第10話 説明。
「お前がクローン兵なんだな」
「そうだ」
「クローン兵をここに通したのは初めてだ。それにしても随分と派手な入り方をしてくれたものだな」
「侵入者扱いされたからだ」
「外部の機械を持ち込んだんだ当然の処置だ」
「僕は処分されるのか?」
「殺菌処理で十分だ。ここに入るまでに痛い液体をかけられただろ。あれは殺菌用の強力な液体だ。お前は外の雑菌を大量に付けてきたからな。無菌状態の理想郷としては最悪の状態というわけだ。面倒をかけてくれたものだ」
「ルシファーも同じ処理を受けたのか?」
「あの機動兵器はルシファーというのか、もちろん同じ処理をしている。あれにもお前同様雑菌まみれだろうからな」
「今、どこにある?」
「地下倉庫にある。壊しはしない。映像を見せようか」
ベアトリーチェがテーブルに触れると、僕の目の前に画面が現れ、殺菌処理を受けているルシファーの姿が映し出された。
「安心したか? さあ、ルシファーをどうやって手に入れたのか聞かせてくれ」
僕は、ここに来た経緯を全て話した。
「はははは、あ~っはっはっはっはっは!」
話し終えると、ベアトリーチェは腹部を抑えながら大声を上げ、しばらくその状態を継続し、行動の理解できない僕は見ていることしかできなかった。
「悪い、悪い。クローン兵なんてすぐ死ぬもんだと思っていたが、お前、大冒険しているじゃないか。ここでなら本一冊書けるレベルだ。そう思うとあんまりおかしくって、つい笑ってしまったんだよ。こんなに笑ったのは生まれて初めてだ」
聞いたことのない単語が出てきたので、返答することができなかった。
「すまない、ついお前を普通の人間扱いしてしまった。お前には、私達が常識だと思っている知識はほとんどないんだったな。さて、今度は私が質問に答える番かな、聞きたいことはあるか?」
「ハデスはどうしてルシファーみたいな高性能な機体を建造できたんだ」
気になっていた質問をしてみた。
「お前が居た地下施設で、機動兵器以上の技術を用いて建造されたんだろ。お前が乗っている機動兵器は大量生産を目的としているから低コストで製造できるように設計されている。機動兵器にレベルを付けるとしたら最低ランクだ」
「だから右脚部のローラーを止めているボルトが折れたのか、そのせいで転倒した」
二回目の出撃の時に体験したことを話した。
「そいつ機体の問題じゃなくて部品の問題だ。工場施設自体も老朽化しているから、欠陥品ができてしまうのも無理はないだろう。お前が壊した工場施設も明日までには復旧するそうだ」
「機動兵器は、壁の中で製造されていたんだな」
「機動兵器だけじゃない。食料や衣服に乗り物に玩具など、必要なものはなんでもさ。理想郷を覆っている壁は製造プラントでもあるんだよ」
「ここは工場施設なのか?」
「違う。人が理想とする生活を送れる都市だ」
「意味が分からない」
「その辺りについても教えてやろう。お前は理想郷の外で何を見た?」
「砂漠だ」
「では、ここでは何を見た?」
「大きな建造物と大勢の人間だ」
僕は、聞かれたことに答えていった。
「この世界は地球と呼ばれている惑星で、砂漠も存在はしていたが、理想郷のような都市が大半を占めていたものの、全て滅びてしまった」
「何故だ?」
「戦争や病気の蔓延など色々な原因が重なったんだよ。そうして気付いてみれば地球は砂漠だらけの有り様ってわけさ。その中で生き残った人間達は長い議論の末、文明復興推進の
「理想郷とはなんだ?」
「暑さ寒さに飢えや病気に一切苦しむことなく安定した環境と情勢の中、文化という名のあらゆる娯楽を甘受するそれが人間の考える理想郷さ。お前が一時身を寄せていた地下施設とはえらい違いだろ」
「あの施設の空気の悪さは今でも忘れられない。後は知らない単語が多過ぎて理解できない」
「まあ、知識の大半が戦闘に関するお前にとって、一番理解しやすいのは食べ物かな。ここに来るまでに見ただろ。自分が何を食べさせられていたのかを」
「死んだ人間だ」
「そうだ。あまり驚かないんだな」
「地下でもっと酷いものを食べてきたからな」
「なら、これをやろう」
ベアトリーチェは、机の中から形が丸に近く色の赤いものを渡してきた。
「これは?」
「林檎という食べ物だ。そのままかじって食べるんだ」
言われるまま、かじってみると、これまで感じたことのない感覚が口いっぱいに広がり、夢中で食べていた。
「うまいだろ。もう一個食うか?」
二個目もすぐに食べてしまった。僕にいったい何が起こったのだろう?
「林檎はな、禁断の果実とも言われていて、人間が罪を犯すきっかけになったそうだ。これで、お前も罪人の仲間入りというわけだ。ま、そいつは作り話だが、こういったものが本来人間が食べるものなんだよ。私も大好物だ」
「死ぬ時はどうなるんだ? 地下施設の人間は病気か武器で殺されないと死ねない言っていたぞ」
「ここではそんな悲惨な死に方はしない。みんな眠るように安らかに死んでいくよ。他に聞きたいことはあるか?」
「外獣とはなんだ?」
頭に思う浮かんだ単語を言葉にした。
「理想郷が完成間近になった時に突然襲撃してきた化け物だ。正体については不明だ」
「自然派が造ったんじゃないのか?」
「そう考えるのが自然だが、確証は無い。調査へ出向いた奴等は戻って来なかったらしいからな。襲ってきた外獣に対して急造りの兵器で対抗したが、大勢の人間が殺され、その後の度重なる襲撃によって半数近くに減少したことで、お前達の出番となったわけだ」
ベアトリーチェが、僕を指さしながら言った。
「僕達?」
「そうだ。劣勢を挽回する為に無人兵器の開発が行われたが、実戦投入してみると細かな判断ができず、大量のパイロットが必要になったわけだが、その時には多くの若者が死んでいた。そこで人数を簡単に増せるクローン兵の誕生となったわけだ。道徳観だの宗教観といった倫理でもって異議を唱える輩も居たそうだが、全滅という危機的状況の前には聞き流され、生成が実行されたんだ」
「僕等はそうして生まれたのか」
「もちろん、誰のクローンでもいいとわけじゃない。一番優秀な人材ということで、もっとも多くの戦果を上げたパイロットの遺伝子を使うことになった。そのパイロットがジョン・ファウストだ」
ベアトリーチェが、再度テーブルに触れると、小さな建築物で見た同類が映っていた。
「このジョン・ファウストが僕等のオリジナルなのか。今どこに居るんだ?」
「戦死したよ。奴の残した遺伝子情報からお前達は造られたんだ。それと、そのタブレットに映っているのはジョンの映像データを使った架空映像だ。乗っている機体に使われている技術も全て架空のものだ。そんな合体や変形なんてものが現実にできるわけないだろ。ただの絵空事だよ」
「おかしいと思った」
映像を見ながら、思ったことを口にした。
「戦死した人間の映像を作ることになんの意味がある?」
「理想郷を救った伝説の人間として名を残しているからだよ。だから理想郷が完成してからもずっとそうした映像が造られ続けているんだ。評判もいいらしい」
「そういうことか」
「しかし、本当に見れば見るほど、ジョン・ファウストそのものだな」
ベアトリーチェが、僕に視線を注ぎながら言った。
「クローンだから、似ているのは当然だろ」
「言ったろ。ここにクローン兵を通したのは初めてだと、だからクローンを見るのも初めてなんだ」
「そうだったのか」
僕は、ベアトリーチェに背を向けた。
「どこへ行くつもりだ?」
「ハンガーだ。処罰しないのなら戦線復帰させるんだろ」
「そんなことをしてどうする? お前は大量生産品、いや部品と言っても過言じゃない。そんな大量部品の一つが欠けたところで、戦局にはなんの影響もないよ。そういえば地下でパーツマンなんて名前もらったそうじゃないか。ほんと的を得過ぎていて、付けた奴のネーミングセンスに脱帽するよ」
「その名称は、地下施設だけのものだ」
「それとな、理想郷に居る人間はお前達クローンが機動兵器に乗って戦っていることを知らない、ジョン・ファウストが終わらせたものだと思っている。より正確に言えば壁の向こう側に別の世界が存在することさえ知らないんだ」
「何故だ?」
「時代の流れだよ。ここは建造されてから150年近くなる、建造中は完成したら、外の人間達を受け入れる計画だったらしいが、理想郷が完成した後も戦いをクローンに任せている内に、ここが残ればいいという考えが強くなり、外の世界を知っている人間が全員死ねば、外のことを考える人間が居なくなるのも必然だろ。もし、外部の者が近付こうものなら殺す仕組みなっているしな」
「だから攻撃を受けたのか。それと150年なんて僕の製造番号からすると長過ぎだろ」
「お前の番号は、第六世代内の数字だ。第一世代から数えれば億はいっているだろうな」
「戦線に復帰しないのなら僕は、どうすればいい?」
「理想郷に行ってみるか?」
「いいのか?」
「ああ、私が許可しよう。着替えを持ってこさせる。その恰好では病人そのものだからな」
ベアトリーチェが、机に向かって何かを言った後、青い服を着た男が入ってきて、服を僕に手渡すと出て行った。
「なかなか似合っているじゃないか、次はこれだな」
着替えの終わった僕に、二つものを差し出し、一つは帽子と呼ばれるもので、もう一つはサングラスというものだった。
「お前は、ジョン・ファウストに生き写しだから、それを付けないで外に出たら、大騒ぎになるからな」
言われるまま、二つのものを身に付けていった
「最後にこれを胸に付けていろ。それさえあればなにをするのも自由だ」
言いながら、指一本くらいの大きさのものを差し出してきた。
部屋を出た僕は、エレベーターに乗って、一番下の階に降りていくと、青い服を着た人間達が、武器を構えて近寄ってきたが、胸のものを見ると、下がっていった。
こうして、僕は理想郷に行くことになった。
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