遠々距離恋愛
ただいまの時刻、午前2時13分。
いわゆる丑三つ時であり、妖怪たちが墓場で運動会しているであろう頃、
俺は自宅のPCと向き合いながら仕事をしていた。
突然入ってきた仕事な上、この時間まで作業し続けるわけで。
今の気持ちを3文字で表すなら「不機嫌」がもっとも適切だろう。
もっとも、より正確に表すなら「最高に」を頭につけないといけないから6文字になるが。
こんな時に限って、良からぬことは起き―――
と、思った瞬間、skypeが通話の知らせを伝えてきた。
ほぼ同時にイラッとなりつつ相手を確認すると―――
今、アメリカに短期留学中の恋人からだった。
このまま居留守決め込もうかと思ったが、出なけれな出ないで後々うるさくなる。
仕方なく、動かし続けていた手を休めて、マイクをONにして通話ボタンを押した。
『Hello Naoya. Whats up?』
「Please be dead right now.」
英語でそう言い返して通話を切る。
直後、また通話を知らせる音がインカムから鳴り響く。
予想通りの流れゆえ、驚きもせずにまた通話ボタンをクリックした。
「だからうちはピザ屋じゃねぇっつってんだろッ!!」
『スカでピザ頼むのがどこにいんのよッ!!あといきなり死ねはひどすぎないッ!?』
「はっ?お前知らないの?今はskypeでもピザのデリバリーできるんだぞ」
『えっ!?嘘?それほんと?』
「嘘に決まってんだろバーカ」
『お前がいっぺん死ねええええ!!!』
そんな言葉のドッジボールをしたあと、用件を問いただすことにした。
「で?何の用?こちとら仕事で忙しいんだけど?」
『仕事ってそっちは今午前2時ぐらいでしょ?なのに仕事?』
「寝ようと思った途端に舞い込んできたんだよ」
『ありゃ。それはご愁傷さま』
「んでマジで何の用?用件次第じゃTwitterでお前の母親がでべそなこと晒すから」
『なにその小学生レベルのでっち上げ!?それはさておき用件はね……えーっと………』
言い淀む様子だったのですかさず切る。
そして3回目の通話のお知らせからのクリック。
『だから切るなっつってんでしょうが!!!』
「悪い悪い。つい手元が狂わなくってさ」
『つまりわざとってことよねそれ!!』
「それで本当に何の用なの?こっちは時間が惜しい状況なんだから早くして」
『はぁ。なんでこんなヤツ好きになったんだろ………』
んなもん俺が知りたいわ。
こんなに性格悪いの滅多にいないぞ。
『……用件ってのは、あれ。あんたの声が聞きたくなったの。悪い?』
「悪い」
『言い切った!?』
「お前な、そっちに行ってまだ二日だろ?なのになんでそんな寂しそうな声出してんだよ」
『仕方ないでしょ。だって言葉も文化も違うんだもん』
「そりゃ外国だからな」
『それに……こっちにはあんたいないし………』
「そりゃ外国だからな」
いたらむしろ怖いっての。
『……………』
適当にあしらってたらいや~な沈黙が流れ出した。
多分、PCの前で涙目になってるんだろうなこいつ。そういうヤツだから。
本当はあしらった後、切って仕事に戻ろうと思ったんだけど………
「仕方ねぇな。5分だ。5分だけお喋りに付き合ってやる」
『……5分だけ?』
「だけ」
『……………』
おかしいなぁ。カメラ使ってないのに涙目でこっちを見る姿が鮮明に見える。
「分かった!ならあれだ、空港まで迎えに行ってやる!」
『それは彼氏として当然だと思うんだけど………』
こいつ、実は笑ってるんじゃないか?これが演技だったらアカデミー賞獲れんじゃね?
「んじゃ、どこぞのドラマみたいにその場で抱きつくのも許可しよう!」
『それほんとっ!?』
思ったとおりとはいえすごい食い付きだなおい。
普段はクソ恥ずいから、人前じゃなくても許可しないもんなぁ。
「あ、あぁ」
『約束だかんね!破ったら拳銃持ってあんたん家押しかけるから!』
「押しかけんなッ!あとそれ銃刀法違反だからなそれッ!!絶対持ち込むんじゃねぇぞッ!!」
それから、宣言通り5分だけ相手をしてやった。
5分っていうのは何もしないと意外に長く感じる時間だが、
こいつと言葉のドッジボールしてるとあっという間に感じられた。
5分経って、一言二言交わしてから通話を切る。
そして、仕事を再開しようとしたその時、ふと気持ち的にすっきりしてることに気がついた。
多分、あいつと喋ったことで溜まってたもんが発散されたんだろう。
最初はどうなることかと思ったが、結果的にはあいつと喋ってよかったと思った。
さて、楽になったことだし仕事に没頭しようか。
じゃないと迎えに行った時のことで頭が痛くなりそうだしな………うん。
掌編小説集 鈴井ロキ @loki1985
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