気になったタイトルを読ませていただいています。
「人間の心を永遠に同じ形に留めることはできない」から、進化も退化も在り、自分が我儘で淋しがり屋だと気付かされるのでしょう……気持ちを「掬い上げるもの」をありがとうございます。また他のタイトルも拝読させてください❤
作者からの返信
宵澤さん、コメントをありがとうございます!(*^^*)♡
そうですね。全てのことは、必ず少しずつ変わっていく。それはやはり「寂しさ」に感じられることが多いような気がしますね。
愛情もまた、自分のすぐ側にあるのが次第に当たり前になってしまえば、「退屈」を伴いがち。そうやって「愛」も形を変えていくのに、愛情への欲求は尽きることがない。愛すること、愛されることを絶えず探し求め続ける。
——人間の心は、やはり常に「孤独」を抱えている気がしてなりません。
たくさんの☆を賜わり、とても嬉しいです!どうぞご無理はせず、お気の向いた時にぶらりとお好きな話へお立ち寄りくださいませ(*´∇`*)🌸
わがままで寂しがり……だからこそ「探す」ものなのかなと感じます。この句とリンクさせるならば、早咲きの梅のように早熟な恋を欲しがる時期といったところでしょうか。
――『香りの中に 光あらんや』
見失ってしまっても、香りを頼りに探し続ける健気さまで見えてきます☆
作者からの返信
探す。人の温かさや愛情というものを、常に探す。
人間のそういう切なさって、生まれてから老いるまで、ずっと変わらないものですね。
周囲に人がいる間は忘れている。けれど、ひとりぼっちになると、すぐに寂しさに耐えられなくなる。
いつも思うのですが…人間の感情がどこかもう少し鈍ければ、もう少し生きるのが楽だったんじゃないか、なんて(笑)悲しみや寂しさや、そういうものが常にビリビリと心に響きすぎる…そんな気がしてなりません。
ああ、とても美しい歌にしてくださったのですね!早熟な恋…素敵です(//∇//)きゅんとするような若々しさを感じていただけて、とっても嬉しいです♡♡
「探梅」風雅で素敵な言葉ですね。
同じ形は留めて置けないのに、人は永遠の愛を求めるという矛盾。
ふと感じたのは、もともと恋は愛を築くためにつくられた感情なのではないか、ということです。
恋はいつかは覚めるもの。相手に求めてしまうもの。
けれども恋のような初動のエネルギーの強さが愛を育むきっかけになる。
恋して、結ばれて、家族ができる。
親の愛、子の愛は男女の恋愛よりも形が変わりにくく、永遠に近い持続性があります(不幸にもそれが得られない親子も時折いますけれど)。
夫婦の愛はそれよりも脆いけれども、苦楽を共に乗り越えていくことで安定してくる気がします。
家族の中で愛を築き、心の安住を得るために、人間は恋をするようになったんじゃないのかな、と、恋の儚さに理由を見つけたくなりました。
作者からの返信
ひまわりちゃんの奥の深いコメントに、ため息が出ました……とても素敵ですね(*^^*)
恋って、狂おしくて、激しくて、切ないですね。与えるとかそういう考え方がなかなかできなくて、自分勝手になったり、相手を悩ませたり、泣かせたり。
でも、そういう辛さや苦しみを与え合いながら、それでも共に生きたいと努力をする。そこに、愛という感情が生まれるのかもしれませんね。
…すごく深くて、なんだか目がさめるようです…ひまわりちゃんに感謝です♡
愛が生まれたら、恋の仕事は、一旦おしまい…なのかもしれませんね。でも、人間って我儘だから、あの胸が痛いような恋の苦しさをまた味わいたくなってしまうんですけどね(笑)
『恋』には下心があり、『愛』には真心(真ん中に心)がある。
そんな言葉を聞いたことがあります。
愛されたい…愛したい…とても難しい。
だから…僕は全てを手放したくなる…幾度も繰り返す…。
恋して、愛して、絶望する…壊れたワルツのような人生。
もういいや…そう思っても…また人の温もりを求めてしまう。
相手も傷つけることになるのに…。
作者からの返信
変なことを書いているようだったら、ごめんなさい。
でも…もしかしたら、特に「男と女の愛」は、もうどこかが壊れてるようなものなのかな…なんて思うこともあるのです。
なんだか、少しも完璧じゃなくて。あちこちボロボロ崩れそうになってて。お互いの不満やら文句やらがたくさん詰まってて。よく見たら嫌になってしまうような部分が、たくさんあって。お互いにあちこち傷つけあって。
それでも、まあいいや、なんて思う。
そう思うから、保てる。
——見つめすぎて、考えすぎたら、壊れちゃうのかもしれない。
そんなおかしな気持ちになることがあります。
愛は求めるものでなく与えるもの?
広く認識されている意味で信者数が
世界一多い(はずの概念で)宗教の
開祖に近い考え方かもしれませんが
右の頬を打たれたら左の頬を差し出す
本来は神と人の関係を表したもので
人間同士の諍いとか愛情とか無関係
本物の愛は「躊躇わないこと」かも?
※某(古の特撮)歌詞的にです(笑)
運と同じ一度前髪を掴めずに逃がすと
再び出会える可能性(確率論的)含め
天文学的に低く即時「行動せよ!」と
語られてきたのかもしれませんね(笑)
作者からの返信
うっちーさん、コメントありがとうございます!
愛は躊躇わない…ああ、かっこいいですね…♡
チャンスって、本当に神さまの前髪ですね。過ぎちゃうと、同じチャンスは掴めない。
愛も一緒…瞬発力でゲットが大事!かっこいい。そんなふうにぐいっと掴まれる愛、憧れます♡
探梅。たんばい。
自分がすきなお散歩に、そんな名がついていたら
一層勝手な振る舞いをしてしまいそうで、魅せられてしまいます。
相手を想い、相手に降り注ぐ光のようになれたら、いいですね。
変わっていくのが怖くもあり、動いているから きらめくのかもしれない。
いつもさみしがり屋で、誰かを求めてしまいます。
でも、愛したり、愛されたり、そう生きていけたらやっぱりいいな。
作者からの返信
六月さん、コメントありがとうございます♡♡
本当にそうですね。
時を経て、その時々のきらめきを放つことができたら——そして、人を愛することが、幸せに結びついていけば。その愛は、最高に素敵ですね。
けれど…人を愛することで、苦しい思いをする…これも、結構起こり得てしまう気がして…。
六月さんが思い描く「愛」は、この上なく素敵な形ですね♡キラキラ眩しい!(*^^*)
私の今作には、少し翳というか…ドロっぽい色を乗せてみました。…輝くものの暗い面、というのでしょうか(笑)
人間という生き物は、わがままで寂しがりやで、困ったものだ。
(^ー^)同感です。
誰かを必要とする。
誰かに必要とされる。
誰かを愛す。
誰かに愛される。
一人は寂しい。
自分よりも大切な存在。
愛は深いですね。
作者からの返信
愛情、というのも、とても抽象的で主観的な概念ですよね。何かを大切に思う気持ち、という部分は共通していると考えてもいいのかもしれませんが……形もなく、掴んだと思っても目には見えず、毎日同じ形をしているとは限らず……そんなよくわからないものを欲しがって、人間は終始彷徨ってしまう。
人間の心というのは、「寂しい」が初期設定。やはりそうとしか思えないのです……