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大人になると、涙は見せられない!という思いが年々強くなってしまいます。
部下持ったり、家族が出来たりすると尚更ですね。
涙を見せたら弱味を見せることになる、という思いがあるからでしょうが、泣きたい気持ちを抑えつけるうちに、悲しくてもフシギと涙が流れなくなってしまった気がします。
けど、最近映画をみて感動すると、不思議と涙が溢れてくるようになりました。見ているうちに張り詰めた気分が解放されて、素直になれるからでしょうか?
作者からの返信
Youlifeさん、コメントをありがとうございます!(*^^*)♡
そうですね。大人になるに従い、涙など簡単に見せるものではない、というような不思議な強迫観念が身についてしまう気がします。脆く挫けた姿を見せてはいけない……そういう心理が働くのでしょうね。
けれど、泣くことは心を明るく前向きにしてくれる大事なプロセス、と知ってからは、涙を流すのも必要なことだと感じるようになりました。
何かに感動して涙を流す。不幸や敗北で流す涙とは違い、罪悪感を持たずに流せる尊い涙ですね。その後は、心に潤いが戻ってくるような……心理面に大きくプラスに働いてくれる気がしますね(*^^*)✨
人前で涙は我慢しがちですが、泣くことでストレスを外に吐き出すことが出来ると思います。
若い時は泣くことを我慢してしまいますが、年齢を重ねるとともに、涙もろくなったな。と、感じる今日この頃です。
作者からの返信
ayaneさん、コメントをありがとうございます!(*^^*)♡
涙を我慢する……これまでの自分を振り返ると、感情の波を抑え込むのは苦手かもしれず……怒りも泣きも一旦スイッチ入ると結構激しいタイプです^^;(笑)母親は子供の前では泣かないもの、と聞かされたりしたこともありますが、子供の前でも泣きたい時はボロボロ泣きます。
そして、私も年々涙腺がゆるゆる化しており……でも、それはそれでいいことなのかもしれない、と思ったりもしています。
涙は流すべきもの。aoiさんに教えられます。
「私達を縛る、そういう頑固な固定観念。
そんなものは、捨て去るべきだ」と、強く思います。
今更、気付きました……「掬い上げるもの」のジャンルはエッセイ!! こんなに芯の通った文学的なエッセイ、唯一無二です。短編集を拝読している気持ちでした。読ませていただき、ありがとうございますm(__)m
作者からの返信
ひいなさん、コメントをありがとうございます!(*^^*)♡
辛さや悲しみの中で涙の流れる理由に思い至った時、人間の体の仕組みの健気さが、ずしっと心に響きました。
涙を流した後、心がどこか穏やかに鎮まり、一筋光が射すような感覚が訪れるのは、多分気のせいなどではなく、本当に身体が心を必死に救おうとしているだと。
なんと嬉しいお言葉を……ありがとうございます!!(´;ω;`)✨
ふと思いついた気まぐれな呟きをぶつぶつと書き連ねている作品を、そのように評価していただけるなんて……この上ない幸せでございます。
心より、深く感謝申し上げます!(*´∇`*)💐✨
涙活という言葉があるように、適度な涙は心のリフレッシュにもなるものですね。愛宕はすっかり泣き上戸になってしまいました。昔は泣く事もなかったナウシカの生きかえるシーンに泣く事もなかったのですが、いまでは鼻水まで垂れる始末……年をとるとは、よく言ったものです(笑)
――『心乾くは キョウキの如く』
潤いの無い心の持ち主は、狂気を孕んで人を気付ける凶器のようなもの。こういう事にならないように、心の保湿は肌以上にケアしていきたいものです☆
作者からの返信
愛宕さん、コメントをありがとうございます!(o^^o)♡
そうですね。体にも心にも、潤いは欠かせないんですね。心の潤いは、涙を流すことで保たれる場合もある。少し不思議ですが、涙を流した後のような穏やかで安らかな気持ちを感じることは、他にはあまりないような……。
涙を流すことは、心の奥底から静かに湧き出すような独特の癒しをもたらしてくれる気がしますね。
精神や神経が過度に疲労すると、何も感じられなくなりますよね。何が楽しいのか、何が悲しいのか、判断ができなくなる。そういう状態って、危険なんじゃないかと思います。やはり過労は絶対に避けたい害悪なのではないかと……いくらそう叫んでも、働きすぎの日本社会がこの先改善の方向に向かう気配など一切ありませんけどね……(;´д`)
以前のエッセイでもあおいちゃんとお話したかと思いますが、感情を伴った涙を流せるのは人間だけですから、やはりそうやって涙を流すことが人間にとって必要であるからこその機能だと思うのです。
きっと涙とともに感情を外に出していかなければ、時に厄介なほどに複雑な人間の心は機能障害を引き起こしてしまうのかもしれませんね💦
作者からの返信
私も、よく泣く人間です^^;それを正当化するわけではないのですが(笑)…やはり涙は、自分自身の心を落ち着け、すっと整理してくれる大切な働きを持っている気がします。
涙を見せることを、なぜかいけないことと感じる。恥ずかしく感じる。そういう頑固な心の働きがありますよね。けれど、そうやってブレーキをかけてしまう必要はない。泣きたい時にもっと泣いてもいい…そんなことを思いながら、この話を書きました。
編集済
スタンディングオーベーション‼️
まさにその通りだと思います。
天候も心にも雨は必要。
まさに「恵みの雨」ですよね。
涙を「オンナの武器」に使うのはどうかと思うけれど、心が乾いてしまう前に流す必要はありますね。
小さい頃のように転んで痛いから泣く、ひどいことをされたり言われたから泣くというストレートな泣き方ができなくなった今は小説や音楽や映画のチカラを借りて泣いてみたりします。
おっしゃる通り泣いたあとは心に晴れ間が見えますね。
心が日照りにならないようにケアしてあげないとですね。
できれば周りにいる人達の心にも気配りができるといいのですけれど。
素晴らしいエッセイ。
こんなことを書けるaoiちゃん、尊敬ですし、仲良くお話させていただけてとっても嬉しいです💕
作者からの返信
今日子ちゃん、とっても嬉しいコメントをありがとうございます!(o^^o)
そうですね。心も、水分を与えなければひび割れてしまう。本当に、そう思います。涙は、心を潤す水分の一つなんだなぁ……そんなことを、改めて感じています。
私も、素晴らしい作品に心を動かされて思わず涙する瞬間がとても好きです。満足感だけでなく、自分自身のインスピレーションも強く掻き立てられて。そういう経験は、本当に充実感がありますね。一瞬、ボロボロ泣いているところを見られるのが恥ずかしい!なんて思ったりしますが(笑)…やはり、平気な顔でいるよりも、心を揺さぶられて涙を流す方がよほど心の栄養になる、そんな気がします。
作品を読み味わっていただけて、とても嬉しいです!(o^^o)本当に日々の思いつきしか書いていないエッセイですが、何かを感じていただけたらこんなに幸せなことはありません♡♡
こちらこそ、今後ともどうぞ仲良くしてやってくださいませ!(*^^*)
心のメカニズムなんて言ってる時点で的外れなのかもしれませんね。
心に数式は必要ないのかもしれない。
僕は強く『死』を意識してから、涙はでなくなりました。
心が止まったままだと感情も動かなくなるのかもしれません。
作者からの返信
桜雪さん、コメントありがとうございます(*^^*)
この話を書いている時に、桜雪さんのことを何度も思いました。
泣いたり、叫んだり…そんなふうに、何らかの形で心の中の辛さをを吐き出せているならいいなと…
もしも、この話で不快な思いをさせてしまったならば、どうかお許しください。
なぜ涙が出るのか。純粋にそれを知りたかった、というのはあるんですけどね…確かに、メカニズムなんていう話をしても、どうにもならないのかも知れません…
目の前のショックが大きすぎる時、涙は出ませんね。
もしかしたら、涙は、ある程度感情の動く余裕がないと、出ないのかもしれません。
何かの形で、桜雪さんも、心の苦しみを体外に吐き出せているなら…そればかりを思います。
まさしくおっしゃる通りです!
小説を読み、映画を観て、音楽を聴いて、わたくしはよく涙を流します
もちろん独りで
感情のまま、自然と涙いたします
悔し涙は流したことは、なかったですわね
グッとくるエッセイです♬
作者からの返信
つばきちゃん、コメントありがとうございます!(*^^*)
涙を流す…そのあとの心の状態って、不思議と静かに安らいでいる気がしますよね。
心の安定のために必要なことを、許さない。格好悪い、情けないと責める。こんなに残酷なことはない!と思います。
私も、心を動かされてしょっちゅう泣きます(笑)最近は、自分の作品を書きながら感情移入しすぎてボロボロ泣いたことが…(^_^;)(笑)
作品を読み味わっていただき、とっても嬉しいです!(*^o^*)
小説やドラマでは涙はかなりインパクトがあることから、大事な場面で効果的に使われ、あまり出と効果が薄れることから「見せ時が肝心」なんて言われます(笑)現実もフィクションと似ていて、しょっちゅう涙している者は「弱い」とか「ウソ泣き」などと悪い印象で見られ、その効果は薄れます。
中には他人に訴える手段として涙を使う者――玩具が欲しくて地面に大の字に寝転んで大泣きする子供や自分に不利な話題が出るとわざとらしく涙する女狐などはいるものの、「涙する」というのは、何かに心を動かされたことで条件反射のように起きる現象です。
突き詰めて考えれば、小説などで用いる、涙を流すことで他人の気持ちを動かす手法は邪道なのかもしれません。なぜなら、その行為は他人のためにしてやるものではなく、あおいちゃんが言うように、自浄行為ですから――泣くのは他人のためでなく自分のためです。
あっ、ボクの小説でも涙を上手く使っているシーンがあるかも(>_<)
許してください(ノД`)・゜・。
……というのが、ダメな使い方ね。通称「泣き脅し」(-_-)
作者からの返信
RAYちゃん、コメントありがとうございます!(*^^*)
泣く、って、やはり特別な威力のある行為ですね。涙っていうのは、どこか有無を言わせぬ力があって、不思議です。
そういうものだから、「利用される」場合があっても仕方ないのかもしれません。自分を守るため、周囲の気をひくため、思い通りに相手を動かすため…そして、そういう使われ方が顕著になると、「泣けば済むと思うなよ」って指摘される原因になってしまう(笑)
やはり、涙は本当に自分にとって必要な時だけにしたいですね。
小説などで、重要なシーンを創る、読み手の感情を掴む方法として涙がうまく使われると、大きな力を持ちますね。それなしでは伝わらないメッセージが、涙によってしっかり伝わる。
でも、だからこそ嘘っぽいところで泣かせてはいけないんですよね!(笑)本当に泣きたいところで泣かなければ、読み手はもう完全にシラけてしまう。個人的にはじわっと潤むぐらいが好きかもしれません。男子がじわっと泣くのがすごく好き…♡(個人的趣味ダダ漏れ!笑)
何れにしても、心から流れる涙はきっと相手にも伝わるのでしょうね。嘘っぽい涙ほどしらけるものはなく…
あら!随分長々と(゚o゚;ごめんなさい!(^^;;(笑)
パートナーを亡くしたなどの酷い失望に陥った時「なにもない」という感じになるのはそういうことなんでしょうね。旱になってしまう。涙も流さないし、悲しくもないけど、何もない。
だから、泣けるということは基本的には良いことなんだと思います。大人になって、涙腺が緩んでしまうのも、経験を追体験できるから、いわば感受性が高くなったからだと思っています。子供のころは全然映画で泣けなかったのに、最近はボロボロ泣いてしまうのは成長なんだと思っています。
だから、aoiaoiさんが仰るように、男だから泣いちゃだめとかのよくわからない精神論は根絶されたほうがいいと思いますね。感情に男女差はないですよね。人間ですから、悲しいときや嬉しいときは泣く! それで幸せ!!
作者からの返信
Askewさん、コメントをありがとうございます!(*^^*)♡
本当にそうですね。涙が出るのは、出せるだけの余力が心に生まれた時だと、そんな気がすることがあります。深く絶望し、闇の底でただ震えるしかない間は、涙は一滴も出てきませんね。何か、悲しみが緩やかに解放されるきっかけが訪れて初めて、涙が堰を切ったように溢れる。そういうことを考えると、人間の心の複雑さを改めて感じます。
泣けることって、心が健康な証拠、なのかもしれませんね。男だからとか、みっともないとか、変な強がりは投げ出して、泣きたい時は気の済むまで泣くべきですね。心の健康のために。