第4話 狩人の鉄則 その四

 硬岩蜥蜴はもう谷間の中ほどまで歩いてきていた。


 悠々と歩くその姿は、強者たる自分を襲うものなどいないという余裕の現れだろうか。

 襲撃を警戒する様子はない。

 若い個体だ。まだ狩人と交戦したこともないのだろう。


 罠を仕掛けた地点までもう少し。あと五歩、四歩、三歩──


 ──硬岩蜥蜴が足を止めた。


「(……っ! 気づかれたか……?)」


「(いや……)」


 わずかに漏れたニトたちの気配を感じどったのか、岩鱗に覆われた鼻をひくつかせ、硬岩蜥蜴は周囲を見渡す。


大きな頭を高く上げ、前、後ろと首を巡らせる。


「(押すか?)」


 罠のスイッチを握ったルシアドが手信号で聞いてくる。


「(駄目だ。まだ早い)」


 ニトは首を横に振る。

 いま作動させても効果は薄い。もっとも効果が出る罠の中心地点まで、二歩は足りていない。


 こちらの位置がバレて襲いかかってくるなら、まだ対処のしようもある。

 一番まずいのは、硬岩蜥蜴が来た道を引き返してしまうことだ。

 設置した罠もタダではない。

 ここまでかけた時間や設備が無駄になることだけは、避けなければならなかった。


 もう街を出て三日が経っている。水も携帯食料もほとんど尽きた。

 これが最後のチャンスだ。

 収穫なしというわけにはいかない。


「…………」


 暑さとは違う、じっとりとした汗がニトの頬を伝った。


 待つか。仕掛けるか。

 ナグロからの連絡はない。


「(……。待とう)」


 獲物は引き返さない。ニトはそう判断した。

 少年たちも頷きを返す。


 狩人の鉄則、その四。

『確実に獲物が罠にかかるまで、焦らず動くな』だ。


 ニトたちはじっと息を潜めて、タイミングを見計らった。


 しばし硬岩蜥蜴は周囲を警戒していたが、異変の原因を見つけられなかったのか、その長い尻尾を一振りして、前進を再開した。


「いまだ」


 ニトの合図で、ルシアドが罠を起動させる。

 電子式の導火線は、コンマ一秒の誤差もなく罠を作動させた。


 くぐもった破裂音がした。


 同時に硬岩蜥蜴の一歩が、踏みしめられずにそのまま地面へと飲み込まれる。


「GOAAA?!」


 岩鱗に覆われた巨体が傾いた。

 沈んだ足を中心に穴は広がり、硬岩蜥蜴の体を砂中に引きずり込んだ。


 ニトたちが潜むシェルターと同じ、蜘蛛糸の技術を用いた落とし穴だ。

 しぼんだ袋状のそれを筒を通して地面に埋め、圧縮空気を送り込めば、瞬く間で砂中に空洞を作り出すことが出来る。


 地盤の緩い砂地だからこそ出来る罠だった。


 ルシアドのスイッチは、蜘蛛糸の風船を破裂させるためのものだ。

 タイミングはドンピシャ。硬岩蜥蜴は低く叫びながら穴の中に落ちたが──


「あっ、ちくしょ! やっぱあいつ予想より大きかった!」


 ルシアドがスイッチを放り捨て、銃を構えて舌打ちする。

 狙いでは頭以外を砂中に埋めて、そこを攻撃する予定だった。

 だが、硬岩蜥蜴のサイズが想定以上だったため、途中で体が引っかかり、上半身が穴の外に出てしまっている。


 硬岩蜥蜴は短い前腕で砂を掻き、今にも穴から這い出てきそうだ。

 砂の落とし穴は設置も容易だが、崩れるのも早い。

 このままでは硬岩蜥蜴が出てくるのは時間の問題だ。


「言ってもしょうがない。あの蜘蛛穴が一番大きいやつなんだ」


 ニトは重い脚甲をがしゃりと鳴らして、シェルターから飛び出した。


「わかってるよ! ニトに続け! 一番槍をとられるな!」


 ルシエドの鼓舞で少年たちが一斉に穴から飛び出した。

 反対側の砂丘からも、同じような装備をまとった少年たちが坂を駆け下りている。


 若き怪物と狩人たちの、命を賭けた狩猟が始まった。

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