教戒の園

ナギシュータ

 6月の紅葉台あかばだいは毎年大雨が降る。

 天から無数の、いや無数どころかそれ自体が空間に飽和しているかという位の、雨粒。土を覆い隠すでこぼこの硬いコンクリートの上で跳ねながら既にあちこちで水溜まりが生まれ、くっついて大きくなりつつある。

 休日の早朝、空気は澄んでいる。澄まざるを得ないほどに、その透明な雨が延々と降り続いていた。走る車もなく、その雨音はただでさえ人のほとんどいない空間を地面から巻き上げるように包み込み、静寂よりも濃い密度で辺りを満たす。

 大通りから1本、2本と外れていった先にある、大きな十字架のモニュメントを屋根に掲げた教会。雨に打たれながらもそのシルエットを浮かび上がらせている。礼拝しに訪れているのであろう人が手入れをしているのであろうその狭くない庭と小さな花畑も、今は水を浮かばせながら恵みを超えた雨の量にされるがままとなっていた。柵に囲まれた中に並ぶ小さな色とりどりの花達は雨に花びらを幾度となく叩かれながらも必死に咲き続けている。

 その中で何本も押し潰されている、花達。

 雨に負けたのではない。その花の上、何かがある。風で飛んできた傘でもなく、倒れた柵でもなく、それは、全身ずぶ濡れのまま、倒れこんでいる。白いワンピース、黒い髪、うつ伏せ、汚れた素足はもう既にほとんど雨で洗い流されている。それが何者であるのかは、まだ誰も知らない。


 数年前、突如現れた"教戒師"という存在により秩序が保たれ始めた世界に、雨は降り続ける。雨は無機物を叩きながら地表に溢れ、地表の植物は殖えていく。園の中で、繁栄を極めていく。

 そして、地中に眠る小さな種も、その芽を出そうとしていた。

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