第9話 狩人の鉄則 その九 01

 砂漠を進むことさらに数時間。

 荒涼とした砂色の景色に、ちらほらと緑が混ざってくる。

 乾ききった空気に、湿り気を帯びた緑葉の匂いが風に乗って届いてきた。


「んんー、熱で焼けた肺が癒やされるぜ……!」


 バギーの窓を開けると、草の香りが吹き込んでくる。

 ルシアドは胸いっぱいに風を吸い込んだ。


「ナグロ。チビたちが寝てるから、煙草吸うなら外でね」


「む、すまん……」


 ニトに注意され、ナグロは荷台の遮蔽幕を開けて、紙巻たばこを咥える。


「おい、ナグロ。そんな鉱薬臭いのより、故郷の空気を味わえよ。愛しの我らがホームだぜ」


「うむ、新鮮な空気の中で吸う煙草は、また格別に旨い」


「うむじゃねえよ、ヤニ中め……」


 龍の遺骸から漏れだした生命力は、大地に染み渡り、周囲に森のごとき自然を生み出していた。


 もう少し進めば田園地帯も見えてくる。

 水は貴重だが、飲み水に困るほどではない。

 龍骸によって生まれた木々の根により水脈の水は蓄えられ、湧き水が出るところもある。

 家畜は増え、穀物は豊富に実り、龍の遺骸に怯えて獣たちも寄ってこない。


 竜骸都市ドラグドウンには、人々が生きるための全てがある。


「ようやくの到着だ。このまま長首の商業区画を抜けて、ギルドの交換所まで持ってくぞ。肉はなるべく削いだが、腐りやすい部位もあるからな」


「あ、じゃあ、僕は先にサザラぇのところへ行ってくるよ。料理や寝床の準備をしとかないと」


「おう、行って来い行って来い」


「ふむ。ならば、俺もついて行くとしよう」


「待て待て。ナグロが行ってもつまみ食いしかしないだろうが。オメーは俺の後ろで睨みを効かせるんだよ。あの業突張りの連中ども、どうせ品物にケチつけて上前うわまえ撥ねようとしてくるんだからよ。頼むぞ『竜狩り』ナグロ」


 珍しく嫌そうな顔をするナグロを呼び止め、車から飛び降りるのをルシアドが阻止する。


「ニト。チビたちも運転する奴が一人いればいいから、孤児院に向かわせとけ。狩りの宴をやるんなら準備に人手がいるだろ」


「わかった」


 ニトは走行する車から難なく飛び降りると、その慣性を砂地を削って緩め、後続の車両に声をかけていく。


 空の青に橙が溶け込んでいる。

 日が落ちるにはまだかかるだろうが、太陽が西に傾き始めていた。

 道を進むニトたちのキャラバンを、大きな影がおおった。


 見上げれば、空を遮るほどの剣の山。

 それは逆立つ鱗で、一枚一枚が家屋よりも大きい。


 側頭から伸びる双角はいびつで、どれほどの永きに渡って生きたのか、想像させることすら許さない。


 そしてあまねく大地を飲み込まんばかりに開かれた顎。

 居並ぶ牙はあまりに硬く、現在の技術では削りだすことも出来ない。


 それは巨大な──あまりに巨大な龍の顎門あぎとだった。

 ニトたちの狩った硬岩蜥蜴など、この巨大な龍に比べれば、微生物ほどの大きさでしか無い。


 今見えている頭部だけでこの大きさだ。

 尻尾の先まで数えれば、全長は6km。翼を合わせた最大幅は4km。高さは一番高い背骨の部分で300mを軽く超える。


 砂の大地に横臥おうがした巨大な黒龍の遺骸。それが彼らの住まうドラグドウンの正体だった。


 龍が死んでからすでに千年近い時を経ているはずだが、その体組織はいまだ完全には死滅していない。

 体内に築いた都市で暮らす人々の資源として、日々有効的に活用されている。


 皮は殺人的な太陽や砂嵐から身を守る屋根や壁として。

 骨はそれを支える柱であり、狩人の武器防具の素材となる鉱山として。

 肉は狩人たちが飲む霊薬『龍の蒼血』の原料や、その他の薬の一部として。

 臓器は都市の動力炉や変換機、濾過装置や演算器として。

 それぞれ今も人々の生活を守っている。


 大き過ぎる遺骸は何世代に渡って掘り進んでも、いまだ半分ほどしか発掘できていない。

 肉も骨も、千年以上は楽に保つ試算だ。


「あ、こりゃ急がねえと……。他の連中に被っちまったな。日程を一日オーバーしちまったのがまずかったか」


 東西の道からも多くの車両が列をなして、竜の顎門に入っていくのが見えた。

 他の狩猟団も狩りから戻ってきたようだ。


 人々の生活の礎となっている龍骸だが、さすがにその中に住む万単位の住人すべてを賄うには資材が足りない。


 狩人の存在は龍骸都市にとって、なくてはならないものだった。


「だっていうのに、上はそのへんが分かってないよなー。きっちりとした仕事にはきっちりとした報酬を払えってんだ。誤魔化しが効かないようにしっかり威圧してくれよ? 竜狩り」


「……善処しよう」


 むすっとした顔でうなずくナグロに苦笑し、ルシエドは顎門へと車を走らせた。

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