知ってる事

 今年初めて、蝉の鳴き声を聴いた気がする。とても懐かしい気分になるのは、多分私が今覚えている記憶の1番奥深く、丁度1年前も当たり前だけど同じような季節だったからかもしれない。

 私達は葵さんと一緒に教戒師達の住む屋敷に向かっていた。だんだんと見た事のない景色と道に変わっていく中、私は少しだけわくわくしていた。私自身その屋敷を見た事はないけれど、葵さんが時々話をしていたからそこまで遠い存在のものではなかった。もっとも、私と葵さん以外のみんなはやたら怯えているというか、不安な面持ちをしているが。

「みんな、行きたくないんだったら付いてこなくて良かったのに」

「いや、だって……こうなっちゃったらアサだけいってらっしゃいみたいな事できないじゃん」

 そう返事は返ってくるが、みんなやたらお通夜ムードなのはどうしてだろう。と思っても答えてはくれないんだろうなあと私は葵さんの背中をぼんやり見ながら歩く。私は教戒師について、いや、全てについてまだ知らない事が多すぎるんだろう。だからといって情報を得るまでずっと動かずにいるのも何だか違う気はするし、この考えも正しいのかは分からない。

「みんなそんなに重くなる事ないのに」

 葵さんは歩きながら顔を横に向けて、こちらに微笑みかけてくる。私は葵さん以外の教戒師を見た事がないから、教戒師のイメージは葵さんそのままだ。普通の、どこにでもいそうな、けれど綺麗で、どんなに近くで話してもどこか薄い隔たりがあるような、けれどその隔たりは存在するべき隔たりのような。

「心配しなくても、多分帰る頃には呆気なくて肩透かし、みたいな気分になるわよきっと。まあ、特別に見学しに行けるって程度の感覚でいいのよ」

 夏の爽やかな風になりそうでまだなりきれない少し湿気帯びた風になびく髪を、葵さんは手で梳きながら私達に喋りかけてくる。

「そういえばその屋敷ってどれくらい人が住んでるんですか?」

「ええと……私も詳しく数えた事はないわね。ずっと屋敷にいない……っていうか、出張してる教戒師もいるから。けど1つの寮にすらなりそうな程はいるかもしれないわね」

「そんなに……」

 私の問いに答える葵さんの言葉にみんなは更に怯えの空気を増した気がした。教戒師ってそんなに恐ろしいものなのだろうか。

 確かに、教戒師によって一般人はそれなりにいるらしいけど。

 実際に身近にそうなった事が今までなかったから別世界の話に感じる。

 私の知るなんて、教会で出会う大人達と今一緒にいるみんなと、近所のスーパーと、それくらい。みんなは、この世界の人達のはどれだけ広い視野を持っているんだろう。地球の裏側で起きてる事まできっと知っているんだろう。

「けど、そんなに沢山教戒師がいるって事は、屋敷もそれだけ大きいんですか?」

 考えがごちゃごちゃになる前にこの事を忘れようとした私が葵さんに質問を投げると、葵さんは前方を指差した。

「ええ、丁度見えてきたわね」

 それは、教会を横に10個並べてもまだ足りなさそうなくらいに私の視界に入り込んできた。

「あそこが"教戒の園"よ」

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教戒の園 ナギシュータ @nagisyuta

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