁起がいいと言っていたが、数字と生存率の間に関連性はあるのか?」

 「運を数値化することは不可能です。人間は数字の組み合わせで、運の良い悪いを決めていたりします。777なら幸運などです」

 「意味が分からないな。逆にどうして僕の周りでは人が死ぬ。死に方は様々だが、理想郷の人間を入れるとかなりの数だぞ」

 「人間に限らず、なんらかの要因で大勢が死ぬ可能性は有ります。もし、ご自身が要因とお考えであれば、行動するのを止めることです」

 「何もしないということか」

 「そうなります」

 「今更何もしないで、ここで生きるなんて僕の望む死に方じゃない。僕はジョン・ファウストを倒したいんだ。左腕を斬られたし、ベアトリーチェから引き継いだ理想郷を破壊されたからな。その意味で今度は僕があいつに復讐する番だ。それとこれから僕のことはパーツマンと呼べ。ここまで生きてきて名前は無いのは変だからな」

 これまで感じたことのない気持ちや欲求を言葉にしていった。


 その後の数日間、僕は歴史を学びつつ、映像による開発経過を見せられ、初めは骨組みだけだったものが、徐々に人型になっていく過程を目にしていった。

 「パーツマン、本体の組み立てが完了しました」

 報告を受けて、製造プラントに行くと、そこにはウリエルと同じ大きさの機動兵器が立っていた。

 「出来たか、確かにこれならウリエルに対抗できそうだ」

 「デザインは、これでよろしいですか?」

 「頭の角は二本にしてくれ。一本ではウリエルと同じになってしまう」

 「了解、色はどうなさいますか?」

 「黒と白で頼む。それと名前は"サタン"だ。楽園を脅かす悪魔の名前だよ」

 「了解」

 ウェルギリウスの返答を聞いた後、僕は顔にこれまで感じたことのない力みを感じていた。


 「顔が変な感じなんだが、どうかしているのか?」

 「笑っています」

 「僕が、ほんとか?」

 その返答の後、ウェルギリウスが画面に映った僕の顔を見せると、確かにハデスやジョン・ファウストのように笑っていた。

 初めは理解できなかったが、答えは簡単だった。僕は自分だけの機動兵器の完成に胸躍っていたからだ。

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