第3話 狩人の鉄則 その三
大地を揺らす地響きは、もはや銅鑼を鳴り響かせるに等しい轟音となっていた。
砂の大地にあって、その足音を緩和させることすら出来ないほどの超重量。
高い砂丘の谷間に、その巨大生物の影が暗く落ちた。
前腕は短く、代わりに樹木のように太い後ろ足が体を直立させている。
大きな頭と前傾の姿勢を支える長い尾が左右に振られ、ぶつかった砂丘の砂を弾けさせた。
全身は燻されたような色合いのいびつな鱗で覆われ、歩行に合わせて垢のように岩片が剥がれ落ちた。
岩のごとき鱗鎧をまとった、二足歩行の爬虫類──硬岩蜥蜴だ。
「でかいな。鱗の色も濃い」
砂丘の中に設置したシェルターから獲物の様子を探る。予想通り、この砂丘の間を通るようだ。
「完全に成体になってるね。けど目があまり白濁してない。まだ若い個体だ。つがいを探して群れから出たばかりって感じかな」
この硬岩蜥蜴を見つけたのはニトだ。
砂兎の力で強化された聴力を用い、自動二輪車で斥候に出かけた先で大物を発見した。
すぐさまニトは仲間のところへ引き返し、地図を広げて作戦を立てた。
蜥蜴の位置と付近のオアシスを線で結び、最短距離を通ると予測し、通過しやすいこの双子砂丘の間に罠を張った。
砂鮫が砂丘を通りすぎてだいぶ経つ。風下には他の怪物がいる気配もない。
絶好のチャンスだ。この機を逃す訳にはいかない。
「
「俺で最後だ」
陶器製の丸瓶に口をつけて、少年がそれを一口あおる。
口端から光沢色の青い雫が垂れた。それを袖でぬぐって瓶をニトに傾ける。
「ニトは? 本当に良いのか?」
「……うん。僕は飲んでも意味がないからね」
ニトが唯一守れない、狩人の鉄則その三。
『狩りの前には、必ず龍血を飲め』
少年たちがいま一口ずつ服用したのは、龍の血だ。
青い液体が詰まった瓶からは、林檎が腐敗したような甘い匂いが漂っていた。
狩人が狩人たる絶対の条件は、龍の血との適合性。
龍の血は、飲めば一時的に身体能力を底上げし、かすり傷程度なら瞬く間に回復させるほど代謝を向上させる。
さらに定期的に服用を続けることで、肉体は徐々に作り変えられていき、いずれは常人とは比較にならない力を手にすることとなる。
ただし、過ぎたる力が己を滅ぼすのはいつの世も同じ。
力を求めて一度に大量の血を摂取すれば、神経は壊死し、内臓が腐って死に至る。
適性がなければ一滴口に入っただけで即死するような劇薬だ。
彼らの狩猟団では一回の服用数は一口と定められていた。
効果が蓄積していく以上、個々の適合性によっても最大摂取量は決まっている。
限界値が来たら、そこから龍の血を飲むことは出来ず、徐々に身体能力は低下していく。
そうなったら狩人として引退の時だ。
だから少しでも効率的に龍血の力を利用するため、狩人はこうして狩りの直前に血を飲む。
「難儀な体だよな。才能で言ったらお前が一番なのに」
少年の瞳が変化する。瞳孔が縦に細まり青く燐光を放ち始めた。
龍の血が全身に巡り、体を活性化させているのだ。
「しょうがないよ。もう何年かしたら、ルシアドたちの方が立派な狩人になってる」
ニトの次に年長の少年ルシアドに答え、自嘲的に笑う。
「それに狩人をやめて鍛冶師にならないかって親方にも誘われてるんだ」
脚甲を造ってくれた老鍛冶師の言葉を思い出す。
『お前さんにゃ狩人は向いてない』なんて狩人が聞いたら激怒しそうな言葉だったが、ニトにはありがたい言葉だった。
今でこそなんとかやって行けているが、龍の血を飲めない以上、これ以上の成長は望めないだろう。
狩猟団の足を引っ張る前に、次の職を探しておかなければならなかった。
「なんだよ、萎えること言うなよ。うちのナンバー2だろ。しゃんとしろよ」
バンと背中を叩かれて、ニトは咳き込む。
「なにすんのさ」
「へっへ。さ、悪ふざけはこれくらいにしとこうか」
「ルシアドがやったんじゃないか……」
ぶつくさとつぶやきながらも、ニトは思考を狩人のそれへと切り替えていく。
これ以上の会話は硬岩蜥蜴に聞かれる可能性がある。
目配せと手信号で仲間たちに指示を出し、ニトは機会を待った。
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