第15話 杉並木の下で

 真琴は俊を待っていた、杉並木の下で、小さな神社の階段に座りながら。

 

 夏休みは終わろうとしていた。インターハイでの優勝の後、真琴は慌ただしい日々を過ごしてきた。全国高校選抜メンバーに選ばれ、ユースの強化合宿を経験し、秋には海外遠征も予定されている。新聞社や雑誌、ネットメディア、テレビ局からの取材も受けた。


 真琴にとってホッケーはもちろん大切だけれども、やはり俊のことが気になっていた。サヤカからは、決勝戦の時に俊が大勢の前で言った言葉、「真琴は俺の女神だから」という言葉を出されて、何度もからかわれたりした。あの言葉は真琴にとっては嬉しい言葉ではあった。とは言え、恥ずかしかったのも事実。


 あれから俊とは、朝のランニングの時に何度か会えたが、余りゆっくり話せていない。


 でも一週間ほど前に、俊から「真琴が登場する絵を今頑張って描いている」と聞き、真琴はぜひ見たいと告げたのである。


 俊は恥ずかしがったが「じゃぁ、完成したら見せるよ」と応じた。

すると一昨日、「描き終わった」というので、この日の午前中から、会うことになり、杉並木の道を散歩しようということになったのだ。


 約束の時間である10時ちょっと前に俊は現れた。ジーンズとTシャツとパーカーという出で立ち。右手には図画板やスケッチブックを入れるようなカルトンバッグを抱えている。真琴が立ち上がると


「真琴、おはよう。待った?」

「ううん、私もちょっと前についたばかりだよ」

「なら、良かった。真琴、階段に座ってくれたらいいよ。絵を見せるから」


と言われて、真琴は再び石段に座った。隣に俊が腰かける。


「意外と大きい絵だね」

「うん、美術の授業で使ったりする四つ切サイズよりも結構大きいから」


 俊がバッグから画用紙を挟み込んでいる段ボール素材の画板カルトンを取り出す。そして膝の上でその二枚綴の画板を開こうとする。真琴がその動作をじっと見ていると俊は


「やはり、ちょっと、恥ずかしいなぁ」

「恥ずかしくないわ。わたし、見てみたい。それにコンクールに出すんでしょう?」

「うん、まぁ……」


 俊が二枚綴じの画板を開くと中から一枚の水彩画が姿を現した。ユニフォームを着た女子選手が正面を向いてスティックでシュートを打ち放っている。白球が勢いを持って見る者に向かってくる。フィールドホッケーの劇的な瞬間を見事に切り取った一枚の絵。


 描かれている女子選手は長身でポニーテール、顔立ちも姿も、すぐに自分だと真琴には分かった。ただし、自分ではないみたいに魅力にあふれ、神々しくさえ見えてしまうかもしれない。


(俊、美化しすぎだよ~。でも、嬉しいかも…)


 背景の光景も色合いもリアリティーがありながら、それでいて優しい。俊の人柄がにじみ出るような絵に真琴には思われた。


「すごいよ、俊。心を揺らすようないい絵だよ! 私のこと、こんなに魅力的に描いてくれたんだね」

「そこまで言われると照れちゃうよ…」

「ううん、本当にいい絵だわ。俊、ありがとう!」

「もしもよく描けているとしたら、それは……」


 俊はふと表情を硬くした。


「それは?」


 俊の言葉がいったん止まった。そして俊は思い切った表情で


「それは、きっと好きな人を描いていたからだよ。好きな真琴を描いていたからだよ!」


と言い切ったのである。真琴は驚くとともに顔が火照った。


「真琴のお蔭だよ。ありがとう」


 俊も顔を赤らめていた。しかし隣にいる真琴の眼を真っ直ぐ見据えている。真琴も俊の眼差しをしっかり受け止めて


「俊、ありがとう」

「迷惑だったら言ってくれ。真琴はモテるし……」

「全然迷惑じゃないよ! だって…」


 真琴は伝いたい気持ちを今伝えたいと切に思った。一呼吸入れて


「この絵を描いた人が大好きだもん。私も俊が大好きだから」

「えっ?」


 俊の表情は一瞬揺れ動いた。そして、喜びにあふれだした。


「私たち、両想いなんだね」


 真琴と俊の目と目が再び合った。俊の両手は画坂を持っていて塞がっている。


 真琴はサヤカ風に「エイッ、決めてしまえ」という感じで、自分から唇を俊のそれに重ねた。俊も逃げたりはしなかった。


 しばらくの間、二人の唇は重なっていた。通行人はいない。ただ、杉並木の大木たちが二人を見守っていた。


 キスを解くと二人は正面に向き直り、照れくさそうにして目を合わせない。俊が立ち上がり、画板をたたみながら


「真琴、今日はこれから水車を見に行こうか」


 真琴も立ち上がって


「懐かしいわ~。だったら、よく行ったあの大きな水車に行きたいな!」

「じゃぁ、そうしよう!」


 俊が画板をカルトンバッグにしまうと、立ち上がり、俊が杉並木に挟まれた空を見上げていう。


「今日は晴れてよかったよ。にしても、ここの杉の木って、かなり大きいなぁ~」

「同感!」

「やっぱり世界一の杉並木だけあるなぁ~」


 真琴と俊は微笑みながらお互いを見合った。そして、杉並木の道を歩き始めたのである。お互いの手を包み合い、つなぎ合いながら。


 

 「杉並木の下で」


 世界で一番長い この杉並木

 今二人をやさしく見守っている


 夕暮れの杉並木 ぽつりただ一人で歩く

 木漏れ日はあかねに染まり カラスたち鳴いていた

 ちょっとした私のジェラシー とげのある君への言葉

 したことない大きな喧嘩 あれから口もきかない

 私たちもう離れちゃうの? 悲しくて涙が出ちゃうよ

 後ろから誰か呼び止める その声は君の声

 世界で一番長い この杉並木

 いま 二人をやさしく見守っている

 君が最初にくれた ごめんの言葉

 私素直に応えることができた

 世界で一番長い この杉並木

 明日もいつまでも 私たち見守っててね


 朝早い杉並木 今日もまた駆け抜けていく

 爽やかな朝日の中で小鳥たちさえずるわ

 遠くから手を振る君はワンちゃんと一緒に散歩

 少しだけ休憩タイム 言葉を交わしたいから

「昨日の試合 来てくれたね」

「何度も声援 耳にしたわ」

「次の試合もがんばるから」

 照れながら言う私

 世界で一番長い この杉並木

 いま 二人をやさしく見守っている

 君の姿を見ると元気がわくよ

 いつもありがとう 私の大好きな君

 世界で一番長い この杉並木

 明日もいつまでも私たち見守ってね


 世界で一番長い この杉並木

 いま 二人をやさしく見守っている

 世界で一番長い この杉並木

 明日もいつまでも私たち見守っててね

 この町を見守っててね (了)







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杉並木の下で Mikan Tomo @Mikantomo

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