第8話 狩人の鉄則 その八

 珍しく白雲が蒼空に浮いている。

 上空の気流は激しいようだ。砂原に落ちる雲の影が流れていく速度が早い。


 太陽は中天を過ぎたところ。相変わらず死の熱線で荒野を焼いている。


 小さな蜥蜴がねぐらから顔を出し、チロチロと舌を動かしてあたりを見回す。

 通りかかった車両の音と振動に、慌てた様子で巣へと逃げ帰った。


 砂埃を上げて荒野を進む車両は、全部で五台。

 うちわけは、バギーが二台、大きな幌付きの輸送トラックが三台だ。

 縦列隊形をとったまま、荒れ放題の大地を器用に踏み越えていく。


 ナグロ率いる狩猟団の狩人は総勢20名。その大半が十を過ぎたばかりの少年少女だ。

 龍の血は年齢や性別のハンデを大きく埋めてくれるが、それにしても若すぎる猟団だった。

 彼らの長であるナグロでさえ、まだ二十歳になったばかりの若者なのだから。


 今はみな各車両に別れ、休憩を挟まず交代で車を走らせている。

 日があるうちに街へ帰還するためだ。

 夜になると彼らの故郷は完全に門を閉めきってしまい、余程のことがない限り中へ入れてもらえない。


 狩猟団の車両隊はほとんどアクセルをベタ踏みの状態で、荒野を駆け抜けていた。


 ニトたちがいるのは、その先頭を走る大型バギーの中だ。

 砂と日光を遮る屋根を展開し、冷房を効かせているが、それでも中はまだ暑い。


「あっ、見えてきた!」


「龍骸都市! ドラグドウン! わたしたちの街!」


 ナグロは大の字になって荷台で眠りこけている。

 その大きな身体の上に座って、双子が跳びはねながら遠方を指差した。


「イル、エル。腹ジャンプはやめてあげて。ナグロは朝まで見張ってくれてたんだから」


 ニトは双子を抱きかかえ、自分の膝に座らせた。


 狩りの疲れもあって、ニトとルシアドは日が昇る前に眠りに落ちてしまった。

 その後も一人で見張り番をしてくれていたのはナグロだ。


「見えてきたっつっても、まだしばらくは走りっぱなしだけどな……」


 車内に吊るした拳大の鉱石を叩きながら、ルシアドはうんざりとハンドルを回した。

 前方に大型生物の骨を発見したからだ。

 丈夫な砂上用のタイヤとはいえ、下手に踏みつけてパンクや転倒をしたら目も当てられない。


 回避と同時にクラクションを鳴らし、後続の車に注意を促した。

 けたたましいクラクションが続けて鳴り響く。全車両が問題なく通過できたようだ。


 ルシアドが見つめるバックミラーの下で揺れているのは、氷暖石と呼ばれる鉱石だ。

 日中でわかりにくいが、青白い輝きを鈍く光らせている。


 この鉱石は振動や圧力を加えると、周囲の熱を吸収し始めるという特性がある。

 結果的に周囲の空気が冷えるので、食料庫や屋内の冷房などに使われる事が多い。


 逆に暗闇に放置すると、今度は貯めこんだ熱をじわじわと吐き出す。

 そのため夜は暖房代わりとなり、寒暖差の激しい砂漠では重宝されている。

 採掘量との兼ね合いで値段もそこそこ張るが、割合いポピュラーなアイテムだ。


「ちっ、効きが悪いな……」


「それもう古いからね。帰ったら買い換えないと駄目かも」


「チビどもにまともな鎧も買ってやりたいしなぁ……。龍血の補充や、武器の修繕もあるか。弾薬や罠も結構使ったしな……。ああ……金が……」


 がっくりとハンドルに額を載せて、ルシアドは深々と溜め息をついた。


「『装備には金を惜しむな』って言うのが狩りの鉄則だしね」


「そいつおかげで、うちの家計はいつでも火の車だけどな」


「代わりに今まで誰も死んでない。これまで通りやっていくべきだよ」


「わーってるよ! 帳簿つけてんの俺だぞ! 街に帰るたびにどんぶり勘定で色々買いあさりやがって。ホントお前らは──」


 グチグチとルシアドのお説教が始まる。

 ニトは苦笑いでその愚痴を受け止める。

 双子たちは車の揺れに誘われて寝てしまった。

 ナグロは荷台で高鼾たかいびきだ。


 今はまだ小さな影にすぎない龍骸都市も、もう二時間も走れば視界すべてを覆うほどの巨大な建造物として彼らを迎えてくれるだろう。


 狩猟団『アル・エイラム』の狩りは、こうして大成功に終わったのだった。

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