誕生日
玄関のドアを叩く音がした。
「はーい」
私は十字架の絵が飾られた廊下を歩いて玄関に向かった。ドアの向こうからはなにやらひそひそ声が聞こえるけど、多分いつものみんなだろう。ドアノブを回す。
ぱーんっ
「お誕生日、おめでとーっ!」
「おめでとー!」
「いえーっ!」
突然私の顔に破裂音と細長い紙と火薬の匂いが飛び込んできて、おもわず飛び上がってしまった。
「うわぁっ! ……あ」
それがクラッカーだと分かる頃には、みんなは顔を上げて大笑いを始めていた。
「あはは、もう、なにそんな驚いてんのさ!」
「だってこんな、いきなり鳴らされたらびっくりするよ……っていうか、今日、誕生日? 私の?」
「僕が」
みんなの中で1番背の低い、透夜とうや君が小さな口を開いた。
「あの土砂降りの日にあそこの花壇で倒れてたアサを見つけたのが丁度1年前だったからさ、今日を誕生日にしようってみんなに言ったんだよ」
明らかに言いづらそうに、恥ずかしそうに、目線をメトロノームのように斜め下にふらふらさせている。
「誕生日、かあ……」
そういえば考えた事もなかったっけな、と思った。
1年前、透夜君がこの教会の外で私を見つけて、そしてみんなと友達にしてくれた。あの時私は記憶という記憶が欠落していたし、今だってあの日より前の事は思い出せないままだ。覚えていたのは"
だけどこうやって、そんな私と少なくとも今までは友達として接してくれてるみんながいる。私はとても幸運だなと思った。
「……そういえば」
舞い上がって気付かなったけど、みんなの人数がいつもより、1人少ないような気がした。いや、気じゃなくて1人少ない。
「茜ちゃんは?」
一瞬でみんなの表情が曇ったのが分かって、私は訊くべきじゃなかったと思った。けれど訊いてしまったものは仕方ない。分からないものは訊くしかないのだ。記憶を失くした私がこの1年間で学んだ事だ。
「茜ちゃん、は?」
「茜ちゃんはね……、もういないよ」
「いないって?」
「死んじゃったんだよ」
はっきりとした答えを返したのは透夜君だった。雰囲気でなんとなく良くない事があったんだろうとは思った私だったけれど、少し予想を超えていた答えだった。先週会った時はどう見ても普通の茜ちゃんだったから。
「死んだって……なんで」
「仕方なかったの」
誰かが答えた。
「仕方ないって、仕方なくはないんじゃ」
「だって、どうしようもなかったんだもん……」
「殺されたんだよ」
透夜君はぼそっと言った。
「"教戒師"に。運が悪かったんだ」
教戒師。この教会に毎週礼拝しに来る人達も時々その話をしていた気がする。数年前から突然施行された制度というか、存在というか、身分というか。私もまた聞きで確かな知識ではないんだけど(それを言ってしまったら今の私の知識なんてほとんど全てまた聞きによるものだけど)、簡単に言っちゃえば犯罪を草の根運動的に取り締まる人達。……取り締まると言っても、実際行われている事は強烈すぎる私刑のようなもの、らしい。
警察が年々機能しなくなってきて出来た、全く別物の組織による"戒めと教え"。
「運が悪かったって、どういう事なの? 茜ちゃん、そんな悪い事しそうにないけど」
「だから運が悪かったんだよ。人違いだってさ」
「人違いって……」
こんなの運が悪いなんてものじゃない。ただ滅茶苦茶なだけだ。私は怒りがふつふつ湧き上がっていくのを感じた。なんでみんな、落ち込んだ顔をするだけで終わりなんだ。
茜ちゃんが死んだんだ。
こんなの人違いの勘違いで終わって、人の命は帰ってこないんだ。
「教戒師のとこに、行こう」
私がそう言うと、みんなは声も出さずに私の顔を見た。
「私、場所知ってるんだ。教戒師の住んでるとこ。ここの教会に毎週来てる教戒師の人がいるから」
「えっ……行って、どうするの……」
行ってどうする。
「どうするって……まあ、うん……」
「謝ってもらう?」
その声は私じゃなく、みんなのものでもなく、それよりも更に後ろ、教会の庭、屋根の上にそびえ立つ十字架から伸びる影の上に立つ、女性のものだった。
「あ、葵さん……?」
「ごめんなさいね、盗み聞きする気はなかったんだけど。私達の事を話してたみたいだったから」
黄色い長髪に麦わら帽子、白いワンピースを着た葵さんは影の奥からオレンジ色の瞳をこちら側に向けている。
「この人……教戒、師?」
「ええ、一応ね」
透夜君の戸惑うような問いにあっさりとそう答えた葵さんはこちらに近付きながら言う。
「最近、増えてるらしいのよね……そういう人違いがね。誰がやった事なのかが特定できるかは分からないけど、謝罪の言葉くらいは多分貰えると思うわ。私達もそこまで人の心をなくしてはないから。どうする?」
突然の誘いになんと返していいか、私は分からなくなりそうだった。みんなも私の顔を見つめてその返答を待っているかのようだった。さっきの言葉も半分虚勢をはっていたようなものだったのに、本当にそうなろうとしていて、だけどもう引けないような空気だ。1度記憶を失くしたとはいえ、この1年間で空気を読む事は覚えたつもりだ。
「……案内してください、葵さん」
私はつばを飲み込みながら教戒師の誘いに乗った。
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