第10話 狩人の鉄則 その九 02

 ギルドの交換所では、ちょっとした人だかりができていた。

 大型の獣魔じゅうまが狩られたのは久しぶりだ。

 しかもそれを持ってきたのが、龍骸都市でも相当な有名人と来ている。

 人が集まらないはずがなかった。


「見ろよ、ナグロだ……」


「あれが『竜狩り』……」


「ずいぶん若いな。大規模侵攻があったのは三年前だろ?」


「やつが竜を狩ったのは十七の時らしいぜ。正真正銘の天才さ。見ろよあの大剣。あんなもん、そうそう振り回せるもんじゃねえぞ」


「炸薬加速式機巧大剣。別名ドラゴンスレイヤーか……。元は大鍛冶師ガンドウの鍛えた名剣とは言え、あんな阿呆な改造しちまったものを他の誰が扱えるってんだよ。銃爪ひきがね引いた途端に腕がちぎれちまわ」


「だがよ、やつは飲み過ぎた龍の蒼血ブルー・ブラッドが頭にまで回って、今じゃろくにものも覚えられない馬鹿になっちまったって話じゃねえか」


「いくら竜を狩った英雄っつったって、限界越えておつむの方まで馬鹿になっちまったら世話ねえよな」


 周囲の狩人はひそひそと声を潜めて、やっかみにも似た揶揄を交わし合う。


「…………」


 壁にもたれかかったナグロが、切れ長の瞳で野次馬を見やった。

 それだけで、周囲の狩人が凍りついた。


 ナグロは別段殺気を込めていたわけではない。ただ名前を呼ばれたからそちらを見ただけだ。

 しかしその視線だけでも、野次馬たちには耐え難い重圧となったようだ。

 狩人としての格が、有象無象とは比べ物にならない。


 大型の獣魔や獣機を狩った成果。

 幾度も修羅場をくぐり抜けた経験。

 命を捨てて挑み、勝利して命を拾い上げた回数。

 その全てが、ここにいる中年の狩人たちよりも、ナグロの方が積み重ねている。


 野次馬の中に大型を相手に戦ったことがある者など、まともにいないのだろう。

 その時点で、ナグロどころか、彼の狩猟団に所属するニトやさらに年下の子供ら以下だった。


 ナグロは視線を切って、あくびを一つ。両腕を胸の前で組んで、交渉を続ける少年とギルドの鑑定員のやり取りを見守る。


 場の空気が弛緩し、野次馬たちはすごすごと退散した。


「──ううむ、完璧な状態ですね。どれも大きな傷もなく、かつ新鮮だ。他の狩人にも見習って欲しいくらいの狩猟技術です」


 天秤に乗った大きな臼歯や、翡翠色に輝く透明な鱗を単眼鏡で見つめながら、鑑定員がうなる。


「そりゃどうも」


 対面に腰掛けたルシアドが興味なさげに答える。

 鑑定員は持ち込んだ素材をテーブルに置き、媚びるような上目遣いでルシアドを見た。


「それで、その、報酬なのですが。これほどの大物を重量換算するとギルド規定の額を大幅に超えてしまいまして」


「ああ、だったら商人ギルドの方に直接売っぱらうわ」


 あっさりと、ルシアドは鑑定済みの素材を前に、鑑定員の言葉を一蹴した。


「ちょちょちょ、ちょっと待って下さい! 狩人ギルドに所属している狩人は──」


 慌てて立ち上がった鑑定員に、ルシアドはにやりと笑みを浮かべる。


「優先的に狩人ギルドに卸さなければならない、だろ? 知ってるよ。だが強制力があるわけでもないし、買い取れないなら向こうに卸すしか無いだろ?」


「いくらか報酬をマイナス査定させていただくことは……」


「無理な相談だな。いい仕事にはいい報酬を。それがギルドの理念じゃなかったのか? それともペナルティでも与えてみるかい? 二度とこっちには持ってこないが」


「うぐ……」


「これ以上ゴネるなら話は終わりだ。商人ギルドへ持っていく。最初にここに持ってきたこと自体が義理を通したってことを理解してくれ」


「…………分かりました。満額お支払いします」


 ちらりと壁際のナグロを見やって、鑑定員は契約書に判を押した。


「まいどあり。次もいい獲物を狩ってくるよ」


 支払いよろしくと告げて、ルシアドはギルドに設営された資材搬入テントから、紗幕の隙間を抜けて出て行った。

 ナグロがその後ろに続き、まだテントの外をウロウロとしていた野次馬がさっと視線をそらす。


「相変わらず見事な手並みだな、ルシアド」


「どこがだよ。終始お前のほうを気にしてただろうが。あいつは俺のことなんて最初から見てない。英雄の機嫌を損ねないか、やつが考えてたのはそれだけさ」


 ルシエドは喀痰し、苛ついた様子で出てきたテントを睨む。


「あとはなんとかして自分の儲けを作り出そうと必死だったってとこか。査定でマイナス付けても、上には正規の値段で報告するんだぜ。そんで差額は自分の懐へ、だ。狩人ギルドはもうあっちもこっちも腐りきってやがる」


「詳しいな」


「……全部ナグロの受け売りなんだけどな。覚えてないか」


「すまんな」


「いいさ、帰ろう。俺たちの家の場所くらいは忘れてないだろ?」


「当たり前だ」


 いうと、ナグロはルシアドの脇に手を入れて、簡単にその体を持ち上げ肩車した。


「お前をこうしてよく乗せてやったことも覚えているぞ!」


「わっ、馬鹿! やめろ! 俺はもうガキじゃねえ!」


 身をよじって逃げ出そうとするルシアドの足をとらえたまま、ナグロは人混みでごった返えする路地を駆け抜けていく。


 ルシアドの悲鳴は、そのうち笑い声に変わっていた。

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