第12話 ベアトリーチェ。

 僕は平地に立っていた。


 その僕の脇をウォン、マルク、ペソ、ポンドといった人間、ハデスも含めた同類達に機動兵器とガンテツ、さらには外獣達までもが通り過ぎていった。

 

 どこへ行くのかと思い、振り返ってみると黒い穴へ向かっていて、内部に入ると消滅していくのだった。


 目を開けると、ルシファーのコックピットの中で、さっきまで見ていた光景が夢だと分かった。最近良く夢を見ると思った。心理プログラムに支障が出ているのだろうか?


 それから小さな打撃音に気付き、ルシファーのメインカメラを動かして周囲を見てみると、モニターに青い服を着た男が表面を叩いている姿が映し出されたので、ハッチを開け

 「何か用か?」と尋ねた。

 「管理者が会いたいと言っている」

 「分かった」

 ルシファーから降りて、エレベーターに乗り、ベアトリーチェの居る最上階へ向かった。


 「来たか」

 中に入ると、ベアトリーチェは部屋の真ん中に立っていて、服装は初めて会った時のものと異なり、両腕と胸元が露出した足首まで丈のある白いドレスとかいう服を着ていた。

 「何か用か?」

 「ディナーを一緒にしようかと思ってな。腹はいっぱいか?」

 窓辺には料理を乗せたテーブルと向かい合わせに配置された二脚の椅子が置かれていた。また、空が暗くなっているので、夜になったと分かった。

 「いいや、まだ食べられるぞ」

 「そうか。なら、あの服に着替えてくれ」

 指さす先には、色の黒いスーツが置かれていた。

 

 「食事をするだけなのに、どうしてスーツに着替える必要があるんだ?」

 「恋人気分を味わいたいのさ」

 「人間の男と女の関係か」

 「知っているのか?」

 「理想郷に居た時に情報を得たからな。そこいら中で関係を持っていたぞ」

 「そうか。ほら、早く着替えてこい。食事が冷めてしまう」

 「分かった」

 僕は、服を脱いでスーツに着替えた。これまで着ていた服とはまったく異なる感覚に全身が包まれた。

 

 「ネクタイはどうした?」

 「名称は知っているが、結び方が分からない」

 ネクタイを見せながら返答した。

 「私が結んでやるよ」

 側に来てネクタイを取ったベアトリーチェは、手際良く結んでいった。

 「これでいい。こんなことをしていると本当に恋人みたいだ」

 「そうなのか?」

 「そうだよ。席に着け」

 言われるまま、ベアトリーチェの向かいの席に座った。

 

 テーブルの上には、ステーキと食べる為の食器が置かれていた。

 「ステーキは食べたか?」

 「ああ、入ったレストランの全メニューを注文したからな」

 「だが、ここにあるステーキは、理想郷にあるレストランとはレベルが違うぞ」

 「そうなのか」

 「その前に乾杯だ」

 側にある酒に手をかけた。

 

 「酒はダメだ」

 「飲めないのか?」

 「今日一杯飲んで、体調不良になりかけた」

 「子供だな。私は毎晩飲んでいるぞ。こいつが無いと夜も眠れない」

 「他に飲めるものは無いのか? 缶コーヒーでもいいぞ」

 「ばか、缶コーヒーで乾杯なんてできるか。リンゴジュースならいいだろ」

 「それは飲んでいなかったな」

 ベアトリーチェが手を叩くと、部屋の左手の自動ドアが開いて、中からテーブルとほぼ同じ高さで四角い形のドローンが飲み物を持って現れ、受け取ったベアトリーチェは僕のグラスに注いだ。


 「乾杯しよう」

 「乾杯って、どうやるんだ?」

 「自分のグラスで、相手のグラスを軽く叩くんだ」

 「分かった」

 言われるまま、グラスを持ち、ベアトリーチェのグラスを軽く叩いた後、リンゴジュースを飲んだ。

 「うまいな」

 「理想郷で生産される最高級のものだからな。ステーキも食べてみろ」

 言われるまま食べた。

 「レストランで食べたものよりうまい」

 「そうだろ。最高級の肉だからな。理想郷にあるレストランとは格が違うのさ」

 それからは昼間見聞きしたことをベアトリーチェに話しながら、食事を進めていった。


 「なんで、僕を相手に恋人気分を味わいたいなんて思ったんだ?」

 食事が終わったところで、根本的な質問をした。

 「お前に、私の秘密を一つ教えてやろう。私はクローンなんだ」

 予想していなかった返答だった。

 「クローンということは、僕の同類になるのか? いや、形が異なるからそうとは言えないのか」

 「私はこの理想郷の管理用に生成されたんだ。男女の違いはあるが、素材という意味ではお前と同類だよ。クローンだから普通の人間とでは恋人気分を味わえないから、お前を呼んだのさ」

 「ほんとにクローンなら、首の後ろに製造番号があるだろ。見せろ」

 「疑り深い奴だ。ほら」

 後ろを向いて、髪を右にズラすと、製造番号が刻印されていた。

 

 「なんでクローンに管理を任せている、人間じゃダメなのか?」

 「人間は間違いを犯すし、プログラムだけでは不安が残るということで、人間でありながらコンピューター並みの思考力持ったクローンに任せることになったんだよ。理想郷の設計者達は人間に対して相当な不信感を抱いていたらしい。愚かな行為を繰り返した挙句、自分達の住む星を死の惑星にしたのだから当然かもな」

 「ここで同類と会うとは思わなかった」

 「私もだよ。こっちへ来い」

 言われるまま右側の自動ドアを通ると、そこはベッドと呼ばれる寝具の置かれている部屋だった。


 「ここでなにかするのか?」

 「ああ、大事なことをするんだ」

 返答したベアトリーチェは、服を脱いで全裸になった。

 「お前も脱げ」

 「分かった」

 言われた通り、スーツを脱いで全裸になった。


 「そこへ寝ろ」

 ベッドに行って寝ると、ベアトリーチェが覆い被さるように体を重ねてきた。

 「今から私のやることに一切抵抗するな」

 「分かった」

 返事をすると、ベアトリーチェは自分の唇を僕の唇に重ねてきて、しばらくそうした後、首、胸板、下腹部といった順番に舐められていき、排尿器官を口に丸呑みされて舐められると、僕自身は何もしていないのに、器官が勝手に膨張かつ硬直していった。

 一器官の突然の変化に対して僕は、驚きと戸惑いを隠せなかったが、抵抗するなと言われたので、そのままの姿勢でいた。

 

 一連の動きが終わると、ベアトリーチェは体を起こして、自身の足の間に器官を入れ、上下に激しく動いた。

 初めはなんともなかったが、やがて器官が尿とは異なる感覚を伴うものを出しそうになってきて、どうしたらいいのか判断できず

 「排尿器官から何かが出そうだ」と質問した。

 「いいぞ。そのまま出してしまえ」

 その返答を耳にして、言われるまま出した。全身がこれまで感じたことのない疲労感に包まれ、ほとんど動いてないというのに何故か息切れまでしていた。


 「さあ、今度はお前が上になれ。私がしたようにやればいい」

 「分かった」

 ベアトリーチェの上になった僕は、さっきされたことと同じことをした。一通りの動きを終え、自分から器官を入れて動かし始めると、自分でも分からない内に腰を激しく動かしていて、空腹時に食べ物を貪っているかのような気持ちになる中、再度何かを吐き出すと同時に全身の力が抜け、気づけばベアトリーチェに覆い被さっていた。

 「この行為はいったいなんだ?」

 「性行為と言って、男女がお互いの愛と子供を設ける為に行う行為さ。生殖機能自体はない私達だが、気持ち良かっただろ」

 「悪くは無い」

 僕は、妙な疲れからベッドに突っ伏した。


 「何故、恋人同士でもない僕と性行為までした?」

 僕の右隣に寝て、手足を右腕に絡み付けているベアトリーチェに聞いた。

 「私の二つ目の秘密を教えてやろう。私のオリジナルはジョン・ファウストの恋人だったんだ。だから、お前と性行為したんだ。自然な流れだろ」

 「ジョン・ファウストにも恋人が居たんだな」

 「名前はミル・メフィスト、戦死した恋人の遺伝子情報を使ってクローン兵が造られると知った時に自分のクローンが見守る立場になりたいと訴え、遺伝情報を提供したが、元々病弱だったので、提供後に死んだ。彼女は理想郷の基礎プログラムの設計者でもあったので、願いが聞き届けられたのだそうだ」

 「お互いオリジナルは死んでいるというわけか」

 「そうだ。お前に頼みがある」

 「なんだ?」

 「理想郷の新しい管理者になってくれ」

 妙な提案だった。

 

 「僕はクローン兵だ。理想郷の管理なんてできない。いや、そうやって言葉にするということは、何か方法があるんだな。チップを埋め込むのか?」

 「私にチップは埋め込まれていない。体内にあるナノマシンを移せばいいだけだ。もちろん普通の人間に移せば死んでしまうが、同じ細胞で構成されているお前になら可能だろ」

 「その程度で大丈夫なのか? メインプログラムが受け入れるとは思えないぞ。姿形どころか性別だって異なるのに」

 「姿形は関係無い。ナノマシンさえ入っていればいいのさ」

 「どうして僕に任せる?」

 僕は、根本的な質問をした。

 

 「私はこの役割に疲れたんだ。お前達に世代があるように私にも世代があって、私は三世代目だ。一代目は誕生してすぐに死に、二代目は五十年後に役割に耐え切れず自殺、そうして生成された私は百年近く管理者としての役目を果たしているんだ。しかもこれまでの記憶は引き継がれているから精神的負担も大きい、疲れて不思議じゃないだろ」

 「僕だって、いつどうなるかは分からないぞ。どのくらい生きられるのか知らないし、ベアトリーチェほどの思考力があるのかも分からないし」

 「私以上に人の死に慣れているお前ならきっとできるさ。ダメだと思ったらさっきのやり方で新しいクローンにナノマシンを移せばいい」

 「そういう手段もあるのか。いいだろ。あんたの跡を継ごう」

 「随分あっさりだな」

 「何故かはわからないが、ベアトリーチェの願いは聞いた方いいと判断したんだ。それに僕は命令を実行するだけのクローン兵だからな」

 「そういうことか、では準備をしよう」

 ベアトリーチェは、裸のまま部屋を出て行き、何かの道具を持って戻ってきた。


 「それは?」

 「輸血用の道具さ。これを使って私の血液をお前に送れば完了だ」

 僕の隣に座ったベアトリーチェは透明チューブで繋がれた二つの輪っかを見せた後、片方を自分の右腕に巻き、続いてもう片方の輪っかを僕の左腕に巻いた。

 「では、始めるぞ」

 「いいぞ」

 ベアトリーチェが、自身に巻いている輪っかのスイッチを押すと、僕の腕に小さな痛みが走り、それから透明なチューブにベアトリーチェの血液が流れ出し、僕に巻かれた輪っかに到達することで、輸血されているのが目に見えて分かった。


 「このくらいでいいだろ。どうだ?」

 「特に何も感じない」

 なんの違和感も無かった

 「やっぱりクローン同士だと、拒絶反応もないな。ウェルギリウス、この男が管理者か確認しろ」

 ベアトリーチェの声の後、天井から生成されてすぐに見たスキャナーそっくりの装置が出てきて、僕の全身をスキャンしていった。

 「管理者であることを確認しました」

 「うまくいったみたいだな。試しに何か命じてみろ」

 「そうだな。地球の地図を出してくれ」

 そう言うと、部屋全体に丸い立体映像が映し出された。


 「これが地球か、理想郷はどこにあるんだ?」

 僕の言葉に対応して、地球に赤い点が付いた。

 「この赤い点が理想郷なのか」

 「そうだ」

 「近くの黄色の点はなんだ?」

 「開発途中で放棄された第二の理想郷跡地さ。万が一理想郷で事故が起こって使用不能になった際の予備施設として開発されていたが、外獣の度重なる襲撃によって人員が皆殺しにされたので破棄されたんだよ。予備施設だからデータが残っていたんだろ」

 「そういうことか、それでベアトリーチェはこれからどうするんだ?」

 「お前に殺してもらう」

 さらに予想していなかった返答だった。

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