越境の喜び

平居寝

第1話

  ミステリが好きである。が、根っこが特撮ヲタクだからなのか、正攻法・真っ当な構造の物より、いわば変格物に心惹かれたりする。特に映像作品となるとその傾向は強くなる。

 この春に放送を終えた『相棒』シーズン14の後半に、其れは突然現れた。

 比較的、正攻法の謎解き話がエピソードの大半を占める『相棒』だが、実験的な作品、挑戦的な作品が時々出てくるのもまた、『相棒』の魅力である。

 しかしそれにしても、2月24日放送の第 17話「物理学者と猫」を見終わった瞬間、自分の脳を一瞬、疑った。自分が見たものは何だったのか? 今まで、新種(?)の蝶と環境破壊、そして今回のシーズン14でも人工知能に対する開発者の親心と、言わば「道具立て」でもってミステリからSFの領域へと踏み出したエピソードは存在した。しかしこの回は其れらとは明らかに一線を画していた。

 いわば、映像作品の構造として、物語の語り方としてSFの領域に踏み出してしまったのである。


 「物理学者と猫」のストーリーは、大学の研究室内で発生したある死亡事故(?)の真実に関して一人の物理学者の頭の中で様々な「推理」が繰り返され、その度に、結果として(その推理が正解だった場合に)たどり着くであろう結末の状況がどんどん苛酷になっていくというモノ。いつもの『相棒』(というか普通の刑事ドラマ)であれば、杉下右京とその相棒が複数の容疑者に相対してひとりひとり可能性を潰していく所を、件の物理学者が推理を行い起こした行動の結末までが描かれることで、推理が変わるのを「世界」が変わったかのように描き、まるでその物理学者が様々な世界を行き来するか、あるいは真実を求めて何度も何度も時間移動を繰り返すように見えなくもない、という趣き。

  しかし何より自分が驚いたのは、このエピソードを見てすぐに思い出したのが、映画『バタフライ・エフェクト』だった事だった。

 2004年の映画『バタフライ・エフェクト』はアメリカでは初登場1位を記録したヒット作でシリーズが3作まで作られた(多分)が、日本ではちょっとしたカルト作品という扱い。3作目は劇場公開してないんぢゃないだろか。

 ストーリーはというと、幼少の頃から記憶に所々「抜け」がある主人公が大学生になった時、あるキッカケで意識だけが、記憶が抜けていた時の自分に戻る事に気付く。抜けていた記憶の「穴」を成長した自分の意識で体験すると様々な問題が明らかになり、ほのかに恋心を抱いていたヒロインを助けるために行動に出る。意識が「現在」に戻ると彼の「行動」によってヒロインの状況は良くなったかに思えるが、その「歪み」が他の物事に影響して結果的にヒロインをより過酷な運命に追い込んでしまう。焦った主人公は別の「記憶の抜け」に戻り更に歴史を改変するが、

その度に何かが影響を受け、ヒロインのみならず主人公自身まで心身共にボロボロになって行く。最終的にヒロインを救う究極の方法、というか彼女を不幸にした原因は何かというのがこの物語の最大の問題になるのだが、何と其処が、この「物理学者と猫」と微妙にシンクロしてるように思えたのだ。

 別に、何が何をパクった等という事ではなくて、純然たるファンタジィ/SFである『バタフライ・エフェクト』がそのジャンルの語り口でしか描き出し得ないと思っていたエモーションを、物理学、シュレディンガーの猫というやや偏ってはいるが現実に存在する道具立てを用いる事によってミステリという範疇の範囲内で描き出したのが快挙だと思った。さらに猫を使って怪談的な味わいまで加えてある。

  日本の刑事ドラマで、というよりTVドラマ全般でこんなに仕掛けに充ち満ちた構造のモノを見たのは久しぶりだった。『相棒』もシーズン14を数え必然的に出てきた変化球だったのかも知れないが、個人的にはこんな趣向のエピソードがもっと増えて欲しい。

  嗚呼、もっともっと、ミステリがミステリを飛び越えそうな、ある意味逸脱しているような、ギリギリの所を漂う作品が見たい。

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